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【私のウェルネスを探して】パラアスリート谷真海さんが明かす「東京五輪への複雑な思い」「競技・仕事・家事育児のバランス」

集英社オンライン / 2022年5月22日 15時1分

自分のことを労わる時間、自分のことを大切にする時間は、きっと誰かを大切にする時間につながるはず。いつも忙しいあなたには、カラダとココロのウェルネス情報が必要です。いち早く気づいたキーパーソンのインタビュー集。

引き続き、パラアスリートの谷真海さんのインタビューをお届けします。谷さんを知ったのは、2013年のオリンピック東京大会招致の最終プレゼンテーションでのスピーチだと言う人が多いかもしれません。スポーツの力、希望、人々をつなげる力について伝える4分間の英語のスピーチは、多くの人の心を動かしました。

後編では、招致スピーチ抜擢のきっかけ、東京オリンピックを振り返って思うこと、今後の展望を聞きました。また4月から小学生になる息子さんの育児と家事、アスリート活動の両立についても話を聞きます。(この記事は全2回の2回目です。前編を読む)


東京五輪招致の英語スピーチ、緊張したけど貴重な経験

2011年、谷さんは働きながら大学院に通い始めます。海外のパラリンピック事情を調べることが目的でしたが、ヒアリングするためには英語が必須に。大学院の先生からは海外に行って、アスリートだからこそできる情報を収集しながら、友達をたくさん作ってきたらいいとアドバイスをもらいます。

「私はパラリンピックやパラスポーツに力をもらっていたのですが、魅力を感じる一方、世界と日本では状況が違うという課題意識がありました。パラリンピックが強い国は環境が違うはずだという前提で話を聞き始めましたが、やはり違ったというのが結論でした。日本もまだまだ変えるべきところがある。英語は最初は思うように話せず、身振り手振りを入れながらのスタートでした。日本にいる時にもラジオやドラマ、映画を浴びるように聴きました。途中、海外遠征にも行きましたね。最初は聞こえなかったのが、少しずつ分かるようになって。耳から聴くことでブレイクスルーすることがあると実感しました」

その後アジアアスリートフォーラム2011で、「スポーツの力」をテーマに英語でスピーチを行いました。それがきっかけで、2013年の東京大会招致のパラアスリート代表に選ばれます。

「2011年には東日本大震災があり、3月4月と練習を中断して、実家がある気仙沼に何度も帰りました。色々なことが重なった大変な時だったのですが、その後、2013年3月にIOC評価委員会が東京に来る時のプレゼンとして、パラアスリート代表で話す機会がありました。そこで評価されたことが最終プレゼンにつながります。招致のスピーチは緊張しましたが、貴重な経験でした。想像していなかった大舞台が続いたので、ずっと背伸びしているような気持ちもあって。追いつけるよう、もっと成長しなきゃと思っていました」

パラトライアスロンに競技変更した理由

スピーチから1年後の2014年、招致をきっかけに出会った現在の夫と結婚。2015年には長男が誕生します。その後、しばらくは子育てに専念しますが、再びスポーツをやりたいという気持ちが生まれます。走り幅跳びでは3大会パラリンピックに出場し、目標にしていた5mを達成。妊娠したことで走り幅跳びはひと段落と考えていました。でもスポーツは続けたい、そんな中で興味を持ったのがトライアスロンでした。

「なぜ競技を変更したのですか? といつも聞かれるんですが、気軽な気持ちなんですよ(笑)。なぜ一番辛いスポーツをやるんだろうと疑問に思われる人も多いかもしれませんが、辛さとかは一切考えずに、長距離なら長く続けられるだろう。元々水泳をやっていたし、できるんじゃないかという気持ちからでした。一番のネックは義足で長距離を走ることですが、パラトライアスロンはトライアスロンの中で距離が短くてランが5kmなんですよ。それなら挑戦してみようかなという気持ちでした」

書籍『パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ』(徳原海編著、集英社)より。撮影/矢吹健巳[W]

その時、東京大会への出場は遠い夢でした。2016年のリオ大会からパラトライアスロンが正式種目になること、開催会場がお台場であること、家の近くで開催されることなどに直感的なものを感じ、東京大会を目指して、本格的に国際大会を転戦するように。しかし開催の2年前、クラスの変更を余儀なくされます。クラスとは、障がいの程度や動作能力から分けるもので、谷さんは「PTS4」でした。しかし「PTS4」が競技人口が少ないため、東京大会では開催されないことが決定します。

「本来なら、前大会の2016年には決まっていないといけないこと。準備を進めていく中で、急にクラスがバッサリ無くなるのはあり得ない。前回のリオ大会でも同じことが起きていたようで、東京大会でも同じことが起こった選手もいました。自分的には苦しいですが、軽いクラスへの統合は可能なはず。いずれにせよ、黙っていてはいけないと思い委員会に手紙を出しました。結果、4カ月後にルール改正が決まり、一つ上の『PTS5』で目指せる状況になりました」

コロナ禍の中での東京五輪開催に対する複雑な思い

東京大会は1年延期され、2021年に開催。谷さんは開会式での日本代表選手団の旗手を務めました。8月29日に開催されたパラトライアスロンに出場、1時間22分23秒でゴールをします。コロナ禍での東京オリンピックパラリンピック開催は、日本国内でもさまざまな意見があり、アスリートとして複雑な思いがあったことを振り返ります。

「招致から8年経ち、私は競技者としてはもちろん、招致側の責任も感じるところもあり、ずっと気にかけていました。普段なら応援されるはずのアスリートが攻撃されることが起きて、ちょっと世の中おかしくなっていたんじゃないかと思っています。みんな誰かに当たりたい、それがアスリートに向けられることが悲しかった。まるで自分が言われているように感じました。

書籍『パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ』(徳原海編著、集英社)より。撮影/矢吹健巳[W]

結果的には、無事開催できてホッとしています。世界中の選手たちの輝きに満ち溢れる姿は、私にも大きなパワーをくれました。これが招致の時に伝えたかった、スポーツの力なんだ!と。人を前向きにしてくれるのは、この力なんだと確信しましたね。パラリンピックは、ダイバーシティにもつながりますから、開催できたことに意味があったと思います」

谷さんが東京2020パラリンピックに挑戦するまでの2年間を記録した本『パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ』(徳原海編著、集英社)には、その詳細が綴られています。アスリートとしての強い信念、変化を受け入れながら進む柔軟性など、谷さんの異なる一面が感じられる一冊です。

家事は夫婦で50/50。気になることはその場で伝える

東京パラリンピックを終えた今、谷さんが考えていること。それは次の大会ではなく「人生の中にスポーツがある」「人生の延長線上にトライアスロンがあればいい」というフラットな思いだと言います。

「とりあえずは東京大会が目標だったので、今はゆっくりしています。1年延期もあり、家族の時間をたくさん犠牲にしてきました。今家族の時間を持てていることは、心の充実を取り戻す大事な時間だと思っています。今は週2、3回体を動かす程度ですね。ゆっくり走ったり、泳いだり。今のところ、絶対にパリを目指す!と思ってはいないのですが、完全にやめてしまうと次やりたいと思った時に大変なので、無理のない範囲で続けている感じです」

書籍『パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ』より。オーストラリアでのレース直前の強化トレーニングで訪れたニュージーランド・オークランドのスーパーで息子さんと買い物中の一コマ(撮影/矢吹健巳[W])

息子さんは4月から小学生に。育児や家事は、競技とどうバランスは取っているのか聞いてみると、こんな答えが。

「普段の食事は家族と同じものを食べています。みなさんと同じように、仕事から帰って食事の準備をしますし、忙しい時はテイクアウトを使うことも。パラリンピック前の1年間は、2週に1回家事代行をお願いしました。初めてそのサービスを使いましたが、作り置きを作ってもらえるだけでも本当に助かりましたね。夫は、週末に煮込み料理やカレー、チャーシューを作ってくれるんですよ。父親がフレンチのシェフだから本格的かも? 掃除は苦手で、夫からは“片付けれられない人”という位置付けで(笑)。家事は朝が夫、夕方以降は私が担当。ご飯を作るのは私で片付けは夫と、50/50になるように大まかに分けています」

谷さんお気に入りのレストラン、bills お台場にてお話しを聞きました。オススメのメニューはリコッタパンケーキ – フレッシュバナナ、ハニーコームバター(右)と、そばの実、ビーツ、アボカドのサラダ – ハリッサ、グリークヨーグルト、ポーチドエッグ添え(左)

お互いに気になることがあれば、その場ですぐに伝え、ストレスを溜めないようにしているそう。また夫婦でファッション好きで、週末に家族でショッピングに出かけることも。ちなみに撮影時に着ていた洋服は全て谷さんの私物です。

「夫が洋服好きで、私は自分のセンスがないと思っているので(笑)一緒に選んでもらうことが多いですね。昨日も、明日撮影なんだけどどうしよう?と相談して一緒に選びました。よく行くお店は、知り合いの店員さんがいるセレクトショップ。デパートに行くこともありますね。紹介してもらった服はトレンドも押さえつつ長く着られるので重宝しています」

スポーツからダイバーシティ&インクルージョンに貢献

人生で最優先に考えているのは家族。それを踏まえて「自分が経験してきたスポーツの力を伝えていきたい」と谷さんは言います。願うのは、障がい者を含むさまざまな人に対してオープンなコミュニケーションができる社会を育むことだと言います。

「私が義足で道を走っていても、あれ何?と気軽に質問してくれるような社会であってほしい。息子を遠征に連れていくのも、私と一緒に大会を見ることで、国や人種、性別、障がい、さまざまな人がいることに気づくはず。そんな経験がとても貴重だと思っています。それをきっかけに隠したり恥ずかしがったりせず、オープンなコミュニケーションができるといいですね。

スポーツからダイバーシティ&インクルージョン(多様な個々の違いを認め、尊重すること)に貢献できたらと思います。この数年、講演をしていると、子どもたちの目線を通じて、オリンピックすごい! パラリンピックすごい!と思ってもらえることも増えました。そんな子どもたちが作る世界が、すごく楽しみなんです。障がいのある人に対する壁のない世界、そのための活動を続けていきたいと思います」

谷真海さんに聞きました

身体のウェルネスのためにしていること
“毎朝欠かさずスムージーを飲む”


「3年前にバイタミックスを買ってから、毎朝欠かさず夫がスムージーを作ってくれています。グリーンの日はほうれん草やレモン、赤の日はトマトやパプリカ、ビーツ、黄色の日はニンジンと黄パプリカ。3年も続いているのは、おいしいからこそ。ほぼ完成形に近づいていますが、いかにおいしく作れるかを研究しています」

心のウェルネスのためにしていること
“自然の中で体を動かす”

書籍『パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ』より。撮影/矢吹健巳[W]

「自然の中で体を動かすことが好きです。トライアスロンは、もともと自然の中でやるスポーツですが、東京だとそれが難しい。合宿で石垣島を拠点にすることが多いのですが、海があって自然が豊かな場所で体を動かすと、心の底から心身が解放され、普段は気づかない緊張から解きほぐされます。数カ月に1回は、そんな時間が持てたらいいなと思います」

撮影/高村瑞穂 ヘアメイク/久保フユミ(ROI) 取材・文/武田由紀子

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