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自衛隊医療従事者に辞めてしまう人が続出なのはなぜ? 編制定数・推定3000人必要なところに実際は1000人、任官辞退時に最高額約4800万円の返還義務が生じるのに…

集英社オンライン / 2023年9月1日 17時1分

中国による台湾有事の危険性や北朝鮮のミサイル発射実験の脅威など、国内の安全に対する危機意識が高まっている。そういった危機に日本の安全を守るのが自衛隊だが、銃創や爆発による創傷をどう救護するのかなど、自衛隊の医療に求められるものには特殊なものも多い。しかし、今その自衛隊医療従事者が悲惨な状況にあるという…『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』(ワニ・プラス)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

#2

自衛隊医療従事者の悲惨な充足率

自衛隊の医療従事者は「いざ」という時の隊員の救命に関わる重要職だが、現在、深刻な状況にある。

図1-6「自衛隊の医師、看護師、薬剤師の充足率と臨床経験」にあるように、自衛隊の医師数は2020年11月の報道時には約1000人と防衛医大の卒業者数から算出した編制定員の推測数2300人の半分にも満たない。



防衛省では医師数は医科医師と歯科医師の合計数で発表することが多いため、歯科医師数約200人を引いた800人が現状であろう。

2009年3月末の発表では自衛隊の医師数は陸上自衛隊779人、海上自衛隊225人、航空自衛隊172人の合計1176人であるから、医師数減少の速さと深刻さがわかる。

図1-6 自衛隊の医師、看護師、薬剤師の充足率と臨床経験。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』より

防衛医科大学校に入学すれば入学金及び授業料等を支払う必要はなく、医学生、看護学生として学習でき、医科医師、正看護師の国家資格受験資格が得られる。

医学生と自衛官になる看護学生の学生の身分は防衛省職員(特別職国家公務員)であり被服、食事等は、すべて貸与又は支給される。

在校中は、毎月所定の学生手当(給料月額12万200円、2023年1月1日現在)が支給されることに加え、年2回の期末手当(6月と12月のボーナス合計約30万円以上)が支給される。

学生自身の医療費は、防衛省の病院等で受診した場合はすべて国が負担してくれる。学生は、防衛省共済組合の組合員となり、その給付が受けられるほか、各種の福祉制度も利用できる。

しかしながら、税金で学習するには相応の義務もある。

卒業して幹部に任官するまでは指定場所に居住する義務があるため、隊舎で寮生活をしなければならず、外出には許可が必要になる。一般の医科大学に相当する夏休み、冬休みもあるが、それらは休暇扱いだ。

また、奨学金の比ではないほど厳しいのが教育費の一部を国庫に償還する義務だ。

卒業後に医官となって9年間、看護官となってからは6年間、自衛隊に勤務する義務があるが、任官を辞退した場合や勤務義務期限以前に退職した場合は、翌月末までに医官では最高額約4800万円、看護官では800万円以上を支払う義務がある。

支払い方法は、一括償還か2年間かけての半年賦償還を選択できる。分割で支払う場合の年利は看護官で14・5%と高いものだ。半年賦償還を希望する場合には、離職の日(卒業の日の属する年の7月31日以前の離職のときは、8月9日)までに、その理由について詳細に記した「償還金償還計画書」を作成し、順序を経て陸上幕僚長に提出しなければならない。

卒業時に卒業生の10%が任官辞退、卒業後14年目(38歳)までには50%が退職

防衛省技官となる看護学生の場合、学生の身分は非常勤の特別職国家公務員だ。

制服が貸与され、入学金及び授業料等はかからない。非常勤職員手当が勤務時間(授業を受けた時間)に応じて支給され、年に2回の期末手当(6月、12月)も勤務時間に応じて支給される。通学には交通費が支給され、希望者は有料で寮生活をする。卒業後に防衛省技官となり勤務年限が6年に満たないで離職する場合は、卒業までの経費を償還する義務がある。

防衛医科大学校のいずれの学科も現物支給の給食、宿舎の関係費は「教育訓練を受けた対価にあたる」として徴収しない。中退した学生からも償還金は徴収しないとしている。

防衛医科大学校医学部では卒業時に卒業生の10%が任官辞退し、卒業後9年目(義務期限以前)までに約30%が退職し、卒業後14年目(38歳)までに50%が退職してしまう。

償還金制度は2007年度までは卒業後の年数に応じて金額は大きく減額されたが、以降は年数に応じた金額があまり減らなくなった。それにも関わらず償還金制度は医官の民間への流失を防ぐ役目を果たしていないのが実情だ。

これには、多数の病院が医官を引き抜き(ヘッドハンティング)をしている、昨今の医師不足の影響もある。医師を必要とする病院が国庫返還金の支払いを負担してもいる。

医官が部隊に配属された場合、最大週2日の部外通修(通って研修や教育を受けること)が認められており、協力病院での臨床にて研鑽を積むことができる。通修の日数には部隊長の裁量で幅があり、筆者が所属した第11後方支援連隊衛生隊では週3日間であった。通修先の病院では懇切丁寧に一人前の医師になるように育成しているうちに、自分の病院で働いてほしいと願うようになる。

また、研修を受けている医官も自衛隊病院勤務に戻れば、自衛隊病院勤務では症例が不足しており、臨床経験を十分に積むことは望めない。

一緒に研修を受けている医師たちとの大きな差がついてしまう、医師としてのスキルアップにも不安がある。医官では給与、昇進、技術面での悩みがあるが部外病院の魅力は大きい。こうして医官と部外病院の利害が一致し、研修先病院に引き抜かれることが多い。

制度に翻弄される看護官

災害派遣などでの自衛隊の看護師の活躍について、もろ手を挙げて称賛することは、かえって看護官を窮地に立たせることになりかねないので、その実態について正しく理解しなければならない。

防衛医科大学校病院を除く、各自衛隊病院で勤務しているのは正看護師の「看護官」だが、人数不足が深刻である。

戦争や作戦の科学的な分析や立案に際して考え方の基盤となる「戦いの原則」がある。

軍事作戦を成功させるための、経験則や格言、規範をまとめたものであり、その中に「簡明」行動の計画を簡潔かつ明快に準備しておく原則がある(1986年版米陸軍戦教範100-5)。戦場の混乱した状況では複雑なものは役に立たないからだ。

そのために防衛組織で必須なのが人的能力の標準化である。

自衛隊では「基本的基礎的事項」と言うが、正看護師であれば誰もが同じ能力を備え、その基盤の上にそれぞれの専門性を拡充しなければならない。

ところが図1-7「自衛隊看護師の種類」のように、陸上自衛隊で5種類もあり、さらには図1-8「陸上自衛隊看護師の勤務歴と種類の比較」のとおり、あろうことか主要な看護師の能力に違いがあるうえに、勤務経験と階級においてそれらが逆転してしまっている。

図1-7 自衛隊看護師の種類。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』より

図1-8の数字は自衛隊の看護師養成機関の卒業者数などから算出した看護師の編制定数の推定人数である。編制定数が推定3000人近くいなければならないところ、実際は1000人と報道されているのであるから、看護師の人手不足は充足率30%台と深刻である。充足率が50%未満になると機能発揮はできない。

一般の病院では看護師長や管理職に就く40代以上の看護官が専門学校卒であり、自衛隊幹部の養成教育を受けておらず、しかも過半数を占める。看護主任クラスの30代の看護官から幹部養成教育を受けるようになるが、こちらも専門学校卒である。

一方、自衛隊では新人の看護官が防衛医科大学校卒であり、看護学の学位を有し幹部養成教育を受けてから各自衛隊病院に配置されてくる。

この能力と教育の逆転は看護官本人にとっては気の毒としか言いようがない。

看護官の中途退職者の退職理由の多くはさらなる能力向上のため、症例数の多い病院で勤務することや進学を希望するものだ。本来の教育を受けているべき、主任クラス以上の看護官に速やかに大学教育、幹部教育を受けさせ学位を授与すべきであろう。

図1-8 陸上自衛隊看護師の勤務歴と種類の比較(2023年4月現在)。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』より

陸上自衛隊にいる約2000人の准看護師はほとんど“ペーパー看護師”

自衛隊中央病院高等看護学院は渋谷近傍のため人気があり、以前は倍率が64倍と狭き門であった。現在は所沢の防衛医科大学校にて看護師が養成されるため、地域的な魅力がない。

償還金制度が決定的となり入学希望者が減少しているようだ。

一般社会では筆者の修得したMOT(技術経営修士)のように実務経験を大学卒業相当と見做し、夜間の通学で学位を取得する制度が整えられている。

防衛医科大学校の看護師養成部門の一部を三宿駐屯地に設け、陸海空と救命救急士合わせて全国に3000人いる准看護師を部隊勤務のペーパー看護師状態から自衛隊病院勤務に移して看護師不足を補完、看護官には、勤務しながら学位を取得できる制度を設けるべきである。

他人との差は必ず人間関係に歪みを生じさせる。それが本来のあるべき姿から逆転しているのであればなおさらだ。

国土防衛とは架空の数字を発表し能力を誇張することではなく、持てる能力を効率的に運用して行うものだ。コロナ禍により、自衛隊に部外の医療従事者の動員は不可能であることが露呈した今、現有の人的資源を有効活用する改革をすべきである。

陸上自衛隊には約2000人の准看護師がいるが、こちらは部隊勤務が主であり、准看護師免許取得前の病院実習以来何十年も患者を看たことがない者もいるほどのペーパー看護師である。

陸自では衛生学校に入校することもなく統一された教育を受けない准看護師が大半だ。

また、600人ほどの救急救命士もいるが、こちらは准看護師免許取得者の中から養成されるため、看護師も兼ねている。ところが、救急救命士も准看護師同様に部隊勤務が主で臨床経験はほとんどない。

救急救命士から養成される第一線救護衛生員も同様だ。現行では、第一線の医療従事者が何種類もあり複雑すぎる。准看護師に統一して同じ技術を備えた隊員の数を揃えるべきだ。

文/照井資規

『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』(ワニ・プラス)

照井資規

2023/9/1

¥1,980

256ページ

ISBN:

978-4847073434

今すぐ手を打たなければ
市民の命も、自衛官自身の命も守れない!!

陸上自衛隊で、普通科・衛生科両職種の研究を続けた筆者だからこそ
今すぐ強く訴えたいことがある

台湾・朝鮮半島有事、国内の凶悪事件、テロ、さらにあいつぐ自然災害。
内外からの危機が現実になったとき、人々の命を守るのが「緊急事態対処医療」である。
自衛隊は民間とも連携しつつ、常にその最前線に立たなければならない。
地下鉄サリン事件、東日本大震災などの事件・災害現場や、新型コロナウィルスのワクチン接種などで
一般の市民は、彼らの活動をメディアでも目にしているだろう。
「災害時にたよりになる」と市民に評価されることは多くなったものの、自衛隊医療の「実態」は楽観できるものではない。
人員不足、予算不足に加え、複雑過ぎる組織、実態に合わない携行品、
市民の「有事」に対する危機感の薄さ、備えの貧弱さは今すぐ解決すべき課題を冷静に分析し、
あるべき姿を提言する。

【内容紹介】
1章 自衛隊医療の限界を露呈した「コロナワクチン大規模接種」
2章 ないがしろにされる自衛隊員の命
3章 核ミサイルが着弾、その時・・・
4章 日本は「銃撃」「テロ」「災害」に対処できるのか
5章 「市民救護」があなたを救う
6章 日本が世界に貢献するために

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