これから取りあげるのは、解離性障害の事例である。これを入り口にして、“虐待サバイバー”の心に深く刻まれた虐待の傷あとを理解していく。
解離性障害は、重大なストレスによって生じる「一時的な自我の破綻」である。虐待を受けていると必発するわけではないが、とくに被虐待者は発症しやすいのではないかと私は思っている(ジュディス・L・ハーマンは著書『心的外傷と回復』で、友田明美は論文『被虐待者の脳科学研究』で、児童虐待と精神疾患の深い関連を指摘している)。
そして、一般に行われている治療だけでは、効果は十分ではないとも感じている。その理由は、ふたつある。
ひとつ目は、今日の精神科で行われている治療の主体が薬物療法であることだ。心の傷によって発症した心の病には、精神科薬の効果が薄いことが少なくない。
ふたつ目は、心理療法(体系化された理論を用いて行う心の治療の総称)では、どうしても治療者の主観が入り込んでしまって、被虐待者の特殊な心理を捉えていくことが難しいことである。