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『VIVANT』で話題の“別班”はリアルに存在した…「通勤ルートは毎日変えろ」「情報提供料名目で1回300万円までは自由に使える」総理も防衛大臣も知らない組織の輪郭

集英社オンライン / 2023年9月4日 8時1分

ドラマ『VIVANT』で主人公・乃木憂助(堺雅人)が所属する“別班”。ドラマでは自衛隊の陰の諜報・工作部門ということになっているが、実際に “別班”という部隊は存在するそうだ。ウワサの秘密部隊の輪郭に迫る。『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』 (講談社現代新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。

#2

秘密の塊

現在、東京ミッドタウンの芝生広場、ミッドタウン・ガーデンに隣接する港区立檜町公園は、池を中心とした六本木のオアシス的な存在となっている。

しかしながら、当時は防衛庁のすぐ裏手にある〝殺風景で陰気な公園〟といった印象が強く、しばしば新左翼各派が集会を開催していた。

ある調査隊員から「一緒に見に行かないか」と誘われ、彼らの仕事を垣間見る機会が何度かあった。ジャンパーなど地味な私服をまとい、イヤホンを耳に付けている調査隊員たちは、集会の様子をさりげなく録音したり、メモをとっていた。そして、はるか離れた場所からは、何人かが望遠レンズで写真撮影をしていた。


集会終了後、調査隊のうちの一人が「今日は警視庁公安部、公安調査庁も来ている。調査隊も陸、海、空そろい踏みだった」とつぶやいていたことを記憶している。

そうした隊員たちとの会話の中で、誰が言ったか忘れてしまったが、調査学校に関する話が頭の中にこびりついた。

調査学校とは、東京都小平市にある、情報や語学を学ぶための陸上自衛隊の教育機関だ。2001年に業務学校などと統合され、小平学校と名称を変えている。

調査隊員になるためには、調査学校の調査課程を修了することが必要だった。

陸、海、空の3自衛隊から指名された隊員が調査課程に入学するが、当時はいまほど情報畑はさほど重要視されておらず、病気や家庭の事情などやむを得ない理由から指名される隊員が目立っていたように記憶している。

「シンボウカテイの連中は、何をやっているかまったくわからない。秘密の塊だ」

「ベッパンは、本当にヤバイことをやっているらしい。警視庁の公安でさえ、まったく把握できていないと聞いた」

シンボウカテイ、ベッパンという意味不明な単語……。「何ですか、それは」といくら聞いても、調査隊員たちは口を濁して教えてくれなかった。

それらが「心防課程(心理戦防護課程)」「別班」のことを指しているとわかったのは、10年後のことだった。

「別班」と「調別」

「別班」の取材は、ある自衛隊幹部からもたらされた〝すごい話〟が端緒になった。

手元の取材メモによると、その幹部と会って話を聞いたのは、2008年の4月10日。彼とはその時点で10年以上の付き合いだった。

場所は都内のレストラン。この日は目的があっての取材ではなく、「久しぶりに肉でも食うか」というゆるい懇談だったので、個室ではなかった。赤ワインを飲みながらの会話がふと途切れた直後、幹部は「すごい話を聞いた」と話し始めた。

「陸上自衛隊の中には、『ベッパン』とか『チョウベツ』とかいう、総理も防衛大臣も知らない秘密情報組織があり、勝手に海外に拠点を作って、情報収集活動をしているらしい。これまで一度も聞いた事がなかった」

どこかで聞いた言葉……一瞬にして、調査隊員から聞いた〝過去の記憶〟と結びついた。

事実ならば、政治が、軍事組織の自衛隊をまったく統制できていないことになる。シビリアンコントロールを大原則とする民主主義国家にとって、極めて重大な問題だ。

直感でそう思い、執拗に質問を重ねたのだが、彼が把握していたのは伝聞で得た情報のみで詳しいことは知らず、会食後に取材メモをまとめてみると、幹部は「ベッパン」と「チョウベツ」という言葉を混同して使っていた。

後日調べてわかったことだが、「調別」の正式名称は、陸上幕僚監部調査部別室。前身の陸上幕僚監部第2部別室時代は「2別」と呼ばれていた。

現在の防衛省情報本部電波部の前身で、いわゆるシギント(SIGINT=SIGNALS INTELLIGENCEの短縮形で、通信、電波、信号などを傍受して情報を得る諜報活動のこと)を実施する、公表されている情報機関であって、自衛隊の組織図にも載っていない秘密情報部隊「別班」とは全く違う組織だ。

調別時代から室長は警察官僚が務め、電波部長も例外なく警察官僚がそのポストに就いている。警察庁にとって手放したくない重要対外情報の宝庫だからだ。特にロシア、中国、北朝鮮情報については、アメリカの情報機関でさえも一目置く存在だ。

1983年にサハリン上空で大韓航空機が旧ソ連戦闘機に撃墜され、乗客乗員269人が死亡した事件では、戦闘機が「発射完了」「目標撃墜」「攻撃終了」と地上に報告した無線交信を、調査部別室の東千歳通信所が傍受。それを米国が公表して旧ソ連を追及したことで、調別の名前は一躍脚光を浴びることになった。

それにしても、「調別」「別班」と、なぜこんな紛らわしい名称にしたのか、疑問に思っていたのだが、元別班長の元陸将補・平城弘通が著した『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』にこんな記述があるのを見つけて、納得した。

〈「特勤班」だとか、「二部分室」、あるいは「別班」と略したが、「別班」というのが最後に定着した。二部に通信傍受を扱う「別室」というのがあり、早くから世に知られていたが、「別室」と「別班」だったら紛らわしくて目くらましの効用もあるだろうということで、「別班」を使うことになったのだ〉

自衛隊幹部さえも目くらましに騙され、混同していたのだから、さすが謀略機関というところだろう。

別班の輪郭

前項の自衛隊幹部から話を聞いたのが、2008年4月10日。「陸自が暴走」「文民統制を逸脱」「自衛官が身分偽装」といった記事の見出しが脳裏に浮かび、半信半疑のまま翌11日から早速、資料収集や取材を開始した。

そして記事として最初に新聞に掲載されたのが、2013年11月28日。まさか、5年半以上も「別班」取材に費やすことになるとは、当然のことながらその時はまったく考えなかった。

取材の端緒になったこの幹部は、いろいろと駆け回って情報収集に努めてくれた。当初、別班の姿形はまるで見えなかったが、数回会って話を聞いていくうち、やがて濃い霧のはるか向こう側に、ぼんやりとした輪郭のようなものが浮かんできた。

彼によれば、別班は陸上幕僚監部の「第2部別班」を振り出しに、組織改編による「調査部別班」を経て、「運用支援・情報部別班」が正式名称(2008年時点)だという(その後、さらなる組織改編によって2017年3月、「指揮通信システム・情報部別班」となっている)。

通称「DIT」と呼ばれており、どうもこれは「DEFENSE INTELLIGENCE TEAM」の頭文字をとった略称だろうということだった。

トップの班長は1等陸佐で、旧日本軍や外国軍の大佐に相当する。歴代、陸上自衛隊の情報部門出身者が班長を務め、人事的なルートが確立している。ただし、全体像を把握する関係者が極めて限られているため、班員数など別班の詳細は不明という。

表向き、別班は存在しないことになっている秘密組織でありながら、陸上幕僚監部運用支援・情報部長(当時)の直属で、本部は防衛省がある市个谷駐屯地内に堂々と存在するともいう。

防衛省の庁舎はおもに次の11棟に分かれている。

■A棟(本館)内局と統合幕僚監部、陸海空の各幕僚監部
■B1~2棟陸海空の通信部隊
■C1~3棟情報関係部隊、機関
■D棟2015年10月に新設された防衛装備庁の主力、防衛監察本部
■E1~2棟支援部隊
■F1~2棟防衛研究所


C1~2棟は、防衛省職員、自衛隊員であっても、許可を受けた者しか入館できない。その他、用途不明の小規模な建物も数棟あるが、別班の本部がどの棟にあるかは不明だった。

おもな任務はスパイ活動

別班は、中国やヨーロッパなどにダミーの民間会社をつくって別班員を民間人として派遣し、ヒューミントをさせている。有り体に言えば、スパイ活動だ。

日本国内でも、在日朝鮮人を買収して抱き込み、北朝鮮に入国させて情報を送らせるいっぽう、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)にも情報提供者をつくり、内部で工作活動をさせているという。

また、米軍の情報部隊や米中央情報局(CIA)とは、頻繁に情報交換するなど緊密な関係を築き、自ら収集、交換して得た情報は、陸上自衛隊のトップの陸上幕僚長と、防衛省の情報本部長(情報収集・分析分野の責任者)に上げている。

ではいったい、どのような人物が別班の仕事に従事しているのかというと―陸上自衛隊の調査部(現・指揮通信システム・情報部)や調査隊(現・情報保全隊)、中央地理隊(現・中央情報隊地理情報隊)、中央資料隊(現・中央情報隊基礎情報隊)など情報部門の関係者の中で、突然、連絡が取れなくなる者がいる―それが別班員だというのだ。

いくら自衛隊の情報部門の人間でも、普通は人事システムの端末をたたけば所属先ぐらい簡単にわかる。しかし、端末を叩いても何もわからない者がいる、との話だった(それでも、〝同期〟などごく近い人たちは感づくと思うが……)。

「はじめに」でも紹介したように、別班員になると、一切の公的な場には行かないように指示される。表の部分からすべて身を引く事が強制されるわけだ。

さらには「年賀状を出すな」「防衛大学校の同期会に行くな」「自宅に表札を出すな」「通勤ルートは毎日変えろ」などと細かく指示される。

ただし、活動資金は豊富だ。陸上幕僚監部の運用支援・情報部長の指揮下の部隊だが、一切の支出には決裁が不必要。「領収書を要求されたことはない」という。

情報提供料名目で1回300万円までは自由に使え、資金が不足した場合は、情報本部から提供してもらう。「カネが余ったら、自分たちで飲み食いもした。天国だった」という。

シビリアンコントロールとは無縁な存在ともいえる「別班」のメンバーは、前述の通り、全員が陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程の修了者。

同課程の同期生は、数人から十数人おり、その首席修了者だけが別班員になれるということを聞いて、すとんと胸に落ちるものがあった(後から、首席でも一定の基準に達していないと採用されないとも聞いた)。

同課程こそ、旧陸軍中野学校の流れをくむ、〝スパイ養成所〟だからである。


文/石井暁 写真/shutterstock

『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』 (講談社現代新書)

石井 暁

2018/10/17

¥880

200ページ

ISBN:

978-4065135884

TBS系日曜劇場VIVANTで話題沸騰!
帝国陸軍から自衛隊に引き継がれた“負の遺伝子”とは? 日本が保持する「戦力」の最大タブーとは?――身分を偽装した自衛官が国内外でスパイ活動を行う、陸上自衛隊の非公然秘密情報部隊「別班」に迫った日本で唯一の書! 別班と三島由紀夫の接点、別班と米軍の関係、海外の展開先、偽装工作の手法、別班員になるための試験問題……災害派遣に象徴される自衛隊の“陽”とは正反対の“陰”の実体!


■帝国陸軍から自衛隊に引き継がれた、“負の遺伝子”とは?
■日本が保持する「戦力」の最大タブーとは?
■災害派遣に象徴される自衛隊の“陰”とは?

・・・・・・・・・・
本書は、身分を偽装した自衛官に海外でスパイ活動をさせている、
陸上自衛隊の非公然秘密情報部隊「別班」の実体に迫ったものである。

「別班」は、ロシア、中国、韓国、東欧などにダミーの民間会社をつくり、
民間人として送り込んだ「別班員」に、ヒューミントを展開させている。

日本国内でも、在日朝鮮人を抱き込み、北朝鮮に入国させて
情報を送らせる一方、在日本朝鮮人総聯合会にも協力者をつくり、
内部で工作活動をさせている。

たしかに、アメリカのDIA(国防情報局)のように、海外にも
ヒューミントを行う軍事組織は存在する。

しかし、いずれも文民統制(シビリアンコントロール)、あるいは政治の
コントロールが効いており、首相や防衛相がその存在さえ
知らされていない「別班」とは明確に異なる。

張作霖爆殺事件や柳条湖事件を独断で実行した旧関東軍の謀略を
持ち出すまでもなく、政治のコントロールを受けずに、
組織の指揮命令系統から外れた「別班」のような部隊の独走は、
国家の外交や安全保障を損なう恐れがあり、極めて危ういといえるのだ。

「別班」はいわば帝国陸軍の“負の遺伝子”を受け継いだ“現代の特務機関”であり、
災害派遣に象徴される自衛隊の“陽”の部分とは正反対の“陰”の部分といえる。

・・・・・・・・・・
〈本書のおもな内容〉
第1章 別班の輪郭
中野学校の亡霊/別班と三島由紀夫の接点/別班と米軍の関係 ほか
第2章 別班の掟
海外の展開先/偽装工作の手法/別班員になるための試験問題 ほか
第3章 最高幹部経験者の告白
別班を指揮する正体/元韓国駐在武官の証言 ほか
第4章 自衛隊制服組の独走
事務次官と陸上幕僚長の反応/防衛大臣の対応/別班OBたちの言葉 ほか

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