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現地で見てこそ! 旅をしてでも見る価値のある日本美術・47都道府県の「この一点」とは<山下裕二×井浦新>

集英社オンライン / 2023年9月27日 12時1分

「日本美術応援団」として、自身の価値観で良しとする作品を世に問うてきた美術史家・山下裕二。新著『日本美術・この一点への旅』(集英社)は、雑誌連載で取り上げた作品を中心に、旅をしてでも見る価値のある47都道府県の「この一点」を紹介するもの。首都圏を中心に開かれる大型展覧会で気軽に遠方の逸品を目にすることができる昨今、「この一点」を目指して旅に出る意義とは? 幾度となく美術をめぐる旅をしてきた俳優・井浦新とともに、その魅力を語る。

奇想の絵師・長沢芦雪の南紀への旅

女性誌『エクラ』(集英社)での連載当時の誌面。長沢芦雪『龍図』(無量寺・串本応挙芦雪館)の回と、円空『十一面観音菩薩像及び善女龍王像・善財童子像』(洞戸円空記念館)の回。雑誌発売時にピンポイントで見られる「この一点」を47都道府県分、続けて探すのはなかなか骨が折れたとか


無量寺と同じ和歌山県東牟婁郡串本町にある、国の名勝、天然記念物の「橋杭岩」。約850mにわたり大小40余りの杭のような形の岩が立ち並ぶ。弘法大師が一夜にして作ったという伝説も残る。写真は、山下氏、井浦氏が定宿にしているという高台のホテルから。夜明けの景色が絶景とのこと(写真/井浦新氏提供)

山下 今回の本はすべての都道府県を網羅した美術ガイドとなっているのが特徴ですが、新くんは、全都道府県に行ったことはありますか?

井浦 島以外は全部行っています。昔から旅好きですが、日本美術に興味を持つようになってから、より楽しくなり、深入りしています。

山下 新くんがこれまで行って良かったところはどこですか?

井浦 和歌山県の串本です。長沢芦雪(1754~99)の足跡をたどって何度も行きました。

山下 串本は本州最南端の地ですね。江戸時代の京都の絵師・長沢芦雪の襖絵を所蔵する無量寺があります。芦雪は、師匠である円山応挙(1733~95)の代理として無量寺に派遣され、『虎図』『龍図』などの襖絵を残しました。新くんは、最初プライベートで行ったの?

井浦 はい。僕のバイブルである山下先生の『日本美術応援団』(赤瀬川原平との共著)を読んで、美術好きの仲間と行きました。

山下 僕も10回以上行ったけど、赤瀬川さんとの串本は特に思い出深いです。

井浦 美術の旅の醍醐味は、視覚だけでなく五感すべてを使って、気候や風土も含めて楽しめることです。串本へ行くと、芦雪はこんな日差しを浴びながら絵を描いたのだろうか、お酒を飲んで地元の漁師と過ごしたのだろうか、と想像が広がります。江戸時代と交通手段は違いますが、時間をかけて現地まで移動することで、京都からはるばるやってきた芦雪の気持ちにも思いを馳せることができます。

山下 芦雪にとって最高の旅だったと思うよ。京都から立派な絵師が来たと歓待され、酒をすすめられて、あきらかに酔っ払って描いた作品が、そこここに残っている。真面目な師匠の膝元を離れて羽目を外したんじゃないかな。

井浦 それができた場所が串本なのですね。

山下 帰ってから応挙に「おまえ、ずいぶんはしゃいでいたらしいな」と言われたかもしれない。ところで、新くんは紀伊大島にも渡った? 海金剛という巨岩があって、有名な橋杭岩に負けず劣らず素晴らしい。

井浦 行きました。芦雪もこの風景を見たかと思うと胸が一杯になりました。

山下 ニューヨークのメトロポリタン美術館に芦雪晩年の『海浜奇勝図』という、不思議な形の岩を描いた屏風がある。この作品には、若い頃、串本に行った記憶が反映されていると思います。このような実感が持てる点で、無量寺の芦雪は「この一点への旅」の代表的なものですね。

兵庫県の日本海側、香美町香住にある大乗寺の「猿の間」 。長沢芦雪の『群猿図』が収められる。みずみずしい筆致で描かれた猿たちは、ユーモラスな表情を浮かべ、とても人間じみている(※10/16~2024年4/10まで特別展出品のため、大乗寺での観覧不可)

山下 芦雪といえば香住(兵庫県・香美町)の大乗寺にも、今回の本の表紙にした『群猿図』があります。メインの部屋の襖絵は応挙が描いていますが、そのほかを、芦雪をはじめとする応挙の門弟が描いている。現在、応挙の絵は再製画に入れ替えられていますが、間違いなく日本一の障壁画空間だと思います。こちらを訪れるのも、まさしく「この一点への旅」。

井浦 僕も何度か行きましたが、大乗寺は幸せを超えて心がバグってしまうような場所です。

山下 昔、赤瀬川さんと行ったときは、二階の「猿の間」はまだお寺の方が使っていて非公開でした。冬だったからこたつがあって、芦雪の絵を見ながらこたつでみかんを食べたよ。

井浦 羨ましすぎます。

山下 『龍図』も『群猿図』も今年10月から来年にかけて2会場を巡回する『長沢芦雪展』に出品されますが、会期終了後に所蔵先を訪ねることをおすすめしますね。

造仏聖・円空の修行の足跡をたどる

岐阜県関市の洞戸円空記念館が誇る一木三尊像のうち、『善財童子像』(撮影/長谷川公茂、円空上人の心を伝える会『高賀神社の円空仏』より)。木を鉈で断ち割った荒々しい質感が、細身の像の垂直性を際立たせ、円空仏独特の表現となっている

山下 新くんは江戸時代の僧・円空(1635〜95)にも熱心だよね。

井浦 円空は僕にとって大きな存在です。初めて見たときの衝撃は忘れられません。円空の場合、旅は修行でした。貧しい集落の人に、自らが彫った仏像を与え、手を合わせなさいと布教した。そんな円空の足跡を追って全国各地、ゆかりの地はほとんど行きました。円空仏は、交通の便がいいとは言えない場所に点在しているので、見に行くときはなるべくほかの予定を入れないことにしています。たとえば青森に行ったら、2、3日かけて円空だけをたどります。

山下 今回の本では、岐阜県関市の洞戸円空記念館にある、十一面観音・善女龍王・善財童子の三尊像を取り上げました。僕が一番好きな円空仏です。一本の丸太を縦に三つに割って彫っているから、三体を合わせると元の丸太の形になります。ぜひ現地で見たいと思って、『日本美術応援団』の雑誌連載時に赤瀬川さんと一緒に記念館に行って、本当に感動しました。もう一つ、忘れられない場所は、北海道・せたな町の太田権現(太田神社)です。

井浦 僕はまだそこには行けていません。

山下 参道奥の断崖絶壁を登った先に、円空が修行したと伝わる洞穴があります。かつてそこに円空仏がありました。僕が登る途中、岩場の大きな石が崩れ落ちて、死ぬかと思いました。

井浦 仲間から写真を見せてもらったのですが、岩を登るための鎖も、大きな輪っかをつなげた形状なんですよね。

山下 よく知っているね〜。円空は、2024年の2月から4月にかけて、大阪のあべのハルカス美術館で展覧会が開催予定です。

井浦 それは気になります。

山下 とはいえ、やはり洞戸の地でも鑑賞してもらいたいですね。人も少なくてゆっくり見られますし、円空晩年に彫った仏像が多数展示されています。非常にユニークな狛犬像もありますよ。

宵闇で見る、絵金の芝居絵屏風の凄絶

高知県香南市赤岡で、毎年7月に開かれる「土佐赤岡絵金祭り」。山下氏はかつてここを現代美術家の天明屋尚氏と訪れた。この祭りでは絵金の屏風23点が商店街の軒先に並べられ、凄惨な仇討ちなど芝居の名場面を描いた屏風が蠟燭の灯りで妖しく夕闇に浮かぶ(写真/山下裕二氏提供)

山下 あべのハルカスといえば、4月から6月にかけて絵金(1812〜76)の展覧会をやっていたね。絵金は幕末から明治初めにかけて土佐で活動した絵師です。歌舞伎を題材にした屏風が、赤岡の絵金祭りや高知県下のいくつかの神社の夏祭りで披露されます。行ったことはありますか?

井浦 絵金を見に高知には行きましたが、お祭りのタイミングではなかったのが心残りです。

山下 露出展示だから、ナマの作品と向き合える機会としても貴重だし、祭りのキッチュな雰囲気と絵金の屏風がマッチしています。ぜひ一度は足を運んでほしいですね。蝋燭の灯りで屏風を見せる展示なんて、ここくらいじゃないかな。美術館のない時代の絵の楽しみ方が今も続いているというのが、本当に素晴らしい。

地域ごとに異なる縄文の造形

縄文王国・山梨の釈迦堂遺跡博物館。笛吹市の釈迦堂では、全国の出土数の約7%を占める1100以上もの土偶が見つかっている。土偶の欠片がずらりと並ぶ展示ケースは圧巻だ(写真/井浦新氏提供)

茅野市尖石縄文考古館で見ることのできる2体の国宝土偶。左は、山下氏が長野県の「この一点」に挙げた『土偶』(仮面の女神)。右は『土偶』(縄文のビーナス)。現在、「縄文のビーナス」は貸し出し中で、再び2体が揃うのは10月中旬以降

山下 僕と新くんとでもう一つ共通しているのは、無類の縄文好きなことだよね。

井浦 縄文は、地域ごとに造形が異なるので、絵師を追うのとは違う面白さがあります。

山下 一口に縄文時代と言っても一万年もあり多様です。十日町市博物館(新潟県)の火焰型土器のようなエネルギッシュなものもあれば、山梨県立考古博物館や釈迦堂遺跡博物館の水煙文土器に代表されるような曲線が連なる不思議な造形のものもある。縄文の遺跡は、仕事で行くことが多いですか?

井浦 ほとんどがプライベートです。北は北海道から南は沖縄まで行きました。この間は西表島で貝塚を見ました。

山下 西表島はさすがに僕も行っていない。負けたな〜。今回の本では山梨、長野、新潟の3県を縄文に充てています。僕の大好きな長野の茅野市尖石縄文考古館の土偶「仮面の女神」も取り上げました。

井浦 もし「縄文を最初に見るならどこに行ったらよいですか?」と聞かれたら、迷わず、茅野を薦めます。考古館には「縄文のビーナス」と「仮面の女神」という国宝の土偶が二体ありますし、隣接する遺跡も良いです。ここに川があるから住みやすかったんだとか、縄文人はあの山を大切にしていたのかとか、集落跡の地形を見ることで実感できます。現地に行かないと地形のことまではわかりません。

奄美の自然信仰を絵画化した田中一村

鹿児島県本土から南西に約380km離れた、奄美大島にある田中一村記念美術館。一村の作品を、東京・千葉在住時代から奄美大島移住後まで、季節ごとに入れ替えながら展示する。独特の形の展示棟は、食物を貯蔵する「高倉」を模したもの(画像提供/奄美パーク・田中一村記念美術館)

山下 旅といえば、田中一村(1908~77)も忘れてはいけません。一村こそ奄美大島に行かないとわからない。

井浦 奄美も何度も行った大好きな場所です。

山下 栃木県出身の一村は幼い頃より画才を発揮しましたが、中央画壇で認められず、50歳で単身奄美に移住します。紬工場で染色工として働きながら、奄美の自然をモチーフにした絵を人知れず描き続けました。死後、たまたまNHKのディレクターの目にとまり、『日曜美術館』に取り上げられたことで、一躍有名になりました。現地には、田中一村記念美術館が開館し、一村終焉の家も移築されて残っています。

井浦 奄美は本州とは異なる独特の自然が素晴らしいです。ドラマの撮影で、奄美大島やさらに南の加計呂麻島に長期滞在したときに、撮影の合間にあちこち回りました。縄文時代から連綿と続くアニミズムも色濃く残っています。

山下 奄美の沖合には、海からやってきた神様が立ち寄る「立神」と呼ばれる岩がいくつもあり、信仰の対象になっています。その立神と奄美の集落を結ぶ細い道は祭礼のときの神様の通り道です。一村の絵には、近景に奄美の草花、遠景に海と岩を描いたものが多いけど、それは神様が通る道から鬱蒼と茂った植物越しに立神を見た風景なんです。奄美の自然信仰が表現されています。

一村は、奄美に渡った当初は自分の絵を認めない中央画壇に対する復讐心を燃やしていたけど、現地の自然とアニミズム的な信仰に触れて、自分を認めてほしい気持ちが溶けていったんじゃないかな。最後の連作は「閻魔大王えの土産品」と記し、純粋に自分が納得する絵を残そうと考えていた。その矢先に誰にも看取られず、亡くなったんですけどね。


県立美術館も「この一点」を楽しめばいい

井浦 今回の本では県立美術館がたくさん紹介されていますが、あらためて振り返ると僕は県立美術館にあまり行っていないことに気づきました。その土地ゆかりの作家、作品を広く展示する幕の内弁当的なイメージがあるため、つい濃厚な鑑賞体験を求めて個人をテーマにした記念館などに行ってしまいます。県立美術館の楽しみ方を知りたいです。

山下 既に新くんは率先して「この一点への旅」をやってきているんだよ。県立美術館だって同じ。展示されているすべてを楽しもうと思わないで、「この一点」だけでもいいんですよ。

井浦 県立美術館であっても、絶対見ておきたい一点を目指して出かければいいんですね。

山下 もちろん、事前に何が展示されているかを調べる必要はあるけどね。目当てにする「この一点」を見つけるときに今回の本を使えばいいんじゃないかな。予め候補を決めて、展示されるタイミングで旅に出る、というのが基本です。

井浦 その上で旅に持っていってもいいですしね。これから先もまだまだ行きたい場所があると思うと楽しみになってきます。

山下 土地土地の美味しいものを目指して出かけるのと同じくらいの気軽さで、「この一点」が旅のきっかけになってくれれば嬉しいですね。


撮影/荒井拓雄 ヘアメイク/NEMOTO(HITOME) [井浦新氏] 取材/藤田麻希

『日本美術・この一点への旅』

山下裕二

2023/9/5

¥2,420

160ページ

ISBN:

978-4087817423

美術好き・旅好きが目ざすべき、47都道府県の「この一点」。
「旅してでも見る価値あり」という視点で選んだ新・美術館ガイド

日本美術の「真価」を知るには、所蔵先まで旅するのがベストです。「混まないから作品とじっくり向きあえる」ことに加え、「その土地と作品のつながりをリアルに実感できる」「当初意図された通りの展示空間で見られる」など、鑑賞体験の感動が何倍にも増大することも。なかには、「国宝の屏風絵をガラスケースなしで見られる」というスペシャルな機会もあり!
本書は、日本各地の「旅してでも見る価値がある作品」=「この一点」を山下先生の独自の視点で厳選し、詳しい解説とともにオールカラーで紹介しています。全62施設(寺院含む)、47都道府県を網羅しているから、どこからでもスタート可能。お目当ての作品の展示時期を調べたら、いざ、「この一点」を楽しむ旅へ! 美術好き・旅好きにおすすめの一冊です。

【本書に収録した作品】
三岸好太郎『飛ぶ蝶』(北海道)/棟方志功『花矢の柵』(青森県)/狩野永徳『上杉本洛中洛外図屏風』(山形県)/木村武山『阿房劫火』(茨城県)/『捕鯨図万祝』(千葉県)/鏑木清方『一葉女史の墓』(神奈川県)/『火焔型土器(指定番号1)』(新潟県)/『風俗図(彦根屏風)』(滋賀県)/長沢芦雪『龍図』(和歌山県)/正阿弥勝義『菊花・虫図皿』(岡山県)/雪舟等楊『四季山水図(山水長巻)』(山口県)/副島種臣『帰雲飛雨』(佐賀県)/田中一村『不喰芋と蘇鐵』(鹿児島県)ほか。

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