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余命2週間、腎不全末期だった猫が1年以上も延命。驚きの効果を発揮したタンパク質「AIM」が猫に初めて投与された日

集英社オンライン / 2023年9月18日 10時1分

すべての愛猫家にとってこれほど喜ばしいことはない。おそらく今後、猫の寿命は現在の15歳から大きく延び、2倍近くになる日が来る。その鍵を握るのが東京大学で宮崎徹氏が研究しているタンパク質「AIM」だ。2年前に発売されベストセラーになった『猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見』から、初めてネコに「AIM」が投与された瞬間を一部抜粋し紹介する。

〔〕内は集英社オンラインの補注です

腎不全末期のネコに驚きの効果

セミナーで小林先生と初めてお話をしてからほどなくして〔宮崎徹氏が一般向けにAIMのことについて話したセミナーで出会った獣医師〕、日本獣医生命科学大学の新井敏郎教授をご紹介いただいた。



新井先生は、動物の糖尿病の研究を専門とされていたが、AIMとネコの腎臓病の関連については大きな興味を持ってくださり、いろいろと一緒に実験をすることになった。

私の研究室には杉澤君という獣医学を修めた学生はいたが、医学部でネコの研究をするには、難しいことがたくさんあった。新井先生には、ネコの血液や腎臓の組織切片などをご提供いただいただけでなく、ネコの腎臓病のことや獣医学的な知識をたくさん教えていただいた。

杉澤君が筆頭著者となった『サイエンティフィック・リポーツ』の論文は、新井先生にも共著者になっていただいている。

この論文は、ネコAIMの遺伝子の単離・解析や、AIMをネコ型に変えたネコ化マウスの作製などの成果をまとめたが、その研究を進める過程で、新井先生から、「とにかく一度、腎不全のネコにAIMを投与してみませんか」という提案があった。

もちろんこれは治験などではなく、あくまで学術的な投与実験で、ネコのオーナーさんに十分な説明をしたうえで許可をいただいて行うものである。

私たちはこれまで、動物実験はすべてマウスで行っていたので、手もとにはマウスのAIMはたくさんあった。また、新井先生とともにネコのAIMの研究に参加してくださっていた北里大学獣医学部の岩井聡美先生が、急性腎障害を発症したネコにマウスのAIMを投与すると腎障害が軽減することも実証ずみで、ネコにマウスのAIMが効くことはわかっていた。

しかし、それまで自然に慢性腎臓病を発症したネコにAIMを投与したことは一度もなかった。

小林先生と新井先生が腎臓病を患うネコを探してくださった。

そのネコがキジトラのキジちゃんである。

キジちゃん

AIMの投与量は1日2㎎としたが、これはネコの血液中に存在するAIMの総量が1〜3㎎であることから決めた。ネコの血液中にあるAIMはIgMに固着したまま離れないが、これが人間のようにIgMから分離したらどのような効果が現れるのか、この投与によって確認することができる。

その結果、1回目のAIMの注射の後からどんどん状態がよくなり、5回目を打ち終わると元気に歩き回り、自分で食事もとるようになった。腎不全の末期だったキジちゃんにここまで劇的な効果が出たことは信じられなかったが、岡田先生が送ってくれた動画ではたしかに動き回っていた。

尿毒素がAIMによって掃除された

末期の腎不全の状態では、腎臓はほぼ完全に死んでいる状態である。死んだ細胞が生き返ることはない。

たしかに、AIMが、腎臓の中にある死細胞のデブリや炎症性の物質をきれいに掃除すれば、もしかしたらそのうちに、ある程度腎臓の細胞が再生する、という可能性もゼロではないかもしれない。

しかし、キジちゃんの場合、AIMを打ってすぐに元気になったのだ。

5回目の投薬後すぐに元気になったキジちゃん

だから、死んだ腎臓が復活したとも考えにくい。実際に、腎機能を表す血液のマーカーであるクレアチニン(Cre)は、AIM投与の前後でそれほど変化はなかった。

では何が起こったのだろうか? 可能性としては一つしかない。

腎臓が死んでしまって血液にたくさん溜まった老廃物、すなわち尿毒素がAIMによって掃除されたとしか考えられなかった。

ちょうど、透析をしたのと同じような効果を、AIMの注射で得たのではないか。尿毒素は、まさに血液中のゴミなので、AIMで掃除できてもおかしくない。

ただ、尿毒素には非常にたくさんの種類があり、しかもそれら一つひとつの血液中での増減を網羅的に解析する手段は、残念ながら存在しない。これはヒトでも状況は同じである。

だから、キジちゃんにAIMを投与した後、どのような尿毒素が掃除されたかを調べることはできなかった。

一方、血液中の尿毒素は全身に炎症を起こすため、末期腎不全になると血中の炎症マーカーの値が上昇してくる。キジちゃんもAIMを投与する前は、「SAA(血清アミロイドA)」という全身の炎症を示すマーカー値が著しく上昇していた。

それがAIMを注射したのち、SAAの値は急激に低下した。これは、間接的にではあるが、「全身の尿毒素が減少したことを示している」と言ってよい。

キジちゃんのような末期の腎不全の患者ネコにAIMを投与すると、尿毒素が減少し、全身状態が顕著に改善する効果があるらしいのだ。

とはいっても、腎臓自体はすでに、ほぼ機能していないのだから、尿毒素はいったんAIMで取り除いても、また徐々に溜まってくるはずだ。これも透析の場合と同じ原理である。

なんとかしてAIMを
ネコの腎臓薬として開発したい

しかしキジちゃんの場合は、AIMを投与した後、しばらくの間元気であった。そして、再び元気がなくなり、次にAIMを投与したのは1カ月後だった。

ヒトの透析の場合は1週間に数回行わねばならない。それからすると、1カ月というのは驚異的な長さだ。

なぜ、キジちゃんの場合、AIMの効果がこんなに長続きしたのかは、まだよくわからない。しかし、事実として、その後月単位の間隔(ときには3カ月空いた)でAIMを注射することによって、余命1〜2週間と宣告され、目も開けられないほど弱っていたキジちゃんが、それから1年以上も生きていた。

ただ、研究室で培養できるAIMの分量には限りがある。

そのため、しばらくAIMを投与することができないでいたら、残念ながらキジちゃんは、あるとき急激に状態が悪くなって亡くなってしまった。「ずっと定期的にAIMを注射することができていたら…」と、いまでも悔やまれる。

写真はイメージです

キジちゃんの治療にはAIMを1回当たり2㎎、5回の投与で計10㎎を必要としていたが、大学の研究室で10㎎のAIMを作るのは大変な労力と研究費がかかっていた。さらに、キジちゃん以外のネコにも投与をしていたし、ほかの実験にもたくさんAIMを使うようになっていた。キジちゃんのように状態が急変したネコのために、10㎎のAIMをストックしておくことはできなかったのだ。

キジちゃんのオーナーさんは事情を理解してくださったが、私も小林先生も「なんとかしてAIMをネコの腎臓薬として開発したい」という思いになった。


#2に続く

文/宮崎徹
キジちゃん写真/『猫が30歳まで生きる日』(時事通信社)提供
最終ページイメージ写真/shutterstock

『猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見』(時事通信社)

宮崎 徹

2021年8月4日

¥1,980

244ページ

ISBN:

978-4788717558

世紀の大発見「AIM」で、猫の寿命が2倍に!
しかも、人間のさまざまな病気にも活用可能。
人も猫も、もっと長生きできる未来が来る。


日本では1000万頭近い猫が飼われているといわれますが、その多くが腎臓病で亡くなっています。猫に塩分を控えた食事をさせて日々気をつけていても、加齢とともに腎機能は必ず低下してしまいます。そんな猫の腎臓病の原因は、これまでまったく不明でした。

そんななか、宮崎徹先生が血液中のタンパク質「AIM(apoptosis inhibitor of macrophage)」が急性腎不全を治癒させる機能を持つことを解明しました。猫は、このAIMが正常に機能しないために腎臓病にかかることもわかったのです。

この AIM を利用して猫に処方すれば、腎臓病の予防になり、猫の寿命が大幅に延び、現在の猫の平均寿命である15歳の2倍である、30歳まで生きることも可能であるとされています。

──これは、愛猫家にとっては、とてつもない朗報です。さらに、AIMは、猫だけでなく人間にも効き、また腎臓病だけでなくアルツハイマー型認知症や自己免疫疾患など、これまで〈治せない〉と言われていた病気にも活用が期待されます。

本書は、最新医療の研究現場のリアルを伝えます。

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