1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

抗肥満作用も備えたタンパク質「AIM」の画期的な働きとは−体内の不要なゴミを取り除くことで病気にアプローチ…腎不全に肝臓癌、そして肥満がなくなる日はくるか?

集英社オンライン / 2023年9月18日 10時1分

腎不全の猫に投与することで飛躍的に寿命を延ばすことができる「AIM」は、猫だけでなく、人間のさまざまな病気にも作用することが期待されている。その中でも特に我々にとって喜ばしいのは、抗肥満作用があることではないだろうか。体の中での「AIM」の働きについて解説する。

〔〕内は集英社オンラインの補注です

さまざまな病気とAIMのかかわり

有賀さん〔有賀貞一さん 一般社団法人SaveCatsFoundation代表理事〕から貴重な示唆をいただく一方、私は免疫学という専門性と決別し、できるかぎり多くの病気とAIMのかかわりを調べ始めた。

テキサス時代の最後に〔著者の宮崎徹は東京大に戻る前、テキサス大学に在籍していた〕、AIMと動脈硬化の関連性が明らかになったとき、「もしかしたらAIMは免疫に関連しているのではなく、脂質・代謝系の病気と関係があるのではないか」と考えた。そこで日本に戻った後、AIMと肥満の関係を調べることにした。


ニコルくん

まず、遺伝子改変でAIMを持たないノックアウトマウスに高脂肪の餌を食べさせると、AIMを持っている通常のマウスに比べ異常に太ることがわかった。

そして、「そのマウスにAIMを注射すると肥満は抑えられる」ということが実験から明らかになった。つまりAIMは抗肥満作用を持つことを実証できたのだ。

ただ、「なぜAIMが抗肥満作用をもたらすのか」、その理由は謎だった。それまでわかっていたのは、「マクロファージを長生きさせる」というはたらきだけで、それを援用してAIMが肥満を抑制するメカニズムを説明することはできない。

「ほかに何かAIMのはたらきがあるはずだ」と思い、その後1年ほど悪戦苦闘したが、やはりわからなかった。

2008年の冬、研究室にいた黒川淳君という学生が、AIMとは別の研究テーマで「脂肪細胞」を培養していた。

脂肪細胞とは私たちがおなかの中などに持っている脂肪組織(いわゆる脂身)を形作る細胞のことだ。この脂肪細胞の一個一個がたくさんの脂肪を溜め込んで膨れ上がり、脂身が大きくなって私たちは「太る」ことになる。

黒川君の手もとには、膨れ上がった脂肪細胞があったので、彼に「AIMを脂肪細胞に振りかけてみて」と頼んだ。

といっても、何か考えがあったわけではなく、そこに脂肪細胞がたまたまあったからそのように頼んだにすぎない。実際、このことはすぐに忘れてしまっていたのだが、3日ほどたつと黒川君がやってきて「先生、あの細胞の培養液がすごくドロドロになっています」と報告した。

そこで見にいってみると、普通はサラサラの培養液が濁って、ドロドロのゲルのようになっている。細胞が何かの菌に感染した場合、こんな状態になることはあるが、どうも違うようだった。

そのとき、「そうか、AIMが細胞に溜まった脂肪を分解し、それが細胞の外に出てきているのだ!」とひらめいた。だから、「ノックアウトマウスにAIMを注射すると、脂肪が溶けて痩せるのだ」と、これまでのデータが頭の中で一気に結びついた。

その仮説を証明するために行うべき実験も、一瞬で頭の中に浮かんできた。とても興奮した瞬間であった。

脂肪肝から来る肝臓癌も、
AIMで抑制できる

それから約半年で、必要な実験をすべてやり終え、論文を作成し、2009年の夏に黒川君を筆頭著者として『セル・メタボリズム』に投稿した。AIMを発見した1999年から、ちょうど10年目のことだった。

『セル・メタボリズム』からは、しばらくたって論文採用の通知があり、2010年の春に掲載された。

ここに至り、動脈硬化のときとはまったく違う、「脂肪細胞の中に溜まった余分な脂肪を取り除く」という新しいAIMのはたらきが明らかになった。「不要なゴミを取り除いて病気を治す」という私の研究目的につながる初めてのヒントにもなった。

この論文は、「抗肥満」というキーワードが大きな社会的反響を引き起こし、テレビ出演の依頼も舞い込んできたほどだった。2013年には、AIMと肥満に関連した論文をもう1本、『セル・リポーツ(Cell Reports)』に発表した。

肥満の研究からは、AIMの別の機能も明らかになった。

マウスを肥満状態にするため、高脂肪の餌を与えていると、肝臓にも脂肪が溜まって脂肪肝になる。肥満と同様、AIMを持たないノックアウトマウスは通常マウスに比べて脂肪肝が速く進行し、重度になることがわかった。

生活習慣病の一つである脂肪肝を患う人は非常にたくさんいる。脂肪肝だけですめばいいが、そこから肝炎や肝硬変、ひどくなると肝臓癌も発症する。

これまで肝臓癌は、C型肝炎ウイルスに感染して慢性肝炎・肝硬変を患った人から発症するのがほとんどだった。ところが現在、公衆衛生の進歩で肝炎ウイルス感染者が激減したのと、よい薬剤ができたことでウイルス感染をきっかけにした肝臓癌の患者は徐々に減ってきている。その一方で、脂肪肝を起点とする肝臓癌は増えている。これは生活習慣病が蔓延して肥満者が増えたからにほかならない。

その脂肪肝から来る肝臓癌が、AIMで抑制できることが明らかになった。

AIMを持たないノックアウトマウスと通常マウスに高脂肪の餌を与えて脂肪肝を発症させると、1年後にはノックアウトマウスは100%肝臓癌を発症するが、AIMを持っている通常マウスは癌がほとんど起こらない。

また、癌ができたノックアウトマウスにAIMを注射すると癌が小さくなる効果も確認できた。AIMが「癌細胞というゴミ」をどうやって取り除くかも解明した。それらの成果は論文にまとめ、2014年に『セル・リポーツ』に掲載された。

同じころ、長崎にある井上病院(井上健一郎院長)にご協力をいただき、健診センターを受診した約1万人の方々の血清(血液のうち凝固しない成分。生化学検査、免疫検査に用いる)を提供してもらうことができた。

老若男女の健常者1万人の血中AIM濃度を測定することで、年代別や男女別の「正常値」を決定することができた。また若い女性はAIM値がとても高いことや、加齢によってAIM値が下がることもわかった。

血清の提供に当たり、井上病院が文字どおり献身的な協力をしてくれたことには、本当に感謝しかない。すべての健診受診者に研究の意義を説明していただき、検体を週2回ほぼ1年間にわたって長崎から東京まで送ってもらった。病院側としても大変な作業だったはずで、この協力がなければ、ヒトのAIMの研究は、大きく立ち遅れていたはずだ。

さらに、私の古巣でもある東大消化器内科の協力を得て、肝炎や肝硬変の患者さんでのAIM濃度を調べることもできた。

これらの結果は、2014年に『プロスワン(PLOS ONE)』に発表した。

こうして、マウスだけではなくヒトでのAIMの研究も行えるようになり、私の中ではいろいろな病気に対してAIMが有効な治療法になりそうだという期待が高まっていった。

再び立ちはだかる「専門性」の壁

しかし、ここで再び研究の前に立ちはだかった壁が「専門性」であった。

AIMがたくさんの異なる病気に対して効果があればあるほど、逆に医学者からは受け入れてもらいにくくなる。そこには、「一つのタンパク質(=AIM)がまったく違うたくさんの病気に効果があるというのはおかしい」という考え方があった。

私も医学者だから、その気持ちはよく理解できる。医学は、物事を細分化し、専門性を高めることによって発展してきた学問といえる。病気のある現象を分子レベルで詳細に解き分けていくことによって、その病気がどうして起こるのかを探究してきた。

それぞれの病気は、それぞれ異なった特殊な発症メカニズムを持っているのだから、その道の専門家に「AIMという一つのタンパク質で、肥満や肝臓病や癌のすべてのメカニズムが抑えられるなどということはありえない、何かあやしい」と思われてしまうのは当然である。この時点では、AIMが体の中のゴミに作用するメカニズムには気づいていなかったので、AIMの研究をしている当の私も「なぜAIMは、こんなにいろいろな病気に効果があるのだろう」と、不可解に思ったほどだ。

だから、肥満に対するAIMの効果の論文を発表して、翌年には肝臓癌への効果の論文を出して癌の学会で発表すると、「昨年は肥満だったのに、今年は癌ですか」と言われるようになった。もちろん、これは決して感心されているわけではなく、皮肉である。

そして、次にAIMの治療効果が確認されたのが、私が医学の基礎研究を志すきっかけになった腎臓病であった。AIMの守備範囲がさらに広がることで、医学の世界での評判がもっと悪くなるのかと焦りも生まれた。

しかし、実はこれがAIMの研究で二つ目のブレークスルーとなり、AIMの持つ一見バラバラな病気への効果が、一つの共通した原理で結ばれていることを確信するきっかけとなった。

その原理こそ、有賀貞一さん〔一般社団法人SaveCatsFoundation代表理事〕に示唆された「自分でゴミを掃除する力」である。

文/宮崎徹
写真/Nicoleくん

『猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見』(時事通信社)

宮崎 徹

2021年8月4日

¥1,980

244ページ

ISBN:

978-4788717558

世紀の大発見「AIM」で、猫の寿命が2倍に!
しかも、人間のさまざまな病気にも活用可能。
人も猫も、もっと長生きできる未来が来る。


日本では1000万頭近い猫が飼われているといわれますが、その多くが腎臓病で亡くなっています。猫に塩分を控えた食事をさせて日々気をつけていても、加齢とともに腎機能は必ず低下してしまいます。そんな猫の腎臓病の原因は、これまでまったく不明でした。

そんななか、宮崎徹先生が血液中のタンパク質「AIM(apoptosis inhibitor of macrophage)」が急性腎不全を治癒させる機能を持つことを解明しました。猫は、このAIMが正常に機能しないために腎臓病にかかることもわかったのです。

この AIM を利用して猫に処方すれば、腎臓病の予防になり、猫の寿命が大幅に延び、現在の猫の平均寿命である15歳の2倍である、30歳まで生きることも可能であるとされています。

──これは、愛猫家にとっては、とてつもない朗報です。さらに、AIMは、猫だけでなく人間にも効き、また腎臓病だけでなくアルツハイマー型認知症や自己免疫疾患など、これまで〈治せない〉と言われていた病気にも活用が期待されます。

本書は、最新医療の研究現場のリアルを伝えます。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください