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猫の寿命が大幅に延びるAIM薬リリース前夜…スムーズに創薬が進んでいる理由とは

集英社オンライン / 2023年9月18日 10時1分

猫の宿命的遺伝病である腎臓病は、AIMを投与することによって治す可能性がある。そして実際に猫に投薬できる薬が出来上がりつつある。スムーズに創薬が進む理由は、研究者である宮崎氏の努力に加えて、周りの手厚いサポートがあるからだ。著書、『猫が30歳まで生きる日』から一部抜粋してリリース前夜の猫の薬の今を紹介する。

〔〕内は集英社オンラインの補注です

製薬会社抜きでの創薬事業

設立されたベンチャー会社〔ネコ薬を製作するために設立された会社〕では、2017年からAIMのネコ薬の開発作業が開始された。

しかし、私が研究者としてAIMが腎臓病をはじめとした病気に効果があることを証明すれば、すぐAIMが薬になるわけではない。製品としてのAIM薬を作っていかなくてはならないわけだ。


甘えたがりのきょろくん

一緒に開発するX社も、医療や製薬とはまったく無関係な会社なので、完全に素人である。普通は、私たち研究者の研究成果を、プロである製薬会社が「薬」にしていく、というのが常道だが、今回は製薬会社抜きで、一介の研究者が製薬とは縁もゆかりもないパートナーと組んで薬を作るという大きなチャレンジになった。

おそらくいままで、このような形で創薬がなされたことはないだろう。成功すれば、まったく新しい創薬事業形態のモデルになる。これは一種の社会実験ともいえた。

さて、創薬開発には、二つの大きなプロセスがある。一つは文字どおり「薬を作る」ということだが、これは大きく二つのステップに分かれる。

最初にAIMの大量生産ができるようにする必要がある。

タンパク質であるAIMは化学的に合成できないため、培養細胞にがんばって作ってもらうしかない。合成できるのであれば、大量生産は簡単なのだが、細胞がタンパク質を作る能力には限度があるから、いろいろ工夫をして、細胞の能力限界ギリギリまで、できるだけたくさんAIMを作らせるようにしなくてはならない。これがなかなか難しい。

大量生産ができるようになったら、今度は培養細胞に作らせたAIMを、ネコたちの体の中に注射しても問題がないように、不純物のないきれいなAIMに精製する必要がある。

しかも、この両方のステップを、「信頼性基準」というたくさんの細かい条件をクリアする形で確立せねば、でき上がったものを薬として認めてもらえない。とにかく非常に手間とお金がかかるのである。

もう一つのプロセスは、実際の患者ネコにAIMを投与して行う研究、一般に「治験」と呼ばれる臨床試験である。

治験をなるべく短期間で成功させるためには、AIMを腎臓病のどのフェーズで、どのくらいの回数どの程度の量を投与するのがよいか、また投与は静脈注射がいいのか皮下注射がいいのかなどを検討し決定しなければならない。そして、それをもとに臨床試験のプロトコール(手順)を決める。

動物薬の場合、臨床試験は1回のみなので、必ず成功させる必要がある。

そのため、事前に実際のネコでAIMの投与に関する方法を固めておかなくてはならないのだ。これまで小林先生に協力いただいて少数の患者ネコで検討してきたが、今後は、よりたくさんのネコで研究する必要がある。

最初のAIMを薬にしていくプロセスは、パートナーのX社から絶対的な信頼をもらっていることで、とても速く進んだ。一つひとつの工程に関する決断がとても速いのが理由だ。いちいち会議を開いて検討する必要がなく、私たち研究者側の判断で事をどんどん進めていける理想的な開発工程となった。

このような薬作りの工程に必要な技術と設備(数百〜数千ℓの容量がある巨大な培養装置が必要となる)を持ち、実際の作業を請け負う受託会社と共同し、最初は日本で、その後は台湾で開発を進めた。

また、そのような開発の基礎研究を行うために、東大内にAIM創薬研究に特化した講座をX社の寄付金で開設し、私の本来の研究室でAIMと病気との関係のより基礎的な研究を行うのとは別に、独立してネコ薬の研究を進めた。

国家プロジェクトで創薬を進める台湾

台湾の受託会社との開発を始めて知ったのだが、台湾では、今後タンパク質創薬が増えてくることを見越して、タンパク質製剤を作る一連のシステムの基礎を、〝国家プロジェクト〞として国家予算でまず作り、その後そこからたくさんの民間会社をスピンアウトさせていた。

そのため、薬を作るうえで違うステップを請け負う会社同士がよく連携しており、そうした会社で実際に作業を行う人たちは、薬を作るすべての工程が明確に見通せている。

残念ながら、日本ではこれだけ多くの製薬会社が癌の抗体医療(もちろん、これもタンパク質製剤の一つだ)に力を入れているのに、タンパク質製剤開発のためのシステマチックなインフラが国内にはほとんどない。

そのためだろう、台湾のこの受託会社も、日本の製薬会社からの依頼がとても多いらしい。実際に創薬の現場に中心責任者として携わってみて、創薬事業が医学の研究といかに異なるかが身に染みてわかった。

研究者としての視点ではなんの問題もないところが、創薬の観点で見ると「全然ダメ」ということは何回もあった。

研究と創薬では、普段使う言葉さえも違う。日帰りで台湾の工場に話し合いに行ったり、台湾の技術者とオンラインで何回も会議をしたりもした。どちらもネイティブではない英語だから、これがなかなか難航する。

しかし、こちらが本気でがんばると、台湾の人たちも非常に熱心に応えてくれた。共同作業を続けるうちに、強い信頼関係が築けたと思う。

そうして約3年間、紆余曲折があったが、なんとか大量生産と精製の方法を決定するところまでこぎ着けた。

X社の人も大変だったと思う。まったくの専門外の人たちが、なんとか私たちについて来ようと必死に勉強してくれたのだ。X社の人たちは、若い人から年配の方まで大変な努力家ぞろいだった。こういう人たちが日本の経済を支えていると思うと本当に心強い。

私自身も勉強になった。いまや研究者と薬剤開発者の両方の視点を持つことができ、これは今後ネコ薬に続き人薬を開発するに当たっても、非常に大きな財産となるはずだ。

日本中の獣医師の協力

そして、患者ネコへのAIM投与の研究は、日本中からたくさんの獣医師の先生方に多大な協力をいただいて、2020年までに3回のセッションを行うことができた。

前述のように、AIM製剤の開発とともに重要なのは、すべてのネコでじわじわと進んでいる慢性腎臓病のうち、どのステージでAIMを投与するのが最も治験に適しているかを探ることだった。

そこで、1回目は2017年1月から打ち合わせと調整を始め、小林先生を中心にさまざまなステージの患者ネコを探していただき、それぞれのネコにAIMを1度だけ投与する試験を6月から約3カ月間行った。
2回目は2018年冬から打ち合わせを開始し、鳥取の倉吉市にある公益財団法人動物臨床医学研究所の取りまとめで、研究所と関係している何人かの獣医師さんに、主に軽症のIRISステージ2やステージ3の早期の患者ネコを中心にAIMを数カ月間投与していただいた。

そして3回目は、2019年冬から東京の高島平手塚動物病院と川崎市の竹原獣医科医院、小林先生にもご協力をいただき、2〜3カ月すると状態が急激に悪くなるIRISステージ3の後期に焦点を当て、3カ月間AIMの投与を行った。

その結果、やはり楽ちゃん〔ステージ3でAIMを投与したネコ〕のステージ、ステージ4に入る手前のステージ3の後期にAIMを投与すると、数カ月ではっきりAIMの効果が観察できるという点で、治験に適していることが確認された。

この過程で、高島平手塚動物病院の患者ネコで、ステージ4に入ってしまっていた13歳のてとちゃんにもAIMを投与する機会があった。

てとちゃんはすでに重度の腎不全になっていて、冒頭に紹介したキジちゃん〔初めてAIMを投与したネコ腎臓病の末期だったが、大幅に症状が改善した〕と同様のケースである。投与前には立っているのがやっとで、動きも少なく食事もとれない状況であったが、AIMを投与した1週間後には、自分で元気にご飯を食べるようになっていた。

興味深いことに、キジちゃんと同じく、尿毒症の典型的な症状である全身の炎症のマーカー、血中のSAAの数値が、AIMの投与後大幅に低下していた。

前述したように、ステージ4のネコは、症状が個体ごとにかなり異なるので、治験の対象としては不向きであると思われるが、キジちゃんやてとちゃんのように、AIMを投与することで、全身の炎症を軽減させ症状を改善できるケースもあることが明らかになった。

このAIM投与研究の間、たくさんの獣医師の先生方とおつき合いをしてみて、やはり人の医者も動物の医者も、純粋に「〈治せない病気〉を患者さんのためになんとかしたい」と真剣に考えていることが実感できた。

昨今、「ワンヘルス」というスローガンのもと、日本医師会と日本獣医師会が共同で病気の研究を行う機運が高まっているが、人の医者も動物の医者も、「患者さんを助けたい」という気持ちが最大のモチベーションで、日々医療に勤しんでいることがよくわかる。

特に、動物臨床医学研究所理事長の山根義久先生には多くのことを教えていただいた。

もともと吉本で芸人をめざしたのち獣医師となり、地域で臨床医として活躍されてから、東京農工大の教授に抜擢され、多くの若い獣医師を育てたという特異なカリスマで、その筋の通った豪快な生き方には私も大変魅了された。

山根先生からご紹介いただいたおかげで、たくさんの獣医師の先生方と一緒に研究してこられたのだと思う。先生には感謝しかない。

ヒトの腎臓病研究の進歩にも
ネコ薬開発が貢献

こうしてネコ薬の開発作業は順調に進んだが、このことはネコだけでなく、ヒトの腎臓病治療の研究にも大きな進歩をもたらした。

人間の場合、慢性腎臓病は数十年かけて進行し、最後には腎機能が低下して人工透析が必要になる。

そのため、新薬の治験を行う場合、病気の進行状況(=ステージ)を選ばないと効果を確認するのに非常に時間がかかり、治験そのものが困難になる。ネコの場合と同じであるが、ヒトは病気の進行がネコよりずっと遅いため、さらに治験のステージを吟味することが重要となる。

これまで腎臓薬の開発があまり進んでいないのは、それが原因の一つなのかもしれない。

人間より寿命の短いネコでは、人間の腎臓病とほぼ同じ経過がおよそ10年強で進行するので、数カ月の期間があれば、さまざまなステージでAIMの効果を試すことができた。またその結果、それぞれのステージでAIMが主にどのようなゴミを掃除するのかも推察できた。

これらの知見は、今後ヒト腎臓病でAIMの治験を行う際に、どのステージでどのくらい投与し、何を指標にして効果を判定するかを考えるうえで非常に大きな財産となった。

全員が腎臓病になるネコのおかげで、私たちはいま、人間用のAIM製剤での治験の設計図を明確に描くことができるのだ。

さらにAIM製剤の開発作業でも、結果的にネコ薬開発が人薬開発のための予行演習になった。

AIMのようなタンパク質薬剤を開発する手順は、①AIMを大量に産生する細胞株を作製する、②その細胞株に最大限多くのAIMを作らせる培養条件を検討する、③培養条件を検討するための実験を最初は250㎖程度の小規模の培養で行い、それを2ℓ、5ℓ、50ℓとスケールアップしていくが、その過程で産生量が低下しないように培養条件を微調整する、④培養液中のAIMを純度の高いAIMにするための精製法とその条件を検討する――という工程で進む(③と④の工程は、ほぼ同時進行になる)。

こうした開発は、必要なインフラと技術を持つCRO(開発業務受託機関、Contract Research Organization)と共同で進める必要があり、前述したように私たちはネコ薬の開発に当たって台湾の会社と手を組んだ。

ネコ薬のベースとなるマウスのAIMについては、④までほぼ完了している。

ヒト薬ではもちろん「ヒトAIM」を使うが、開発工程はまったく同じなので、ネコ薬開発で得た①〜④における技術的な積み重ねは、そのまま「ヒトAIM開発」に利用できる。

また、開発上の問題点、困難な点とその克服策についても十分な知見が集まったから、3年をかけたネコ薬の開発より「ヒトAIM」の開発は格段にスムーズに進むはずだ。

文/宮崎徹
図/『猫が30歳まで生きる日』(時事通信社)提供
写真/きょろくん @ossan__to_neko shutterstock

『猫が30歳まで生きる日 治せなかった病気に打ち克つタンパク質「AIM」の発見』(時事通信社)

宮崎 徹

2021年8月4日

¥1,980

244ページ

ISBN:

978-4788717558

世紀の大発見「AIM」で、猫の寿命が2倍に!
しかも、人間のさまざまな病気にも活用可能。
人も猫も、もっと長生きできる未来が来る。


日本では1000万頭近い猫が飼われているといわれますが、その多くが腎臓病で亡くなっています。猫に塩分を控えた食事をさせて日々気をつけていても、加齢とともに腎機能は必ず低下してしまいます。そんな猫の腎臓病の原因は、これまでまったく不明でした。

そんななか、宮崎徹先生が血液中のタンパク質「AIM(apoptosis inhibitor of macrophage)」が急性腎不全を治癒させる機能を持つことを解明しました。猫は、このAIMが正常に機能しないために腎臓病にかかることもわかったのです。

この AIM を利用して猫に処方すれば、腎臓病の予防になり、猫の寿命が大幅に延び、現在の猫の平均寿命である15歳の2倍である、30歳まで生きることも可能であるとされています。

──これは、愛猫家にとっては、とてつもない朗報です。さらに、AIMは、猫だけでなく人間にも効き、また腎臓病だけでなくアルツハイマー型認知症や自己免疫疾患など、これまで〈治せない〉と言われていた病気にも活用が期待されます。

本書は、最新医療の研究現場のリアルを伝えます。

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