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【“泥酔事件”を初めて語る】王者・寺地拳四朗から笑顔とダブルピースがなくなったあの日。「あの失敗は自分の人生経験として大きな出来事でした」

集英社オンライン / 2023年9月16日 11時1分

試合後も満面の笑顔がトレードマークだった寺地拳四朗だが、最近の試合では号泣している姿が目立つようになった。お決まりのダブルピースを見せなくなった彼にどのような変化があったのか、そして、9月18日に迫った防衛戦へのモチベーションは?(前後編の後編)

#1(前編)のつづき

「あ、世界チャンピオンになれるやんって」

ボートレーサー養成所の推薦が得られる日本ランカー5位以内を目指して、2014年にプロデビュー戦を迎えた拳四朗は、最初から注目度の高い選手だったわけではない。井上尚弥のようにデビュー2戦目から地上波生中継が組まれることなどもちろんなく、決して珍しくない親子鷹ボクサーの1人という評価だった。

初めて東京で試合をした3戦目も、当時10戦無敗で躍進を続けていた対戦相手の長嶺克則選手の下馬評が高く、拳四朗が負けることも十分にあり得ると思われていた。


第3戦目の長嶺戦(写真提供:ヒノモトハジメ)

しかし、蓋を開けてみると終始、拳四朗が小刻みなステップで試合をコントロールし続け、会場の客を驚かせた。

「デビューして順調に日本ランカーになったんですけど、これ日本王者なれるやんって。ここでやめて競艇選手目指すのももったいないかなって。

で、日本王者に挑戦して勝って、そしたら世界ランカーになるじゃないですか。ほんならこれ、世界王者になれるやんって。で、世界チャンピオンになって…。そのへんですかね、『競艇ではなく、ボクシングで生活していこか』ってなりました」

本人は淡々と振り返るが、世界王者になるまでデビューからわずか3年しか経っていなかった。

ボクサーのなかには仕事や家庭を犠牲にして、ハングリー精神を高ぶらせて試合や練習に打ち込む選手もいる。一方で、「デビューからしばらくは実家で暮らしてたし、お父さんのジムでトレーナーのバイトもしてたんで、ファイトマネーがあればそれで生活の不自由とかはなかったですよ」と飄々と話す拳四朗の世界王者奪取までの足跡には、苦労人のイメージはない。あるいは、そう見せない。

「才能……んー、センスはあるほうなんちゃうかなとは思いますよ。スポーツって努力だけやとやっぱ限界はあるから」

こんな話もどこか他人事のように話すから、まったく偉ぶったところや嫌味がない。

「世界タイトル獲ったときは、達成感はありましたよ。でもずっと仕事と思ってましたから」

世界王者になってから出演したテレビのバラエティ番組では、「グルメレポーターになりたい」と言って出演者を笑わせた。トークショーでは、「もっと有名になってキャーキャー言われたい」「原宿とかを歩いたときにパニックになるくらい」と話して会場がどっとわいた。

防衛戦の試合後はまるで遊び終えた後のような愛嬌たっぷりの笑顔とダブルピースが定番となった。リング以外では、血と汗と涙が似合う従来のボクサーのイメージとは違う、どこにでもいそうな自然体のキャラクター。有名漫画の主人公と同じ名前の王者は、むしろちょっと素直すぎるくらいのベビーフェイスとして、ファンの間では浸透していった。

しかし、そんなイメージからかけ離れた出来事が起こる。2020年の泥酔事件である。

ダブルピースはできなくなった

2020年11月、拳四朗は泥酔状態で他人の車を破損させたことが報じられた。示談が成立したものの、その後は世界戦が一旦中止となる騒動となった。

本記事は世界王者のサクセスストーリーだけをなぞるのが目的ではなく、かといって功徳や罪を細かく検証する評伝でもない。被害者がいる出来事なので、その後の試合の勝利と強引に結びつけて「苦難に打ち勝った」などといった、美談として雑に整理することもしない。

ただ、拳四朗は騒動についてきちんと反省を表したうえで、「あの失敗は自分の人生経験としては大きな出来事でした」と話したことを残しておきたい。

練習は20ラウンド以上、みっちりこなす

「勝ち続けて上手くいっているときは、(人生)経験が積み上がらないんですよ。でも、ああいう失敗や敗戦を経験して、改めて自分の未熟さとか、支えてくれる人のありがたみを感じました。

ボクシングだけ強くてもダメで、人間力って絶対に大事やと、気持ちを入れ替えて。でもそれって、若いうちはなかなか気づくことができへんかったことなんですけど」

拳四朗が不祥事を起こした際、周囲で応援してくれる人たちが離れていくことはなかった。そのうちの一人が、東京の練習拠点である三迫ジムで、世界王者になる前から指導してきた加藤健太トレーナーだ。

拳四朗の担当トレーナーである加藤健太トレーナー

「オレに謝る必要はない、それよりこれからどうしていくか真摯に考えようと声をかけました。防衛を重ねているうちに、自分も含めて調子に乗ってしまっていたところがあったと思います。だからあれ以来今でも、『勝って兜の緒を締めるんだぞ』と、試合後に拳四朗には話すようにしています」(加藤トレーナー)

2021年9月、拳四朗は9度目の防衛戦で挑戦者の矢吹正道に敗北を喫する。試合後、病院に向かう車のなかで加藤トレーナーは「今日の敗戦はオレの責任だから、また一緒に頑張ろう」と声をかけた。この世界王者からの陥落後も、周囲の人たちは誰一人離れなかった。

そして約半年後、ダイレクトリマッチでKO勝利により雪辱を果たした。リングの上では、加藤トレーナーと抱き合って号泣する拳四朗の姿があった。そこにダブルピースはなかった。

23年4月、アンソニー・オラスクアガに勝利後、涙を流す拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ

「不祥事以降は、支えてくれる人たちへの感謝が大きくて、試合後は涙もろくなりましたね。ダブルピースはしなかったというより、する余裕がなくて。

こないだの試合(2023年4月のアンソニー・オラスクアガ戦)でも、普段めったに怒ったりしない横井(龍一)トレーナーがインターバル中に『バカヤロー!』って活を入れてくださったんですよ。その次のラウンドでKO勝ちできたんですけど、コーナーに戻って横井さんの顔を見た瞬間、ほっとして泣いちゃいました」

オラスクアガ戦でKO勝ちする拳四朗 写真/山口フィニート裕朗/アフロ

10年前とは異なるモチベーション

2023年9月18日のヘッキー・ブトラーとの防衛戦では、通算で14回目の世界戦となる。すでに十分に世界王者として名声を得たかのようにも思えるが、さらなる高みとなる4団体統一世界王者を目指す。

「でも、4団体統一したいのは、応援してくれるみんなに喜んでほしい、というのが一番の理由ですね。それよりも今モチベーションとなってるのは、やっぱりボクシングが好きってことですね」

ボクシングの面白さに気づいたのは2017年に世界王者になった後、信頼する加藤健太トレーナーと練習を積み重ねてからだった。「ボクシングの奥深さがわかりはじめた」という。

練習前はリラックスして雑談も盛り上がる

「昔は世界王者になって『有名になりたい』とか『キャーキャー言われたい』とか思ってましたけど、今は全然(ない)。それより『ボクシング好きやな』『もっと強くなりたいな』って思ってます。ファイトマネーについても昔は金儲けしたいと思ってましたけど、まず強くなって、あとからついてくるやろと思うようになりました」

ボクシングは好きになったが、憧れの選手や好きなボクサーができたわけではない。誰かの応援は別として、以前と変わらず自分以外の試合は興味がない。そういったところも彼らしい。ただ新たに生まれたボクシングへの情熱は、加藤トレーナーにも伝わっている。

「彼が敗戦から再起したのも、やっぱりボクシングが好きだから戻ってきたんだなと思いました。ただこの競技を好きに越したことはないですが、好きとか嫌いっていう思いが雑念になることもありますから。拳四朗の本当の強みは好き嫌い関係なく、こちらの伝えたことを素直に受け止めて、100%実行してくれる力です。

ガマン強くてキツくても顔や態度に出さないし、絶対に言い訳しない。『自分はキャラクターで、リモコンで操作しているのは加藤さん』と彼は冗談で言ってますが、世界王者であってもそれくらい謙虚に、人を信じ抜く力を持っていることが彼のすごいところです」(加藤トレーナー)

とはいえ、拳四朗にそれとなく尋ねると、練習がツラいなと思うことは実は今でもあるという。「でも、加藤さんがあんだけパートナーとして練習一緒に頑張ってくれるんで」と話す。

加藤トレーナー「拳四朗は飲み込みがものすごく早い」

「そういう意味では、一人では絶対続かなかったですね。この環境に感謝しています。三迫ジムは部活みたいにみんなで一生懸命頑張ってる。

大学時代と同じ? ああ、確かにそうですね、今となって思えば、あの頃の環境も当たり前ではなく、感謝せなあかんねんなと思いますね」

練習前後では、ジムで汗を流す一般会員とも気さくに話す。防衛戦直前の2週間前となったこの取材も、ピリピリした様子は一切なく、ストレッチしながら15分以上もトレーナーたちと一緒に雑談に付き合ってくれた。申し訳なく思ったが、「試合前でもいつもこんな感じで普通っすよ」と拳四朗は飄々と話してくれた。

「普通っす。仕事がボクサーってだけで、僕、普通っすよ。自炊もするしスーパーで買い物もするし、洗濯も自分でします」

そう笑ったあと、

「あ、でも、僕サイコパスってよく言われますね」

こちらがヒヤッとすることを言う。

「でも、それって褒め言葉でしょ? 無慈悲なくらいリング上で強いってことですから」

「普通」の世界王者はそう言って、珍しくちょっと得意気な表情をみせた。

取材・文/田中雅大 撮影/青木章(fort)

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