たった一つの何気ない言動が、その選手を象っていることがある。
2018年の全日本選手権、三原舞依(22歳、シスメックス)は自らの演技が終わってスコアが出た後、その一瞬で彼女らしさを見せた。次の順番の坂本花織の名前がコールされた時、身を乗り出すようにして、口に手を添えながら、「かおちゃん、ガンバ!」と叫んだのだ。
小柄で細身な体から信じられないほど力強い声で、仲間でありライバルでもある坂本へ声援を送った。自分の演技が終わったばかりの安堵感などそっちのけで。三原の姿は健気で、優しく、清冽さを感じさせた。
「(坂本)かおちゃんはかけがえのない存在で」
三原は表情を輝かせて言う。
「毎日、かおちゃんとは練習してきて、初めてかおちゃん見た時からすごいなって。一緒に練習できるなんて、思ってもみなかった。かおちゃんは、一緒にいると安心感があったり、自然と笑顔にさせてもらったり。自分の元気を出してくれる存在で。いつも練習でその姿を見ているからこそ、なんとか頑張ってほしいなって」
精一杯、坂本を励ます姿は、彼女の本性を現していた。周りの人に対する慈しみというのか、仁愛が横溢しているのだ。
もっとも、彼女の凄みはその裏側にある――。
スケーターとしての三原は、「精度」に特長があると言える。「ノーミス」はトレードマークの一つで、ジャンプの成功率も高い。3回転+3回転のコンビネーションジャンプも得意とし、細い体を軸に際立った空中姿勢で、鋭く効率よく回転させ、着氷ではバランスの良さを見せる。トレーニングの賜物だが、勝負度胸の良さとも言える。
「足が震えて」
彼女はしばしば言うが、腹をくくった時に出す力は瞠目に値する。
プログラムを演じる力量は、世界でも屈指だろう。2シーズン連続でフリーに選んだ『フェアリー・オブ・ザ・フォレスト&ギャラクシー』では妖精になり切っている。彼女の代表作の一つで、ステップ、スピンまで精魂込めて磨き上げているからこそ、観客に伝わるものがある。
しかし三原が愛されるのは、技術云々の話だけではない。
彼女は著しい体調不良で、2019-20シーズンを棒に振っている。シニア挑戦となった2016-17シーズンの前にも同じ病気に悩まされていたが、それが長引いて普通の生活もままならないほどだった。言うまでもなく、体力は激しく落ちた。どうにか症状が治まって、2020年10月の近畿選手権に1年半ぶりに復帰したが、練習時間は制限されていたため、多くは望めないはずだった。