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人類の希望…9割のがんに効果があるという「光免疫療法」の真価とは。「物理的にがん細胞を壊す」「再発しても免疫細胞がいち早く反応」

集英社オンライン / 2023年9月28日 9時1分

2021年の厚生労働省の統計によると、日本人の年間170万人ががんになり、そのうち70万人が治療法がないなどの理由で「がん難民」になると言われている。しかし、医師の小林久隆氏が発見した「光免疫療法」は9割のがんに効くという。いったいなぜなのか、そのメカニズムとは?『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』 (芹澤健介[著]/小林久隆[医療監修]、新潮新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

なぜ「9割のがんをカバーする」ことが可能なのか

なぜ光免疫療法は「9割のがんをカバーする」ことが可能になるのか、その答えがこの抗体にあるからだ。

「光免疫療法は理論的に、それぞれのがん抗原に適合する抗体があれば必ず効果が出る治療法です。最初に認可された薬の抗体はセツキシマブで、EGFRをターゲットにしています。でもIR700と結合する抗体を変えてやれば、別のがん細胞を狙うことができます。がん治療の分子標的薬としてFDA(米食品医薬品局)に認可されている抗体はすでに35種類以上あります。認可されていないものも含めれば、それこそ星の数ほどある」(米国国立衛生研究所・小林久隆主任研究員)



これら抗体は分子標的薬として使う場合、がん細胞の働きを抑える役割を担うためには、ほぼすべてのターゲットにフタをしなければならないので大量に投与する必要がある。

だが光免疫療法で使う場合はIR700が直接的に攻撃するため、使用量も圧倒的に少なくてすむという。使用量が少なければ、当然、医療費も安価ですむ。

「使用量は分子標的薬として使う時の約10分の1以下まで抑えることができます。もともと抗体の副作用というのは少ないのですが、量が少なければ副作用もさらに抑えられます」

2023年現在、光免疫療法はアキャルックスと名づけられたIR700とセツキシマブの複合体を使って一部の頭頸部がんに対応しているが、それはEGFRが最もポピュラーながん抗原だからだ。

全がんの2割強に発現するEGFRは、乳がんのおよそ2割を占め、特に悪性度が高い「トリプルネガティブ」というタイプでも多く発現している。

「IR700と、例えばトラスツズマブを結合すれば、HER2陽性型の乳がんや大腸がんなどにも対応できるようになるわけです」

光免疫療法の特徴は、この拡張性の高さなのだ。

実際、すでにマウス実験ではこのIR700+トラスツズマブの複合体がHER2陽性型の乳がんに効果的であるという。

「僕が光免疫療法が8割、9割の大部分のがん種に対応できるはずだと考えている論拠はここにあります。ほとんどのがん細胞には目印となる特異ながん抗原があって、対応する抗体もすでに見つかっています。たとえば胆管がんなら多くにCEAという抗原が過剰発現していますから、IR700とCEA抗体を合成してやれば胆管がんにも効くはずです」

ほとんどのがん抗原に対応する抗体がすでに市販化されていることが重要だと小林は言う。

「まずはそこにあるものを使いましょう、ということです。市販されている抗体を使った方が開発スピードも間違いなく速い。それに安い。そう考えるのが自然です。やっつけたいがん細胞の抗原に合致する抗体があれば、あとはIR700とくっつけてやればいい。そうすれば光免疫療法は作用するはずですから」

光免疫療法が「発見」される前、2009年5月に小林らは、4種類のがんを同時に光らせるマウス実験を成功させている。この実験結果は、IR700とさまざまな抗体を合成してやれば、それぞれのがん種にIR700を届けてやれることを示している。

「肺がん、乳がん、大腸がん、甲状腺がんを同時に発症させたマウスを準備して、それぞれのがん抗原に対応する別々の抗体と色素を結合させてマウスに注射しました。そうすると、狙った通り、それぞれのがん細胞が別々の色に光って、がんの種類を色で仕分けることができました」

2020年2月には名古屋大学の研究グループが、小細胞肺がんに特異的に発現するDLL3という抗原に対応する抗体とIR700を合成、細胞実験でがんを消すことに成功している。

「抗体医薬は今後も大いに発展していく分野だと思います」と小林は言う。

「実際、世界中の製薬会社がこぞって新しい抗体の開発に力をいれています。現在、アキャルックスにはセツキシマブを使っていますが、近い将来、さらにいい次世代型の抗体が開発される可能性もある。その時は新しい抗体と取り替えて新薬を設計してやればいい。光免疫療法はそういう設計の変更も容易です」

光免疫療法の真価

先に光免疫療法のメカニズムは「実にシンプルである」と書いた。「がん細胞だけを狙い、物理的に、『壊す』のだ。がん細胞と特異的に結合したIR700が、近赤外線を当てられると化学反応を起こし、がん細胞を破壊する。これだけだ」と。

今ではこのロジックがご理解いただけるはずだ。

だが、確かにメカニズムは「これだけ」なのだが、実は光免疫療法の効果は「これだけ」ではない。続きがある。

光免疫療法は、狙ったがん細胞を物理的に破壊すると同時に、がんに対する免疫力を上げる、いわば「二階建て」の治療法なのだ。小林は言う。

「がん細胞が壊れるまでが光免疫療法の前段階の働きですね。ここから先は患者さんの免疫の働きで、がん細胞が死んだという情報が免疫システムに伝わると、周辺の免疫細胞が活性化して、がんに対してさらなる攻撃を始めるのです」

これまでの三大療法、外科手術や放射線治療や化学療法はがん細胞を減らすことはできたが免疫細胞を増やすどころか減らすことしかできなかった。

「第四の治療法」であるがん免疫療法は免疫は活性化できても、直接がん細胞を減らせるわけではなかった。ところが光免疫療法ではがん細胞を減らし、免疫を活性化する。これが光免疫療法の真価だと言ってもいいかもしれない。

「従来の方法は、いわば矛と盾のどちらかしかなかったわけです。そうした意味で、矛と盾を両方備えた光免疫療法は、まったく別種の治療法なのだということが伝わるといいなと思っています。がんの治療というのは、ある意味、戦争と同じかもしれません。敵であるがん細胞を減らして、味方である免疫細胞を増やしてやればいい。でも、そんな簡単なことが、今までの治療法ではできなかった」

高校生物基礎の復習をしておくと、免疫とは自分の体内から異質なものを排除し、体を一定の状態に保つ機能のことだ。体温なり血糖値なり、体の内部環境をある状態に保とうとする傾向を恒常性とかホメオスタシスと呼ぶが、免疫は免疫細胞をはじめ、体のさまざまな機能を使って病原菌やウイルスといった異物を排除することで恒常性を保とうとする。

例えば異物が体内に侵入してきた時に抗体を産生し、異物を無力化するなどだ。この免疫を司るシステムを免疫系という。では、光免疫療法はなぜ免疫系を活性化することができるのか。

小林は言う。

「IR700と結びついたがん細胞は近赤外線を当てると、ちょうど焼き餅のように膨らんでポンと割れて壊死します。実験の観察を続けるうちに、これは一般的な細胞の死に方ではなく、少し特殊な壊れ方であることがわかってきました。がん細胞を追撃する免疫細胞にとっても非常に望ましい壊れ方だったのです」

多くのがん細胞は、アポトーシスがうまく機能せず、無限に増え続けてしまう

〝望ましい壊れ方〟とはどういうことか。

「光免疫療法でのがん細胞の壊れ方というのは、細胞膜が破れるだけの極めて単純、物理的な壊れ方です。がん細胞の組織を包み込んでいる薄い膜が破れるだけなので、その内側の構成分子にはいっさい傷はつかないんですね。ここが重要なポイントなんですが、この壊れ方は〈アポトーシス〉ではありませんし、一般的な〈ネクローシス〉に近いが少し様子が違う」

アポトーシスとネクローシスは生物学用語でいずれも細胞死を表す。ただしアポトーシスは〈プログラムされた細胞死〉と言われる細胞本来の寿命による自然死を指し、ネクローシスは〈制御されない細胞死〉と定義される。前者が「自然死」「衰弱死」だとすれば後者は「事故死」「変死」である。

細胞にはあらかじめ決められた寿命がある。

「腸壁の細胞のようにわずか2、3日しか寿命のない細胞もあれば、免疫の記憶に関わるメモリー細胞のように数十年から100年にもわたって生きるものもあります」

細胞の寿命はさまざまだが、すべての多細胞生物は古い細胞と新しい細胞を入れ替える「新陳代謝」を繰り返している。正常細胞はあらかじめプログラムされた通り、一定の時間が経つと自然と死ぬように設計されており、おかげで新陳代謝が進む。

「この細胞の自然死、アポトーシスがうまく機能しないと細胞は無限に増え続けることになります。多くのがん細胞がそうですね。基本的にはアポトーシスを起こしにくく、無限に増殖する。ごく稀にアポトーシスを誘発して死ぬものもありますが、その場合はミイラのようにだんだんと萎んでいくだけです」

〈事故的細胞死〉とも言われるネクローシスは何らかの外的要因で細胞が突然死することだ。

「怪我や外科手術で細胞が割れたり、切れたり、やけどで熱変性をしたり、放射線で中身もろとも焼かれてしまったり、といった細胞の死に方はネクローシスに当たりますが、そうした場合、細胞の中身も何らかの傷を負うことが多い」

光免疫療法のがん細胞の壊れ方もこのネクローシスの一種ではあるが、少々違う。

細胞膜が壊れただけで、核や細胞質といった中身がきれいに残っている。熱変性も起こしていなければ化学物質の影響もない。こうした〈免疫原性細胞死〉がピュアな形で一斉に起こるという特殊な死に方になる。

「大量のがん細胞が短時間に一斉に免疫原性細胞死を起こし、その中身がぶちまけられると、次の瞬間、その周辺にいる免疫細胞たちが壊れたがん細胞の中身をぱくぱくと食べはじめます。さまざまな免疫細胞たちががん細胞の情報を次々に取り込んで一斉に消化・分解していくのです」

これが〝望ましい壊れ方〟なのだ。

「捕え損ね」のがん細胞を、患者本人の免疫が探し出して倒してくれる

「言い換えれば、いっせいに細胞膜が破けることでがん細胞の全情報が周囲に大量に放出されるんです。無傷で、フレッシュな状態で」

まず情報収集の役割を果たす免疫細胞たちががん細胞の内容物を自身に取り込み、攻撃すべきがんのさまざまな抗原情報を収集する。次にその情報を攻撃する免疫細胞に伝える。

「抗原提示と言うのですが、これで倒すべき異物であるがん細胞の抗原情報が周囲に伝わります。すぐ近くでこんながん細胞が死んだぞ、犯人の仲間がうろうろしているようだ、急いで捕まえろ!という感じで免疫システムが起動するのです」

がん治療の厄介なところは、外科手術なら取り残しがあったり、抗がん剤や放射線でもすべてを倒しきれなかったり、微小ながん細胞が原発組織以外にも飛び散っていたりすることだ。だが光免疫療法で治療した場合、そうした「捕え損ね」のがん細胞を、患者本人の免疫が探し出して倒してくれるというのだ。

この時、壊れたがん細胞の中身が無傷でフレッシュでしかも大量であればあるほど、「指名手配犯」であるがん細胞の〝顔つき〟や身元情報も正確に伝わるのだという。

「それまでは正常細胞との区別があいまいだったがん細胞についても、よりハッキリとコイツが敵だと認識することができ、さらなる波状攻撃を加えることが可能になります。免疫学では〈プライミング〉と呼んでいますが、どのがん細胞を攻撃対象にするのか、攻撃役の免疫細胞に学習させているわけですね。そして、特定のがん細胞が認知されると、そのがん細胞を攻撃するのに適した良質な免疫細胞の数が急激に増えていきます」

そのため免疫原性細胞死であることが重要なのだ。

「細胞がしわしわと萎んで死んでいくだけではダメなんですね」

免疫原性細胞死の利用を試みたがんの治療法は以前からあった。しかし多くの場合、がん細胞の壊れ方がきれいではなく、中身に傷がついてしまったり、熱で変性してしまったりしていた。あるいは、がん細胞だけが死ぬのではなく、周囲の正常細胞や免疫細胞までが死んでしまっていた。この「がん細胞の免疫原性細胞死をきっかけに免疫システムを起動させる」というアプローチを初めて成功させたのが光免疫療法なのだ。

なぜ光免疫療法という名前に「免疫」の2文字が入っているか。
それは、がんに対する患者自身の免疫の力を引き出すからだ。

「まだマウス実験の段階にはなりますが、光免疫療法は同種のがんに対するワクチンの効果があることが確認されています。光免疫療法で治療したがんが再発した場合、免疫細胞がいち早く反応してがん細胞に攻撃を加えることができるのです」

3年以上をかけて作った特殊なマウスモデルを使った実験は次のようなものだ。

「一度植えたがんをまず光免疫療法で治します。そのマウスにもう一度、がんの腫瘍を打ち込むのですね。がん細胞を数百万個の単位で移植するのですが、どれだけ移植してもマウスにはがんが根付かない。がんが再発しないのです」

さらに小林は、この免疫原性細胞死がもたらす以外の免疫活性を高める方法も編み出している。制御性T細胞へのピンポイント攻撃である。

免疫はがんを殺せるか

制御性T細胞の話に入る前に、私たち一般人が抱いている疑問を解消しておきたい。つまり、人間が本来持つ免疫系が活動するだけで、がんを抑えることはできるものなのかということだ。小林が解説する。

「後天性免疫不全症候群(AIDS)、いわゆるエイズの患者さんが高い割合でがんにかかりやすいというデータがあります」

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染した患者の多くが血管性の腫瘍である「カポジ肉腫」やリンパ球ががん化する「悪性リンパ腫」に罹患する。

「免疫不全の人が高い確率でがんになるというのは、逆に考えると、免疫システムが健全に働いている場合、それだけでがんの発生を押さえ込んでいるということです。ですから、がん治療の最適解としては、これまでの三大療法のようにがん細胞を攻撃するだけではなく、体中の免疫を適切に活性化させてやることが必要なんです」

がん細胞は健康な人間であっても一日に5000個ほど発生しているという。がん細胞が生まれる原因のひとつは細胞分裂の際の遺伝子情報のコピーミス。膨大な数のミスが生じているようにも思えるが、人間の体を構成する細胞の数は60兆個とも言われている。60兆のうちの5000個と考えればさほどの割合ではない。

ともあれそうやって発生したがん細胞を日々、退治しているのが私たちの体の免疫機能なのだ。これを「がん免疫監視説」という。1950年代に「近代免疫学の始祖」と言われるフランク・バーネット(1899~1975)が唱えた説だ。

小林は言う。
「がん免疫監視説は理論としては非常に古いものですが、僕も基本的には同じ考えです。防御システムとしての免疫がほどよく活性化してがんを押さえ込める状況になっていれば、たとえ毎日がん細胞が生まれたとしてもなかなか増殖できないはずなんです」

「第四の治療法」である「がん免疫療法」も同じ考えに則っている。

京都大学の本庶佑特別教授と米国テキサス大学のジェームズ・アリソン博士はそれぞれ「オプジーボ」「ヤーボイ」という免疫チェックポイント阻害薬の生成に貢献し、2018年、ノーベル医学・生理学賞を共同で受賞した。選考にあたったスウェーデンのカロリンスカ研究所はこう発表している。

「本庶氏とアリソン氏は、私たちの体に備わった免疫細胞を利用して、あらゆるタイプの腫瘍の治療に応用できる新しい治療法を開発した。がんとの戦いに新しい道を切り開いた画期的な発見である」

ノーベル賞授賞式の晩餐会のスピーチで本庶は次のように語った。
「われわれの発見は始まりにすぎず、がん免疫療法は感染症の治療薬となったペニシリンと同じように医療を根本的に変えるものだ」

オプジーボは日本では2008年に治験がスタート、12年に提出した第Ⅰ相試験結果の論文では、「末期がん患者の20ないし30%に有効」「269名の末期がん患者に実施して、完全寛解、有効例が非小細胞性肺がん、メラノーマ、または腎細胞がんに認められた」と報告された。14年、「悪性黒色腫(メラノーマ)」に適応する治療薬として厚生労働省の承認を受け、翌15年には「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん(NSCLC)」への適応拡大が認められた。現在はこの他、腎細胞がん、頭頸部がん、胃がん、ホジキンリンパ腫などにも保険適用となっている。

だがこの免疫チェックポイント阻害薬も完璧とは言えなかった。

小野薬品工業の公式サイトによれば、肝機能異常や脳機能障害、甲状腺不全に陥る患者も一定数おり、14年から20年1月までの約6年間で127人が死亡したとしている。小林は言う。

「人体というのはとても複雑にできていて、免疫の作用が強ければそれでオーケーという単純なものではないんです。時には免疫が効きすぎて、マイナスに作用してしまうこともあるんですね」

「アレルギー」というのは過剰な免疫反応が原因のひとつだ。「自己免疫疾患」もまた免疫が正常に機能しなくなることで自分の体を自分で攻撃してしまう病気だ。花粉症やアトピー、円形脱毛症も自己免疫疾患が原因となることがあり、例えば円形脱毛症は毛根の細胞が異物と認定されて免疫細胞に攻撃されてしまうことで起こる。

免疫が正常に働かないために引き起こされる病気には「悪性関節リウマチ」や「全身性エリテマトーデス(SLE)」など難病指定されているものもある。

新型コロナウイルス流行の際も話題になった〈サイトカインストーム〉という症状は免疫が暴走することで起こるが、多臓器不全を引き起こして死に到ることもあり、この現象はがん免疫療法として認可されている免疫チェックポイント阻害薬やCAR-T療法でも報告されている。

免疫はがんを殺せる。だが、自身を傷つけ、殺してしまうこともありうるのだ。

文/芹澤健介 写真/shutterstock

『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』 (新潮新書)

芹澤 健介 (著)、小林 久隆 (監修)

2023/8/18

¥924

256ページ

ISBN:

978-4106110061

なぜ「天才」なのか
どこが「ノーベル賞級」なのか


原理はシンプル――だがその画期的機構から「第5のがん治療法」と言われ、世界に先駆け日本で初承認された「光免疫療法」。がん細胞だけを狙い撃ちし、理論上、「9割のがんに効く」とされる。数々の研究者たちが「エレガント」と賞賛し、楽天創業者・三木谷浩史を「おもしろくねえほど簡単だな」と唸らせた「ノーベル賞級」発見はなぜ、どのように生まれたのか。「情熱大陸」も「ガイアの夜明け」も取り上げた天才医師に5年間密着、数十時間のインタビューから浮かび上がる挫折と苦闘、医学と人間のドラマ。

「はじめに」より
がんをもはや「怖くない」と言う人もいる。国立がん研究センターによれば、日本人の2人に1人ががんになる。東京都をはじめ、各自治体は「早期発見すれば、90%以上が治ります」とがん検診を勧める。「全身にがんが広がっていなければ、約50%の人が治りますと言う医師もいる。(中略)だがそれでも、日本人の死因1位は1981年から変わらずがん(悪性新生物)だ。2021年の厚生労働省の統計によると、がんの26・5%は2位の「高血圧性を除く心疾患」の14・9%を大きく引き離す。年間170万人ががんになり、そのうち70万人が治療法がないなどの理由で「がん難民」になると言われる。結局のところ、日本人は2人に1人ががんになり、4人に1人はがんで死ぬ。この数字が示すのはむしろ、身内や親しい友人をがんで失ったことがない人など、どのくらいいるのだろうということだ。「9割のがんに効く」治療法があれば、どのくらいの人たちと私たちはまだ一緒に過ごせていただろうかということだ。光免疫療法はまだ途上である。現状は、限られた病院で、限られた患者の、限られたがんに施されるに過ぎない。「夢の治療法」が現実化するためには、越えなければならない壁がいくつもある。本書では足かけ6年にわたる小林久隆医師への直接取材を基に、光免疫療法のメカニズムとその現在、過去、未来を描くとともに、私たちが直面する「壁」とは何なのか、この治療法が生まれた背景に何があったのかを報告したい。

「目次」より
はじめに

第一章 光免疫療法の誕生
実験現場の奇妙な現象/光免疫療法の「発見」/光免疫療法の原理/標準治療/三大療法/「がんの消滅」/NIH──米国国立衛生研究所/39歳でのリスタート/〈ナノ・ダイナマイト〉/爆薬IR700/起爆スイッチ/スイッチのオン・オフ/〈魔法の弾丸〉/分子標的薬/ミサイル療法/9割のがんをカバーする/光免疫療法の真価/免疫はがんを殺せるか/制御性T細胞/〈免疫システムの守護者〉/「全身のがんが消えた」/偶然か戦略か/イメージングがもたらしたもの/“見る”ことと“治す”こと/光免疫療法への道/完璧な理論武装

第二章 開発の壁
資金の壁/誰と組むか/西へ東へ/三木谷浩史と父のがん/「おもしろくねえほど簡単だな」/1週間で3度の会合/RM -1929/治験の壁/施術条件の壁/ある同僚の死/効きすぎてしまった?/奏効率の壁/政治の壁/「ひとりの天才がいるだけではダメ」/辿り着いた国内承認/現場の医師より/光免疫療法ではない治療/「人生最後の山」

第三章 小林久隆という人
ノーベル賞はありうるか/「同世代のヒーロー」/医師で化学者で免疫学者/「まっすぐではなかった」道/謳歌した大学院時代/渡米ショック/学位論文/苦い教訓/どん底の研究生活/“医者”か研究者か/まともなことをしてるんやろか/年1500件の内視鏡検査/「がんこ」で「しつこい」/少年時代/灘の“化学の鬼”/京都大学へ/何かを見つけるための6年間/震災の記憶/日本のキャパシティ/骨ぐらいは拾ってやる/「無駄な実験なんてひとつもない」

終章 がんとはなにか
がんは難しい/セントラル・ドグマ/自己の分身/光免疫療法の未来

おわりに

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