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原始の火起こしに挑戦して棒を回し続けて2ヶ月、「週末縄文人」が立ち上る“炎”のなかに見たものとは‥‥後編

集英社オンライン / 2023年9月30日 12時1分

「週末を使ってゼロから文明を築く」……現代のサラリーマン2人組は、“縄文人の火起こし”を成功させ、文明に灯をともすことができるのか? 棒を回転させ続けるも火種はできず、もはや肉体は限界…失敗と検証を繰り返し「週末縄文人」が“原始の火”を再現するまでの一部始終を『週末の縄文人』(産業編集センター)より、一部抜粋、再構成してお届けする。〈前後編の後編〉

#1

棒を回転させ続け…立ち上る“甘い煙”

まずは縄が挑戦。火きり板を地面に置いて足で固定し、先ほど作った窪みに火きり棒の先端をはめる。あとは下に向かって圧力を加えながら火きり棒を回転させ、摩擦熱によって火種ができるまでそれを続けるという段取りだ。



「よっしゃあ、やるぞ〜!」

気合十分で火きり棒を回転させ始める縄。しかし、何度か回転させたところで、すぐに棒が板から外れてしまった。体勢を整えて再びチャレンジするが、2回目も3回目も同じように外れてしまう。僕もやってみたが、やはり同じ結果となった。

原因は火きり板にあるようだった。普通の板と違い、丸い枝を使っているため安定しないのだ。何度も挑戦したが、結局うまくいかないまま初日は日没を迎えてしまった。

火起こし2日目。前日の反省を踏まえ、棒を回していない方の人が火きり板を押さえることにした。さらに、疲れてきたら回す方を交代するという連携技で臨む。

「じゃあいくよ!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

「キツくなってきた。ごめん交代!」

「よっしゃ任せろ!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

「あ、煙だ!煙が出てる!いいぞ、そのまま頑張れ!」

これまで筋疲労以外に何も生まなかった回転運動だったが、ここにきて初めて白い煙が立ち上がった。煙の匂いは不思議なことに黒砂糖のように甘くてスモーキーで、胸がドキドキする。これはうまくいくかもしれない。

火きり板は摩擦で削られ、溝から茶色い木屑がこぼれ落ちて一箇所に溜まっていく。

よし、今だ!棒の回転を止め、急いで木屑を火口に入れて息を吹きかけた。

「フゥー、フゥー、フゥー……。消えた」

火口に入れてすぐに、煙は雲散霧消してしまった。そもそも、まだ木屑にちゃんと火種ができていなかったのだ。初めての煙で、つい焦ったのがいけなかった。しかし、確実に手応えはあった。

1人では不可能にすら思えたのに、2人で協力した途端の大きな前進。他の動物より弱かった人類が、他者と協力することで、個の能力以上のことを実現してきたという、いつかのNHKスペシャルでやっていた話は本当だった。

もはや限界、ボロボロの体

ただ、その後も二人で挑み続けたが、煙が出るところまではいけても、なかなか火種ができない。失敗するたびに、火きり板に新しい窪みをグリグリと彫らなければならず、その労力に気分は萎えていくばかり。

「くそーなんでだ……」

「こんなにシンプルなのに、原因がわからないな」

僕たちは途方に暮れていた。手のマメは潰れ、手のひら全体にアザができたような状態で、火きり棒を挟んだだけで激痛が走った。これまでほとんど眠っていた腕や胸の未知の筋肉が悲鳴を上げ、発見された。もはや肉体の限界だった。

火種ができないのは自分たちの筋力不足なのか、木の種類が間違っているのか、はたまた天気や湿度のせいなのか。こんなに単純な行為なのに、考えられる要因が多すぎて、どうしたらいいかわからなくなっていた。

結局この日も、翌日も翌々日も、火種はできることなく、4連休は終わってしまった。

自分も縄文人だったはずなのに

ここで少し、YouTubeでは公開していない舞台裏の話をしよう。4連休を終え、疲労困憊で仕事に戻ってからも、僕たちはずっと火起こしについて考えていた。昼休みや仕事帰りに顔を合わせては、ああでもないこうでもないと仮説を立てて話し合っていたのだ。そんなある夜、2人で仕事から帰っているとき、僕は急に不思議な感覚にとらわれた。

「なんか今さ、なんで自分は火が起こせないんだろうってすごく不思議な気持ちになってきた」

「考えられる要因が多すぎるもんな」

「ううん、そういうのとは違ってさ。辿っていけば自分も昔は縄文人だったはずなのに、なんで火起こしのやり方を忘れちゃったんだろうって。だって20%くらいは縄文人のDNAを受け継いでるはずなんだから。覚えてないことの方が不思議に思えてきた。絶対つけられるはずなんだよ。思い出せ!」

このとき、突然スピリチュアルがかった相方の話を縄がどんな気持ちで聞いていたのかはわからない。普通に考えたら怖い。僕だって根拠のないおかしな話だとは自覚している。ただ、この不思議な感覚に包まれたまさにそのとき、折れかけていた心が妙に自信を取り戻していくのを感じたのだ。

ホームセンターで見えた光

お互いになかなか仕事の休みが合わず、次に山に行けたのは10月に入ってからだった。この間、僕らはある作戦を立てていた。それは、試しに一度ホームセンターで杉板と棒を買って火起こしをしてみようというものだ。杉板が火起こしに向いていることは本で読んで知っていた。また、ホームセンターで売られている木材は完全に乾燥しているので、素材は完璧だ。つまり、これで火が起こせなければ、自分たちの筋力か技術力が原因ということになる。余計な変数を取り除いた、モデル実験のようなものだ。

まずはナイフを使い、火きり板に窪みと溝を彫る。石器だとあんなに大変だった作業が、ものの数分でできてしまった。鉄のナイフのすごさを実感する。

やり方は前回の火起こしと同じ。2人で交互に棒を回転させると、なんと3回目のチャレンジであっけなく火種ができてしまった。僕らの目指す「原始の火」ではなかったけど、それでも初めて見る火種に、僕らは大興奮でハイタッチした。


このとき、2つの重要な学びがあった。1つ目は、火種が生まれる場所だ。これまで僕らは、火種は火きり板の窪みの中で生まれるものだと思っていた。しかし実際には、火きり板から落ちた木屑の山の中で生まれていたのだ。

摩擦で熱せられた木屑が溝から落ち、1箇所に積もっていく中で温度がどんどん上昇し、それがある点を超えたとき、木屑が自ら燃えて火種が生じる。つまり大事なのは、いかに木屑の温度を上げられるか。木屑が散ったり、下に敷く葉っぱが湿っていたりするのは言語道断なのだ。

2つ目はペース配分。火種ができる直前、煙の量がブワっと増え、木屑の色が茶色から黒に変わったのを観察した。そのタイミングで棒を全力で回転させた結果、木屑の中にボロっと火種ができたのだ。

今までは最初からガムシャラに回転させていたため、後半の黒い木屑が出る頃にはバテてしまっていた。この黒い木屑が出てから本気で回転させられるよう、いかに序盤で体力を温存できるかが重要だったのだ。競馬でいうところの差し馬スタイルである。

その後も仕事帰りに杉板で練習を重ね、ようやく満を辞して原始の火起こしに挑戦できる状態に仕上がった。

2ヶ月にわたる挑戦の末、ついに…

次に山へ行ったのは10月の中旬。最初に火起こしを始めてから2ヶ月が経ち、季節は秋になっていた。山に着いて車を降りると、床一面にオレンジ色の落ち葉が敷き詰められ、歩くとサクサクと小気味のいい音を立てた。空気はカラッとしていて、2ヶ月前に作った火きり板も、今までにないくらい乾燥していた。これはいけるかもしれない。

森は妙に静かで、部活の公式戦の前みたいな緊張感に包まれていた。この2ヶ月間、何度も二人で試してきたポジションにつき、ついに原始の火起こしが始まった。

トップバッターは縄。8割くらいの力で棒を回転させ、徐々に摩擦熱を上げていく。白い煙が出始めたところで文に交代。その直後、棒が板から外れて土に突き刺さった。こうなると、棒の先端の温度が一気に下がり、リセットされてしまう。

「あ〜ごめん!」

「大丈夫、落ち着いて!」

一瞬慌てたが、縄の掛け声もあり、落ち着きを取り戻して再び棒を回す文。また煙が上がり、木屑がもりもりと出始めたところで縄に交代。ここからは全力で勝負をかける。

「だああああああつけーーー!!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

「いいよ!煙、もくもく出てきた!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
シュッ、シュ……。

「キツかったら代わる!」

死力を振り絞り、もはや文字化できない声をあげる縄。

「○※▲□×だあああ〜ごめん交代!」

「よし!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

ラストスパートをかける文。煙の量が増え、木屑の色が黒く変わった。

「つくつく!ここだ、頑張れ!まじでもうちょいだ!」

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

シュッ、シュッ、シュッ……。

「……ついたんじゃないか?」

手を止める文。火きり板をどかすと、溜まった木屑が仄かに赤く光り、静かに煙が上がっていた。ついに、ついに自然のものだけで火種ができたのだ!この2ヶ月の苦労が一気に頭の中で再生され、熱いものがこみ上げる。でも、喜ぶのはまだ早い。この火種を炎に成長させなければならない。

世界一小さなエール

産まれたての赤子を扱うように、火種をそっと火口に入れて包み込み、長く優しく息を吹きかけて酸素を送ってあげる。

火種はとても消えやすい。絶対に絶やすわけにはいかないという緊張感と、限界を超えた筋疲労で、火口を持つ文の手はプルプルと震えていた。一方の縄は、文の耳元で世界一小さな声でエールを送り続けている。

「(ついてるついてるついてる。ついてるよ!)」

大きな声を出せば、火種が消えてしまうと思っているのだろう。それほど繊細で、緊張感のある時間が続いていた。文が火口に息を送り続けて30秒が経過しても、まだ煙は大きくならない。そこで、試しに空気を送り込む角度を変えてみる。すると、火口は一気に大量の白い煙に包まれ、その奥が赤く輝いた。

「ついてる ついてる ついてる!」

縄の応援の声量は次第に大きくなっていき、それに呼応するように、ボッと炎が燃え上がった!

興奮はピークに達したが、ここでもまだ油断はできない。急いで火口を地面に置き、上に乾いた小枝をのせていく。空気が入るよう、隙間を確保しながら慎重に、そしてスピーディーに。やがて中くらいの太さの枝に火がついたころで、ようやく炎は安定した。何も言わず、顔を見合わせる2人。

「……もう喜んでいいかな?」

原始の火には神様がいた

このとき、僕たちは初めて大声を出し、抱き合って喜んだ。その火はまぎれもなく縄文時代の人々が見ていた原始の火だった。

「美しいなぁ」

「うん、美しいなぁ」

「美しい」という言葉があんなに自然と口から出たのは、このときが初めてだったかもしれない。それは、「綺麗」とか「かっこいい」という言葉では足りない、神々しさを含んだ存在だった。そう、その火には神様がいたのだ。

やがて夜の闇が降りてきて、僕たちの火が森の中で唯一の灯りとなり、まるで宇宙の中心に浮かんでいるような感覚になった。持てる力をすべて出し切った僕たちは、ただ黙ってその火を眺めていた。この小さな宇宙を満たしていた静かな充足感は、この先どんなに大変でも、この活動を続けていこうという決心を僕らに与えてくれたのだった。

文/週末縄文人(書き手:文)
写真/『週末の縄文人』より出典。撮影=横井明彦

『週末の縄文人』

週末縄文人(縄・文) (著)

2023年8月25日発売

1,760円(税込)

176ページ

ISBN:

978-4863113756

\YouTube登録者数10万人超/
ビジネススーツを身にまとい、石斧を作り、土器で煮炊きし、竪穴住居で過ごす……。サラリーマン2人組が、現代の道具を一切使わず、「週末限定の縄文時代」を生き抜く過程を描くサバイバル・エッセイ。カラー写真満載。土器や石斧の作り方がわかるコラムも充実!

「映像研には手を出すな!」著者、大童澄瞳氏推薦!
4歳頃、一人で磨製石器を作っていた。何日も何日も石を削った私は「この石は“刃物”にならない」と結論を出した。「週末縄文人」は言う。「もっと削れ」。

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