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日本農業の「構造的問題」にロボティクスのチカラで挑戦。農家の重労働を削減するスマートデバイス「ミズニゴール」とは?

集英社オンライン / 2023年10月7日 14時1分

農業に携わる人の数は、年々減り続けている。私たちふだん食べているお米も、どこまで国内生産が続けられるのだろうか。そんな不安に対する一筋の光明となり得るのが、「ミズニゴール」というデバイスだ。この装置は日本の米づくりを根本から変える可能性まで秘めている。

まるで「ラジコン感覚」で雑草対策

「ミズニゴール」は、水田を走らせて水を濁らせ、雑草を生えにくくさせる装置だ。水が濁るから、ミズニゴール。ド直球だが、親しみの湧くネーミングだ。

ミズニゴールは少し大きめの三輪車くらいのサイズで、ラジコンのコントローラで操作する。車輪についた凹凸で泥層をかき混ぜ、水を濁らせる。これによって雑草の光合成を阻害し、草を生えにくくさせる。


水田除草ロボット「ミズニゴール」。水田の泥層をかき混ぜ、水を濁らせることで雑草の成長を抑制する

「水を濁らせることで雑草を生えにくくする農法は、以前からありました。田んぼの中でチェーンを引きずって歩くという方法があるのですが、『それなら人間が歩かなくてもいいのでは?』と思ってつくったのが、ミズニゴールです」

同製品を開発するハタケホットケの代表取締役・日吉有為さんは、製品誕生の経緯を振り返る。

株式会社ハタケホットケの代表取締役・日吉有為さん(写真中央右)。メンバーであるケンジ・ホフマンさん(写真右)をはじめ、4人のメンバーでハタケホットケを創業した

従来の方法だと、50mプールほどの水田(1反)を濁らせるのに2時間程度かかる。しかし、同製品を使えばその6分の1にあたる20分程度で完了するという。また、車輪と車輪の間に据えられたブラシによって、泥層についた雑草の芽を取り除く効果もある。

同製品は、田植えが終わった後から40日までを目安に使用する。状況にもよるが、3日から5日ごとに稼働させれば十分な効果が出るそうだ。40日を過ぎると稲が成長し、雑草に負けないようになる。

通常は1反(1000平米)を人力で濁らせるのに、少なくとも2時間程かかる。一方、「ミズニゴール」では1反あたり20分前後で完了できる設計だ

水田を濁らせるための方法としては、合鴨を水田に放す合鴨農法もある。合鴨なら勝手に動いてくれるので手間がかからないと思いきや、意外にもけっこうな労力がかかるという。

「合鴨が逃げたり、野生動物に雛を食べられたりしないように、田んぼの周りを柵で囲みます。また、カラスも雛を食べてしまうので、50cm間隔の細かさになるよう田んぼの上にテグスを取り付けます。これがけっこう大変なんです」

その点、同製品は3〜5日ごとに操作を行う必要はあるが、ラジコン感覚で楽しみながら作業できる。2022年から実証実験を開始しているが、参加した農家の評価も上々だ。労力が減ったうえ、十分な効果を実感しているという。

ただ、この話は、単に「農家の負担が減った」というだけの話ではない。この製品が日本の農業のあり方を変えるかもしれない、という大きな広がりを持った話なのだ。

就農には多額の借金が必要な場合も

「ミズニゴールに興味を持ってくださる方は若い人が多いですけれど、農業全体で見れば若い人はごくわずかです。長く農家をやっている人と話をすると、『自分の子どもには継がせたくない』と言っていますね」

農家の人手不足について尋ねると、日吉さんはそう切り返した。

「手間もかかるし、金銭的な面も大変です。農業は設備投資の額が大きくて、新規就農だと多額の借金を抱えてのスタートになります。それで、JAからローンでお金を借りて、JAから農機具や種、農薬、肥料を買って、JAが指定した金額で農作物を納めて…とやっていくと、まるでJAに人生を決められているみたいになってしまいます」

日常的に自営農業に従事している人口を示すグラフ。ここ数年で見ても右肩下がりなのがわかる(出典:農林水産省「農業労働力に関する統計」より作図)

JAには、農業経営のアドバイスを受けられたり、作物を安定して買い取ってもらえたりといった数々の恩恵がある。決してJAを非難するつもりはない。しかし、日吉さんのいうように、こうしてレールを敷かれた農業のやり方に、夢を抱きにくい人もいるだろう。

「JAを使わずに直販でやる方法もあります。無農薬栽培なら、安全・安心なお米という価値を付加して販売できる。知り合いには、年間契約で顧客を抱えている農家さんもいます」

しかし、無農薬での栽培は、雑草との戦いだ。かなり多くの時間を雑草の処理に費やすことになる。多くの人は、その手間をかけられないため無農薬栽培を断念してしまう。

そこに一石を投じるのがミズニゴールというわけだ。除草の手間を大幅に削減できるようになれば、米の無農薬栽培がしやすくなる。直売で利益を上げることができれば、農業で夢を見られる人も増えていくだろう。

農業で夢が見られるようになれば、新たに農業を始める人も増えていくだろう。自分の子どもに継がせたい、あるいは親の農地を継ぎたいという人も増えていくかもしれない。それが就農人口の減少を食い止める糸口になるのではないだろうか。

安全な食と地球環境を子どもたちへ

これまで2年間の実証実験と改良を重ね、ミズニゴールはより安定した製品に成長してきた。また、2024年には自動運転も実装できる見込みだという。

「ただ、いきなりお客さんにリリースする前に、まずは自分たちの畑で実証実験をして、うまくいったら翌年から提供を開始したいと考えています」

自動運転ができるようになれば、利用者の手間はさらに削減できるだろう。

なお、同製品はレンタルの形で提供している。2023年の場合、1台・1シーズンで22万円という料金体系だった。

「年間で40日しか使わないので、購入していただかなくてもいいだろうと考えています。特に今の段階だと、まだ故障や使い勝手のよくない部分がありますから。将来的に故障が減って製品寿命が伸びていけば、利用料金も下げられると思います」

同製品は3〜5日に1回程度の利用で済むため、複数の農家で1台をシェアする提供方法をイメージしているという。複数の農家で利用料金を分担すれば、1農家あたりは1シーズン数万円で済む。そうなれば、合鴨農法で合鴨を仕入れるよりもコストを抑えられるのではないか、と日吉さんは考えている。

「低コストで草取りの手間が大幅に減るなら、今まで農薬を使っていた農家さんも無農薬栽培に転換できると思います。そうして無農薬に取り組む農家さんが増えれば、その農家さんだけでなく、日本の農業全体にもプラスになるのではないでしょうか」

実証実験は、無農薬給食・農法の拡大を図る自治体・研究機関と共同で実施した

日吉さん曰く、お米に限らず、日本の農産物の残留農薬は、海外に比べ基準が甘いという。日本の有機JASの基準だと、輸出できない国もあるのだそうだ。

「一方で、日本のお米が海外で高値で取引されている現状もあります。それこそ、日本での買取価格の10倍から15倍くらいの金額です。つまり、輸出ができる基準のものさえつくれば、高値で販売できる。農業の収益構造が大きく変わります。そうすれば、自分たちの子どもに継がせようという気持ちになれるのではないでしょうか」

また、無農薬栽培が広がっていくことで、地球環境にも貢献できると日吉さんは指摘する。

「欧米だと『リジェネラティブ・オーガニック(環境再生型農業)』という言葉が使われ始めています。サスティナブル(持続可能)からもう一歩進んだ考え方で、リジェネラティブ・オーガニックを推進すると地球温暖化を抑制できるという論文もあるんです。食の安心だけではなく、子どもたちが安心して暮らせる環境を残すことにもつながるのではないかと考えています」

三輪車ほどの小さなデバイスが、本当に日本の農業や子どもたちの未来を変えるかもしれない。ミズニゴールがこれからどのような轍を描いていくのか、その活躍に期待したい。

第2弾プロダクトとして開発を進めている害獣対策AI自動認識追従型レーザー装置「シカニゲール」

インタビュー・文/小平淳一
写真提供/株式会社ハタケホットケ

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