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『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』 奥山景布子×山崎ナオコーラ 対談

集英社オンライン / 2023年10月5日 10時1分

『フェミニスト紫式部の生活と意見 ~現代用語で読み解く「源氏物語」~』がまもなく刊行となる奥山景布子さん。一方、今年3月に『ミライの源氏物語』(淡交社)を上梓された山崎ナオコーラさん。このエッセイ2作品は、「源氏物語」が現代的な視点で読み解かれ、私たち読者に新たな気づきをもたらし、さらには古典への興味を広げてくれるものとなっています。

山崎ナオコーラ×奥山景布子
研究者時代に抱いた強烈な違和感、
敵を取りたいみたいな気持ちで書きました

『フェミニスト紫式部の生活と意見 ~現代用語で読み解く「源氏物語」~』がまもなく刊行となる奥山景布子さん。一方、今年3月に『ミライの源氏物語』(淡交社)を上梓された山崎ナオコーラさん。このエッセイ2作品は、「源氏物語」が現代的な視点で読み解かれ、私たち読者に新たな気づきをもたらし、さらには古典への興味を広げてくれるものとなっています。初対面という奥山さんと山崎さんですが、互いに共感するところは多くあるよう。お二人に「源氏物語」についてお話しいただきました。



構成=中里和代/撮影=石井康義(千代田スタジオ)

アカデミアで抱いた
強烈な違和感

奥山 山崎さんが最初に「源氏物語」に出合ったのはいつごろでしたか?

山崎 学校の教科書だったと思います。中学校の授業でやって、高校時代に大学の受験勉強でやって。実は私、高校生のころ全然しゃべれなくて友だちがいなかったんです。学校でいつも一人で本を読んで、休み時間は居場所がないから無駄に手を洗って(笑)。部室のドアが叩けなくて文芸部の入部を諦めて。そんなときに「源氏」を読んで、受け身な主人公やヒロインたちに興味を持ちました。同じころ、谷崎潤一郎にもはまりました。当時は、主体性を持って自分で道を切り拓いていくヒロインがもてはやされていたけど、自分はそうじゃない、それに自分の性別にもなじめない。どうしたらいいんだろうと思っていた時期でした。そんな状況から、「源氏」や、しゃべらない主人公が出てくる谷崎の『細雪』に共感したのかもしれません。

奥山 分かります。私は子どものころ、偉人伝や古典を子ども向けにリライトした本で「源氏」と出合いました。中高生のころ夏目漱石、森鷗外、三島由紀夫、志賀直哉とかを読んだんですけど、なかでも近代の男性作家では私も谷崎が好きなんですよ。女性の時代小説作家さんのなかにも「谷崎いいですよね」とおっしゃる人が多くて。これはジェンダーに関係があるのでは? と思った覚えがあります。

山崎 その後、大学の日本文学科で「源氏」を学びましたけど、奥山さんのように本気の研究というほどでは……。卒論で「浮舟」のことを研究したので、作家になったからにはいつか「源氏物語」のことを書きたいという想いは野心として持っていました。

奥山 大学時代、研究者の言葉遣いとか物の見方とかに、疑問を感じることってありました?

山崎 こういう言い方をしていいか分からないですけど……大学の研究者って「おじさん」ばかりじゃないですか。やはり違和感はありました。

奥山 やっぱりありますよね。私も大学で国文学を学びました。卒論で近代の女流作家をやるか、平安時代の女流文学をやるかで迷ったんですけど、平安って「源氏」をはじめ、女流日記もあるし女性の歌人も多いでしょう。当時の女性たちが残した生の言葉が読める機会が増えると思って「平安の女流文学」をテーマに選びました。でも、いざ論文を書こうとしても指導教員に「きみの捉え方は主観的だ」「その読み方は深読みだ」とか言われちゃって……。

山崎 そういった違和感や疑問を『フェミニスト紫式部の生活と意見』でお書きになってましたよね。すごい分かると思って(笑)。本の中の第二講に「『源氏物語』をはじめとする、『古典』への『注釈』は、こうした権威のある歌人、学者から始まり、やがて近世になると『国学』という領域に置かれ、近代では『国文学』として大学などで担われ、『学会』も組織されてきました」とありますけど、権威ってつまり「男性」ですよね。私が大学で学んでいたのは二十年ぐらい前でしたけど、それこそ権威目線の授業という感じで、そこに違和感がありました。

奥山 まさに山崎さんが大学生だったころ、私は教員になったんです。教えながら論文も書いていたんだけど、論文の中に「ジェンダー」という言葉を入れたり、フェミニズムっぽい言葉遣いをすると、査読に通らないんです。古典を論ずるのに現代的な物の見方を入れるなと言われてしまう。論文を掲載してもらえないと研究者の業績とみなされないんだけど、でもそのために男性の学者たちと同じ「客観性を保証する」みたいな言葉遣いをして、同じような物の見方をしないといけないの? ととても悩んだ時期がありました。

山崎 やっぱり大学の中って、世の中とは違う権威みたいなものがありますよね。

奥山 そう。何か違う空間になっているのかなあと、当時感じていました。

山崎 『フェミニスト紫式部の生活と意見』では現代用語で「源氏物語」を読み解いていらっしゃいますが、こういった切り口で書こうと思った理由というのは。

奥山 研究者時代に抱いた強烈な違和感、敵を取りたいみたいな気持ちです。あのころは否定されてしまった、今の世の中に見合った新しい物の見方で書いてしまえと。もう研究者じゃないんだし誰にも怒られない、そんな想いからです。

山崎 あ、それは若干感じました。「おじさん」に対する想いみたいなのが、にじみ出ているなと(笑)。

研究と読書をつなげたい
という野心があります

奥山 私の父は昭和十年代の生まれで、昔気質だったこともあって、私は子どものころ、かなり理不尽な思いをしていたんです。あれやっちゃ駄目これやっちゃ駄目と言われて。この不自由から逃れるためにも、働ける人になりたいとずっと思っていました。先ほどの山崎さんの言葉を借りるなら、主体性側に行きたかった。その気持ちが、平安朝の、特に女房勤めをしている女性たちに惹かれる理由かもしれません。

山崎 働いているって、お金を持っているよりもパワーがありますよね。

奥山 生きる場所があるみたいな。

山崎 奥山さんは「源氏」で一番好きなヒロインは朧月夜でしたっけ。

奥山 朧月夜は光源氏と春宮(のちの天皇)を二股にかけて大批判を浴びるけど、結局尚侍として働いていたんですよね。自分のやりたいことを貫いたというところが面白くて。

山崎 異色のヒロインですよね。私は『ミライの源氏物語』を書いたとき、朧月夜には触れないままでした。

奥山 そうでしたよね。作品の最終章は桐壺更衣と浮舟でしたね。

山崎 「あっ、私、朧月夜に触れなかった」とは思ったんです。やっぱり自分は、主体性のあるヒロインより、そうじゃないヒロインに惹かれるたちなのかもしれません。

奥山 読者の方からの反応はどうでしたか?

山崎 御年配の読者にも面白いと言ってもらえたのはうれしかったですね。御年配の方は、既成のジェンダーになじんでいる方が多いのかなと勝手に思っていたんですけど、意外とモヤモヤを抱えていらっしゃるのかもと感じました。

奥山 私は、今カルチャーセンターの講座で「源氏」を教えてるんですけど、やっぱり生徒さんは御年配の方が多いですね。山崎さんもエッセイに書いてらしたけど、「源氏」には現代だったら明らかに犯罪だよねというシーンがあるじゃないですか。あるとき講座で、夕顔の巻を読みながら恐る恐る言ってみたんです。「これは死体遺棄です」って。

山崎 確かに(笑)。確かに死体遺棄。(※注 光源氏は夕顔を「なにがしの院」に連れだすが、夕顔は物の怪に取り憑かれ絶命。源氏はそのまま自邸の二条院へ帰ってしまう)

奥山 そうしたら、皆さん「うんうん」って同意してくれて。今は御年配の方もそういう感じです。若紫の巻では、幼い紫の上を自邸に連れ出す光源氏を「これは誘拐です」と言うと、またもや皆さん「うんうん」と同意してくださる。

山崎 やっぱりみんなそう思っていたんですね。言っちゃいけないような空気があるから言えなかったけど、先生が言うなら言っていいんだ、と。

奥山 研究者時代には絶対に言えなかったことを、講座で思いきって言ってみました。「源氏」が書かれた当時の律令に照らしてみると、おそらく法に触れてしまうとは思うんですけど、作中では光源氏の身分でもって犯罪を隠蔽してしまっている。でも、どう考えてもあれは死体遺棄だし誘拐だから。そういった視点も『フェミニスト紫式部の生活と意見』に盛りこんでいます。

山崎 私も『ミライの源氏物語』にそういったことを書いてますけど、なにも「源氏」を否定したいわけじゃないんですよね。全肯定もしませんが。古典をそのような視点でも読めるんじゃないかという提案で、それが文学というか。

奥山 そうですよね。犯罪や差別が書かれていたとしても、それを考察すること、鑑賞することの面白さこそが文学だから。

山崎 私はがっつり研究をやったわけじゃありませんが、古典の研究というと、作品の舞台となる時代の文化について勉強して、その枠組みの中で読まなくてはいけないという暗黙のルールがあるような気がしていて。そこに現代的な視点を差しはさみながら読むというのは、してはいけないことだと大学時代に感じていました。研究と読書とは違うんだと。奥山さんは、研究と読書はつながると思いますか?

奥山 もう一回つなげたいと思っています。このままだと確実に日本文学の研究をやろうという人は減るし、実際、全国の大学で国文学の学科が減っていて、その受皿も減っている。そうすると読者も減ってしまうと思うんですよ。そこに風穴を開けたいという野心はありますね。誰かがやらないと国文学という領域が消滅する、そんな危機感を持っています。

山崎 その志、本当にすばらしいと思います。研究と読書がつながるんだったら、それがいいに決まっている。だから、古典をこういうふうにも読める、ああいうふうにも読めるという話を、エッセイで書いていくことには意義があるんじゃないかと思います。

奥山 読書はもっと自由でいいんです。山崎さんが『ミライの源氏物語』を書かれているのを知って、自分のほかにもこういうこと考えたり感じてる人がいるんだと、心強く思いました。独りぼっちじゃないんだ、と。

もしも「源氏物語」の
続編を書くならば……

奥山 もし「源氏」の続きを書いてくださいと依頼がきたら、山崎さんはどう書きますか?

山崎 野心としてあるのは、浮舟のその後を書いてみたいなと。

奥山 やっぱり浮舟なんですね。浮舟は尼のままでということですか?

山崎 はい。尼の日常も意外とキラキラしているというお話を書いてみたくて。尼の生活、その中での淡い人間関係とか季節の移ろい、あと、ごはんおいしいねとか。恋愛物語から出たところのお話をいつか書きたいと思っています。

奥山 すごい腑に落ちた。「源氏」のヒロイン・紫の上は、恋愛から逃れたくて光源氏に出家を願いでるけれど、認めてもらえなかった。恋愛から解放された瞬間が彼女の死の場面になってしまいました。でも浮舟には未来があります。浮舟の尼生活、どんな感じなんでしょう。絶対に還俗してほしくないな。

山崎 そうですね。以前は浮舟に対して、まだまだ恋愛できる年齢なのに、この若さ(23歳)で出家するのはもったいないと思ってたんです。でも今は、若いからこそ味わえる、恋愛なしの日常というのがあるんじゃないかと思ったりしていて。

奥山 そうなると、そのうち浮舟のところに若い女性が話を聞きにきたり、私もそういう生活をしたいとか、集まってくるようになるかもしれない。

山崎 桃源郷とか、シスターフッド的な。

奥山 そう。男性に依存しなくても、女性同士で意気投合して、悩みを聞き合ったりするような、浮舟を中心とした新しい関係性が生まれる場。そんな感じの尼の日常って面白そうですね。

山崎 いいですね。日常という点では、『フェミニスト紫式部の生活と意見』もそのタイトルどおり、紫式部が女房としてどんな仕事をしながら「源氏」を書いていたのかという、日常が書かれていました。生活者としての紫式部が見えてくると「源氏」への親近感がわく人もいるかもしれません。

奥山 来年は大河ドラマもあるし。

山崎 「源氏物語」を読む人口がもっと増えるといいですね。

フェミニスト紫式部の生活と意見
~現代用語で読み解く「源氏物語」~

奥山 景布子

2023年9月26日発売

1,980円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-781744-7

平安文学研究者出身の作家・奥山景布子が、「フェミニズム」「ジェンダー」「ホモソーシャル」「おひとりさま」「ルッキズム」など、現代を象徴するキーワードを切り口に「源氏物語」を読み解く。そこに浮かび上がってきたのは、作者・紫式部の女性たちへの連帯のまなざしだった。時空を超えて現代の読者に届くメッセージ──希望ある未来へとバトンを繋げる新解釈。著者初の古典エッセイ。

〈目次〉
はじめに 「サブカル」、そして「ジェンダー」「フェミニズム」
──紫式部の追究した「人間の真実」

第一講 「ホモソーシャル」な雨夜の品定め
──平安の「ミソジニー」空間

第二講 「ウィメンズ・スタディズ(女性学)」を古典で
──「女の主観」で探る夕顔の本心

第三講 ほかの生き方が許されない「玉の輿」の不幸
──「シンデレラ・コンプレックス」からの解放

第四講 「サーガ」としての「源氏物語」
──光源氏に課せられた「宿命」と「ルール」

第五講 「境界上」にいる、破格な姫君・朧月夜
──「マージナル・レディ」の生き方

第六講 宮家の姫の「おひとりさま」問題
──桃園邸は平安の「シスターフッド」?

第七講 「教ふ」男の「マンスプレイニング」
──紫の上の孤独な「終活」

第八講 「都合の良い女」の自尊心
──花散里と「ルッキズム」

第九講 平安の「ステップファミリー」
──苦悩する母たちと娘の「婚活」

第十講 宇治十帖の世界と「男たちの絆」
──「欲望の三角形」が発動する時

第十一講 薫の「ピグマリオン・コンプレックス」
──女を「人形」扱いする男

第十二講 「自傷」から「再生」へ
──浮舟と「ナラティブ・セラピー」

おわりに 古典を現代に

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