YouTuberは主人が喜ぶ芸をするイヌ? SNS上で凶暴化する日本人を増やしている、「自己家畜化」という歪んだ進化
集英社オンライン / 2023年10月4日 10時1分
一部のオオカミが、進んで人間とともに暮らすことで食性や形質、性格を変化させ、温和で従順なイヌへと進化してきた過程を「自己家畜化」という。そして、この自己家畜化という進化の道を、現代日本が急速に歩んでいる。自己家畜化の弊害、その最たる例が、SNSで他人を誹謗中傷し、ストレスを解消することだという。「人の成功よりも人の失敗談が聞きたい」「公務員の給料は下げるべきだ」「性的少数者を特別扱いするな」こうしたSNS上で頻発する言説は歪んだ自己家畜化の一種である。なぜ現代の日本人がSNSにおいてはここまで凶暴化するのかを解説する。
SNSを誹謗中傷の手段にする人たち
数百年にわたる紆余曲折を振り返ってみると、日本人の自己家畜化にはそれなりの必然性があることは理解できるだろう。野生動物としてリスクを背負って生きるよりも、群れを作って集団で困難解決に向き合ったほうが生き残る確率は上がるし、結果として社会全体のパフォーマンスも状況が変わらなければ向上するだろう。
だが、煮詰まった集団主義が行き着いた先の現在の自己家畜化は、状況が激変した世界情勢のなかで、その弊害がさまざまな形で表れてきたのも事実だ。
自らを「社畜」と卑下する社会人は一時期に比べれば減った。書店の自己啓発書コーナーには「自分の人生をハックしろ」「自己肯定感を高めよ」等々の文言が躍っているが、いずれも小手先の技術論が多い印象を受ける。誰もが確固たる拠り所を探しながらも、それを見つけられずに漂流しているのかもしれない。
また、自己家畜化が極まった集団の弊害として近年目立つようになったのは、SNSの誹謗中傷だ。
抑圧されている人間にとって、匿名で世間に物申せるSNSは絶好のストレス解消ツールだ。不倫が発覚した芸能人を叩き、自分と意見が異なる相手は執拗に攻撃する。「それはマナー違反だ」「常識的に考えればありえない」「自分ならそうしない」と他者を見下して快感を得ることで、ようやく呼吸ができるようになる。そうした人があまりにも多すぎるのが現代日本だ。
「みんなで家畜になればいい」という暗い情熱
多くの日本人が刷り込まれてきた「みんな同じ」の集団主義教育は、日本社会における多様性の広がらなさとも直結している。選択式夫婦別姓も、選択式なのだからそうしたい人はすればいいし、したくない人はしなければいいだけの話だろう。
同性婚も同じだ。女性同士、男性同士、女性と男性のいずれの組み合わせであっても、結婚したいカップルはすればいいし、そうでないカップルはしなければいい。異性カップルでも同性カップルでもそこは等しく同じであるべきだ。
それなのに、多様性に免疫がない日本人は、「自分が気に入らない」という一点だけで理屈を並べ立てて反対する人が多すぎる。自分の人生や損得には一切関係なくても、またそれによって利益を得られなくても、だ。
アイルランドの心理学者サイモン・マッカーシー=ジョーンズは、著書『悪意の科学意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』(インターシフト)において、人間の悪意には「反支配的悪意」「支配的悪意」の2種類があると述べている。
前者の反支配的悪意は、不公平に対する怒りや、権力志向の人を罰したいという感情によって引き起こされるものだ。
対して、後者の支配的悪意は、「自分が損をしてもいいから、相手に損をさせたい。そうすることで相手より優位に立ちたい」という支配的な欲求に基づく悪意だという。「自分が多少損をしてもいいから、相手がもっと損をするのであればそちらを選ぶ」という選択をする人は決して少なくないという。
自分と同じか、自分より下の領域まで相手を引きずり落としたい。自分が家畜として主人に従属し、下層にいる分には構わないが、最下層の人が自分と同じになり、自分が最下層になるのは嫌だ。
努力して上昇する向上心や熱意は持ち合わせていないが、下降したくないという感情は人一倍強い。
この悪意もまた、一種の歪んだ自己家畜化の表れだろう。
こうしたタイプの人間にとっては、もしかしたら「みんなで家畜になっている」状態が最も幸福度が高いのかもしれない。
もちろん、どこの国にもどの時代にも、この種の悪意は存在するだろう。だが、失われた20年、30年と経済の低迷が続くなかで、日本ではとりわけこの種の悪意を目にする頻度が増えてきた。
「人の成功よりも人の失敗談が聞きたい」「公務員の給料は下げるべきだ」「性的少数者を特別扱いするな」こうした言説はすべて何の生産性もない支配的悪意のはけ口だと考えていいだろう。
YouTuberは主人が喜ぶ芸をするイヌ
また、自己家畜化が進んでいくなかで、「面白さ」という新たな軸に至上の価値を見出す人の割合も増えてきている。最たる例がYouTuberの台頭だ。
人気が出る動画の共通点は、とにかくウケることだろう。チャンネル登録者数が増え、動画の再生回数が増えれば収益に繫がる。面白ければいい、目立てばいい。それ以外のモラルやルールは知ったことかと極端に走った人々が、「迷惑系」「暴露系」と称されるYouTuberだ。
そうしたエンターテインメントは賞味期限も短い。動画を観て刺激を受けても、あっという間に消費されて消え去ってしまう、
ほとんどの場合、YouTuberが撮るのは自身や自分のペットの動画であり、そこには「どうすれば視聴者にウケるか?」という視点が必ずある。この構図は「主人に一番好かれる芸はどれだろう?」という発想になっている飼い犬と同じだろう。主人の目を意識することで、自分の行動を選び取っているのだから。
そうなると、思考や行動の軸も「自分」ではなく「他人」になっていく。面白い奴、目立つ奴こそが偉いのであって、隠れて善行を積むような感性は無意味としか思われない。「誰が見ていなくても、お天道様が見ているはずだ」「誰からも褒められなくても自分が楽しんでいるからいい」という感性は、もはや過去のものになっていく。
誰かに褒められたい、注目されたい、認められたい。そうでなければ人生の手応えが感じられない。もはやこの境地こそが、精神的な自己家畜化が行き着く最終地点である。
少なくとも、世の中の全体がそうした価値観へと重心を移していることは、この社会で生きる人全員が自覚しておいたほうがいい。
国全体が低俗なバラエティ番組と化している
YouTuberに罪はないが、「一瞬の面白さに至上の価値を置く」という意味でもう少しだけ例を挙げたい。
面白さを追求する人生はもちろんあっていい。その動画に一瞬心を救われる人もいるだろう。だが、国民全員が面白さの方向しか見なくなったら、国の基盤は間違いなく脆くなる。
笑いを伴う「面白さ」というのは今、この時の一瞬の快楽に過ぎない。面白さだけを追求する価値観は、すべてをバラエティ番組化することにも似ている。そうなると、社会全体を少しでもよくしようとか、未来の世代のために自分はなにができるかといった公益や長期的な視点がどうしても欠如してしまう。
平時であれば、それでも社会は回るだろう。だが、ひとたび非常事態に陥ると、その社会はたちまち危機に瀕してしまう。コロナ禍の数年間を思い返すだけでも、すでにその事実は証明されている。社会の構成員全員がそのような使命感を持つ必要はないが、一定数はそうした人材がいなければ国も社会も成り立たない。
AI(人工知能)やロボットが人間の労働すべてを肩代わりしてくれる未来が到来しても、それは同じだ。AIが最も得意とするのは将棋やチェスのようにルールが明確で限定された場である。有限のルール内だからこそ、あらゆる可能性を洗い出せるのがAIの強みだ。
一方で、現実世界は常に予測不能なことが起きる。前代未聞の事態に対処するのは、大量の情報を分析できるAIではなく、やはり自立した頭で考えられる人間しかいないのだ。
文/池田清彦
写真/shutterstock
『自己家畜化する日本人』
池田 清彦
2023/10/2
¥1,012
208ページ
978-4396116880
「ホンマでっか!?TV」出演の生物学者による痛快批評!!
家畜化の先に待つ阿鼻叫喚の未来
一部のオオカミが、進んで人間とともに暮らすことで食性や形質、性格を変化させ、温和で従順なイヌへと進化してきた過程を自己家畜化という。そして、この自己家畜化という進化の道を、動物だけでなく人間も歩んでいる。
本書は自己家畜化をキーワードに、現代日本で進む危機的な状況に警鐘を鳴らす。生物学や人類学、心理学の知見を駆使して社会を見ることで、世界でも例を見ない速度で凋落する日本人の精神状態が明らかになる。
南海トラフ大地震といった自然災害の脅威が迫り、生成AI、ゲノム編集技術といった新しいテクノロジーが急速に普及する今、日本人に待ち受ける未来とは――。
第1章 「自己家畜化」の進化史
「自己家畜化」とはなにか/ウシやブタは人間によって家畜化された/狩猟採集民が肉をあえて食べ残していた理由/人類のゴミに目をつけたオオカミ/イヌと人類のWin-Winな関係 ほか
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