ベトナム、イラクのように徹底抗戦することなくアメリカに敗戦、その後恨むどころか言いなりになっている日本という国の特殊性と節操のなさ
集英社オンライン / 2023年10月5日 10時1分
オオカミが進んで人間と暮らすことでイヌとして進化した過程を「自己家畜化」と呼ぶが、現代社会において日本人の自己家畜化が止まらない。その始まりとも言えるのが第二次世界大戦中と敗戦後の日本人の精神性にある。原子爆弾を落とした「加害者」を崇拝するという日本国民の特殊性に迫る。
天皇の神性を勘違いしたマッカーサー
日本人の自己家畜化を考察していく上で、天皇の存在についてもあらためて考えていきたい。
第二次世界大戦で負けた国のトップを、アメリカはなぜ生かしておいたのか?実際、ソ連やイギリスは戦後に天皇への厳罰を主張しており、アメリカ国内でも処刑を望む世論が強かった。だが、アメリカは天皇を処罰しない決断を下した。
アメリカにとって日本は、神風特攻隊のような自殺行為を仕掛けてくる不可解な国という認識だったに違いない。そのトップに立つ昭和天皇を死刑に処してしまえば、国民の憎悪感情はアメリカに向かってくるだろう。ゲリラ行為が多発して統治が困難になるかもしれない。
それならば、ひとまずは政治権力から切り離した場所で生かしておくのが得策だろうとの判断だったようだ。
だが、それはアメリカ側の勘違いに過ぎなかった。天皇を神だと心底信じていた日本人は、実際のところほとんどいなかったからだ。もちろん、戦中には「天皇陛下万歳」と教え込まれ、天皇のために命を懸けるようにと当時の人々は教え込まれた。
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だが、そもそも地方の里山で、自給自足で暮らしていたような庶民にとって、天皇への敬意などは後付けの表層的なものに過ぎない。
天皇制が象徴天皇制に切り替わったからといって、多くの国民から激しい反対の声が上がったという記録もない。それよりは目の前の今、今日を生きることに皆が必死だったからだ。
それどころか、「天皇陛下万歳」と叫んでいた人々が戦後は一転して「マッカーサー万歳」となったのだから、日本人の切り替えの早さたるや恐るべしだ。崇める存在が変わっても、抵抗なく受け入れてしまう。これこそが日本版の自己家畜化の典型例だろう。
恨みが薄れやすい国民性
そもそも、本来であれば日本はアメリカにもっと恨みを募らせてもいいはずだ。
広島、長崎に原爆が投下されたことによって、約21万人もの命が奪われた。核兵器が実戦で使用されたのは世界でもこの2都市だけだ。原爆投下から75年以上が過ぎた今でも、被爆の後遺症を患う人々がいる。
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被爆者やその親族だけでなく、日本国民全体が「原爆を落としたアメリカを絶対に許さない」「あいつらは悪魔だ」というパトスを抱くようになっても何ら不思議ではないだろう。他の国であれば、自らの命を賭してでもテロ行為に走る人も出てくるかもしれない。
だが、大半の日本人はあっという間に恨みを風化させてしまった。
そもそも太平洋戦争を開戦したこと自体が、日本にとっては合理性のない無謀な賭けだった。
太平洋戦争開戦前の日本とアメリカの国力の差を比べれば一目瞭然である。当時のアメリカ国内の原油生産量は、日本の約700倍。GDP(国内総生産)も7倍以上の開きがあった。短期決戦であれば勝てる見込みもゼロではないかもしれないが、総力戦になった時にどちらが勝利するかは明白だ。
もちろん、当時の知識人の多くは、日本の敗戦が必定であることを知っていたはずだ。けれども世間の空気が、それを口に出すことを決して許さなかった。ここにも世間こそを真の「主人」とした日本人の自己家畜化が表れている。
一度決めたことを覆せないから悲劇が起きる
太平洋戦争の開戦が迫る1941年に、日本政府は「金属類回収令」を公布して、1943年に施行された。鉄や銅を溶かして武器や弾丸の材料にするため、全国の寺から強制的に梵鐘を供出させたのをはじめ、偉人の銅像、学校のストーブ、時計の鎖、金ボタン、メガネなど、細々とした生活品までもが回収された。
物資不足が明白になった時点で日本が白旗を上げていれば、あそこまで国が焼け野原と化すことはなかっただろう。空襲によって多くの命が失われ、二度も原爆を投下される前に、戦争をやめる決断を下すこともできたはずだ。少なくとも無条件降伏するよりは、もっとマシな未来があったとしか思えない。
けれども、自主性が薄く、従属性が高い日本人はそうした合理的な判断は下せなかった。ウクライナに攻め込んだ今のロシアの状況も、それに近いものがあるだろう。プーチン大統領のウクライナ侵攻の判断に、合理性はほぼないといっていい。
結局のところ、太平洋戦争に血道を上げていたのは己の命令一下、国民を思い通りに動かすことの束の間の快感に酔っていた一部の軍部のトップの連中だけで、彼らとて本気で勝てると思っていなかったに違いない。国民は徴用され、命令通りに駒のように動かされたに過ぎない。
だから日本の降伏が明らかになり、軍のトップが拳を下ろせば、国民は一斉に、簡単に戦争をやめた。もともと、やりたくなかったのだから当然だ。ベトナム戦争でアメリカに徹底抗戦の構えで挑んだベトナム人のように、「自分たちの力で日本の勝利を手にしよう」と躍起になった人はごく少数だろう。
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日本に勝利したあとでベトナム戦争を仕掛けたアメリカは、日本とベトナムの国民の感性があまりに違うことに驚いたはずだ。そのあとにアメリカが侵攻したアフガニスタンやイラクも、日本ほど御しやすくなく、一貫してアメリカの言いなりになっているのは日本くらいだろう。
一度決めてしまったことは覆せない。惰性で行けるところまで行って、もしかしたら勝てるかもしれないという一縷の望みに懸ける。それでいて、上が負けたと決めてしまえば、さっと変わり身が早く転向する。こうした思想性の欠如と節操の無さは、太平洋戦争の頃からちっとも変化していない日本の特徴だ。
文/池田清彦
写真/shutterstock
『自己家畜化する日本人』
池田 清彦
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/09/28070400873144/400/71Do1ZsdUkL._SL1500_.jpg)
2023/10/2
¥1,012
208ページ
978-4396116880
「ホンマでっか!?TV」出演の生物学者による痛快批評!!
家畜化の先に待つ阿鼻叫喚の未来
一部のオオカミが、進んで人間とともに暮らすことで食性や形質、性格を変化させ、温和で従順なイヌへと進化してきた過程を自己家畜化という。そして、この自己家畜化という進化の道を、動物だけでなく人間も歩んでいる。
本書は自己家畜化をキーワードに、現代日本で進む危機的な状況に警鐘を鳴らす。生物学や人類学、心理学の知見を駆使して社会を見ることで、世界でも例を見ない速度で凋落する日本人の精神状態が明らかになる。
南海トラフ大地震といった自然災害の脅威が迫り、生成AI、ゲノム編集技術といった新しいテクノロジーが急速に普及する今、日本人に待ち受ける未来とは――。
第1章 「自己家畜化」の進化史
「自己家畜化」とはなにか/ウシやブタは人間によって家畜化された/狩猟採集民が肉をあえて食べ残していた理由/人類のゴミに目をつけたオオカミ/イヌと人類のWin-Winな関係 ほか
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