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「東京出身/成功していない、という層は可視化されていないんです」「港区女子が幸せとは限らない」児玉雨子と麻布競馬場が着目する、まだ物語になっていない都会の人々

集英社オンライン / 2023年10月11日 19時1分

作詞家・小説家である児玉雨子氏の新刊『江戸POP道中文字栗毛』(集英社ノンフィクション編集部)が、9月26日に発売された。その刊行を記念して、同著にも登場する『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』の作者・麻布競馬場氏との対談を実施。後編では、近世文学で描かれる都会コンプレックスや、東京に住む知られざる層の存在について明らかにする。

江戸時代は「田舎侍」がディスりとして成立していた

——『江戸POP道中文字栗毛』(以下、江戸POP)の最終章「この座敷に花魁は永遠に来ない 十返舎一九『東海道中膝栗毛』と都会コンプレックス」には、「この東京、ひいては都会コンプレックスというものは近世文芸にもよく見られる」とあります。



児玉雨子(以下、児玉) 1775年に刊行された恋川春町の『金々先生栄華夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』に、都会コンプレックスのような描写があるんですよ。そもそも「金々」が「今風で洒落ていること」を指しているんですよね。通な都会っ子、みたいな意味も込められていると思います。

恋川春町が試作的に書いた作品には、「流行の都会のファッションはこれ!」みたいなくだりがあって、現代のファッション雑誌みたいだなと思いました。

——都会のファッションを知らないと「ダサい」という感覚が、その頃からあったんですね。10章の式亭三馬『浮世風呂』には、田舎の侍をバカにするような描写があると書いてあります。

児玉 そうなんです。『浮世風呂』は銭湯に出入りする人々の会話を中心とした「実況モノ」みたいな作品で、その第三編が女湯の話なんですよね。その冒頭で作者が「女湯を覗いている俺って、傍から見ると野暮な田舎エロ侍みたいでダサくね……?」みたいなことを書いているんですよ。

覗きが田舎侍のディスとして成立してるのって、こわくないですか。読者はどう思っていたんだろう。生まれというどうしようもないものをイジるって、恐ろしいことですよね。

新刊『江戸POP道中文字栗毛』の著者・児玉雨子さん

麻布競馬場(以下、麻布) たしかに、どんな気持ちで読んでいたんでしょうね。読者がみんな江戸で生まれ育ったわけではないだろうに。江戸の街の人口構成って、どんな感じだったんでしょうね。

児玉 階級的には町人が多かったようですね。

麻布 侍は田舎から来た人が多かったんですかね。

児玉 そうみたいです。それで、商業やってる人のほうが都会的でかっこいい、というイメージがあった。遊郭でも侍はちょっと嫌がられていたみたいです。いわゆる「本」を読んでいたのは、やはり基本的には江戸、大坂(注:当時の表記は「坂」)、京都をはじめとした都市部の人たちだったんでしょうね。

おもしろいのが、『東海道中膝栗毛』では中盤まで、弥次郎兵衛と喜多八は女性に相当クズなことをしているのですが、旅が上方の都会である大坂・京都に進むにつれ、しっぺ返しのように都会の女性から痛い目に遭いはじめるんです。喜多八が通りすがりの芸妓に着物を「ダサい」と笑われ、弥次郎兵衛が女商人に騙されるくだりなどもあります。

また、二人は当初江戸っ子として登場するのに、後付でお上りさんということになるんです。こんなダサい奴らは粋な江戸っ子からかけ離れている、と当時の人が思ったからなのかもしれません。

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』の著者・麻布競馬場さん

「実家が太いだけで何もない人」の悲哀

——この章では、児玉さんが横浜育ちで東京・町田の一貫校に通っていたため、東京への憧れが薄いということも書かれています。

児玉 そう、私は都会コンプレックスがないと思っていたんです。「上京」というイベントがなかったので。

でも、東京圏で生まれ育ち、「持ってる」寄りの人間とされる人のなかでも、ヒエラルキーはあるんですよね。私が通っていた母校には、別荘があったり、ハウスキーパーがいたり、実家にカラオケルームがあるような超裕福な子も。さすがに私の家庭はそこまでじゃなかったため「うちって、お金ないんだな」と長らく誤解していました。

麻布 強さのインフレじゃないですけど、上には上がいるんですよね。地方から来て都会コンプレックスを抱いている人って、東京に出てきている時点で地方の上澄みの層なんですよ。それなのに、都会の上澄み層ばっかり見て比較するから、どんどん卑屈になっていく。上澄みじゃない東京生まれ・育ちの人たちもいます。

児玉 私の母校は進学校じゃなかったので、「お金をかければ学力もあがる」という言説に当てはまらない世界にいたな、と思っています。女の子の中には、裕福にもかかわらず「顔がいいから教育はいらないよね?」と、学力向上の機会を与えられなかった子もいます。そしてそういう層は、文芸作品でスポットライトが当たることがあまりないんですよ。

そこを見事に描いていたのが、『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(以下、このタワ)の「青山のアクアパッツァ」。

——学習院内部生の双子の話ですね。姉は努力して慶應で仮面浪人して浜松医科大学に入り、顔のいい妹は「港区女子」になり実家住みでパパ活をしている。

児玉 この話が素晴らしいのは、港区女子の悲哀を描いているところです。港区女子はいまや“パブリック・エネミー”と化していて、いくらでも叩いていい存在みたいに言われているじゃないですか。

でも、彼女たちには彼女たちなりの苦しみがあるんですよね。「青山のアクアパッツァ」の主人公も、全然幸せそうじゃない。

麻布 まあ、きついですよね。

児玉 私はこういう人たちが実際に周りにいたから、冷静に書けないんですよ。「港区にいるお前をタイムズカーで迎えに行って、郊外の回転寿司に連れてくぞ」といった、熱いシスターフッドしか書けません(笑)。麻布さんの書き方はちょっと意地悪だけど、敵意はない。「どうせお前ら人生イージーモードだろ」って片付けられて来た人にうまくスポットライトが当てられていて、感動しました。こういう人たちは可視化されてこなかったんですよね。

東京の私立の少中高一貫校に通っていたからといって「成功」しているかというと、全然そうじゃない人もいっぱいいるんですよね。

まだ描かれてない東京に住む人たちの物語がある

麻布 「東京出身/地方出身」という軸と、「成功している/していない」という軸でマトリクスをつくると、「東京出身/成功している」「地方出身/成功している」のゾーンにいる人は作品にもよく出てくるんですよ。

タワマン文学の語り手の多くは、地方出身で東京に出てきて成功した人。あと「地方出身/成功していない」も地方のマイルドヤンキーとして作品に登場することがある。

でも、「東京出身/成功していない」という層は可視化されていないんです。特に、貧困とまでは言えない層。

児玉 本当にそうだと思います。

麻布 その人たちは、東京に住んでいる「成功している」人との接点が少ないんですよね。以前、自分の書いたものにブチギレている人って、どういう層なのかつぶさに調べたことがあるんです。そうしたら、東京出身で成功していない人が多いとわかりました。

児玉 調べたんですね(笑)。

麻布 はてなブックマークで「麻布競馬場は田舎もん」ってマウントとってた人のプロフィールに「(東京都中央区の地名)生まれ・育ち」って書いてあったんです。そうか、東京で生まれ育ったエリートなのかなと思ったら、充実しているとは言い難いポストばかりしていて。

児玉 あー……。

麻布 文芸作品の語り手は高度な文章力を持っている、つまり社会的にはエリート層と呼ばれる人が多いです。その点、彼らは語り手になることは少ないし、語り手との接点もあまりないから、描かれない。ここは透明化されているなと思います。

少し視点を変えると、80年代、90年代ってあんまり、「東京が地元」という主人公の作品があまりなかったのかなと。東京育ちの人って、中学校、下手したら小学校の時点で家から離れた私立の一貫校に通うから、家の周りが地元じゃないんですよ。

児玉 わかります!

麻布 概念的に、中高で通っていた学校のコミュニティが「地元」になるんですよね。だから、地元の成人式に行かない。

児玉 やめてください、こ、心の古傷が……(笑)。

麻布 「地元」が生まれ育った土地と切り離されているんですよね。

——漫画、音楽、そして小説の分野でも、まだ描かれていない東京がありそうですね。

児玉 あると思います。まだ光が当たっていない人たちがたくさんいる。対談の前編ではタワマン文学は立身出世物語の系譜にあると言いながらも、麻布さんが嚆矢(こうし)となって、ツイッター文学として東京に住む様々な現代人が描かれるようになってきましたよね。私も、もっとそういう作品を読みたいです。

——児玉さんも書いていく?

児玉 書けるかどうかはわからないのですが、ずっと気になっているのが、先程出てきた「可視化されていない東京の女性」の存在です。地方出身で、東京でがんばって成功した女性は発信力もあるし、よく描かれるんですけど、そうじゃない側の東京出身の女の人もいる。そうした人たちの物語は、新しいものになるかもしれませんね。


【前編】 《児玉雨子×麻布競馬場 対談》 “都会コンプレックス”はいかにして生まれるのか? 「『文化資本がないから東京出身の金持ち育ちに勝てない』というのは、行動しない地方出身者の免罪符」


文・インタビュー/崎谷実穂
写真/山田秀隆
編集/毛内達大

江戸POP道中文字栗毛

児玉 雨子

2023年9月26日発売

1,650円(税込)

四六判/176ページ

ISBN:

978-4-08-788095-3

大注目の作詞家・小説家が読み解く、破天荒な江戸文芸の世界!

・平賀源内が書いた異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL?!
・俳諧の連歌はJ-POPに似ている!
・『東海道中膝栗毛』のイキリ散らしたクズ男たち? ……etc

新感覚文芸エッセイ12本に加え、芥川賞候補にもなった著者による3本のリメイク短編小説を収録。

「この本が近世文芸に触れるはじめの扉になればうれしいです」(はじめに)

【本書で紹介する江戸(近世)文芸】
▼「蛙飛ンだる」→「蛙飛び込む」?編集を繰り返す松尾芭蕉
▼風来山人(=平賀源内)による衝撃の異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL『根南志具佐』
▼千手観音の手をめぐるドタバタコメディ、芝全交『大悲千禄本』
▼井原西鶴『世間胸算用』が映す、カネに振り回される人間世界の切なさ
▼江戸時代のスラング盛沢山!恋川春町『金々先生栄花夢』
▼南杣笑楚満人『敵討義女英』が応えた女性読者のニーズ
▼アンドロギュノス×心中の奇想、曲亭馬琴『比翌紋目黒色揚』
▼式亭三馬が老若男女のリアルな姿を描破する、『浮世風呂』の〈糞リアリズム〉
▼遊女たちのシスターフッド、山東京伝『青楼昼之世界錦之裏』
▼麻布競馬場作品に通じる十返舎一九『東海道中膝栗毛』の〈都会コンプレックス〉

【ヤングジャンプコミックス】この部屋から東京タワーは永遠に見えない(上)

著者:川野倫、原作:麻布競馬場

2023年10月19日発売

715円(税込)

B6判/192ページ

ISBN:

978-4-08-893030-5

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