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新人時代に病で倒れたデニーズ社長が、それでも会社を辞めなかった理由

集英社オンライン / 2023年10月6日 9時1分

“ファミレス御三家”のひとつとして、老若男女問わず多くの人に愛される「デニーズ」。1974年に1号店を東京・上大岡にオープンして以来、ファミリーレストラン業界を支え続け、今年で創業50周年を迎えた。デニーズ一筋37年のキャリアを積み上げてきた、株式会社セブン&アイ・フードシステムズ代表取締役社長の小松雅美氏にデニーズの成長とともに歩んだ半生を聞いた。(前後編の前編)

#2

突然倒れ、胃を3分の2切除した新人時代

──小松社長は1986年からデニーズに入社され、長年のキャリアを経て現職に就任されました。まずは、入社当時の新人時代のお話や思い出に残っていることを教えてください。

私は大学を卒業後、新卒でホテル業界に入りました。そこでは、コックの見習いとして調理の仕事をしていたのですが、当時は大卒でコックになるという経歴は珍しく、いろんな面で大変な思いをしたのを覚えています。



ホテル業界から26歳の時にデニーズへ転職しましたが、当時からかなりの店舗数を構えていて、外食産業の勢いを感じていました。

求人情報誌を開いても見開き1ページは「すかいらーく」、もう1ページは「デニーズ」が掲載されていたりして、非常に印象深い企業だと思っていました。私自身も、学生時代からデニーズを利用していて、「オシャレでかっこいい」という憧れのブランドだったこともあり、「ぜひデニーズで働きたい」と思い、転職しました。

株式会社セブン&アイ・フードシステムズ代表取締役社長の小松雅美氏

――入社当時はどんな仕事をされていましたか。

デニーズでの最初の仕事はキッチンでした。これは今でも変わらないのですが、入社してから数年間はキッチンを担当するのが通例となっています。最初に配属された店舗は「デニーズ 亀戸店」でした。

東京の東エリアの繁華街である錦糸町が近かったことや、バブル真っただ中の活況も相まって、昼夜問わず想像以上のお客様で賑わっていました。正直言ってかなりハードな仕事を経験していました。

入社して1年くらいしたある日、深夜勤務の途中で急に倒れてしまって。気がついたら、病院に運ばれていました。毎日仕事に没頭していて、知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたんだと思います。

新任で高難易度の店舗の店長に抜擢

──入社早々、壮絶を経験されたなか、どうしてデニーズを辞めずに続けようと思ったのでしょうか?

「お店にあまり迷惑をかけてはいけない」と思い、2か月ほどで復帰しました。

久しぶりに仕事へ戻ったわけですが、一緒に働いていたアルバイトや主婦の方がものすごく気を遣ってくれが、「小松さんは無理しないでいいですよ」とものすごく気を遣ってくれました。

病み上がりの体に負担をかけないように、という一緒に働く仲間の心優しい「配慮」や「思いやり」にすごく感銘を受けました。こうした原体験があったからこそ、今でもデニーズで働くことができていると思っています。

アルバイトやパートの方との思い出を懐かしそうに話す小松氏

──その後は、どのように昇進していかれたのでしょうか?

2年間キッチンを務めた後、副店長に昇格しました。

いくつかの店舗で副店長を経験しましたが、一番印象に残っているのは「デニーズ 南青山店」です。

この店舗はとにかく朝から晩まで忙しかったですね。早番の日、朝に出勤すると6時くらいからすでに行列ができていました。場所柄、ディスコやクラブ帰りのお客様で朝は賑わい、その後も昼から夜まで常にピーク状態でした。

南青山店には半年間しかいませんでしたが、これまで働いていた店舗よりも売上規模は大きかったので、「店長になる前の修行期間」という上司の計らいがあったのかもしれません。

そして3年目の29歳の時に店長へ昇進し、配属されたのが「デニーズ 東浅草店」でした。

この店舗は非常に面白い立地で、観光地の浅草・雷門や仲見世商店街とは離れた場所にあり、下町情緒の根強い地域の店舗でした。当時から社内でも難易度の高い店として知られていました。

結局この店舗に6年間も勤務していました。が、当時でも、同じ店舗に6年間もいるのは異例のことでした。

お客様の叱責がきっかけで“呼び捨て”をしなくなった

──「デニーズ 東浅草店」 での思い出やエピソードは何かありますか。

今振り返ると「お客様にもパートアルバイトの方々にも恵まれていた」と感じています。長いデニーズ人生の中で、東浅草に勤務している時が一番大変だったと思っていますが、そのなかで意識していたのは「人に関心を持って、人を育てること」でした。

高校生や主婦などアルバイトとして働いてくれる方々を、「どうやって戦力化すればいいのか」ということを考えた際に、徹底的に関わってコミュニケーションを取っていくことしかないと考えていました。

そのため、一人ひとりのアルバイトの方々と向き合い、丁寧に対話を図ってきました。こうした働きかけを続けていくと、結果として近所にいい噂が広がっていくのが浅草という地域の特徴だと気付きました。そうした取り組みもあり、難易度の高いと言われていた店舗で6年という長い期間、店長の責務を全うできたのではないかと思っています。

――下町ならではの苦労はありましたか?

苦労した点で言えば、浅草で毎年行われる三社祭ではアルバイトの方々がほとんど担ぎ手になるので、人員を確保してシフト表を作るのが大変でしたね。また、高校生のアルバイトの方に“呼び捨て”で指示をしていたら、お客様に突然呼び出されたこともあります。

「親御さんが大切に育てている、人様の子供を預かっているのに、名前を呼び捨てするのは失礼だ」と客席でお叱りを受けました。よく考えてみると、お客様の立場からするとお店で働いている人を呼び捨てで呼ぶのは気分を害してしまうなと思いましたし、上に立つ者として人を大切することはどういうことかを学ぶことができました。

この強烈な経験をして以来、私は30数年間一度も、一緒に働いている人たちの名前を呼び捨てにしたことはありません。

このように、さまざまな苦労や困難がありながらも、東浅草にお店を構える“地場の店長”として、地元のお客様に受け入れられ、温かく見守っていただけるようになりました。本当に東浅草店では多くのことを学ばせてもらいましたね。

上層部と討論できるようにビジネス書をたくさん読んだ

──1999年にSV(スーパーバイザー)へ、そして2003年には営業業務の総括を任されるようになったとのことですが、管理職になったことでどんな課題に直面しましたか。

私は2003年から本部の仕事に携わるようになりました。当時は43歳でしたが、今まで現場しかやってこなかったため、商品や人事に関する問い合わせに初めは全く答えられませんでした。

それでも本部で仕事をする以上、上層部のGM(総括マネジャー)クラスと討論できるように、日経新聞を読んだりマーケティングや人事の本をたくさん読んだりして、ビジネスの知識を身につけることに必死でしたね。
バイブルとしていたのは『サービス・マネジメント―統合的アプローチ』というビジネス書でした。その時に読んだ本のうちの一部は、本部に図書館として置き、誰もが読めるようにしています。

デニーズ本社の書庫には小松文庫として読了した本が保管され、社員が自由に借りられる。

こうして、ビジネスマンとしての知見を蓄えながら、懸命に業務に励み、結果を上げられる努力を積み重ねてきました。

その結果、2009年には商品開発部長GM(総括マネジャー)、2012年には執行役員商品開発部長にまで昇進することができたのです。

味覚を鍛えるために外食を日課に。30kg太っても......

──営業から商品開発へ移って意識していたのは何かありますか? また2014年に取締役、2017年に代表取締役社長へと昇進したなかで、現場で働いていた時と経営層の立場でどのようなマインドの変化があったのでしょうか。

商品開発においてデニーズが他社と異なるのは、仕入れや調達を担当する商品部と、メニューの開発を行う商品開発部に分かれていることです。

新規商品を作るために市場調査やお客様の消費動向などをリサーチするほか、ハンバーグやステーキといった各メニューの方向性や品揃えと価格、粗利の部分などを考えるのが主な役割でした。ですが、私は営業畑の出身ということもあり、まったく自信がありませんでした。

なので、まずは料理を勉強するために、有名シェフが料理を振るう名店からリーズナブルな町中華まで、いろんなジャンルのお店を食べ歩くことを毎日の日課にしました。気づいたら30kgも太ってしまいましたが、その甲斐あって、さまざまな食体験ができましたので、商品開発にも活かせるようになっていきました。

マインドに関しては、現場のときと大きく変えるようなことはしていませんでした。ただひとつ言えるのは、役職が上がるにつれて、社員や会社のことをより一層考えるようになったこと。責任の重さというか、自分がやるべきこと、果たすべきことを意識し、会社を成長させていくために、社員やお客様へ真摯に向き合うことを大切にしていました。

#2へつづく

取材・文/古田島大介 撮影/Keiko Hamada

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