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知らない男たちが突然に家に入り、ひきこもり女性を拉致。民間の自立支援センターによる「暴力的支援」の恐怖。「引き出し屋」と呼ばれるその実態とは

集英社オンライン / 2023年10月11日 17時1分

高齢の親が、独身や無職の中高年の子の生活を支える「8050問題」が広がっており、現状有効な支援策がないままになっている。そうした中で「引き出し屋」と呼ばれる民間の支援業者をめぐる問題が深刻化しているという。その実態例を紹介しよう。『ブラック支援 狙われるひきこもり』 (角川新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

#2

あけぼのばし破産

「あけぼのばし(あけぼのばし自立支援センター)が、研修生を次々に自宅に帰しているらしい」

2019年の年末にそんな情報をキャッチしたのが、ジャーナリストの加藤順子さんだった。この時点までに少なくとも3人の元利用者らが、「暴力的に連れ出された」などとして、あけぼのばしを相手に民事裁判を起こしていて、裁判の記事がネットニュースなどでも報じられていた。



加藤さんはじめ、藤田和恵さん、そしてひきこもりの問題を20年以上取材するジャーナリストの池上正樹さんも「金額に見合った支援がない」「自宅から暴力的に連れ出し、逃げても連れ戻される」などとあけぼのばしを始めとするいわゆる「引き出し業者」の問題をすでに記事にしていた。

「たくさん利益も上がったところで、計画倒産でもするつもりだろうか」

そんな考えが頭をよぎった。
この日は12月20日金曜日。ちょうど、藤田さん、池上さんも、こうした裁判の一つを傍聴するため、東京地裁に集まっていた。加藤さんの言葉に反応し、そこにいた全員で急いで地下鉄に乗り、新宿にあるセンターに向かった。

エレベーターでビルの5階にあがると、職員らの姿があり、特に慌てた様子はなさそうだった。

もっとも私にとっては施設内に入るのはこれが初めてだ。応対に出た男性職員に取材したい旨を伝えたが、「答える立場にない」と応じてくれなかった。全員で名刺を渡し、その場を後にした。

そして週が明けた12月23日の月曜日、あけぼのばしを運営する株式会社クリアアンサーが、破産したとの知らせが林治弁護士からあった。

そもそも破産とは、会社などが裁判所に破産の申し立てを行い、それが認められることで初めて成立する。裁判の当事者として知らせを受けた林弁護士は後日、破産の申し立て書類を見ながらこう話した。

「これだけの書類を準備するのには半年はかかる。かなり前から周到に準備したのではないか」

会社の登記書類を見ると、クリアアンサーの設立は2009年。もともとの商号は「株式会社SP」で、14年に現在の名前に変更されている。このSPという名前について、林弁護士は、「もともと警備関係の仕事とつながりがあった可能性を連想させる」と話した。

確かに、連れだしの際にあけぼのばし側から、「警備員を同行します」と言われたことを証言する家族が多い。

「暴れる人を制圧し、車に連れ込む技術は、それなりに訓練された人でないと難しい」(林弁護士)

事業目的をみると、「不就労者や不登校児等の自立支援業務」のほかに、「自動車用品及び部品の輸出入・販売」「清掃サービス業」「各種フランチャイズチェーンの運営」などもある。熊本にある研修施設は、18年に支店として登記されていた。

損益計算書を見ると、「自立支援」の売上高は18年度の1年間で、5億5000万円にも上っている。そして、代表取締役の役員報酬は年間3400万円。17年度は2400万円で、1年間で1000万円も増額されている。

林弁護士は「こんなに役員給与を出していながら破産するのはなぜか。何に使っていたのか」といぶかしんだ。

暴力的支援

「暴力的支援」――この耳慣れない言葉を私が知ったのは、ひきこもりについての取材を始めて1カ月ほど経った19年の5月のことだ。

ひきこもりの当事者や、ひきこもりの人の支援に関心のある人たちが都内の公民館などに集まり、交流する「ひきこもりフューチャーセッション 庵(IORI)」に初めて参加させてもらった。

ひきこもりと聞くと、部屋からほとんど外に出ない状態を想像する人も多いだろう。だが、実際にはそうとは限らない。

私が取材しているひきこもりの人たちも、コンビニやスーパーで買い物をしたり、図書館で勉強したりと、日ごろは街にも出かけている。

ただ、人と接することに著しく緊張したり、恐怖を感じたりしてしまうので、家族や他人と「社会的な距離(ソーシャル・ディスタンス)を保たねばならない」という。そうして周囲にバリアを張り、過度なストレスから身を守るのがひきこもりという状態であり、部屋にこもるのはそのための手段のひとつなのだと教えられた。

確かに、外見上は皆「普通」にみえる。この「普通に見える」「問題を抱えているようには見えない」ことこそ、ひきこもりを語る上での最大のポイントといってもいいかもしれない。

それゆえに周囲からは「甘えている」「根性が足りない」と思われ、理解されない。悩みを抱える仲間同士、一緒に語り合いたいと望む人も多い。

そうした中、ひきこもりの家族でつくる団体「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京都豊島区)の副理事長で、ジャーナリストの池上正樹さんらが2012年から続けてきたのが「庵」だ。

「相手の話を否定しない」「話を聞くときは、うなずき多めで」などいくつかの対話ルールがあるが、あとはひきこもり生活での不安や家族との関係などさまざまなテーマで自由に語り合う。

「この日のために体調を整え、頑張って出かけてきた」と話してくれた男性もいた。そこで出て来たのが「暴力的支援」についての話題で、ひきこもりの本人を部屋から強引に連れ出し施設に入れるという、にわかには信じがたいビジネスがあるという。その存在を私はこのとき初めて知った。

引き出し屋に「拉致された」などとして被害を訴える人たちを支援する小さな集まりが都内のあるバーで開かれるとも聞き、数日後に訪ねてみることにした。

この集まりを呼び掛けたのが、当事者メディアの先駆けでもある「ひきこもり新聞」を発行している木村ナオヒロさんとその仲間たちだ。いずれもひきこもりの経験者で、引き出し屋の施設から脱走したり、暴力を受けたりしたとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人の相談にも乗っていた。

この日は埼玉にある自立支援業者の元従業員という男性も参加していて、「私がいた施設では連れ出しのことを『実行』と呼び、元警察官の代表者から事前に相手を羽交い締めする方法を習った」などと自身の体験を赤裸々に語っていた。

そのバーで、声をかけてくれたのがジャーナリストの加藤順子さんだった。加藤さんはそれまでも引き出し屋問題に警鐘を鳴らす記事をいくつも書いていたが、マスメディアの記者にもこの問題にもっと関心を持ってほしい、と考えているようだった。

そして後日、加藤さんを通して会わせていただいたのが千葉県に住む30歳代の奈美(仮名)さんだった。

「自立支援センターからきた相談員です。私たちと一緒にきてもらいます」

千葉県の住宅街にある一軒家。朝9時すぎ、奈美さんが2階にある自室のベッドでまどろんでいると、突然ドアが開き、知らない男たちが入ってきた。

男の1人に告げられた。

「自立支援センターからきた相談員です」
「私たちと一緒にきてもらいます」

続けて、こうも問われた。
「将来のこととか、ちゃんと考えてるの」

男たちとともにドアを開けた母は、すぐに姿を消した。2017年10月のことだ。夕方まで、7時間にわたる「説得」が始まった。

奈美さんはその2年前から自室にひきこもり、たまにコンビニに出かけるのがやっとの状態だった。父は別居中で母との仲も険悪だった。

母の依頼で来たという男たち。「支援センターというからには、役所の福祉関係の人なのかな」と思ったが、公務員にしては雰囲気が粗暴に感じられた、と奈美さんは振り返る。

なにしろ自分は下着もつけず、部屋着姿のまま。息がかかりそうな距離に知らない男が居続けるのは異様で、次第に恐怖心がつのっていった。

「あなたはもうこの家に住めない」
「働かないで親に悪いと思わないの」

お構いなしに、男はしゃべり続けた。

どれくらい時間が経ったのか。男に背を向け、身を硬くしているとこう言い放たれた。

「こんなことしてても仕方がないですよね」

続く男の一言に、奈美さんは凍りついたという。

「黙ってたら帰ると思わないでね」

男に背を向けたまま、震える手で携帯を握り、近くに住む父の二三男さん(仮名)にメールで助けを求めた。自転車で駆けつけた二三男さんによると、リビングや廊下、そして娘の部屋に見知らぬ4人の男女がいたという。

「自分の家が、知らない男たちに占拠されているかのようでしたね」

二三男さんがそのときのショックを振り返る。

奈美さんの部屋には坊主頭の男が座り込み、不気味だった。「入所させることには反対だ」と男らに告げたが、相手は「契約がある」「正式な依頼を受けている」などと言い、まったく動じなかったという。押し問答は7時間も続いた。

窓の外が薄暗くなると、男らの態度が一変する。

「最初は『お父さま』などと言っていたのが、こちらをにらみ、すごんできたんです。私も高齢だし、完全に甘くみられていたんですね」

「夜中になってでも連れ出す」

そう言ってこちらをにらむ男の目をみて、二三男さん自身も身の危険を感じた。
その後、いったん1階に降りていた男ら3人がドシドシと音を立てて階段を上り、「娘の手足を抱えてあっという間に部屋から連れ出した」(二三男さん)。言葉を出す間もなかったという。

午後5時すぎ、奈美さんは裸足のまま玄関から出され、門の前に横付けされたワゴン車に乗せられた。

「恐怖で全身が震え、ずっと涙が止まらなかった。声も出せない状態でした」

職員から軽くほおをたたかれ、スポーツドリンクのペットボトルを唇に押し当てられた

薄暗い車内で男らが談笑する声が耳に残っている。着いた先が、東京・新宿の「あけぼのばし自立研修センター」の寮であるビルの一室だった。

入れられた4階の部屋は、なぜか奥の方に2段ベッドが二つ、間隔を離して置かれていた。壁際にはシャワー室やトイレ、ベッドとベッドの間には畳敷きのスペースもあり、天井には防犯カメラのようなものが設置されているのも見えたという。

奈美さんは連れ出されたショックに加え、まるで監視するかのように同じ室内に女性職員がつきっきりでいたこともあり、何ものどを通らなかった。

翌日も、その翌日も何も口にできず、頭の中が白くもやがかかったようになったという。職員から軽くほおをたたかれ、スポーツドリンクのペットボトルを唇に押し当てられた。

その日、奈美さんは意識が遠のき、救急車で東京女子医大病院に搬送された。脱水症状だった。そのまま1カ月間入院した。病院でセンターに戻るのを拒否し、どうにか自宅に帰ることができたという。

この事件をきっかけに、母は家を出て、父と一緒に住むようになった。

奈美さんは最初に取材に応じてくれた3カ月後の19年8月、慰謝料など550万円を求めてセンターと職員、無断で契約した自身の母親を提訴した。

自宅から連れ出された経緯について奈美さんは「男らに腕をつかまれ、数人に抱えられるように階段を下ろされた」と主張した。

だが、センター側は、裁判所に提出した書面で「女性は両親による説得を受け入れ、自らの足で歩いて車に乗り込んだ」「(女性職員が寮の部屋にいたのは)精神的な不安を和らげるため」などと、女性の意思に反する連れ出しや監禁行為を否定した。

つまり、奈美さんは納得の上、自ら進んで車に乗ったというのだ。

「自立支援契約」は、母親からの相談を受けて、ひきこもっている奈美さんの状況を聞き取ったり支援内容を説明したりした上で結ばれ、違法な点はないなどとも主張した。

それから2年半に及ぶ奈美さんの苦しい闘いが始まることになる。長くひきこもり、いまも体調が万全でない彼女を、父の二三男さんがそばで支えた。

「精神病院に入院させる」が脅しのツール

二人目は関東在住の30代の哲二(仮名)さんだ。

2018年5月、突然部屋に入ってきた見知らぬ男らに「この家には住めない」などと告げられ、強引に連れ出された。抵抗すると体を押さえつけられ、玄関前に止められた車に引きずり込まれたという。

実は、同居する両親が、仕事に就いていない哲二さんの将来を案じてセンターに相談、700万円もの費用を支払い、契約していた。

後述するように、哲二さんはその後、地下室で監視されたり、精神病院へ入院させられたりとさんざんな目に遭うのだが、やがて脱走に成功し、林治弁護士らの助けを借りながらしばらくは都内の無料低額宿泊施設などで暮らしていた。

林弁護士を通じて私と知り合った当時は実家に戻っていたが、「またいつセンターに拉致されるか分からない」とおびえていた。実は「哲二」も自分でつけた仮名で、しばらくは本名も住んでいる町の名も明かしてはくれなかった。

連れ出される際に、哲二さんは自宅の前で「こんなのはおかしい」「誰か、助けてください!」と繰り返し大声をあげ、警察が駆け付ける騒動になった。だが臨場した警察官は、「親が契約した支援業者だ」と男らが告げたとたん、訴えにはまったく耳を貸さなくなり、あとは哲二さんがワゴン車に乗せられて連れ去られていくのをただ見ていただけだったという。

しかし、たとえ親が契約したとはいえ、助けを求める男性の体を複数人で押さえつけるのはただごとではない。人の身体の自由を奪うこうした行為について、警察官は違法性を疑わなかったのだろうか。

このときの状況についてセンター側は裁判所に提出した書面のなかで、「(暴れる男性を)保護するための正当な行為だった」「精神病院で医療保護入院の必要性が判断されるまでの保護行為だった」などと主張した。

哲二さんは言う。

「こんな理屈が通ってしまうなら、『錯乱しているから保護した』と言えば誰でも拉致や監禁ができてしまう。何より怖いのは、センターが本当に都内の精神病院で研修生を診察させていることです。診断名が付けられ、薬漬けにされ、下手をすれば本当に病院から外に出られなくなってしまうかもしれない」

センターに入所してからも「私は入所を望んでいない」「すぐに施設の外に出してほしい」などと主張し続けていた哲二さんはその後、本当に足立区内にある精神病院に50日間も入院させられている。ここでも抵抗したため最初の3日間は革製の拘束具をつけられ、オムツまではかされたという。

医師の診察を受ける際はセンターの職員が当然のように同席し、ようやく退院を許された際にはセンターに対し、「実家に帰らない、家族と連絡を取らないこと」「カリキュラムは全参加すること」│などと書かれた誓約書にもサインをさせられたという。裁判所に証拠提出されたその誓約書には「上記ルールを守れない場合は、再度入院する事に同意致します」とも書かれている。

精神病院へ入院させることが言うことを聞かない研修生への戒めのための「懲罰」だったことがうかがえる。

哲二さんがいまも拉致におびえるのは十分に納得がいく話だと思った。

文/高橋淳 写真/shutterstock

『ブラック支援 狙われるひきこもり』 (角川新書)

高橋 淳 (著)

2023/9/8

¥1,034

256ページ

ISBN:

978-4040824161

子どものためにと1000万円もの大金を払ったのに、息子は命を落とした―

(章立て)
プロローグ
第一章 熊本への旅
第二章 狙われる「ひきこもり」たち
第三章 なぜ頼るのか--孤立する家族
第四章 熱血救済人――持ち上げるメディア
第五章 望まれる支援とは
第六章 思い出
第七章 裁判――それぞれの戦い
終章 タカユキさんはなぜ死んだのか

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