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ひきこもりに苦しむ人を「親に迷惑をかける困った人」と放送するTVの都合…メディアが本当に伝えるべき「自立支援」の実態とは

集英社オンライン / 2023年10月12日 17時1分

「引き出し屋」と呼ばれる「自立支援」事業者を手放しで持ち上げ、紹介するテレビのニュース番組やワイドショーもあるが、ひきこもりの支援施設をメディアが紹介するとき教訓にしなければいけない事件がある。その背景にはいったい何があったのか、考えてみよう。『ブラック支援 狙われるひきこもり』 (角川新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

ひきこもりの「救済人」

新年早々から気分が重くなるようなテレビ番組だった。

2021年1月5日にBSテレ東で放送されたバラエティ番組「どうしてこうなった!? どん底人生からの救出スペシャル」。

自宅でたまたまテレビをつけたら放送していたのだが、いわゆる「ゴミ屋敷」で暮らす女性などとともに、「中年ひきこもり男」が支援業者に「救われる」までの様子がドキュメンタリー映像と再現ドラマで紹介されていた。そこには3週間前に取材したばかりのあのB氏の姿があった。



B氏は神奈川県にあるひきこもりの自立支援施設Bスクールの代表だ。メディアの出演も多く、ひきこもり支援をテーマにした著書もある。

冒頭は、ところどころにボカシの入ったごく普通の一軒家の映像。階段を上っていくと床に現金1200円があり、閉まった部屋の扉の前に、お盆に乗せた食事が置かれている。そこに、大げさなナレーションが入る。

「なんなんだ、この家は~」

そして、この家に住む44歳の長男がもう15年もひきこもっているという事情が説明され、「部屋から出てこない」「もう限界ですね」という家族の悲痛な声が紹介される。

するとまた先ほどのナレーションが「どうしてこうなった~」。番組タイトルの「どん底人生」とはつまり「長年ひきこもっている」ということを指している。

そして「熱血救済人」としてこの家にやってくるのが、B氏だ。

B氏が長男の部屋のドアの前で、「お母さんとの話し合いにきてもらいたい」と声をかける。

意外にもあっさりと部屋をでてきた長男の顔の上には「中年ひきこもり男」と書かれたボカシの文字。そしてB氏の指示に従って、ダイニングテーブルで、B氏を挟んで母と長男が向かい合う。

母親が訴える。

「お母さんの命があとどれだけあるか分からない」
「年金であなたを支えられない」

B氏も「親に頼る歳じゃないだろう」と説教する。長男はだまり込み、その後、「あしたハローワークに行きます」。

するとB氏は「(それは)無理」と突き放す。

「面接に行って、君この15年間、何やってたのって。履歴書出して(採用する側の企業の担当者は)どう思います?」

「何年もの間、あなたは何やってたの?」――これは引きこもっていることに悩み、ふがいない、後ろめたいと感じている当事者を簡単に、確実に屈服させることのできる殺し文句だと思った。

そして、「自立へのステップ、足がかりに我々が支援できますよ」と施設への入寮を提案し、長男はスタッフが運転する車に乗って、B氏が運営するスクールに向かった。

「上から目線は中年ひきこもりの特徴」というナレーション

この場面は説得するというより、入所する以外の選択肢をふさぎ、追いつめたといっていいだろう。

長男が施設に到着すると部屋の窓には鉄格子がある。長男が思わず発した「刑務所みたいじゃないですか」という言葉に対しては、「上から目線は中年ひきこもりの特徴」というナレーションがかぶさる。

ひきこもりの人のための施設に鉄格子があるのは異様だし、「刑務所みたい」と思うのはごく当たり前の感想にすぎないと思うが、番組はそれを「上から目線」と決めつけていた。

民放のバラエティー番組でもあり、ある程度の事前の打ち合わせ、シナリオなどがあるのだろうとは思う。

だが、15年も部屋にひきこもっていた男性が、いきなり家にやってきた男に説教され、着の身着のまま施設に連れ出されたり、赤の他人に命じられて「家族会議」を聞かされたりする光景は見るに堪えない。そして、その施設に入るためにどのくらいの費用がかかるのかについては一言も触れていない。

繰り返すがこれが放送されたのは2021年1月。2016年にはひきこもりの人の部屋のドアをB氏が壊す場面を放送したバラエティ番組を識者らが批判し、会見を行ったことがある。

それから5年も経っている。ひきこもりに苦しむ人を「親に迷惑をかける困った人」であるかのように放送してしまうことに問題はないのだろうか。

東京のキー局に「熱血救済人」として報じられることの宣伝効果も小さくないだろう。

私は19年6月、東京都大田区であったKHJ全国ひきこもり家族会連合会の総会を取材したときのことを思い出した。そこではやはり、Bスクールと同様の支援施設あけぼのばし自立研修センターを利用したことがある母親が壇上に立ち、こんなことを語っていた。

「羽鳥さんの番組だから、大丈夫だと思った」

フリーアナウンサーの羽鳥慎一さんが司会を務めるテレビ朝日の朝のワイドショーで紹介されていたので、信頼できる業者と思い、高額な費用を支払ってひきこもりの息子の支援を依頼してしまったというのだ。

だが、息子は立ち直るどころか、強引に連れ出されたことへの不信感と、慣れない集団生活へのストレスから、2週間で施設を脱走してきた。

偶然にも、このBSテレ東の番組の放送の二日後、私はB氏に2度目の取材をすることになっていた。

「現実に向き合わせる」とは

2021年1月7日。弁護士事務所の会議室でB氏、弁護士と向かい合ってインタビューをした。

私は番組のことを話題にした。B氏がひきこもり当事者と、母親との間に入って、ダイニングテーブルで「話し合い」をさせる場面についてだ。

B氏に促されながら、おとなしそうな中年男性と年老いた母親がカメラの前で「反省会」を開く様は正直、見ていて胸が痛かったと卒直に感想を伝えた。

B氏の話はこうだ。

「(あれが)第三者が介入するということなんですよ。親が過剰に擁護したり、十何年間親子で向き合って話し合いできずにいたりする訳だから」

「向き合えないことに問題があるんですよ。親が高齢になってお金がないのに、無限にあると思って現実逃避している人間に、現実に向き合わせる作業はしますよ。親だって同じで老後に蓄えておかなければいけないお金を、なんとかなるだろうと息子のために使い込んでいて、現実から目を背けている。

だから、状況を正しく判断して、いろんなリスクを考えて、この先どうやって生きていくか考えさせないといけない。親子共依存が続いているのに、当人たちは異常性をあまり感じていないんですよ。

いま『8050問題』っていって、親が定年退職して、不安定になってから危機感を感じていることが多い。だから第三者が間に入って分離しないといけない」

――テレビはもはや弱い物いじめにみえた。ただでさえ弱っている相手に、ぐうの音もでないことを言う。それが支援なんでしょうか。

「精神的に弱っていて、話をするタイミングじゃないというときもある。パチンコやゲームセンターに入り浸っていたらそれをいうケースもある。親の年金で、いつまでも食べていける訳じゃないでしょうといいます。(テレビの場合は)家族の間に入って、交通整理をしながら話してるものです」

入所費用は必要経費

もうひとつ、BSテレ東の番組を観て引っかかっていたことがある。

親がB氏にいくら支払ったのか、一切言及されていなかった点だ。裁判に提出された料金表をみると、「入学時寄付金」の下限が50万円で、さらに「入寮時寄付金」の下限が30万円。月々の寮費が12万円で食費が5万円、プラス月々の「サポート費」という項目があってこれは「月3万~10万円」とある。

ひきこもっている本人を連れ出しにいくための出張費は5万円、その際の車両費は1万5000円、交通費と宿泊費は実費となっている。ここまで計約100万~120万円はかかる計算だ。

これは番組でも伝えるべき情報だと思う。
B氏はこの金額について尋ねるとこう説明した。

「一般のフリースクールの相場プラス、それだけではやっていけないので、サポート費をいただいている」

この金額は最低限のもので、むしろ良心的だとB氏は言う。

「施設を続けていくのに必要な経費。僕なんかもう2年間給料もらってない。もらってないって記事に書いといてください」

「(経済的な事情から)お金をとっていない家もある。だが、そうした部分についてはいわれない」

こうした発言の真意について「稼がないと人は助けられない。助成金などをあてにするのではなく、(蓄えなどの)余力の中でお金を払えない人を助けるという信念があるのだ」とも話した。

とはいえ支払った費用に見合う結果が出ないまま、入所した本人が脱走した場合、その責任はスクール側にもあるはずだ。だがB氏のこれまでの言い方では脱走した生徒の側に問題があり、今回はその中に扇動役がいたという。

「いまままでよくあるケースは脱走して交番に行く。そこで電話貸してくれといって自宅にかける。その結果、電話を受けた親から僕らに連絡がきて『迎えに行ってください』となる。親から呼ばれて、行って本人と話し合う。でも僕らが拉致して連れ戻すことはない」

「本人が家に帰してくださいって言うから、弁護士が救出をトライしても、親の側からすれば『なに(余計なことを)やってくれてるんだ』ということで帰宅を拒む。結局解決しない。弁護士は脱走までさせて、何がしたかったんですか、となる。本人がそれでハッピーならハッピー。僕らを訴えるにしても、頼んでいるのは自分たちの家族なんだよと。うちの保護者会はこれについて、みなさん正しい認識をもたれている」

かつて多くのメディアに好意的に紹介され、B氏は自分の「支援」に自信を持ったのだと思う。番組側の演出や期待に乗せられてしまった側面もあるのかもしれない。だからメディアの批判は手のひら返しにも思え、到底受け入れられないのだろう。

取材の最後にB氏は、こんな風にいら立ちをはき出した。

「僕らへの批判記事ね。悪いけどあいつら(記者やライター)が書いて出せば出すほど(子どもをスクールに入れたいとの)問い合わせが多くなるんですよ。『先生、いろいろ書かれているけど、スクールを信頼している家族の気持ちはなぜ、書いてないんですか』『強引なやり方と書いてあったんですけど、うちの子どもを強引にでも連れて行ってくれるんですか』といってくる。

いたたまれないのは、卒業してまじめになっている人や、スクールを良く思っている人。そういう人からすると、記事は誹謗中傷にみえる。本人たちは『自分が生き証人だから、取材があれば話しますよ』と。あたかも僕が悪者みたいに書かれることで、心を痛めている人たちには、申し訳ないと思います」

今回の番組についてテレビ東京に問い合わせたところ、次のような回答があった。

「個々の番組の制作過程やガイドラインについてはお答えしておりませんが、すべての番組制作において、差別につながる表現をしないように注意したり、事実を正確・公平に伝えることなど様々な観点に配慮して確認しています」

メディアの教訓

ひきこもりの支援施設をメディアが紹介するとき、私たちが教訓にしなければいけない事件がある。2006年4月、名古屋市北区のひきこもり支援施設で、入寮5日目の男性(当時26歳)が職員からリンチを受けて死亡したアイメンタルスクール事件だ。

当時の朝日新聞の記事によると、男性の死因は職員らによる手錠や鎖を使った拉致、監禁などによる急性腎不全と分かり、愛知県警は5月、杉浦昌子(しょうこ)・NPOO法人代表理事や職員らを逮捕監禁致死容疑で逮捕。

名古屋地裁は12月、「社会復帰寄与の名の下に正当化される余地はまったくない」として、杉浦代表理事に懲役4年の実刑判決を言い渡した(高裁で懲役3年6カ月となり、最高裁で確定)。

杉浦氏は事件前、「熱血カウンセラー」としてテレビに多数出演し、著書も発表していた。
事件当時の愛知県警担当だった朝日新聞の神田大介記者が、入寮者の死亡から10日後、杉浦元代表らの逮捕前に取材したときの様子をこう書いている。

自称「熱血カウンセラー」の口からは、責任逃れを思わせる言葉が続いた。「(死亡した入寮者は)今まで見た子で一番異常だった」「事件についてマスコミに話しているのは、みな虚言癖のある子」「年々子どもの質が落ちる」……。インタビューは1時間以上に及んだ。 (2006年12月16日 朝日新聞名古屋版)

引き出して、施設に入れて、矯正する――。アイメンタルスクールは現代では考えられない極端すぎる例にもみえるが、それを当時、メディアは持ち上げた。背景にあるのはやはり、ひきこもりが甘えや怠けであるという誤解の根強さで、私たちはまず、ひきこもりとは何かという基本をもっと知ろうとしなければいけないのだろうと思う。

記事や番組で紹介する支援業者や団体の活動が放送上適切かどうかは、行政や地域の家族会に情報を求めるなどし、ある程度の時間をかけてその人々がどんな支援を行っているのかを見極めていくプロセスも必要だと思う。結局取材も「急がば回れ」なのだ。

文/高橋淳 写真/shutterstock

『ブラック支援 狙われるひきこもり』 (角川新書)

高橋 淳 (著)

2023/9/8

¥1,034

256ページ

ISBN:

978-4040824161

子どものためにと1000万円もの大金を払ったのに、息子は命を落とした―

(章立て)
プロローグ
第一章 熊本への旅
第二章 狙われる「ひきこもり」たち
第三章 なぜ頼るのか--孤立する家族
第四章 熱血救済人――持ち上げるメディア
第五章 望まれる支援とは
第六章 思い出
第七章 裁判――それぞれの戦い
終章 タカユキさんはなぜ死んだのか

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