35年以上も精神科の臨床をやっていると、あるいは、臨床心理の教員として、臨床心理士の卵の人たちに、心の治療を教えていると、いわゆる心の治療とは何のためにやるのだろうとふと考えることがあります。
精神科医としては、薬を使って幻覚や妄想、あるいは抑うつ気分や不眠、食欲不振などの症状をとってあげることができれば、それでいいかと思うこともありました。
あるいは、社会適応をよくしてあげる、つまり学校臨床の観点からは、不登校の子どもが学校に行けるようにしてあげる、産業精神医学の観点からは、復職して、きちんと仕事ができるようにしてあげればいいという考え方もあります。
最近の精神医学や心の臨床のトレンドとしては、人々のものの見方を多様にして、窮屈な考え方から解放してあげるというものがあります。
たとえば、「かくあるべし思考」で自縄自縛になっている人にそうでない考え方もあるよと思わせてあげたり、「これからどんどん不幸になっていくに決まっている」と思って落ち込んでいる人に、そうでない可能性もあることをわからせていくというような心の治療です。