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引きこもりになった理由1位は「退職」…増える中高年の引きこもり「もう人間関係にいれてもらえない絶望」に耐え切れず

集英社オンライン / 2023年10月14日 9時1分

若いころの引きこもりと違い、声をかけてくれる家族がいなくなってしまうという深刻な悩みが出てくる中年の引きこもり問題。その原因となるのは、“人とのつながり”がないと思ってしまうことや表面的な同調がもたらす疎外感だ。『疎外感の精神病理』 (集英社新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

心の治療の目標は人が素直に甘えられるようになることである

35年以上も精神科の臨床をやっていると、あるいは、臨床心理の教員として、臨床心理士の卵の人たちに、心の治療を教えていると、いわゆる心の治療とは何のためにやるのだろうとふと考えることがあります。

精神科医としては、薬を使って幻覚や妄想、あるいは抑うつ気分や不眠、食欲不振などの症状をとってあげることができれば、それでいいかと思うこともありました。



あるいは、社会適応をよくしてあげる、つまり学校臨床の観点からは、不登校の子どもが学校に行けるようにしてあげる、産業精神医学の観点からは、復職して、きちんと仕事ができるようにしてあげればいいという考え方もあります。

最近の精神医学や心の臨床のトレンドとしては、人々のものの見方を多様にして、窮屈な考え方から解放してあげるというものがあります。

たとえば、「かくあるべし思考」で自縄自縛になっている人にそうでない考え方もあるよと思わせてあげたり、「これからどんどん不幸になっていくに決まっている」と思って落ち込んでいる人に、そうでない可能性もあることをわからせていくというような心の治療です。

私が長年勉強していたコフート学派をはじめとする現代精神分析学の世界では、人に素直に頼れるようになるということを重要な目標としています。

精神科医や心理カウンセラーとの心の交流を通じて、「本音を言っても受け入れてもらえるのだ」「つらいときは泣きついていいのだ」という体験をすることで、世の中のほかの人に心を開くことができるようになり、もちろん相手を選んでのことですが、素直に甘えることができるようになれば、その人が生きることがかなり楽になります。

依存症は、日本よりカウンセリング治療がはるかに進んだアメリカでも治療が難しいとされる心の病なのですが、その治療法としてきわめて有効とされるものに、自助グループがあります。

アルコール依存症やギャンブル依存症になると、周囲からもダメな人間と見られ、激しい自己嫌悪に陥るのですが、そのことがさらに、彼らをアルコールやギャンブルに走らせます。

自助グループでは、まわりも同じアルコール依存症やギャンブル依存症なので、素直に自分の弱い気持ちや、やめられないつらさをさらけ出すことができます。それを抱えながらアルコールやギャンブルをやめているメンバーをほめあいます。

そして、メンバーに素直に甘えることができ、「物質や行為(ギャンブルや買い物など)への依存」から「人への依存」への移行ができれば治療がうまくいくということです。

こういうことを自らが体験し、見聞きすることで、素直に人に頼れるようにしてあげること、あるいは、自分が患者さんにとって頼りになる対象になってあげること(この表現は恩着せがましくて嫌いなのですが、こちらが能動的でないとなかなかそうならないのであえてこの表現を使いました)が私の重要な目標となっています。

中高年以降にも広がり続ける「引きこもり」

患者さんだけでなく、世の中全般の人たちを精神科医の立場から見ると、この手の、素直に人に頼ることができないで何らかの形で苦しんでいる人はとても多いように思えます。

人とうまくつながれない。安心してつながっている感覚が持てない。そんな疎外感を覚えている人が多い気がするということです。

実は、この疎外感こそが日本人の心の問題の中心テーマなのではないかと私は考えるようになりました。引きこもりが社会問題になってから30年以上経ち、8050問題という言葉が話題になりました。

子どもの頃に引きこもりになった人が50代まで引きこもりを続け、親が80代になり面倒が見られなくなってしまうという悲惨な状況ですが、人間というのは一度引きこもってしまうと、より人と接することが怖くなり、また疎外感を膨らませていくので、引きこもり状態がズルズルと長くなってしまうのです。

実は、内閣府が2018年に40〜64歳の人を対象に行った実態調査によれば、初めて引きこもり状態になった年齢が19歳までの人はわずか2・1%にすぎず、4割近くの人は50歳を過ぎてから引きこもりになったとされています。

「引きこもり状態になったきっかけ」の1位が退職でした。

会社を辞めてしまうと人間関係が持てず、そのまま引きこもりになってしまうということですが、退職をきっかけに強い疎外感を持ち、もう人間関係には入れてもらえないという絶望が生じてしまう人が少なくないというのは、精神科医の目から見ても確かなことです。

2021年12月に起きた大阪の心療内科クリニックの放火事件も、私自身がカウンセリングのクリニックも経営しているので、ショッキングな事件でしたが、自らも火の中に飛び込み死亡した被疑者は40代の後半に離婚、退職などが続き、その後は引きこもり同然の生活を送っていたとのことです。

人を巻き添えにして死のうという考え方は特殊なものであっても、このような形で疎外感をつのらせている人が少なくないのは確かなことでしょう。

私も高齢者対象の精神科医を本業としているのですが、引きこもりは若い人の問題というより中高年以降の重大な問題だと考えるようになりました。

さらに言うと、若い頃の引きこもりと違って、声をかけてくれる家族がいなくなってしまうという深刻な問題もあります。

それを福祉とつないで、人とのつながりを復活させていくというのも精神科医の重要な仕事となってきたのですが、そういうスタッフになかなか心を開いてくれず、疎外感が収まらない人がいるのは、悩みの種なのです。

「みんなと同じ」現象の蔓延

このように目に見えた形で、人とうまくつながれず、自分の世界に引きこもるというのも、疎外感の精神病理の代表的なものですが、表面的なつながりしか持てないという病理もあります。

『モラトリアム人間の時代』というベストセラーを出し、精神分析の立場から日本人の精神病理に洞察を加え続けてきた精神分析学者の小此木啓吾氏は、1980年に発行した『シゾイド人間│内なる母子関係をさぐる』(朝日出版社)という著書の中で、「同調的ひきこもり」という概念を提唱しました。

小此木氏によると、現代型のシゾイド(分裂気質)というのは、孤立したり、引きこもったりするのではなく、むしろかかわりを避けるために「表面的には相手と調子を合わせ、にせものの親しみを示したり、社交性を出してとりつくろう。しかし、それはほんとうの情緒的かかわりではない」(同書208ページ)ということです。

彼らは情緒的なかかわりあいを避けるために、周囲に同調をしているのか、それとも上手に人と情緒的にかかわれないけれど、疎外感が怖いために表面的に調子を合わせているのか、実際には、どちらのタイプもいるのでしょうが、表面的な同調が日本人に強まっているのは確かに思えます。

日本では同調圧力が問題にされることが多いですが、この手の心理が働いている人は、圧力がなくても周囲に合わせてしまうという特徴があります。

私自身、精神科医になってから日本人の「みんなと同じ」現象に長年注目してきました。

おそらくピンク・レディーがブームになった1970年代後半からだと見ていますが、それまでは「御三家」の誰かのファンというような形で、クラスが派閥のようなものに分かれ、人と多少ぶつかっても自分の趣向を明らかにしていたのが、クラス全体が同じアイドルやゲーム、アニメのファンでまとまってしまうという現象が始まります。

たとえば、1980年代にはシングルレコード、CDのミリオンセラーは10年間で12曲しかありませんでした。当時のミリオンセラーの多くはすべての年代の人が歌うような曲で、演歌などが何年かかけてというパターンも少なくありませんでした。

それが90年代になると、91年には7曲が、それ以降は毎年10曲以上がミリオンセラーになり、95年には28曲がミリオンセラーになっています。そして、ほとんどが若者向けの曲なので、その世代の若者の1割近くが買うなどという曲が珍しくありませんでした。

当時、ある曲が売れればそれが止まらなくなってみんなが歌う、ある曲が売れているときにはそれに集中するというような現象が次々と起こりました。

これは今もって変わらない気がします。それどころか、巨大ブーム、メガヒット現象はさらに拡大しているように思うのです。

別に強い同調圧力がないのに、若者たちが次々と同調し、「みんなと同じ」になっていくのです。

もちろん、これは音楽の世界だけでなく、コミックスの世界でも、ゲームの世界でも起こったことでした。

音楽の購入手段がCDから配信が主流となっていき、CDが昔ほど売れない時代になっていくわけですが、それでもAKB48のように出せばミリオンセラーというひとり勝ちグループは生まれました。

そして、ゲームの世界やコミックスの世界では、記録を塗り替えるような何百万単位の人が購入する現象が続いています。

どちらかというと購買者の年齢層が高く、自分を持っている人が多いため、ブームやメガヒット現象が起きにくいと考えられる書籍の世界でも、2003年に刊行された養老孟司氏の『バカの壁』(新潮新書)が400万部を超えるメガヒットになりました。

このメガヒット時代の背景には、「同調的ひきこもり」とか、疎外感恐怖があるように精神科医の私には思えてなりません。


文/和田秀樹 写真/shutterstock

『疎外感の精神病理』 (集英社新書)

和田秀樹 (著)

2023年9月15日発売

1,100円(税込)

新書判/208ページ

ISBN:

978-4-08-721282-2

現代日本人の心理を読み解くキーワード

世界を襲ったコロナ禍により、さまざまな形で私たちの心のありようは変わったと言える。
他人と接触することがはばかられた時間を経て、他人との交流が増えたいま、人とうまくつながれず表面的な関わりしか持てなくなってしまった人や「みんなと同じ」からはずれる恐怖を感じる人は実に多い。
これは若い人だけの問題ではなく中高年でも多く見られる現象でもある。
本書では日本人を蝕む「疎外感」という病理を心理学的、精神医学的に考察。
どう対応すれば心の健康につながるのかを提案する。

【主な内容】
・「みんなと同じ」現象の蔓延
・コロナ禍に続くウクライナ情勢を疎外感から読み解く
・あぶり出された人と会うのがストレスの人
・8050の嘘
・高齢者の「かくあるべし思考」と福祉拒否・介護拒否
・ホワイトカラーの老後と疎外感
・スマホの普及という新たな依存症のパラダイム
・コミュ力という呪縛
・共感という圧力
・疎外感とカルト型宗教
・周囲が心の世界の主役のシゾフレ人間
・対極的なシゾフレ人間とメランコ人間
・人と接していなくてもいいという開き直り
・ひとりを楽しむ能力を与える

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