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〈祝・八冠達成〉藤井聡太・6歳から圧倒的だった詰将棋の才能と姉弟子の記憶「まだ字をちゃんと書けないのに、詰将棋を解く速さは教室で一、二を争うほどでした」

集英社オンライン / 2023年10月22日 11時1分

史上最年少でプロ棋士となり、そしてついに史上初となる八冠を成し遂げた藤井聡太八冠。自身の強さの秘訣について、幼いころから繰り返し取り組んできた「詰将棋」を挙げている。神業としか言いようがない、藤井少年が詰将棋で見せた脅威的な読みの速さと、選手権での圧倒的な強さを紹介する。また、藤井聡太が語った詰将棋の“楽しさ”とは?『藤井聡太のいる時代』(朝日文庫)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

4連覇をかけて参加した「詰将棋解答選手権」

イスに座った藤井は、左手で消しゴムをくるくると回転させ、「試験」の開始を待っていた。スタッフの「始めてください」の声と共に、用紙を裏返し、詰将棋の図面を食い入るように見つめ始めた。



詰将棋をいかに正確に、速く解くかを競う第15回詰将棋解答選手権のチャンピオン戦。2018年3月25日に東京、大阪、名古屋の3会場で開かれた。藤井は名古屋会場での参加となった。

第1ラウンドと第2ラウンドがあり、制限時間は各90分。39手詰めまでの問題が5問ずつ出題される。藤井は15年、まだプロ入りする前の小学6年の時に史上最年少で初優勝。17年まで3連覇中で、18年も優勝候補の大本命だった。

第1ラウンド。運営側はとびきりの難問を用意していた。合駒(あいごま)が次々と登場する手詰めで、「簡単には解けないだろう」とみられていたが、藤井はこれをあっさりクリア。55分で全5問を解き終えて、会場を退出した。

ただ、報道陣の前に姿を見せた藤井は弱気だった。「もう誰か(部屋を)出ていますよね」。点数が同じ場合、かかった時間が短い方が上の順位になる。しかし、それまで途中退出した人はおらず、ほとんどの参加者は、時間いっぱいまで頭を悩ませていた。結局、5問目を解けたのも藤井だけ。第1ラウンドを終えて、早くも単独トップに立った。

詰将棋は、任意の駒の配置と持ち駒で玉将の詰まし方を考える問題だ。実戦の終盤戦の力を身につけるのに不可欠で、藤井は地元の将棋教室に通っていた頃から来る日も来る日も取り組んできた。その積み重ねがあったからこそ、驚異的な読みの速さを身につけた。

第2ラウンドでは、報道陣の目の前でそれを印象づける場面があった。取材を許された冒頭の3分が経たないうちに、藤井は初めの問題を解き終え、解答を記入し始めたのだ。後で聞いたところ、20分ほどで4問を解き終えたという。最後の問題も見事に攻略。3会場合わせた105人の参加者の中で唯一の全問正解を果たし、4連覇を達成した。

「趣味」の詰将棋で浮かべた笑顔

あまりの強さに、他の棋士たちは舌を巻いた。優勝経験のある船江恒平(ふなえこうへい)は「藤井六段の解く速さは毎年信じられないほど。詰将棋の方が、将棋以上に差を感じます」。名人挑戦権を争うA級順位戦に所属する広瀬章人は「藤井六段の優勝は順当 で、驚きはないですね」と白旗を揚げた。

表彰式でインタビューを受ける藤井は冷静だった。「最近はあまり詰将棋を解いていないので、全く自信がなかった」。第2ラウンドで最後まで退室しなかったのは、ミスがないか、念入りに確認していたためという。

一方で、こんな言葉も口にした。「選手権には毎年楽しみで参加している。今年も素晴らしい作品に出合えて、うれしく思う」

一般的には、トレーニングと捉えられることが多い詰将棋だが、実戦では現れないような華麗な捨て駒や意外な合駒が飛び出す問題も数多く作られている。それ自体を解いたり鑑賞したりすることを楽しむファンも多く、作り手は「詰将棋作家」と呼ばれる。江戸時代には、時の名人が詰将棋の作品集を作り、将軍に献上する習わしもあった。

詰将棋にはプロとアマの垣根がない。プロアマ問わず、選手権には全員「趣味」で参加しており、藤井もその一人だ。「問題」ではなく「作品」と表現したのも、詰将棋への敬意の表れと言える。

18年に新設された名古屋会場では、藤井や船江ら6人が出場した。解答時間の合間に、解いた感想を年の近い奨励会員らと述べ合う私服姿の藤井は、普段の対局の時よりリラックスした笑顔を浮かべていた。

インタビューで、詰将棋の楽しさを問われた藤井は「あ、そうですね」と言って考えた末に、こう答えた。「将棋は茫洋(ぼうよう)とした局面が多い。詰将棋(の手順)は割り切れていて、解けた時の気持ちよさがある」

猛スピードで詰将棋を解く幼稚園児がいた!

詰将棋に関する藤井のすごさについて、女流棋士・中澤沙耶は忘れられない記憶がある。

中澤が小学校高学年の時だった。ある将棋教室の合宿に参加した際、猛スピードで詰将棋を解く小さい子どもがいた。藤井だった。「まだ字をちゃんと書けないのに、解く速さは一、二を争うほど。驚きました」

藤井は小学1年で、アマチュアの少年少女が腕を磨く「東海研修会」に入会。当初は中学1年の中澤より下のクラスだったが、瞬く間に追い抜いていった。「どんなに不利になっても、逆転勝ちしていた。抜かれたのはショックでした」。小学4年で奨励会に入ってからも、勢いは止まらなかった。

中澤は2015年、研修会で規定の成績を挙げ、女流プロデビューを果たす。その際、藤井と同じ杉本門下になった。年下の兄弟子である藤井が14歳2カ月の史上最年少で棋士になったのは、翌16年10月。その後、藤井は日本中から熱い視線を送られる存在になっていった。

対局が中継されるにつれ、記者の質問に答える際の藤井の落ち着きぶりも知られるようになった。だが中澤は、ある将棋大会でプロになりたての藤井と同席した時のことが印象に残っている。「参加者の前でのあいさつを頼まれ、『何を言えばいいか、わからない』と言って緊張している様子がかわいらしかった。『中学生なんだな』と感じました」

中澤は18年2月、名古屋市の将棋教室の一室で、「レディースセミナー」を始めた。週1回、20〜60代の初心者の女性5、6人に指導する。藤井の活躍に注目が集まるなど、折からのブームの追い風を受けて、「将棋に関心を持つ女性が増えている」と感じたためだ。

「幼稚園児の時から知っている藤井六段が将棋ブームを起こすなんて、思ってもいませんでした」

#3につづく

※肩書き、名称、年齢、および成績などのデータは、原則として取材当時のものです。


文/朝日新聞将棋取材班
写真/photoAC、共同通信社(サムネイル画像)

『藤井聡太のいる時代』

朝日新聞将棋取材班

2023年8月7日発売

858円(税込)

240ページ

ISBN:

978-4022620804

朝日新聞の大人気連載が待望の文庫化!
タイトル獲得の舞台裏から睡眠時間、勉強法まで、将棋界の歴史を動かした不世出の棋士を知る決定版。
どのような環境で生まれ育ち、どのように将棋と出合い、強くなっていったのか。
本人、家族、個性豊かな対戦相手の棋士の取材で浮かび上がった、ニューヒーローの素顔と、強さの本質。
自宅での本人インタビューの様子や、家族提供の貴重な写真もカラー口絵で多数収載。

ご注意:本書は2020年11月に発売された同名タイトルの書籍の文庫化です。

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