なぜ空気が読めない人は「空気が読めない」のか…職場の発達障害「患者が辛そうにしているのに全く気づけない」看護師の苦悩
集英社オンライン / 2023年10月16日 8時1分
職場で何らかの不適応を起こして受診にいたり、「発達障害」と診断されるケースが近年急増している。発達障害の認知度は高まったといえ、まだまだこの分野には誤解が多いという。今回は主要な2つの発達障害(ASDとADHD)のうち、ASDについての症状と特性を実例に基づいて紹介する。『職場の発達障害』 (PHP新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。
高学歴の看護師のケース
松田美代子さんは、国立大学の保健医療学部看護学科卒という高学歴の看護師である。彼女は大学卒業後に、地元の市民病院に就職したが、うまく適応できなかった。
幼児期、松田さんには言葉の遅れがあり、3歳ごろまではオウム返しにしか話ができなかった。このため家族が保健所に相談に行ったこともあった。
子供のころから人付き合いは苦手で、友人は少なかった。また音に過敏なところがみられた。
小学校のときから、周囲からからかわれることが多くなった。
合わない担任の教師からは、体型のことで嫌味を言われた。廊下でクラスメートからいじられたため、大声で反撃したところ「お前の方が悪い」と自分だけ校長から怒られたこともあった。
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中学になると、さらにはっきりしたいじめの被害に遭った。周囲からは無視されることが多く、自分のしていることを横取りされたこともあった。
他のクラスメートが楽しそうにしているのをみると、理由なく怒りがわいてきた。殴りつけて殺したいとも感じたという。
そうした感情を自分なりに抑えていたが、からかってきたクラスメートをパイプ椅子で殴ったこともあった。
中学での成績は上位で、地元の進学校の高校に入学した。高校では友人はほとんどできなかったが、自分でもトラブルを起こさないように注意をしていた。
大学時代には周期的にふさぎ込むようになり、大学の保健センターに相談に通いながら、なんとか卒業することができた。
病院に就職してからも、なかなか意欲がわかなかった。自分で勉強をしたり、調べたりすることが億劫だった。
そうした中で、不注意によって、患者の転倒や誤薬、点滴の管理ミスなどのインシデントを繰り返し起こした。
このため松田さんは気持ちが落ち込み、死んでしまいたいと思うことに加えて、職場で入院中の患者に対しても死んでしまえばいいのに、と否定的な気持ちを抱くようになった。
辛そうな患者にまったく気がつかない
彼女は近所の精神科クリニックを受診し、うつ病と診断されて抗うつ薬を処方されたが効果はなく、受診時に自分の心臓をナイフで突き刺したい、と訴えることもあった。
この時期、職場では次のようなことが指摘されている。
患者の受診相談を担当したとき、マニュアルに沿って最初から最後まで一方的に話し、相当な時間をかけて説明していたが、患者が辛そうにしていることにまったく気がつかなかった、などである。
また松田さんは、臨機応変の対応が苦手だった。乳幼児健診の際に、本人が想定していない相談がきたときに言葉を発することができずに、表情がこわばって沈黙が続くことが何度かあった。
相談者からの言い回しがマニュアル通りでないと、まったく対応できないこともみられ、さらに松田さんの口調の強さや断定的なもの言いについて、クレームがくることもあった。
彼女は曖昧な表現が苦手で、「仕事の様子をみながら、別の業務にもあたってください」などと指示されてもほとんど対応できず、一つの仕事を終えるまで次の仕事に移ることができなかった。
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曖昧な表現が理解できない
このような職場における問題点は、松田さんのASDの特徴を反映したものと考えられる。
「言葉のニュアンスがわからない」「ノンバーバルなコミュニケーションが苦手」「曖昧な表現が理解できない」などはASDにおける特性として広く指摘されているものであり、こうした問題によって松田さんは職場になかなか適応することが難しかったのだった。
松田さんはこの病院を半年余りで退職した。その後、別の医療機関への転職を繰り返した。どの職場でも定型的な業務はしっかりとこなせるが、やはり臨機応変の対応ができないことが目立った。
特に患者が高齢者で指示通りの行動をしないときなどは、どうしていいかわからなくなってしまい、その場でフリーズしたり、過呼吸の発作が出現したりもした。時には理不尽な怒りを患者に向けてしまい、激高してしまうこともあった。
松田さんは抗不安薬の服用によって、一時的に精神的には安定したが、長期的に仕事を継続するためには、自らのASDの特徴の自覚と苦手な状況にどのように対応したらよいか、準備をすることが必要である。
しかしながら自らの特性、問題に向き合うことは簡単なことではなく、現在は医療の現場からは離れて、一般事務の仕事についている。これは比較的単純作業が多いので、大きな問題は生じていない。
文/岩波 明 写真/shutterstock
『職場の発達障害』 (PHP新書)
岩波 明 (著)
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/10/12075829194110/400/4274_002.jpg)
2023/9/26
¥1,034
232ページ
978-4569855929
「外来を受診する成人期の発達障害には、うつ病など従来の精神疾患で通院する人とは異なる点が多い。何よりもまず彼らは普通の人たちで、一般の社会人だということである。
受診する大部分の人はフルタイムか、それに近い仕事をしていることが多い。休職したり職がない状態であったとしても、仕事への意欲は十分に持っているケースがほとんどである」(岩波氏)。
近年、「ギフテッド」(平均をはるかに超える知的能力を持つ人)が称揚されるなかで、天才とADHD(注意欠如多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)を結びつける傾向が強い。だが一方で上記のように、精神科を受診する発達障害の成人の多くは、働く社会人である。
彼ら、彼女らは幼いころから積み重なった「周囲となじめない」負の記憶や、職場で浮いてしまうという悩み、問題行動による解雇などに苦しみ、自らの人生を何とかしたいと考えている。
はたして、発達障害の特性にマッチした職場環境は得られるのか。薬物療法には効果があるのか。就労支援の制度や社会復帰のトレーニングをどう活用すればよいのか。
「発達障害の人は働けない」という誤解を正し、本人・周囲にとって最適な就労への道を専門医が示す。
第1章 止まらない仕事のミスと対人関係の問題
第2章 ADHDをめぐる誤解――職場でどう接するか
第3章 ASD(自閉症スペクトラム障害)をめぐって
第4章 仕事とNeurodiversity
第5章 ADHDは治せる
第6章 ASDを治す
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