10月7日にパレスチナ南部・ガザ地区を支配する政党・イスラム組織「ハマス」の軍事部門がイスラエルを奇襲し、1000人以上が死亡。対するイスラエル軍のガザ空爆で1500人以上の犠牲者が出ている。イスラエル軍は地上部隊を侵攻させてハマス掃討作戦を強行する構えで、今後さらに多数のガザ住民の被害が予想されるという悲劇的な状況になっている。
なぜハマスは今、イスラエルに攻撃をしかけたのか…透けて見える「アラブの大義」を脅かす近隣国の和平交渉、ネタニヤフ政権の弱体化
集英社オンライン / 2023年10月14日 11時1分
パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスによる突然のイスラエル攻撃から1週間が経過した。イスラエル軍も激しい空爆で応戦するなど、衝突が激化している。現地では一体、何が起きているのか? 軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏が解説する。
これまでのイスラエルへの攻撃との相違点
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10月12日、ガザ地区南部の都市ラファで、イスラエル軍の空爆で破壊された建物から少女を抱えて避難する男性 写真/新華社・共同通信イメージズ
では、なぜハマスは今、このような攻撃を開始したのか。
ハマスがイスラエルを奇襲したこと自体は、初めてのことではなく、驚くことではない。ハマスはもともとイスラエルによる支配への抵抗を掲げる組織である。当初はイスラエルの存在自体を認めていなかったが、現在は少なくとも建前上は、1967年に第3次中東戦争で占領したエリア(現在のパレスチナ自治区)以外は、イスラエル領だと認めている。
しかし、実際には自治区でも広範囲に及ぶイスラエルの事実上の支配がいまだ続いているため、イスラエルへの攻撃はずっと継続してきた。したがって今回の攻撃自体は、その従来の姿勢の継続であり、特異なことではない。そのなかで注目点としては、ハマスが今回の攻撃を可能とするまで戦力を再建できていた、ということだ。
ハマスとイスラエル軍の前回の大規模戦闘は2021年5月。その際、イスラエル軍はガザ地区への空爆でハマスの軍事拠点、地下兵器工場、軍事用地下トンネルの多くを破壊した。ハマスはそれから2023年10月までの2年5か月で、数千発のロケット弾を製造し、多くの発射機を製造、兵士たちの携行兵器を調達し、奇襲に使う多くの地下トンネルを再建し、訓練所を建設し(襲撃後にハマスが発表した動画によれば最低6か所)、兵士の訓練を行った。
2021年の戦闘の前の大規模戦闘が2014年だったので、この戦闘の準備には7年をかけていたことに比べると、今回は短期間での戦力再建だといえる。
「アラブの大義」をめぐる2つの大国の思惑
おそらくハマスの奇襲作戦そのものの準備期間は1年近くとみられるが、いずれにせよそのわずかな期間で出撃が可能なまで戦力再建ができたわけだ。つまり、戦力が整ったので、従来どおり対イスラエル攻撃を実行したという流れになる。
ただ、今回はハマス側が「壁を壊して周辺を襲撃する」というまったく新しい攻撃手段を思いついたために、イスラエル側に過去に例のない大きな被害が出てしまい、たいへんな事態に至っている。
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10月7日、パレスチナ自治区にあるイスラエルとの国境フェンスを越えてイスラエルの戦車を制圧するパレスチナ人 写真/DPA・共同通信イメージズ
ハマス自身は今回の攻撃の目的を、イスラエル側がパレスチナ住民を不当に虐待していることへの抵抗だとしている。たしかにここ数年、とくにヨルダン川西岸地区でイスラエル当局による暴力的なパレスチナ住民弾圧が続いてきたのは事実である。
それ以外にも、今回のハマスの攻撃の動機については、メディアではさまざまに語られているが、いずれもハマス自身がそう主張しているわけではなく、推測ということになる。
ひとつは、サウジアラビアとイスラエルが国交正常化交渉を進めているため、それを妨害するためという説だ。サウジアラビアはもともと聖地である(東)エルサレムの奪還とパレスチナ国家の創設という「アラブの大義」の側に立ち、パレスチナを支援してきたアラブの有力国だが、ライバル勢力のイランと対抗することに加え、国内経済のハイテク産業への脱皮を目指すこともあり、米国の仲介でイスラエルとの関係を深めてきた。
イスラエルは2020年にアラブ首長国連邦やバーレーンなどと国交樹立しているが、そこにはサウジアラビアの仲介・賛同があったとみられる。サウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉も急速に進んでいた。
これはハマスからすれば、自分たちの頭ごしにアラブ世界がイスラエルと手を結ぶことを意味する。つまり、自分たちは見捨てられかねないという危機感だ。これは政治的な動機としては、あり得る。ただし、ハマス自身はそれが目的だとは言っていない。
ネタニヤフ政権の弱体化につけこんだ説の信ぴょう性
ただ、今回の奇襲がイスラエル軍のガザ住民への攻撃を誘発したことで、実際にサウジアラビアとイスラエルの接近は頓挫してしまった。一般住民が殺されることで、アラブ・イスラム世界からすれば「イスラエルがイスラム教徒を殺している」という構図になったからだ。
実際、サウジアラビアはイスラエル批判を明確にしている。そういう意味ではハマスの政治的な利点にはなるが、その目的のためにハマスが相手の反撃による住民の大きな犠牲を覚悟してリスキーな行動を選択したのかといえば、それはわからない。
筆者自身は、それよりもハマス本来の対イスラエル攻撃の継続とみたほうが自然に感じる。
なお、今回の奇襲の直後、ハマスの駐イラン代表者が「アラブの国々はイスラエルとの接近をやめるべきだ」と発言している。イランはもともとサウジアラビアとイスラエルの接近を強く非難していたが、それに同調する発言といえる。
ちなみに、ハマスに軍事支援を与えているのはイランの工作機関であり、イランが今回の奇襲の黒幕ではないかとの説もあるが、その証拠はまだ発見されていない。ただ、今回の奇襲はイランの利益になることでもあり、ハマスがスポンサーであるイランに秘密にするのは不自然だ。イランの関与の度合いは今後、微妙な国際問題になっていくかもしれない。
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5月12日、イスラエル軍によるガザ地区のデイル・エル・バラへの空爆で破壊された建物に集まるパレスチナ人 写真/shutterstock
もうひとつ、国際報道で解説されている推測には、「イスラエルのネタニヤフ政権が司法改革の強行などで政治的に弱体化しており、今なら対応力が落ちているとハマスが考えたのだろう」という説がある。これはそうした推測もあり得るが、ハマスによる攻撃の動機というには弱い。
日本でも海外でも国際紛争の大事件発生時には、報道解説で「こうも考えられる」との推測がいくつも前面に出てくるが、「確認されたこと」「ある程度、客観的に言えそうなこと」「あくまで推測に留まること」などが混合するのが常なので、そこは情報を整理して考える必要がある。
取材・文/黒井文太郎
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