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「“家族”のことなんてわからないことだらけです」それでも村井理子が、亡き実母と認知症の義母を通じて家族の喪失と再生を綴る理由

集英社オンライン / 2023年10月21日 11時1分

10月5日に刊行されたエッセイ『義母と実母』(集英社)。翻訳家・エッセイストの村井理子による、『兄の終い』『全員悪人』『家族』に続く家族エッセイだ。今は亡き母と認知症が進行しつつある姑――“ふたりの母”を通じて、一筋縄ではいかない愛憎入り交じる家族の人間関係が綴られている。実母への思い、認知症を経て変化した義母との関係について、村井氏に改めて話を聞いた。

翻訳家・エッセイストの村井理子さん

対照的なふたりの“母”

――『実母と義母』には、これまでのエッセイに引き続き、今は亡き実家の母、姑である義母が登場します。今作では「自由で静かな生活を重んじる実母」と、「押しが強くて保守的な義母」という“ふたりの母”の対比により、女性の多面性がより実感をもって感じられました。



生きているときって、なぜだか家族とわかり合えないことも多いんです。私の場合、実母が亡くなって、また自分が年を重ねたことで、「あのとき、母はこう考えていたのかもしれないな」と考える機会が増えたんですね。今作では、実母の過去について思いを巡らせながら書きました。

義理の母に関しては、現在の義母と認知症になる前の義母、そして「若い頃の義母はどんな人だったのだろう」と想像しながら書きましたね。

――村井さんの実母は7年前、膵臓がんで亡くなられています。本作には「なぜ私は母を抱きしめてあげることができなかったのだろう。今になって後悔しても遅いのだが、そう考え続けている。」とありますが、生前、実母に対してできなかったことへの後悔が、現在、認知症の義母への介護に生かされているのでしょうか。

そうなりますね……ただし“あえて美しく表現すれば”、ですね(笑)。しかし実際のところ、「母にできなかったことを、せめて義母にはしてあげよう」と簡単に事が運ぶものでもありません。

というのも、義理の“母”とはいっても、自分の親ではない。義母と私はあくまで他人なんです。もちろん長い付き合いで育まれた情のようなものはありますよ。しかしそれでも、義母に対する感情と、母に対する気持ちはまったく別のものなんです。

「エイリアンが来た」ぐらいの衝撃

――亡くなられる前、認知症と末期がんが発覚した実母に対して「変わり果てた姿を直視することができず、母の運命を受け入れることができなかった。」と述懐されています。認知症の義母と村井さんの良好な関係は、他人だからこそ成り立つものなのでしょうか。

そうですね。実の親だと、感情の動きが違うのかも。夫も、認知症の症状が出ている義母に対して「なんでこれがわからへんのや!」って怒ったりしますからね。はたから見てると「そりゃわからへんやろ」と思うんですけど、思い返せば私も母に対して同じように怒っていました。他人同士の距離感でこそ見えてくるものがあるのかもしれません。

母のときは、とにかく怖かったんです。彼女が死んでしまうことはもちろん、病気でやつれて、譫妄(せんもう)が始まっていくのが恐ろしかった。私が病室に会いに行くと、ぼーっとした顔をして、落ちくぼんだ目で見つめてくるんです。「こっちへ来て」と呼ばれるんだけど、怖くて近づけない。変わっていく母を見ていられなかった。病院から「早く来てください」ってガンガン電話がかかってくるんですけど、それでも行けなかったですね。

写真はイメージです shutterstock

――華道など稽古事の師匠であり、義父の和食料理店を切り盛りする義母は、かつてはクラブを経営し大繁盛させるなど、かなりの“やり手”な女性。一方で形式を重んじ、息子の妻である村井さんに「様々なことを強い言葉で無理強いした」という、こだわりの強さも多々描かれています。

結婚当初、義母は私を本当の“娘”のように扱おうとしていましたね。義母も姑に、“娘”としての役割を求められてきて、私にも同じように接したのかもしれません。私の両親が、子供に対してあまり干渉しない家庭だったこともあり、結婚当初は大変戸惑いましたね。

今考えると、夫に女きょうだいはいませんから、結婚で「娘が来てくれた」と義父母が思うのもわからなくはないんですよ。義母は進学も諦め、仕事もやめなきゃいけなかったし、義父の両親の“娘”にならくてはいけなかった。だから私にも当初、同じことを求めたのだと思います。

しかし、残念ながら大外れでしたね。保守的な義父母からしてみると「うちにエイリアンが来た」って思ったんじゃないかな。つい先日も義父が私のことを「娘だ」って人に紹介したから、「いえ、違います。娘じゃないです」ってきっぱり否定したんですけど(笑)。

――対称的な性格の実母と義母が、村井さんの予想を裏切り意気投合するシーンが印象的です。かつての村井さんが嫌悪感を隠さなかった実母の恋人に対して「あなたも大人なんやから、それを許せるような人になりなさい」と言う場面もありました。

義母は厳しいのに、恋愛に対しては柔軟ですよね。さすが、元クラブのママ! って思いました。

実在の人間を描く、エッセイの怖さ

――本書では、家族との関係性が変わる“人生の転機”がいくつか挙げられています。その中で意外だったのが、村井さんの転機のひとつが「運転免許の取得」だったことです。

原稿を頭の中でまとめる作業は、ほとんど停めた車の中でしていますね。愛車はマニュアルの「RAV4」で、エアバッグすらついていない、ボロボロの30年物なんですけど(笑)。今でもちゃんと動いてくれますよ。「物理的なひとりきりの空間を持つ」という意味でも、私にとって車は必要不可欠ですね。

古いRAV4 ※写真はイメージです

――義父母の過度な干渉がある中、「心の中に沸き上がるマグマのような感情を、原稿にぶつけて鎮火することが、いわゆるウィンウィンの関係なのではと無理やり考えた。」とあるように、村井さんは負の感情やトラブルを文章表現として昇華されていますね。一方、負の感情を処理できずため込んでしまい、疲弊してしまう人も多いと思います。

書くことを仕事にしていない方でも、皆さんSNSなどいろんな方法で表現されているのではないでしょうか。Instagramなどを見ていると特にそう思いますし、むしろ「すごいな」って思いますよ。みんなけっこうあけすけに、いろいろなことをさらけ出して発表していますよね。

私なんて、エッセイで家族のことを好きなように書き散らしているように見えるかもしれませんが、実際のところ本に書けているのは事実の2、3割ぐらい。これでも削りに削って、絞って絞って書いてるんです。それに比べると「SNS上の表現ってけっこう大胆だな」と感じますね。

――これほどつぶさに書かれているようで、事実の半分も書かれていない、と。身近な人をエッセイとして世に出す“怖さ”もあるのでしょうか。


今作は特に、書くのが怖かったですね。何もかも書いてしまって申し訳ない、とも思っています。実はまだ、義父母は私が家族について書いていることを、それどころか仕事について何も知らないんです。母も私がエッセイストと知らないまま死んでいきました。

本当は家族についてここまで書くのは良くないことかもしれない……でも“書いてしまった”んですよ。ですから私にできるのは、まだ健在な義母に今作がバレないようにすることだけですね。バレそうになってヒヤリとすることもありますが、今のところ大丈夫です。

義父母は自分たちのことを書かれているとは知らないと笑顔で語る村井さん

――村井さんはこれまで、『家族』『兄の終い』『全員悪人』など、さまざまな角度から家族の在り方を描かれています。村井さんにとって、“家族”とはなんなのでしょうか。

「自分の母親のこと、すべて理解しています」っていう人はいませんよね。母だけじゃない、父親のことだってそうだと思います。私も同じで、母のことも父のことも、もちろん義母のことだってわかっていません。ましてや、“家族”のことなんてわからないことだらけですよ。

私が求めていた“家族”は、父が死に母と兄が死んで、ついに手に入らないものになった。しかし、今いる夫や息子もまた“家族”です。ややこしくもあり難しい、一筋縄ではいかないのが“家族”――まだまだ考えないと、その問いに対する答えは出ないと思いますね。


取材・文/結城紫雄
撮影/松木宏祐
写真/shutterstock

実母と義母

村井理子

2023年10月5日発売

1,650円

四六判/216ページ

ISBN:

978-4-08-788094-6


逃げたいときもあった。妻であることからも、母であることからも。

夫を亡くしたあと癌で逝った実母と、高齢の夫と暮らす認知症急速進行中の義母。「ふたりの母」の生きざまを通して、ままならない家族関係を活写するエッセイ。

婚約者として挨拶した日に、義母から投げかけられた衝撃の言葉(「義母のことが怖かった」)、実母と対面したあとの義母の態度が一気に軟化した理由(「結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち」)、喫茶店を経営し働き通しだった実母の本音(「祖父の代から続くアルコールの歴史」)、出産時期と子どもの人数を義父母に問われ続ける戸惑い(「最大級のトラウマの出産と地獄の産後」)、義母の習い事教室の後継を強いられる苦痛(「兄の遺品は四十五年前に母が描いた油絵」)など全14章で構成。

義父や義母の介護をしながら時折居心地の悪い気持ちになることがある。実母に対して何もしてあげられなかったのに、あれだけ長年私を悩ませた義父母の介護をするなんて、これ以上の皮肉はあるだろうか。

(本書「結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち」より抜粋)

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