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「専門家に言わせておいて、世論を見て追従」政治的判断ができない岸田政権…オミクロン株で大迷走!「繰り返された過ち」とは

集英社オンライン / 2023年11月9日 8時1分

岸田政権が発足してから2年が経つが、つきまとう評価は「首相として何がやりたいかわからない」「首相でいることだけが目的」といった後ろ向きなものが多いが、いったいなぜそのようなイメージがついたのか。『鵺の政権 ドキュメント岸田官邸620日』(朝日新書) より、一部抜粋、再構成してお届けする。なお肩書などは取材当時のものである。

水際対策、狂った目算

「追い返せないか」

2021年11月26日、首相官邸幹部が「今夜も対象地域から1便入るようです」と伝えると岸田が言った。岸田はいら立っていた。

この日、WHO(世界保健機関)は南アフリカで報告されたコロナウイルスの変異株を「オミクロン株」と命名。日本政府は、南アフリカなど周辺6カ国を対象に水際対策の強化を発表したばかりだった。



岸田政権の発足から約2カ月。岸田の脳裏をかすめたのは、コロナ対応が「後手」に回り、政権運営が窮地に陥った安倍・菅政権の失敗だった。

2022年夏の参院選を安定政権の足がかりにしたい岸田にとって、まさに初めて迎える正念場だった。

「いや、全部だ」秘書官の提案に首を振った

自民党内の激しい政治抗争を経て岸田が首相の座を手にしたのは2021年10月4日。

コロナ対応を前面に掲げ、わずか10日余りで、「第6波」に向けた対策の大枠となる「全体像の骨格」を発表。感染力が「第5波」の2倍、3倍になるシナリオを想定したもので、「最悪の事態を想定した危機管理を行い、対策に万全を期す」と訴えた。

衆院選に勝利した後、11月12日には、骨格を具体化した「全体像」を打ち出す。病床の増床や「見える化」、検査の拡充、治療薬の確保などを盛り込んだ。

当時、菅前政権が注力したワクチン接種が進んだことなどから、感染は収まり、東京都の新規感染者数は、1日10人を下回る日もあった。

水際対策では11月8日、原則停止していた海外のビジネス関係者や技能実習生らの新規入国を認めるなど大幅に緩和。コロナ禍の「出口」も見えかけた空気感だったが、コロナ対応に注力したのは「政権安定のためにはコロナ対策を国民に示す必要がある」(内閣官房幹部)との思いがあったからだ。

急拡大するオミクロン株

しかし、「第6波」は突然襲いかかる。

2021年11月25日、南アフリカの保健当局が新たな変異株の出現を発表。官邸側は「首相のトップダウン」(官邸幹部)で、すぐに外務省などに水際対策強化を次々と指示した。変異株への対応を誤ると一気に求心力が低下しかねず、岸田は警戒感を強めていた。

翌26日には南アフリカやその周辺国など計6カ国に対する水際対策強化を表明。しかし、オミクロン株は、欧州やアジアで急速に拡大を続けていく。

日曜日の28日。岸田は官房長官の松野博一や首相秘書官らに電話などで相次いで連絡を取った。水際対策強化をどこまで広げるかーー。対象国が広すぎると、混乱や経済界からの反発が予想された。

一方で、小出しの対策では「後手」との批判を招きかねない。首相秘書官が「感染が広がっている地域を中心に対象を検討しましょうか」と話すと、岸田は首を振った。

「いや、(対象国は)全部だ」

岸田の判断は、外国人の全面的な新規入国停止。主要7カ国(G7)で最も厳しい対応だった。そこから秘書官らがほぼ徹夜で調整にあたり、岸田は翌29日、記者団に、年末までの「緊急避難的な予防措置」として、こう強調した。

「慎重の上にも慎重に対応すべきと考えて政権運営を行っている。岸田は慎重すぎるという批判は私がすべて負う覚悟だ」

日本国内初のオミクロン株の感染者が確認されたのはこの翌日だった。岸田の決断は好意的に受け止められ、その後の内閣支持率の上昇をもたらした。

官邸幹部は「うまくいっている」と自信を深めた。水際対策の強化も官邸幹部は当初、「1カ月もすれば状況は見えてくる」と楽観していた。

ところがこの目算はその後、狂い続ける。

そして、この時の岸田自身の「成功体験」が、世論を気にするあまり、ワクチン接種などの対応変更や出口戦略といった政治判断への足かせとなっていく。

繰り返された過ち

岸田政権にとって最大の誤算は、新型コロナワクチンの3回目接種の間隔だった。

「自治体が混乱している。原則は8カ月だということを丁寧に説明してほしい」

2021年11月26日、首相官邸の執務室。岸田は、ワクチン接種を担う厚生労働相の後藤茂之とワクチン担当相の堀内詔子から状況説明を受けると、迷いなくそう指示した。

その10日ほど前。2回目からの接種間隔について、厚生労働省は当時海外で主流だった8カ月を採用。ただし、状況次第で6カ月に前倒しできる「例外」をつけたことで、自治体から「準備が整わない」などと反発を招いていた。

「急所になる」聞き入れられなかった河野の助言

「聞く力」を掲げる岸田は、原則8カ月を徹底させることで問題を収めようとした。

接種前倒しによりワクチンの数量が不足する懸念があったことや、オミクロン株へのワクチンの効き目について科学的知見が出るのを待つ慎重さも、判断を後押しした。

ところが、2大臣との協議からわずか4日後のことだ。感染力の強いオミクロン株が国内で初確認されると、状況が一変する。

政府の水際対策を破って感染は瞬く間に広がり、3回目接種の「8カ月」からの短縮が、皮肉にも最大の焦点となっていく。

大阪府知事の吉村洋文はその日、府庁で記者団に「8カ月経たないと接種できないというルールは問題だ。感染が急拡大してからでは遅い」と、疑問を投げかけた。

もともと2021年10月の岸田政権発足前後は、感染状況の下火が続き、「第6波」に備えた病床確保策に比べると、3回目接種の優先度は低かった。

新政権の姿勢を苦い思いで眺めていたのが、菅前政権でワクチン担当相だった河野太郎だ。

「ワクチン接種の対応はちゃんとしておかないと、政権の急所になる」

2021年10月、河野は政権運営を担う岸田側近に助言したが、聞き入れられなかった。

むしろ、別の政府高官は「ワクチン担当は時限的なもの。来年の供給のめどさえつけばいい」と楽観していた。

その言葉通り、河野の後任には、初入閣で政治経験の浅い堀内が五輪相と兼任する形で就いた。大臣直轄のワクチンチームも縮小され、合同庁舎11階の大臣室近くにあった作業部屋は、別棟の地下1階へと移された。

オミクロン株の出現により政権のワクチン軽視は裏目に出て、12月以降、泥縄式に高齢者や現役世代の6カ月への短縮を迫られた。

新規感染者は年明けから爆発的に増え、2022年1月23日には初めて全国では5万人、東京では1万人をそれぞれ超えた。高齢者施設でのクラスターも目立ち始め、その後の死者数が増える要因となっていった。

「結局は何も学んでいなかった」

「なんで進まないの。もっと増やせないのか」

岸田のいら立つ声が官邸執務室に響き渡ったのは、年が明けた1月下旬だった。

居並ぶ官邸幹部は黙ってうつむくしかなかった。岸田の手元には3回目のワクチン接種の回数が記された資料。接種回数は前日から1万回しか増えておらず、想定したペースには遠く及ばなかった。

国会に目を転じると、与野党から3回目接種のスピードが上がらないことへの批判が強まっていた。圧力に押し切られる形で、岸田は菅前政権を踏襲するかのように「1日100万回接種」を宣言せざるを得なくなった。

岸田はようやくワクチンチームの強化を指示した。

人員を20人ほどに増やし、作業部屋も大臣室の近くに戻した。政府も自治体も、ワクチン接種加速に向けた態勢が整ったのは、2月に入ってから。それでも、2回目までと違うワクチンを打つ「交互接種」への不安などから、重症化リスクの高い高齢者への接種は思うように進まず、「第6波」が長引く要因となった。

ある政府関係者は、こうため息をついた。

「菅政権もワクチンに翻弄されたが、岸田政権は同じ過ちを繰り返しただけで、結局は何も学んでいなかった」

早い段階で3回目接種の前倒しに踏み切れず、リスクを取ることなく後手に回った岸田。その後の爆発的な感染拡大のなかで、専門家頼みの対応が際立っていった。

専門家追従、「もろ刃の剣」

日本で最初にオミクロン株の猛威に見舞われたのが、沖縄だった。

在日米軍基地由来とみられる感染がまたたく間に市中へ広がり、2022年1月7日に新規感染者数が初めて1千人を超えた。濃厚接触者となった医師や看護師が出勤できないという、これまでにない問題に直面していた。

翌8日、東京都内でも2021年9月以来となる1千人超えを記録し、社会機能が維持できなくなる恐れが現実味を帯びる。当時14日間とされていた濃厚接触者の待機期間の短縮は、政府にとって急務の課題だった。

専門家主導のアドバルーン

「エビデンス(科学的根拠)が欲しい。『えいや』では決められない」

1月中旬、岸田は口癖のように周囲に話し、ある「リスク」について悩みを深めていた。それは、「10日間への短縮で1%」「7日間で5%」とされる濃厚接触者の発症率だった。

オミクロン株は従来のデルタ株などに比べ、発症までの潜伏期間が短いことを根拠にしており、海外では5日間に短縮する動きも出ていた。

しかし、外国人の新規入国を原則禁止した水際対策を「G7で最も厳しい水準」と胸を張る岸田にとって、コロナ対策を緩める判断はためらわれた。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家の有志は、7日間に短縮するよう迫り、厚労省幹部も「もう知見は出し切った。あとはリスクを許容するかどうかだ」と政治判断を待った。

「5%」のリスクを引き受けるのか――。14日、岸田が選んだのは、発症率が「1%」の10日間への短縮だった。

感染はすでに全国で爆発的に広がり、岸田の決断の5日後には、東京都など13都県に「まん延防止等重点措置」の適用を決めた。7日間への短縮は、もはや不可避にみえた。

それでも岸田は躊躇した。政権内では「政治判断は難しい」(官邸幹部)との見方が広がった。

ついに連立を組む公明党がしびれを切らして見直しを要求。政府は28日になってようやく7日間への短縮を発表した。専門家の提言から、2週間が過ぎようとしていた。

そんな岸田を専門家は、くみしやすい相手とみた。前首相の菅は専門家の意見を軽んじ、東京五輪の開催に突き進むなど、不協和音が生じた。

それに対し、岸田政権では専門家主導でアドバルーンを上げ、政府が世論の反応をみながら追随するというスタイルが確立した。

濃厚接触者の待機期間だけでなく、オミクロン株感染者の全員入院の見直しや、低リスクなら検査のみで受診せず自宅療養を可能とする措置など、従来のコロナ対策の根底を覆す転換を次々と進めた。

専門家追従のきっかけは2021年9月の自民党総裁選にあった。

激しい選挙戦の末に総裁に上りつめた岸田は、政権発足への準備を進めているさなか、いまの官邸中枢との間で「約束」を取り交わした。「専門家とはしっかり連携し、意見を尊重する」との基本原則だ。

菅前政権の反省から生まれたもので、その雰囲気を察してか、尾身は「岸田さんは話を聞いてくれる」「最終的には政治が判断すればいい」と、周囲に漏らすようになった。

ただ、蜜月にみえる政権と専門家との距離感は、誰が決めているのかを見えにくくする「もろ刃の剣」でもある。

社会機能の維持のため、対策を緩める過程で1月19日には尾身から「ステイホームなんて必要ない」との発言が飛び出し、大きな波紋を広げた。政府は慌てて火消しに走ったが、尾身のように岸田が大きな方向性を国民に示すことはなかった。

自ら方針転換のメッセージを打ち出すことは、反発のリスクをも引き受けることを意味する。専門家任せで、煮え切らない岸田の姿勢は、出口戦略を描ききれないまま、重点措置がドミノ倒しのように全国へと広がる一因となっていった。

文/朝日新聞政治部 写真/Shutterstock

『鵺の政権 ドキュメント岸田官邸620日』(朝日新書)

朝日新聞政治部 (著)

2023/9/13

¥979

240ページ

ISBN:

978-4022952332

史上最も正体がつかめない政権の
ヴェールに包まれた虚像を浮き彫りにする!


岸田官邸の最大の危うさは、
政治ではなく行政のような
「状況追従主義」にある。
先手は打つが理念と熟慮に欠け求心力がなく、
稚拙な政策のツケはやがて国民に及ぶ——。
迷走する政権の深層を克明に捉えた、
「朝日新聞」大反響連載「岸田官邸の実像」、待望の書籍化!

<目次>
第1章 政権発足
第2章 オミクロン攻防
第3章 国葬の代償
第4章 辞任ドミノ
第5章 日韓外交
第6章 ウクライナ訪問の舞台裏
第7章 岸田官邸の実像
第8章 識者はどうみる
終章 G7広島サミット

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