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日本人経営ビール会社第一号の名前は「渋谷ビール」なのに醸造地は大阪の堂島だったのはなぜ!? 飲んでも読んでも美味いビールの小話!

集英社オンライン / 2023年11月13日 11時1分

スーパーの酒売り場、あるいは酒場のサーバーでも、高品質なビールはいつでもどこでも提供されている。さらに発泡酒や新ジャンルを含めて、新製品が次々と販売されるのは日本市場だけだろう。そんな日本のビール産業は、いったいどんな歴史を辿ってきたのか。『日本のビールは世界一うまい! ――酒場で語れる麦酒の話』(ちくま新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。

渋谷ビールと三ツ鱗ビール

スプリングバレー・ブルワリーから現在のキリンビールの前身ジャパン・ブルワリーへ、という系譜とは別に、文明開化期には日本人が相次ぎビール醸造に挑んでいった。

少し、時計の針を巻き戻す。

スプリングバレー・ブルワリー開設から2年後の1872年(明治5年)、豪商の渋谷庄三郎が大阪の堂島でビールを醸造し、「渋谷ビール」として売り出した。



アメリカ人醸造技師を雇い、居留地の欧米人や外国船、さらには開店したばかりの洋食店などに売り込んだ。この渋谷ビールこそ、日本人経営によるビール会社第一号である。

一方、外国人居留地のある横浜や商都の大阪ではなく、地方都市、山梨県の甲府でビール醸造を始めたのが野口正章だった。野口家は滋賀出身の近江商人であり、もともと日本酒や醬油を醸造していた「十一屋」を営み、その醸造所の一つが甲府にあったのだ。

十一屋の跡取りだった野口は、勧業政策に熱心だった山梨県令の藤村紫朗の勧めから、ビール醸造を決意。横浜のスプリングバレー・ブルワリーからウイリアム・コープランドと彼の助手だった村田吉五郎を招請してビールの醸造に挑戦していく。コープランドは忙しいので、主に村田が指導したとみられる。

野口は1874年(明治7年)ビール製造を許可され、「三ツ鱗ビール」として発売した。山梨県近代人物館のホームページでは、三ツ鱗ビールが「東日本で最初の日本人によるビール醸造」と紹介されている。

商標は頂点を上にした正三角形のなかに、赤い正三角形が上に一つ、下に二つ重ねて三ツ鱗とした。縦に「酒」と記された下には「PALEALE」と表示されている。エールだから、三ツ鱗ビールは上面発酵であることが分かる。ペールエールは現在のクラフトビールで人気のジャンルだ。

1875年の京都博覧会で、三ツ鱗ビールは品質が評価されて銅賞を受賞している。ちなみに、三つの三角形の鱗のラベルについては「一見(イギリスのビール醸造会社バス・ブルワリーの)バスビールと見間違うようにした」という批判もあった。

ところが、渋谷ビールは1881年に、三ツ鱗ビールは翌82年に、ともに廃業してしまう。それでも両社からは日本人の醸造技師が育ち、明治期におけるビール産業振興に貢献することになる。事業は失敗しても、難しい技術への挑戦により、人は輩出されていく。

東京で人気になった桜田ビールと浅田ビール

東京では1879年にビール販売業者だった発酵社が「桜田ビール」を発売する。ウイリアム・コープランドの助手だった久保初太郎が醸造技師を務め、スプリングバレー・ブルワリーから分けてもらった酵母が使われた。

1885年には、東京の中野坂上で製粉業を営んでいた浅田甚右衛門が、「浅田ビール」を発売する。この前年に横浜のスプリングバレーが廃業したが、そこの醸造装置など設備を買い取って、浅田はビール事業に乗り出した。醸造技師も、スプリングバレーでコープランドの助手だった技師を雇った。

「桜田ビール」を追いかける形で、「浅田ビール」は売り上げを伸ばしていく。日清戦争勝利の好景気と相まって、この二つのビールは東京で人気を博す。1890年に上野で開催された第三回内国勧業博覧会では、ともに入賞を果たす。

しかし、ライバルとして東京で一世を風靡した二つのビールもまた消えていく。

1907年に「桜田ビール」の発酵社は後述の「大日本麦酒」に買収され、5年後の12年に「浅田ビール」は廃業に追い込まれる。

サッポロビールの起源、開拓使麦酒製造所のラガービール

渋谷、野口に続き、北海道開拓使が現在のサッポロビールの起源となる「開拓使麦酒醸造所」を発足させたのは1876年(明治9年)9月。醸造を担ったのは中川清兵衛だった。中川は、日本人として初めて、ドイツで本格的なビール醸造を学んだ人物である。

中川は越後国与板(現在の長岡市)の商家の出身。鎖国だった徳川時代に、国禁を犯して渡英したのは、まだ17歳のときだった。同志社大学を建学した新島襄と同じで、命知らずの行動だった。

中川はイギリスで食い詰めてしまい、やがてドイツに渡る。ここで出会ったのが、留学していた青木周蔵(後の外務大臣)。中川の才を認めた青木は、中川をベルリン最大のビール会社、ベルリンビール醸造会社に送り込む。1973年のことだった。

徒弟制度のもと、中川は必死に技能を身につけていく。雪深い新潟出身者の多くが有する、辛抱強さが発揮されたのかもしれない。働き始めて2年2カ月が経過したとき、工場長から認められたのだ。贈られた修業証書には次のようにあった。

「一八七三年三月七日から今日に至るまで旺盛な興味と熱心さをもって、ビール醸造および精麦の研究に精励し、ようやくその全部門にわたり優れた知識を修得し、ヨーロッパにまで来訪した目的を達成した。有能にして勤勉な他国の一青年を教育し得たことは、我々の大きな喜びとするところである(後略)」

ドイツ公使になっていた青木は、開拓長官(三代目)の黒田清隆に中川を推薦する書簡を送る。黒田は北海道開拓事業の一環として、官営ビール工場の建設を構想していた。

中川が帰国したのは1875年8月。翌年に開設する開拓使麦酒醸造所の主任技師に就任する。中川は、深い味わいとホップによる上質な苦みが特徴のドイツ流ラガーを、ベルリンで学んだ。豊かな香りが特徴の英国流エールは常温での発酵が可能で、熟成期間も短くてすんだ。だが、ドイツ流ラガーを造るためには、低温にする必要があった。

多くの醸造試験を経て完成したビールは「冷製札幌麦酒」(発売は1877年)。ラベルには開拓使のシンボル、北極星が大きく描かれた。この星マークは、現在のサッポロビールに、引き続き採用されている。

「日本で現存する最古のビールブランド」

官営の事業は、どうしても赤字に陥る運命なのか。昭和の国鉄が赤字で首が回らなくなったのと同じように……。

中川がつくった「冷製札幌麦酒」は、やがて東京でも発売される。中川がベルリンでビール醸造を学んだのは、パスツールが開発した低温殺菌法が普及する前である。

つまり中川のビールは、瓶内に酵母が生き残った〝生ビール〞だった。再発酵を防ぐため、夏場はビール瓶と木箱の間に氷を詰めて輸送していたという。これは大変なコストアップ要因となった。

1882年(明治15年)、開拓使が廃止されると、開拓使直営事業は、農商務省に新設された北海道事業管理局の所管となり、直営事業の払い下げ先を探し始めた。

86年11月、この官営ビール事業は民営化される。払い下げを受けたのは、大倉財閥の創始者である大倉喜八郎。「大倉組札幌麦酒醸造所」として新たなスタートを切ったのだった。

しかし翌年、大倉は渋沢栄一、浅野総一郎らに事業を譲渡する。経営をより安定させるのが目的だったとみられる。87年12月に設立された新会社「札幌麦酒会社」の発起人の一人は渋沢であり、大倉自身も経営に参画する。

その前年には、すでに大倉も渋沢も増資したジャパン・ブルワリー(キリンビールの前身)に出資をしていた。札幌麦酒の経営はめまぐるしい展開だったが、それだけ新しい産業としてのビールへの期待値は高かったことを物語る。

新会社設立から8か月後の88年8月には、熱処理(低温殺菌)した「札幌ラガービール」が発売される。この新製品により、夏場に東京へ送るのに、氷を詰める必要がなくなった。大幅なコストダウンが実現したのだ。

現在の「サッポロラガー」の瓶ラベルには「SINCE1876」と、開拓使麦酒醸造所の設立年が刻印されている。そして開拓使麦酒が1877年に発売した「冷製札幌麦酒」をもって、「日本で現存する最古のビールブランド」(サッポロビール広報部)と解釈している。

あえて商品ブランドを比較すると、1888年8月発売の「札幌ラガービール」に対し、ジャパン・ブルワリーの「キリンビール」は同じ88年5月の発売だ。ただし、「キリンビール」の名称は1988年に「キリンラガービール」に変わっている。

文/永井隆 写真/Shutterstock

『日本のビールは世界一うまい! ――酒場で語れる麦酒の話』(ちくま新書)

永井 隆 (著)

2023/7/6

¥990

256ページ

ISBN:

978-4480075628

西のアサヒ、東のサッポロと言われた理由とは。キリンはなぜ独立を保てたのか。サントリーはどのようにビール市場に参入したのか。バブル期にドライはなぜ売れたのか。20世紀末の日本を席巻した「ドライ戦争」とは、どのようなものだったのか。そもそもラガーとエールの違いとは。麦芽の割合で何が変わる? 世界一うまいと絶賛される日本のビール。商品開発、市場開拓、価格など、熾烈な競争の背後にある発展史を一望して見えてきた秘訣とは。

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