「訓練すればお酒に強くなる」ことはない…お酒を飲んで顔が赤くなる日本人が無理して飲むと食道がんのリスクが高まる遺伝学的理由
集英社オンライン / 2023年12月11日 17時1分
お酒の席でよく目にする「お酒を飲んで顔が赤くなる」という光景は、実は欧米の人にとっては当たり前ではない。日本人がアルコールに弱い理由を、外科医として医療現場に携わる外科医けいゆう氏が遺伝的に解説した著書『すばらしい医学――あなたの体の謎に迫る知的冒険』から一部抜粋、再構成してお届けする。
エタノールとメタノール
2012年9月、チェコでウォッカやラム酒などのアルコール飲料を飲んだ人たちが次々と体調不良を起こし、結果的に40人以上もが死亡するという事件があった(1)。失明などの重度の症状を起こす人も多く、被害は大規模に及んだ。原因はメタノール中毒である。
メタノールは、アルコールの一種である。そもそも「アルコール」とは、炭素原子Cと水素原子Hでできた炭化水素の水素原子1つをヒドロキシ基(-OH)に置き換えた物質の総称だ。
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メタノール、エタノール、プロパノールなど、異なるさまざまな化合物が「アルコール」に含まれる。中学校の化学の授業を思い出した人も多いだろう。
日常的には、お酒を単に「アルコール」と呼ぶことが多いため誤解されがちだが、お酒に含まれるアルコールは「エタノール」である。エタノールは中枢神経系に作用し、「酩酊」の症状を引き起こす。過量摂取すると生命を危機に至らしめる物質だが、もちろん適量であれば健康に大きな問題はない。つまりエタノールは、「人間が飲んでも大丈夫なアルコール」である。
一方、メタノールは人体にとって猛毒であり、名前は似ているもののエタノールとは全く別の物質だ。頭痛や嘔吐、腹痛などの多彩な症状を引き起こし、視神経にダメージを与え、視力障害、ひいては失明に至らせることもある。医学部の講義では、このメタノールの特徴的な中毒症状を覚えるため、メタノールの別名「メチルアルコール」をもじって「目散るアルコール」と表現される。ともかくメタノールは、少量でも死に至る恐れのある恐ろしい化合物なのである。
当時のチェコではアルコール飲料の流通システムが十分に整っておらず、メタノールを含む密造酒が市場に出回っていた。不運にも、スーパーやキオスクなどで酒を安価で購入した人たちが、悲惨な被害に遭ったのだ。この事件では、アルコール飲料を製造した二人が終身刑を言い渡されている。
アルコールの代謝システム
人体には、アルコールを分解、代謝するシステムが備わっている。その重責を担う臓器は、肝臓だ。
私たちがお酒を飲むと、胃や小腸で吸収されたエタノールは肝臓に運ばれ、まずアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに分解される。アセトアルデヒドは、アルデヒド脱水素酵素によって無害な酢酸に分解される。酢酸は、いわゆる「酢」である。最終的に酢酸は二酸化炭素と水に分解され、体外に排出されるしくみだ。
一方、メタノールが体内に入ると、同様にアルコール脱水素酵素によってホルムアルデヒドに、アルデヒド脱水素酵素によってギ酸に分解される。このギ酸こそが人体にとって有害な酸性の物質であり、体内に蓄積することでさまざまな臓器に障害を引き起こすのである。
エタノールの中間代謝産物であるアセトアルデヒドは、二日酔いの原因としてよく知られた物質だ。肝臓で処理しきれないほどのお酒を摂取すると、多量のアセトアルデヒドが体をめぐり、頭痛や吐き気などの症状を長引かせるのである。
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アセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素には、1型(ALDH1)と2型(ALDH2)の2つのタイプがある。実はALDH2の働きの強さは、両親から引き継いだ遺伝子のタイプによって個人差がある。
人によってお酒に「強い」「弱い」の差があるのはそのためだ。お酒に「弱い」のは、酵素の活性が弱い、あるいは酵素を持たないことが理由であり、遺伝子によって決まる生まれ持った性質だ。よって、「訓練すればお酒に強くなる」ことはない。
一方、メタノールの中間代謝産物であるホルムアルデヒドが水に溶けたもの(水溶液)が、「ホルマリン」である。生物の標本を作成する際に、防腐・固定処理に使う物質だ。学校の理科室でホルマリン漬けにされた標本を見たことがある人も多いだろう。
ちなみに、ホルマリンは私たち外科医が毎日のように用いる液体でもある。手術で切除した組織や臓器は、何もせずに放置すればたちまち腐敗してしまうため、なるべく早くホルマリンに浸す必要がある。ホルマリンによって組織の変化を完全に停止させることを「固定」という。固定された組織や臓器は、病理検査に提出され、病理診断科のスタッフが顕微鏡で観察して病気を診断する。患者の治療方針を左右する、極めて重要なこのプロセスにおいて、ホルマリンはなくてはならない液体だ。
なお、手術や病理診断に関わらない医師たちも、ホルマリンの鼻をつく独特の臭いを誰もがよく知っている。なぜなら、医学部の解剖学の講義で、ホルマリンで固定されたご遺体を用いて人体解剖を行った経験があるからだ。
フラッシング反応とがんのリスク
お酒を飲んで顔が赤くなることをフラッシング反応と呼び、少量の飲酒でもこうした反応が現れる人を「フラッシャー」という。「flush」とは、「顔が紅潮する、ほてる」といった意味の英語だ。
フラッシャーの多くはALDH2の働きが弱いとされ、アセトアルデヒドの分解が遅いために、「酔い」の症状を呈しやすい。実はALDH2の働きが弱い、またはない(低活性または非活性)タイプは東アジアの人々(黄色人種)に多く、フラッシング反応は「アジアンフラッシュ」と呼ばれることもある。
特に日本人は世界的に見てもトップクラスにALDH2が低活性または非活性型が多く、その割合は4~5割に上る(2)。とにかく日本人には、「お酒に弱い人」が多いのだ。宴会に参加したことがある日本人は、周囲の半数近い人たちが顔を赤くしている様子を見ても、見慣れた光景だと感じるはずである。
ALDH2の働きが弱いタイプでも、長年の間、習慣的に飲酒をすれば体に「慣れ」が生じ、不快な症状を感じにくくなる。しかし酵素の働きが変わるわけではなく、体にアセトアルデヒドが蓄積しやすいのは変わらない。
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飲酒は食道がんの最大のリスクだが、特にフラッシャーは食道がんになりやすいことが知られている。「少量の飲酒で顔が赤くなる」または「飲み始めた頃の1〜2年間は顔が赤くなる体質だった」という人は、フラッシャーである可能性が高い(3)。
「どのくらい効率良くアルコールを無害な物質にまで代謝できるか」は、人によって違う。体が「お酒に弱い」にもかかわらず、多量に飲酒するのは禁物なのである。
(1)Masaryk University「Mass Methanol poisoning in the Czech Republic in 2012」https://www.muni.cz/en/research/publications/1358363
(2)"ALDH2, ADH1B, and ADH1C genotypes in Asians: a literature review" Eng MY, Luczak SE, Wall TL. Alcohol Res Health. 2007;30(1):22-7.
(3)厚生労働省e‒ヘルスネット「フラッシング反応」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-008.html)
文/山本健人
写真/shutterstock
すばらしい医学――あなたの体の謎に迫る知的冒険(ダイヤモンド社)
山本健人 著
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/11/02012125707029/400/810sQgznU2L._SL1500_.jpg)
2023/9/12
¥1,515 Kindle版 (電子書籍)
391ページ
978-4478118016
医学は、人体の構造・機能の美しさを明らかにし、病気の成り立ちを理解し、多くの病気にひそむ謎を解いていくことで、膨大な数の治療手段を生み出してきた。
はるか昔、呪術やまじないと一体化していた「病気を治す」という営みは、先人たちが一歩ずつ知見を積み重ねていくなかで、古代ギリシャの「医学の父」ヒポクラテスによってサイエンスしての歩みを始める。
医学は、サイエンスであるからこそ、体に起きた病気をサイエンスの言葉で説明し、その治療手段もまた、サイエンスによって生み出すことができる。
また、人体は本当によくできている。
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本書は、外科医けいゆうとして、ブログ累計1200万PV超、twitter(外科医けいゆう)フォロワー10万人超のフォロワーを持つ著者が、医学5000年の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する。
あなたの体の謎に迫る、知的興奮の書!!
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