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暴力、セクハラ、低賃金、過去には過酷な長時間労働による死亡事故も…映画業界の働き方改革は進んでいるのか? 現役映画プロデューサーが証言する撮影現場の実態

集英社オンライン / 2023年11月6日 18時1分

日本では数年前より「働き方改革」や「#MeToo」が叫ばれ、さまざまな職場で誰もが安心して働ける環境づくりが求められている。映像制作の現場もその例外ではないはずだが、実際のところはどうなのか。匿名を条件にふたりのプロデューサーにその実態を話してくれた。

ここ数年で明らかになった映像業界の実態

映画をはじめとした映像制作の現場では、長らく過酷な労働環境が問題視されてきた。長時間労働が引き起こす労災や低賃金による貧困は言うに及ばず、セクハラやパワハラ、厳しい上下関係によって生じる現場での物理的暴力や立場差を利用した性暴力など、これらは長らく表に出ることはなかったが、ここ数年は実名による告発や提訴が報じられ、耳目を集めるようになった。


駆け出しのギャラは「やや上がった」

制作会社に務めるAさん(40代半ば)は業界歴15年。20代後半から制作部としてさまざまな現場に入るようになった。なお映画の現場における制作担当は、スケジュールや出納の管理、ロケ地の選定や交渉、現場スタッフの食事や宿泊施設の手配など、実制作以外のあらゆる雑務をこなす。

Aさんが今の制作会社に入社したのは4年前。現在ではプロデューサーの立場で作品を仕切っている。映画もドラマも両方手掛けるが主軸は映画。その予算規模は数千万円から数億円と幅広い。そのAさん曰く、スタッフに払われるギャランティはここ10数年、ほぼ変わっていないという。

「このポジションならこれくらいのギャラ、という金額は、僕が知る範囲では変化がありません」(Aさん)

ギャラは準備含む撮影日数、すなわちスタッフの拘束日数に比例する。そして撮影日数の長さと作品のクオリティは相応に比例する。準備やリハーサルに時間のかかる、凝った撮影や演出が可能になるからだ。

業界歴14年のプロデューサーBさん(40歳)にも話を聞いた。

「製作予算全体の半分くらいがスタッフへのギャラですが、劇場用映画は製作費の回収ポイント、いわゆるリクープライン(損益分岐点)の設定があるため、予算は上げられません。だからギャラを上げれば上げた分だけ、やれることは減ります」(Bさん)

「やれること」とは何か。予算があれば、たくさんの場所でロケができる、派手なアクションや降雨機の使用、クレーンを使った撮影などもできる。美術、衣装、小道具などにもお金をかけられる。当然ながら、出演料の高い俳優を起用できる。要するに作品のクオリティを上げられるのだ。

「大作でも低予算映画でも、スタッフに支払う1日あたりのギャラ単価はそれほど大差ありません。大作は拘束日数が長いので、その分ギャラの総額が増えるというだけです」(Bさん)

なおBさんは一貫して個人のフリーランサーで、正社員として会社に所属したことは一度もない。都度、作品単位でプロデュースを請け負ったり、期間限定で制作会社と業務契約を交わしたりしたりている。駆け出しのころは無償で現場の応援に入ることも多かった。制作の仕事を経て現在はプロデューサー。今までに関わった作品は自主映画、深夜ドラマ、ベテラン監督の大作映画と多岐にわたる。

そんなBさんの最初の2、3年の月収は額面で20万円程度だった。フリーランスゆえ住民税や社会保険料などはここから自前で支払う。

ただBさん曰く、「今も10数年前と変わらないですが、若い人たち、つまり現場の助手のギャラは以前よりやや高くなっています。制作部で言うと、主任クラス以上は変わっていませんが、制作進行は上がっていますね」

その背景には、映画業界が直面している深刻な人手不足・人材不足がある。

「体感ではここ5〜6年くらい、映画業界はものすごい人材不足です。映画をやりたいという人が年々減ってきていて、とにかく若い人が来ない。理由は言うまでもなく、マスコミの報道などで労働環境が劣悪であることが業界外にも伝わっているから。一度はこの世界に入ったものの、あまりのキツさにすぐ辞めて別業界に行ってしまう若者も多い。だから、入りたての子のギャラを少しでも上げなきゃ、という気運が高まった」(Bさん)

人材不足の危機感から労働環境が改善

「物理的な暴力はここ5〜6年、パワハラやセクハラはここ2〜3年で明らかに減ってきた」とBさん。Aさんもほぼ同様の意見だ。この背景にあるのも、やはり人手不足・人材不足だ。パワハラやセクハラが横行する職場に人が居つくわけがない。業界に若い人が来ないという危機感が、現場に自浄作用をもたらした。

ふたりが昔を振り返る。

「私が業界に入りたてのころは、現場での暴力は珍しくなかったです。私もチーフ助監督や他部署の“親方”たちに蹴られることもありました。ただ、彼らを擁護するわけじゃないですけど、とにかく作品をよくしよう、撮影の進行をスムーズにしようと必死なので、愛は感じていました」(Bさん)

「僕自身は殴ったことも殴られたこともないですが、周りでは日常茶飯事でした。ただ僕が知っている限り、派手にそういうことをやっていた人たちは、結局仕事を振られなくなりました。少なくとも現在の僕は、手を上げる人を現場に呼びません」(Aさん)

Bさんは性暴力に関して、2017年ごろに知り合いの女性からこんな相談を受けた。

「現場の先輩に、レイプされそうになったというんです。撮影後に飲み会があって参加したところ、飲み会後に先輩が宿泊先の部屋までついてきて、無理やり押し入ったと。必死に抵抗して未遂で済んだそうですが」(Bさん)

当時、女性は20代、先輩は30代半ば。Bさんはその作品に関わっていなかったが、女性が参加している作品のプロデューサーと知り合いだったため、自分がそのことを伝えようかと提案したが、彼女には「それだと角が立つので、私から直接言います」と言われた。結局、先輩にはプロデューサーから厳重注意が下ったものの、現場を外されることはなかったという。

折しも2017年はハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが行った過去の性暴力や性的虐待が明るみに出て、一大騒動になった年だ。それをきっかけに広がった「#MeToo」運動は日本にも波及した。

「作られる作品がどんどん増えてスタッフの取り合いになっていたところに、#MeTooが盛り上がってきたので、現場では『いよいよやばいな』『このままじゃだめだ』という意識が高まったと思います。だって、叩けばホコリが出る人はおそらくたくさんいますから。ようやく業界が変わるチャンスだと思いました」(Bさん)

なお日本の映画人の性暴力に関しては、2022年に著名な監督や俳優が相次いで実名で告発されている。

“超”長時間労働が常態化

ところで、「スタッフに支払うギャラは彼らの拘束日数に比例する」ということは、全体予算を抑えたければ、スタッフの1日あたりの稼働時間を限界まで長くすればいい。映画業界で超長時間労働が常態化しているのはこのためだ。

当然ながら、長時間労働も人が入ってこない、あるいは居つかない原因のひとつだ。ものづくりの現場において「時間をかければいいものができる」はひとつの真理かもしれないが、それにしても限度がある。

長時間労働は悲惨な労災も招く。たとえば2009年には映画『告白』の制作進行を務めていた22歳の男性が機材運搬のためトラックを運転中に高速道路で事故を起こして亡くなったが、過労による寝不足が原因だとされた。

Aさんも制作部時代、寝不足で車を運転して「死ぬかも」と思ったことが何度もあるという。一時は業界から足を洗おうとしたが、プロデューサーになるという目標があったことでなんとか続けられた。

「そもそも車を運転するのは車両部の仕事であって、制作部の仕事ではありません。だけどほとんどの現場は予算を抑えるために、制作部が運転をする慣習があります。私自身、昔からそれっておかしくないかな?とずっと思っていました」(Bさん)

「昔は長時間労働なんて当たり前だと思っていましたが、今は当たり前だと思っていませんし、若い人たちにはできるだけそういう思いをさせたくない」(Aさん)

そんなAさんとBさんは最近、それぞれ関わっている作品で「映適マーク」を申請した。これは2023年4月1日から始まった「日本映画制作適正化認定制度」に基づいたもの。制作現場の労働環境などが適正だと認定された作品に表示される。

映適マークが与えられる条件としては、「1日の撮影時間は、準備や撤収を含め原則1日13時間以内」「週に1回の撮影休暇に加えて、2週間に1日は完全に休む日を設ける」などがある。一般的な感覚からすると、これでも結構な「ブラック」だが、逆に言えば、映画業界はこれよりはるかに過酷な労働環境が「普通」であるということだ。

日本映画制作適正化認定制度については、「十分でない」との批判もある。是枝裕和監督も映適のガイドラインについて「今回のガイドラインの条件では、依然として映画業界を諦めざるを得ない人が出てくるでしょう」と手厳しい。

ただ、それでもAさんとBさんはこの制度を評価する。後編では、映適によって現場がどう変わったのか。制度がもたらす映画業界への意外な波及効果について、ふたりにさらに話を聞く。

文/稲田豊史

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