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名優・高倉健の代表曲「網走番外地」は、なぜ放送禁止歌だったのか。シャイな好青年が寡黙で厳しい表情の男になったワケ

集英社オンライン / 2023年11月10日 9時1分

11月10日は俳優・高倉健の命日。1956年にデビューし、『幸せの黄色いハンカチ』『鉄道員』などで主演、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞など数々の賞に輝いた日本を代表する名俳優だ。そんな高倉健の知られざる逸話を紹介する。(サムネイル/(C)TBS。『高倉健主演:あにき(デジタルリマスター版)』(全13話)より)

高倉健はシャイな好青年だった

スクリーンで演じた役のイメージがそうだったように、孤独の影をまとう男という生き方を貫いた高倉健は、私生活をまったく垣間見せないスターとして有名だった。

しかし、訃報を聞いた美術家の横尾忠則氏は、世間的なイメージとは違って「もっとよく話す人だった。そして細かいところに気配りのできる繊細な人でした」と語っていた。


「60年代の終わりごろ、ひと目お会いしたくて、つてを頼って、東京・赤坂のホテルで待ち合わせをしました。私の姿を見るなり、直立不動。そして深々とお辞儀をして下さいました。この印象は、その後もずっと変わりませんでした」
(朝日新聞2014年11月19日朝刊「日本中が、背中で泣いています 高倉健さんを悼む 美術家・横尾忠則」より)

初めて出会って意気投合した横尾氏は高倉健の写真集を作り、主演した映画のポスターやレコードジャケットをデザインしている。

高倉健がジャズ・シンガー出身の人気歌手・江利チエミと結婚していた1960年代前半のこと。

作曲家の中村八大のお供で自宅に呼ばれて一緒にすき焼きをごちそうになった桑島滉氏(中村八大の運転手兼マネージャーだったが、1966年に渡米してロサンゼルスで音楽プロデューサーとして活躍した人物)は、家庭人として料理に腕をふるっていた高倉健の明るい笑顔が、今でも印象に残っているという。

美空ひばり主演の映画『べらんめえ芸者』シリーズ(1959)などでは、背広姿でサラリーマン役に扮した高倉健。照れ屋だが真っ直ぐな気性の明るい好青年を演じていた。

『べらんめぇ芸者と大阪娘 [DVD]』(©︎ 東映)のジャケット。1962年2月公開された、美空ひばり演じる天下のべらんめえ芸者・小春の恋人役を若さいっぱいの高倉健がつとめた

ではシャイな好青年だった高倉健は、いつから寡黙で厳しい表情のストイックな男になったのか。

1956年、東映にニューフェースとして入社した高倉健は、映画『電光空手打ち』で主演に抜擢されてデビューを飾った。

だが、それからの5年間で60本以上もの作品に出演したにも関わらず、代表作やヒット作と呼べる作品は生まれなかった。

京都撮影所で作られる時代劇が中心に回っていた東映にあって、東京撮影所で製作される現代劇は傍流にすぎない。高倉健は二枚目俳優ではあっても、まだスターとまで言えないという微妙な存在だった。

しかし、転機が訪れる。

ヤクザ映画で男性ファンからの熱狂的な支持を得た、“健さん”

1963年、翌年開催の東京オリンピックに向けて開通する予定の東海道新幹線にあやかって、“東映新幹線”なるヤクザ映画路線が敷かれることになって道が開けた。“アクション・スター健さん”の時代の到来である。

初めて任侠道を生きる侠客を演じた映画『暴力街』(1963)では、関東彫りの名人と言われた白石政美の手で、高倉健の全身に”不動明王火焔太鼓”の刺青が描かれた。

もちろん特殊な顔料を使った絵だったが、撮影期間の1か月は風呂に入っても落ちないという優れもの。これを境に高倉健は眼光が鋭くなり、常に役柄を意識して自宅でも口数が減っていったという。

そして次作の『人生劇場 飛車角』(1963)がヒットしたことから、東映は任侠映画やヤクザ映画を量産する方向へと大きく舵を切り、高倉健が脚光を浴びていく。

『「高倉健生誕90年/『日本侠客伝』予告編一挙」東映京都俳優部サイドメニュー特別篇』東映京都俳優部より

網走刑務所での服役を終えた伊藤一が1959年に出版した小説『網走番外地』を、同名のタイトルで最初に映画化したのは日活だった。

それから6年後。1965年に東映で石井輝男監督がリメイクした『網走番外地』は、アメリカ映画『手錠のままの脱獄』を換骨奪胎した豪快なアクション映画になった。

本作は当初2本立て映画の添え物として高倉健の主演で制作されたのが、予想外のヒットを記録。同年に続編として『続・網走番外地』と『網走番外地・望郷篇』が作られると、どちらも一作目を凌ぐ大ヒットになり、高倉健は一気にスターダムにのし上がった。

『網走番外地 [DVD]』(©︎東映)。1965年に公開された北海道の大自然を背景に脱獄を決行した男たちの逃亡劇を描いたサスペンスドラマ

これによって“健さん”は日本で最も集客力がある映画スターとなり、男性ファンから熱狂的な支持を集めるようになっていった。

しかし、「英語が得意で読書家」という実際の自分とは相容れないアウトローになりきるために、撮影の期間はいつも現実の社会から自らを遮断していた。

ヤクザや刑務所の囚人といった役柄に徹していく中で、高倉健は家庭生活との両立に苦労しながら、幸福感を排除する努力をするようになっていく。

真冬の北海道で『網走番外地』シリーズの長期ロケが敢行された時は、夫人の江利チエミが松阪牛の差し入れを持って訪れるのが常だった。ところがある時期からそれを止められたという。

「嬉しいな。けど、困るんだ。みんな、家族と離れて、寒さと闘いながらの仕事なんだ」(高倉健)
『江利チエミ 波乱の生涯―テネシー・ワルツが聴こえる』(藤原佑好著/五月書房)より

やがて目的地を誰にも伝えず、独りで禅寺にこもったり、海外を旅するようになる。

俳優は脚本に書かれた人物に扮して、台詞や動き、身振りや表情を使って、全身でその人物を演じねばならない。俳優とは文字通り、「人に非ずして人を憂う」仕事なのである。

ただし、正義感が強く生真面目だった高倉健には、映画会社の幹部に言われるまま暴力を肯定するかのようなヤクザ映画ばかりに出演していることに対して、それなりに含むところがあった。

そして1976年に引退覚悟で東映を退社してフリーになり、日本だけでなく世界に知られる俳優として活躍し始めるのである。

今回は、歌い手としての高倉健についても少し触れておこう。

映画『網走番外地』シリーズの主題歌は長きにわたって放送禁止歌だった

報道系、ドキュメンタリー系の番組を中心に数々の映像作品を手掛け、作家として数多くの著作がある森達也氏が書き記した『放送禁止歌』は、放送禁止歌のドキュメンタリー番組を制作する過程で出くわした問題や、その背景にある様々な事実に基づいて書かれたノンフィクションだ。

それによると、1959年に発足された日本民間放送連盟の「要注意歌謡曲指定制度」とは、あくまでも放送局や番組制作者が番組を作る際のガイドラインを一覧表で指定したものだったという。

ところが、拘束力がない自主規制だったにもかかわらず、音楽業界やラジオやテレビの放送関係者の誰もが、民放連によって電波に乗せて流すことが禁じられたのだと思い込んでいた。

その結果、1960年代から70年代にかけて、ザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』、岡林信康の『手紙』や『チューリップのアップリケ』、高田渡の『自衛隊に入ろう』、赤い鳥の『竹田の子守唄』など、若者の支持があった多くの歌が放送メディアから閉め出された。

そして、高倉健が主演して大ヒットした映画『網走番外地』シリーズの主題歌も、長きにわたって放送禁止歌とされてきたのだ。

『網走番外地/流れのブルース』(テイチクエンタテインメント)のジャケット。1965年1月に発売されたレコード『網走番外地』のオリジナル盤を2014年にCDで復刻。カップリングには三界りえ子が歌う「流れのブルース」を収録

もとはといえば、この楽曲は刑務所の受刑者たちの中で歌心のある者が、歌謡曲のメロディーに乗せて、囚われの身の心情を替え歌にして歌っているうちに、口伝で広まったものだ。

そのため自然発生的な歌詞が多く残っていて、映画でも様々な歌詞のヴァージョン違いが歌われてきた。素人でも歌いやすくてメロディが覚えやすい主題歌に、決して上手ではないが朴訥と歌う高倉健の声が果たした役割は大きい。

レコーディングには、ジャズ・ソングを歌い、映画やミュージカルで大活躍していた夫人の江利チエミが、リハーサルに付きっきりで歌唱指導をしたという。

しかし、「酒(きす)ひけ」などの隠語が歌詞に使われ、刑務所を美化する内容だという理由で、要注意歌謡曲のA指定を受けた『網走番外地』は、ラジオやテレビから聴こえてくることはなかった。

それでも映画の圧倒的な人気で、レコードは静かに売れ続けた。

その後、民放連の「要注意歌謡曲指定制度」というシステムは、1983年12月10日を最後に刷新されなくなり、やがて効力を失った。

高倉健の少しくぐもったような声によって命を吹きこまれた『網走番外地』は、今もまだ日陰の存在のままであるが、この先も静かに歌い継がれていくのだろうか。

それとも「臭いものに蓋をしろ」という世の中の流れの中で、命を断たれてしまうのだろうか。

文/佐藤剛 編集/TAP the POP

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