「北野くんは余分なシーンをパッと切るよね」黒澤明を感心させた北野武の映画編集術。「うまく撮れないとこはカットしちゃおうって気持ちだけなんだけどさ」【『首』独占インタビュー】
集英社オンライン / 2023年11月18日 11時0分
構想30年、「本能寺の変」を題材に、北野武が監督・脚本、ビートたけし名義で羽柴秀吉を演じる戦国スペクタクル映画『首』。本作にこめた思い、制作秘話を北野自身の言葉で語る。
『首』というタイトルは30年前にすでにあった
───本作は映画『ソナチネ』(1993年)と同時期の、構想30年の作品だと。かつて北野監督のアトリエにはネタ帳が十何冊もあった記憶があるのですが、すでにあのころ、本作の構想やビジョンがあり、いつか映像化をと温めておられたのですか?
あとあと調べるとそういうことになるんだけどね。
『ソナチネ』なんかの台本の中に『首』っていうタイトルがちっちゃく書いてあってね。だいたい本能寺の変には諸説も80ぐらいあるとか言われてるようなんだけど、明智光秀が織田信長を裏切った理由に、おいらなりの一つの仮説があって、それをおおまかに書きとめてあったわけ。
ただ、いずれ映画を撮ると想定した場合、極力、戦国三英傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)にはあまり語らせずに物語のある程度の筋道を示すような、例えばモブに考えた曽呂利新左衛門やら百姓の難波茂助みたいな狂言回しの配置を考えるのがなかなか大変で。
あと、羽柴秀吉ってのは信長みたく正統派な武士じゃなくて、平民から成り上がっての武将なんで、当時の侍の作法やら戦国時代の例えば介錯とか切腹とか、そんなことにはまるっきり無頓着というか興味ねぇっていうかね。侍は殿様の身代わりになって死んだりなんかしてるけど、秀吉の権力闘争にとってはそんなことはさらさら関係ねぇってイメージで。小説書いたときにそう決めたんだよね。
───『首』というタイトル自体は30年前にすでにあったんですね。
うん。それはもう最初からだね。
───黒澤明監督が、北野監督が『首』を撮れば『七人の侍』と並ぶ傑作が生まれる、と語られたと?
いや、黒澤さんと御殿場で話したときに、そんなような話をちょっとしたんだよね。ストーリーはそこまで詳しく話さなかったんだけど、「君なら君らしくいい絵が撮れるだろうね」って言ってくださっただけで。
「北野くんの映画の撮り方っていうのは編集が小気味いいね」って。「何がですか?」て聞いたら、「結局、余分なシーンをパッと切るよね。その、無いシーンを後から想像させるからすごいんだよ」と言ってくれて。「いや、想像させるのはいいんですが、実際上手く撮れないし、どうせ撮れないなら想像させて、その前後だけ上手く撮って他はカットしちゃおうっていう気持ちです」と言ったら、「ああ、そりゃいいね」だって(笑)。
後に、今回も協力してくださった衣装デザイナーの黒澤和子さんより、黒澤監督からの直筆サイン入りの手紙が送られてきて。前にもどこかで言ったことあったかと思うけど、「日本の映画界は君に任せるよ」なんて書いてあって、それはうれしかったけどね。
───2019年に小説『首』を出版したときには、すでに映画化を見越した状況だったんですか?
そうだね。でもその前に、端から映画の脚本でやるよりは小説でまず試してみたかったというか。細かいことを言えば当時の言葉遣いなどから確認しなきゃと思って。小説を書くにあたって資料収集に協力してくださった方々共々、自分でも時代考証やその背景など、当時の不明瞭な部分やら社会情勢なんかをいろいろ調べたりして書きあげて。
それから小説としての体裁とは別の、映画では戦国時代の機微を打ち出して、どの部分のどこをどう切り取るのかと。
一応、合戦なら合戦の、戦らしき映像は、まぁなんとか撮れたかなと。CGのシーンもあるけど、特に気をつけたのはとにかく(CGを)多用しないようにってことで。やり方によってはいっせいに動きが同じになる懸念もあるんで。
技術的なことは細かく言わないけど、例えばCGで10人×10で100人だとしたら、その個性は純粋に10しかないわけだから、動きとしては間違いなく100人のエキストラには敵わないと思うから。つまずいたりする奴もいるけどCGだと基本的につまずかないじゃん。場合によっては「10人しかいねぇじゃん」っていうようなことになってしまうんで、CGっていうのは使い方だよね。
遠くのほうに見える背景・景色としては使ってもいいけど、実際の動きではできるだけ使いたくないっていうのは、基本的にはある。
───城などはCG?
お城はね、基本的に門の前とかいうのは全部セットを組んだんだけど、背景に見える景色なんかはブルーバックで後から入れてる。かなりアップで撮る役者の横に映る情景などは極力実物を作ったね。スタッフも優秀で、セットでもリアルによく作ってくれたと思うよ。クリストファー・ノーランの『ダンケルク』はCGナシだったと思うけど、あれはあれでまたすごいよね。
絵で見る信長ってのはなんだかチンケなねずみ男みたいな感じじゃない
───信長役の加瀬亮さんの演技はえげつなくて最高でしたね。加瀬さん曰く「もらった台本の内容と完成品は結構違う」との発言がありました。撮影の中で変わっていったのですか?
うん、加瀬くんが信長を演じるってなったときに、岐阜弁だったのか何かだけど、あの方言は大変だろうなと思い、まずそれを覚悟してもらって。
基本的に信長のイメージって、今も若い世代からいろんな役者が演じてるけど、古くは高橋英樹さんとか中村錦之助(萬屋錦之介)さんとかっていうのもあって、総じて彼らはやっぱりかっこいいじゃない。だけど絵で見る信長ってのはなんだかチンケなねずみ男みたいな感じじゃない。実際の人物像自体はおそらくそんなもので。
ただもうあの時代の人間性として人の生き死にということに関してはとことん無慈悲で、切腹だとか介錯にしても、人の命、特に一般庶民の命なんか何とも思ってない。と同時に自分も端から死ぬ覚悟があったんじゃないか、というかね。しょうがねぇっていう開き直りなのか、その有り様が、なんだか比喩として働き蜂とか独楽鼠のようなニュアンスだったんじゃないかとも思ってるわけ。
あの壮絶な人生の中でそれでも生きながらえてしまうテンションのようなニュアンスを探すうちに、あるシーンの台詞を少し変えて、こっちの言い回しに変えようみたく、現場でも必要に応じてその都度の台詞の手直しを加えたんだよね。
───武将があちこちでぽつんと洩らす言葉が印象的で悲哀を感じさせました。
例えば信長は政権が短かろうとも天下を取るためには誰が死んだって関係なく、彼にとってはもはや天皇だって関係なかろうし、誰よりも自分のほうが上で大事だし、(信長が自称していた仏教における天魔の)第六天魔王に仏も糞あるかっていうか!っていう世界に生きている。
ある意味、完全に頭いっちゃってるけど、そのくらいじゃないと小さな戦国大名があそこまで上がってこないだろうと思うんだよ。暴力的な押さえつけにしろ出世にしろ。もともとある程度の地位にいる光秀とかその周りの戦国大名や貴族階級官僚の公家にとっても信長なんてのは、たまんなかったんじゃないかな。
要するに、官僚が優秀なヤクザの下に入っちゃったみたいなもんでさ。イケイケヤクザの下に官僚的なやつが来て仕事して、最後にもうだめだと悟って、ヤケクソになったんじゃないかって感じもあるけどね。
───まさに政界の縮図のようでしたが、危ない人間、嫌な人間からはなぜ目が離せないんですかね。
社会性とかそういうことを前提とするなら、社会文化の中の法というもので人間は本質的なものを押さえ、他の生き物の最上階に立ってきたんだけど、たまに露呈するのは、例えば戦争で町や国がもう無政府状態になったときの人の状態だよね。
1992年ごろのロス暴動にしろ、タガが外れると人は勝手にスーパー襲ってモノ奪っていくじゃん。もしかするとふだんは普通の人間かもわかんない人たちが。人間なんて所詮そういうもんでね。共同の社会生活なんて、ちょっとネジが緩めばはみ出すやつっていうのが必ずいて、それは悲しいかな、誰しも持ってるから。
たまに酒飲むとそういうのが出ちゃう人とか、普通言っちゃいけないことを言っちゃったり、発作的に外歩いてる人を襲っちゃったりとか。そもそも人間の本質とはそれじゃないのかね。いろんな刑罰とか社会や法とかいうことで押さえてるんだけど、何かのきっかけで本質的なものが出ちゃう。
それをおいらは史実を踏まえた上で、映画の中で発散させてるのかもわかんないね。
───権力という圧倒的な主題が掲げられた世を描く本作で、キャラクター同士の人間関係には、忠誠、仁義、信頼、憎悪、その他いろんな感情が入り乱れて描かれます。
例えばヤクザの世界ひとつをとっても「親分のために死ねる」とかまで言ってるんだから、関係としては親分・子分じゃなくて、あれは要するに男同士の恋愛だから。兄弟仁義なんて言ってるけど親の血を引くなんてことよりも、それはもう恋人同士だよ。そうじゃなきゃそいつに命かけられないし。
信長のために死のうという寵臣だと、森蘭丸とか前田利家しかり、いい関係だったとも思えるし。森蘭丸の周りにいた男色の系統は6人だか10人だか知らないけど、いたんでしょ。それも武将だったり、あるいは同じ小姓だったり。結局はそういう究極の時代に誰かに命をかけて一緒に生きようなんて感情は、もう恋愛関係だよね。
───恋文も残ってますもんね。
「口吸いをしちゃいけません」とか書いてあるんだよ(笑)。
取材・文/米澤和幸(lotusRecords)
撮影/尾形正茂(SHERPA)
◆北野武
『その男、凶暴につき』(89)で映画初監督。以降『3-4x10⽉』(90)、『あの夏、いちばん静かな海』(91)、『みんな~やってるか!』(95)、『キッズ・リターン』(96)と続けて作品を世に送り出し、『HANA-BI』(98)は第54回ヴェネツィア国際映画祭で⾦獅⼦賞を受賞した他、国内外で多くの映画賞を受賞。『菊次郎の夏』(99)、⽇英合作『BROTHER』(01)、『Dolls』(02)に続き、『座頭市』(03)は第60回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅⼦賞を受賞。以降『TAKESHIS'』(05)、『監督・ばんざい!』(07)、『アキレスと⻲』(08)、バイオレンス・エンターテインメント『アウトレイジ』シリーズ3部作(10,12,17)等を監督。『⾸』は6年ぶり、19作⽬の監督作品。
『首』(2023)上映時間:2時間11分/R15/日本
◆ストーリー
天下統一を掲げる織田信長(加瀬亮)は、毛利軍、武田軍、上杉軍、京都の寺社勢力と激しい戦いを繰り広げていたが、その最中、信長の家臣・荒木村重(遠藤憲一)が反乱を起こし姿を消す。信長は明智光秀(西島秀俊)、羽柴秀吉(ビートたけし)ら家臣を一堂に集め、自身の跡目相続を餌に村重の捜索を命じるが……
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2023年11⽉23⽇(⽊・祝)全国公開
製作:KADOKAWA
配給:東宝 KADOKAWA
ⓒ2023 KADOKAWA ⓒT.N GON Co.,Ltd.
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/kubi/
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