「母ちゃん美味いぜ! 俺の身長を伸ばしたのはこの弁当だ!」アンガールズ田中の人生最高の食事で、バラエティで最下位になった母の弁当とは
集英社オンライン / 2023年11月23日 17時1分
自身の名を冠したバラエティ番組でMCを務めるなど、今やお笑い芸人としての地位を確かなものにしているアンガールズ・田中。テレビではキモカワ芸人として暴れているが、ラジオでのトークやエッセイで紡がれる言葉は、どこまでも謙虚な姿勢と、他人に対しての優しさに溢れている。「ベスト・エッセイ2022」にも選出された、母親がつくってくれたお弁当について書かれた文章、「最高の食事」を特別に無料で公開する。
身長188センチ体重58キロ
食事というものは、毎日のことで何気なく過ぎて行く。けれど、毎日の積み重ねだからこそ、色んな想いが詰まっていて、時にその感情が意外な形で僕の前に飛び出してくることがある。
僕は一人暮らし歴がもう26年になり、年齢が45歳なので、一人で暮らしてきた時間のほうが長い。
ここまで来ると、一人でご飯を食べるということに全く寂しさを感じない。
よく芸人同士、仕事が終わると今日の収録の話や、他愛もない話をするために、みんなでご飯に行くことがあるけれど、それが大好きな芸人もいれば、正直それがなくてもいい芸人がいる。僕はどちらかといえば後者に近いと思う。
さっと家に帰ったら帰ったで、一人で好きなテレビを見たりゲームをしたり、そんなことをするだけで十分楽しいからだ。
ただ、自分の中でテンションが上がる食事というのはある。たとえば焼肉や寿司、それから牛丼!
お笑い芸人を始めた頃、お金がなくて節約していたために、月に一度だけ贅沢として、牛丼屋さんの牛丼を食べてもいい日を作っていた。
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普段は食パン半分とか、袋入りのラーメン(出前一丁やサッポロ一番みそラーメン)を半分に折って、スープの素も半分だけ使って、一袋で2食分にして食べていたりしたから、その、月一度の牛丼の日に食べる牛丼がたまらなく美味しかった。たぶんそのせいで、今も牛丼を異常に食べたくなる日があるのだと思う。
そんな生活をしていたから、188センチの身長で58キロまで体重が落ちた。
若い頃の自分の写真を見ると、頬がめちゃくちゃ凹んでいて、太ももがめちゃくちゃ細くて、脚が上から下までずっと同じ太さで、ロボット兵みたいだった。
あの頃にだけは戻りたくない。
味がしない白身魚フライ
テンションが上がる食事の一つに、ホカ弁も入っている。
うちの近所のホカ弁屋さんは早くに閉まってしまうので、なかなか仕事終わりに買うことができないから、個人的にレアな食事なのだ。ある日、閉店ギリギリに弁当屋さんにかけこんで、海苔ミックス弁当を手に入れた。
ご飯の上におかかがびっしり載っていて、それを海苔で綺麗に覆ってある。あとは唐揚げ、ハム、ケチャップスパゲティ、白身魚のフライ、サラダ。一人暮らし男子としては、こんなに沢山の品目を食べられる弁当は最高の食事である。
お味噌汁もサービスで付いて来る日だったので、心を躍らせ嬉しさを感じながら家に向かう。右手に持っているビニール袋を、お弁当が入っているのに前後に振ってしまうくらい、浮かれていた。
最高の気分でマンションに着き、オートロックのドアを開けて入ったところで、同じマンションに住んでいる友達の芸人、ロバートの山本君が前から歩いてきた。
山本君の後ろには、お子様を連れた奥様もいた。
そのとき、僕の中に今までなかった気持ちが湧いてきた。『ああ、山本君は、このあと奥様が作った美味しいご飯を食べるんだ……しかも、今日だけじゃなくて、明日も明後日も』
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そう考えると、最高の食事だと思っていた海苔ミックス弁当の価値が、どんどん下がっていった。全く価値の無いものにすら見えてきて、これを持ってウキウキしていた自分がものすごく恥ずかしくなった。
そして即座に、海苔ミックス弁当が入ったビニール袋を、太ももの裏に隠した。
必死に山本君と弁当の対角線上に太ももが来るようにしていたので、おそらく山本君には、エロ本かなんかを買ったのかな?と思われただろう。
そのまま山本君夫婦に挨拶をして、僕は自分の部屋に入った。
一人暮らしなんて何にも寂しくないと思っていたけれど、それは強がっていただけ、というのを自覚させられてしまった悲しさに打ちひしがれながら食べる海苔ミックス弁当は、味がなんだか薄くて、中でも元々味が薄い白身魚はほとんどなにも感じなかった。
うつむいてしまった母
お弁当にまつわる話がもう一つある。
それは某バラエティ番組に参加した時の話で、何人かの芸人とその母親も一緒に出演していた。
母親は息子が小さい頃に作っていたお弁当を再現して持って来ており、それを色々なタレントさんが見て、食べたいと思うお弁当を順に指名していく。
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写真はイメージです
選ばれたら抜けていき、最後に誰のお弁当が残るのか?という趣旨の企画だった。僕の母が提出したお弁当を見ると、本当に僕が中学生や高校生の時に食べていたお弁当そのままで、冷凍の唐揚げ、プチトマト、卵焼き、白いご飯、半分に切ったみかんなどなど、一切テレビ的な演出の入っていない、無防備なお弁当だった。
収録は進み、僕の母のお弁当はなかなか選ばれないまま、最後の2択にまで残ってしまっていた。
僕の母はこれまでにもしょっちゅうテレビに出演していたし、バラエティにも慣れていて、毎回驚くほど笑いをとって帰るので、正直、どう転ぼうが心配ないと思っていた。
そして、最後の判定でタレントさんが選んだのは母のお弁当ではなかった。母のお弁当は最下位になった。
選ばなかった理由を尋ねられたタレントさんは「冷凍食品が入っていて愛情を感じられない」と言った。
タレントさんも何か言わなければならないから、仕方なくそう理由を言ったのだろうし、悪くはない。
それを聞いて、「さあ母の面白いコメントが出るぞ!」と思いながら待っていると、どんな状況でも強気で笑いを振りまいてきた母が落ち込んでしまっていた。
いつもの笑顔が消えて、ただうつむいていただけだった。
これを見た瞬間、僕はヤバイ……と思った。確かに母はバラエティモンスターかと思うくらい面白い人だけど、芸人ではない。特にこういう母としての愛情を問われることに対してうまく返せるような強さは持ち合わせていない、一般の人だということを忘れていた。
「母ちゃん美味いぜ!」
あまりに母が強い人だから大丈夫だと思いこみすぎていたことに気づき、僕はここから、自分のバラエティ人生の中でも3本の指に入るくらいの、大立ち回りをする。
「おい! お母さん落ち込んでるだろ! 冷凍食品がダメとか言うけどな、うちのお母さんは共働きで看護師をやっていて忙しかったんだよ! 3交代で忙しい中、弁当も作ったから、冷凍食品くらい入るんだよ! でもな、身長を一番伸ばしたのはこの弁当だ!」
すると、母は涙を流していた。
看護師時代の母は、朝8時に出て行って夕方帰ってきてから僕たちのご飯を作ったり、準夜勤だと16時から病院に行って0時に家に帰ってきたり、23時に病院に行って朝9時に帰ってくることもある、生活が不規則になる大変な仕事をしていた。
なかなか親への感謝の気持ちなど伝えるタイミングがないから、こんな状況がきっかけといえど、お弁当を3人兄弟分きっちり作ってくれたことに感謝していたと言えて良かったと思ったし、自分が働くようになって、仕事をしながら子育てするなんて凄すぎるな、と感じていた矢先でもあったので、そういう尊敬の言葉がスルスルと出てきた。
たぶん、仕事が暇な頃だったら、そんな言葉は出なかったと思う。
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それを言い放った勢いで、スタジオで母のお弁当をバクバク食べて「母ちゃん美味いぜ!」と言うと、母はありがとうと答えてくれた。
この状況がウケたので、これで何とかなった! と思いホッとしていると、周りの他の芸人のお母様がみんな泣いていた。
これで番組的なオチもついて、結果的には全てが上手くいった。
ここまで読んでもらったら、自分の好感度も上がるような気がするけれど、この大立ち回りをしたのは、過去に家族に嘘をついて芸人になり、母を泣きながら膝から崩れ落ちさせたことがある男と同一人物なので、お忘れなく。
文/田中卓志
写真/shutterstock
ちょっと不運なほうが生活は楽しい
田中卓志
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/11/10012016138389/400/712frQU6qIL._SL1500_.jpg)
8月31日発売
1595円
224ページ
978-4103552819
「どこかの優しい誰がか読んでくれたら……」。アンガールズ田中の初エッセイ集!
真面目すぎる性格なのにふざける仕事を志し、第一印象が「キモい」だった山根とコンビを組み、港区女子合コンの悔しさをバネにめでたく結婚。人気芸人の悲喜こもごも(悲、強め)の日常は、クスリと笑えて妙に共感。「ベスト・エッセイ2022」にも選出され280万人が涙した、母のお弁当の思い出を綴ったあの一編も収録!
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