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泥酔して大砲を誤射、妻を斬殺、伯爵夫人に暴行…まったく笑えない明治の政治家たちの酒の醜聞

集英社オンライン / 2023年11月18日 17時1分

コンプラ全盛の現代、政治家の酒の醜聞を聞くことはあまりなくなってきたが、明治時代にはそれは凄まじい逸話があった。妻を斬り殺したという噂が絶えることがなかったという、酒乱中の酒乱、日本国第二代総理大臣黒田清隆をはじめ、明治の元勲たちの全く笑えない話がこちらだ。

#1

そもそもおまえはただの酔っ払いだろ!!

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』にも「泥酔してもどった黒田が、ささいなことから妻を斬り、死にいたらしめたらしい」とある。大久保の意を受けた川路が、墓を掘って「他殺の形跡はない」と決めつけたとも書いている。国民的ベストセラー作家の記述も手伝い、令和の今まで黒田が妻を斬り殺したのは間違いないという話が広く普及してしまったわけだ。



司馬は黒田を「一定量の酒精が入ると人格が一変するという点では、かれに見るほどの典型症状はすくないにちがいない」ともしており、上役の「三条実美や同僚の伊藤博文、井上馨ですら(中略)乱酔中のかれから罵倒されたり、ピストルでおどされたりした」と書いている。アルコールなら何でも摂取したがるかのごとく、脅すのなら刀もピストルもなんでもござれな感じが確かに酒乱っぽい。

とはいえ、司馬に限らずだが、黒田の妻殺しの記述は、酒癖が悪いやつは妻も斬りかねないと決めつけている感がいささか気になる。実際、黒田の妻殺しは、少し調べるだけで、妻の斬殺シーンの状況が違ったり(例えば黒田が激高する理由が出迎えが遅かったでなく、妻が芸者遊びを咎めたのが原因とか)、事後に火消しに走った大久保の関わり方が異なったりしている。

これは当時の状況も大きく関係している。新聞に黒田の妻殺し疑惑をすっぱ抜かれたことで、反政府運動への飛び火を懸念した政府は黒田問題の鎮火に動き出す。

焦った政府は臨時閣議を開催。閣議は薩摩と長州の政争の具にされたところもあり、紛糾した。薩摩出身の黒田の醜聞とあり、ここぞとばかりに長州出身の伊藤博文が「掘れ!墓を掘って検視しろ」と激しく主張したとか。一国の未来を左右しかねない閣議で「掘れ!」と激高とは、明治維新の覇権争いの激しさがうかがえる。

ちなみにこの時の怨みが黒田にはあったのか、約10年後に酔って長州閥に狼藉を働くことになる。

内閣を率いていた黒田だが就任から1年半後の1889年10月に辞職に追い込まれる。当時、欧米列強との不平等条約の改正を進めていたが、妥協してまで進めたくなかった伊藤が自らも枢密院議長の立場にありながら、倒閣に動いたのが引き金となった。「伊藤の野郎!!!! いつも邪魔しやがって」と黒田が怒り狂ったことは容易に想像できるだろう。

薩長の派閥の違いもあり、汚名を着せられた形の黒田の怒りはおさまらない。同年12月に酔いに酔った黒田は伊藤と同じ長州閥の井上馨の邸宅を訪れる。訪れるといっても冷静に話し合う気はない。そもそもシラフではない。

井上は不在だったが、怒りはおさまらず、応対した使用人に「今日は明治政府の姦賊を誅戮する為に推参したり」などと数々の暴言を吐く。どっちが姦賊じゃ!そもそもおまえはただの酔っ払いだろ!! とは使用人も突っ込みたくて仕方がなかっただろうが相手は酒乱。黙るしかない。

鹿鳴館時代には当時、首相職にあった伊藤が
戸田伯爵夫人の極子(岩倉具視の娘)に暴行

可哀想なのは井上だ。井上にしてみれば、伊藤と同じ長州出身とはいえ、自身には関係ない話なのだが、黒田にとっては井上はにっくき伊藤の仲間。「伊藤一派許さん!」と殴りこみにいったというわけだ。もはや、暴力団の抗争さながらである。

暴走機関車のような黒田だが、黒田も黒田で意外にセコく、この頃長州どころか政界のドンになっていた伊藤や、同じく長州閥で陸軍を統括していた山県有朋にカチコム度胸はなく、「長州でも井上ぐらいなら、大丈夫かな」と計算ずくで酔狂を演じた可能性が高い。

いっぽう、黒田の前に立ちはだかった伊藤だが、彼も酒好きで有名で、日本酒を特に好んだ。伊藤は1880年代前半、40歳を超えた頃、憲法の調査と策定に動き出すが、政府内で理解を得られず苦しんでいた。そのいらだちもあり、この時期、神経症に陥り、深酒に走る。毎夜、1升の酒を飲むことで、ようやく寝付けたという。酒を控え始めたのはそれから約20年後の還暦手前。1899年5月、57歳の時に旅先から妻に日本酒は1滴も飲んでいないと報告している。

余談だが、伊藤は酒以上に女性好きで知られる。「箒」のあだ名を付けられていたほどだ。これは、掃いて捨てるほど関係を持っている女性がいることを意味した。明治天皇にたしなめられたこともあるというから、いかに度を過ぎていたかがわかるだろう。

鹿鳴館時代には当時、首相職にあった伊藤が戸田伯爵夫人の極子(岩倉具視の娘)に暴行したとされるスキャンダルを起こす。これは、東京日日新聞が政府高官のスキャンダルを報じたのが端緒となった。

記事は、若い貴婦人が髪を振り乱した半狂乱の体でバタバタと鹿鳴館から駆けてきたというものだ。彼女は客待ちしていた車を呼びとめ、乗るなり幌を深くおろし、とある伯爵家の前で降りたという。

単なる憶測記事のようにも映るが、娯楽が少ない時代だけに、いくつかの続報もあり、人々の野次馬根性を刺激するには十分な材料だった。伊藤の女好きの悪評もあり、伊藤が伯爵夫人を暴行したとの噂は八方に広がり、警視総監が調査を指示する事態にまで発展する。

酔っぱらって大砲をうった黒田

これは反伊藤派の揺さぶりとの見方が支配的だが、暴行はなくても密通はあったとの指摘は少なくない。

ちなみに、妻によって思わぬ醜聞に巻き込まれた戸田伯爵は騒動から40日あまりで、オーストリア・ハンガリー兼スイス駐在全権公使に栄転する。これまた忖度の香りが猛烈に立ちこめているのは気のせいだろうか。

話が逸れてしまったが、伊藤が「掘れ!掘れ!」と叫んだ黒田の処遇を決める閣議に戻ろう。伊藤が激高する一方、出席者の1人である大木司法卿は伊藤に対して、「証拠もなくそんなことはできない」と述べる。議論が平行線をたどったところ、実質的な最高権力者の大久保が意見を求められ、「大久保をお信じくださるなら、黒田もお信じくだされたい」と発言し、さすがの伊藤も黙らざるをえず、みな、納得して、閉会したという。

もちろん、この内容だけで、黒田が妻を殺してないとも、大久保が墓を掘り起こすことを命じてないとも決めつけられない。問題は事実がここまで曖昧でありながら、黒田による斬殺説と墓の掘り起こしが現代にまで広く浸透したことである。

結論を述べると、それは全て、黒田の身から出たさびだ。斬殺疑惑の2年前、黒田は、1876年の夏に黒田長官大砲事件と言われる事件を起こしている。北海道の開拓長官であった黒田は乗っていた船から突然、沖の岩礁を目がけて大砲を放つ。これが誤射になり、弾が漁師の斉藤清之助の小屋を直撃。破片が飛び散り、母屋にいた娘が重傷を負い、亡くなったのだ。

砲撃の理由は謎だが、酒に酔った黒田が、船内で「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士との議論にいら立ち、砲撃を命じたとの説もある。諸説あるのだが、結局、黒田はいずれにせよ酔っている。酔っていたことには議論の余地は無い。もはや、論点は、どのような酔いっぷりの末、砲撃したかでしかない。頑張って好意的に捉えても、結局、黒田=酒乱の構図は変わらない。

司法権者であった当時の黒田は罰金100円を船長に課し、船の監督から徴収した40円を清之助に埋葬料として渡し、事件をおさめようとした。当然、清之助は怒りがおさまらず大問題になった。

「酔って大砲で誤殺しているわけだから、妻を斬り殺してもおかしくない」。レッテルを貼られるとイメージの回復が難しいのは古今東西変わらないのである。

首相経験者が妻を斬殺したりしては末代までの恥にもなりかねないが、驚くなかれ、実際、現代までこの事件は影響を残している。

2005年1月5日の朝日新聞朝刊によると、黒田清隆のひ孫の黒田清揚さんの体験を、「酒席で、「おおこわ。黒ちゃんの隣に行くとたたき斬られちゃう」と揶揄されたこともあったという」と紹介している。当時、74歳の清揚さんは「あんまりだ」と憤っているが、確かにあんまりである。「やーい、お前のひいじいちゃん、嫁さん殺したんだろ」って、まるで子どものいじめであるが、リーダーたる者、ちょっとした酔いすぎが、自らの地位のみならず、子孫にまで類が及ぶことを頭の片隅には入れておくべきだろう。

文/栗下直也
写真/shutterstock

『政治家の酒癖』(平凡社刊)

栗下 直也

2023/3/17

968円

198ページ

ISBN:

978-4582860252

宴席をめぐって人心を掌握する田中角栄や酒を飲ませて部下の本心をさぐるピョートル大帝など、古くから、「酒」は人間関係を紡ぐ潤滑油とされ、時の為政者は、酒を勧める会食・宴席を重視した。
その一方で、飲み過ぎて周囲の信頼を損ねたエリツィンや酒をやめられずに命を落としたムスタファ・ケマルなど、酒によってその地位を危うくしたり失う者もいた。
歴史を動かしてきた政治家たちはいかに酒を飲んだのか。
古今東西の政治家と酒にまつわる、奇想天外なエピソードをユーモラスにつづる。

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