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「嫌なのに身体が反応してしまう」生理現象…性加害を受けた男性が被害を即座に認識できない理由とは

集英社オンライン / 2023年11月29日 17時1分

今年世間を騒がせた、おぞましい性加害のニュースの数々。なぜこれまで大きく注目されずにきたのか。なかでも男性の性被害はそもそも認識すらされていなかったという事実がある。被害者が被害だと認識できないロジックを解説する。

#1

「あれは一体何だったのか」

被害に遭った男性の多くは、このように感じることが多いように思います。とても不快で、怖さや気持ち悪さ、怒りさえ感じるような出来事なのに、自身が体験したことを表す言葉が思い浮かばず、ただただ混乱の中に放り出されてしまったような感覚。何とも不愉快だけれどもさまざまな感情が入り混じっており、自分としてもどうしたらいいのか分からない……。

性暴力被害に遭うことは、性別に関係なくこころの深いところに傷を負う深刻な出来事ですが、現状では性暴力被害に遭うのは女性である、男性は被害に遭わないという思い込みが社会では根強いと思います。



確かにさまざまな調査において、男性に比べて女性の被害率のほうが高いという結果が出ていますが、男性は被害に遭わないということでは決してありません。「男性は性暴力被害に遭わない」という思い込みのため、男性の性暴力被害についての社会的な認知度が低く、被害当事者の身の上に起こったことを表す言葉も容易に見つからないのが現状かと思います。

女性の性暴力被害も、レイプなどの深刻な被害以外の体験を「被害」として捉える動きが生まれたのは、実はまだここ30年くらいのことです。性暴力被害そのものがいまだ発見される途上にあると言えますが、それでも例えば職場ですれ違いざまにお尻を触られたりしたら、「セクハラだ!」と感じることができるでしょう。

ひと昔前までは、そのようなことがあっても「うまくかわす」「うまく流す」ことがよしとされ、女性としては本当に腹立たしく屈辱的なことだったと思いますが、さすがに今そんなことをすれば非常識な人と見られるでしょう。

仲間が集まる中で、例えば女性が下着を脱ぐことを強要されたら、それはひどい「性的いじめ」であると、本人も周囲の人も思うことができると思います(ただし、女性であっても自身の体験の相手が知人であったり自分の持つ「性暴力」のイメージと異なったりする場合は、「性暴力」であると認識できるまで時間がかかるとも言われています)。

「からかい」「スキンシップ」なのか?

しかし男性の場合はどうでしょう。このような状況になった場合、それは「性暴力」と捉えられるでしょうか。「いじめ」だと思う人もいるかもしれませんが、「からかい」や「スキンシップ」と思う人も少なくないのではないでしょうか。

ここに興味深い調査があります(岩崎直子「男児/男性の受ける性的行為に関する意識調査」「小児の精神と神経」49巻4号, , 2009年, 347~354頁)。いくつかの性的行為を示し、男性から女性に、あるいは男性から男性に、という具合に行為者(やる側)と被行為者(される側)の性別を男女の組み合わせで考えた場合、それらの行為が性被害にあたるかどうかを問うたものです。

質問項目は
①性的な言葉を言われる/性的な話をされる、
②下着を脱いでみせるよう強要される/脱がされる、
③無理やりお尻、胸、背中など身体をさわられる、
④無理やり性器をさわられる、
⑤自慰(マスターベーション)をしてみせるよう強要される、
⑥したくないのに性交される/させられる(未遂を含む)の六つですが、
男性が被行為者であるほうが女性が被行為者である場合に比べて「性被害にあたらない」とする否定的回答が全体的に高くなっていました。

また、③「身体をさわられる」については、男性→女性(男性から女性に行われる)の場合は、男性回答者のうち89.7%(以下の数値もすべて男性回答者の中での数値)が「性被害にあたる」と答えているのに対して、男性→男性の場合は47.0%、女性→男性の場合は57.5%が「性被害にあたる」と答えており、女性が男性にされる場合に比べて段違いに少なくなります。

②「下着を脱いでみせるよう強要される」についても、男性→女性の場合は95.7%が「性被害にあたる」と答えているのに対して、男性→男性であれば67.8%、女性→男性であれば80.9%と、性被害の肯定率は下がります(なお、女性回答者は、この②の場合、それぞれ98.6%、72.3%、85.2%が「性被害にあたる」と答えており、女性のほうが男性以上に男性の身の上に起きたことを「性被害」と捉える傾向があると言えます)。

④「無理やり性器をさわられる」についても同様の傾向がありました。

そう捉える理由として、同調査の自由記述では、「男の人は冗談で脱いだり脱がされたりしている」「男同士だとどうしても被害感が少ない」「男性同士の場合、性交以外は友達間で十分ありえることだと思う」などの回答があり、おふざけやスキンシップの一部という認識があるようです。

しかし、たとえ行う側がおふざけだと思ってやっていても、された側は長年にわたって心身や人間関係の不調に悩まされることがあり、自殺などの深刻な影響が出ることもあります。

男性の性暴力=「凶器で脅される」?

また、男性の性暴力被害は、あったとしても「(刑務所などの)特殊な場所でしか起こらない」「ナイフや凶器を突きつけられてレイプされる」ものだと思われているふしもあります。確かに、そのような被害も実際に起こっています。立場や物理的な脅威、「殺されるかもしれない」という恐怖感を利用した悪質な行為です。

しかし、2009年のアメリカでの研究によると、同意のない性交(肛門にペニスや指などを入れられる、無理やり挿入させられる)を経験、あるいは強要されそうになった男性のうち、凶器を使用された人は5%、怪我をした人は11%、何かしらの脅しがあった人は23%、実際に挿入までされた人は32%であり、社会の思い込みに反して大部分の被害者はそのような明白な暴力を経験しているわけではないことが明らかになっています。

しかも、同意のない性交を経験した男性のうち、医療機関などに援助要請した人はわずか29%で、多くの人はどこにもSOSを出していません。他の調査でも、似たような結果が出ています。

このように実際は異なるにもかかわらず、男性の性暴力に対して社会の(翻って個人の)思い込みがあるため、その枠組みに入らない性暴力、例えば友人や知人から同意もなく性器を触られる、女性から性行為を強要される、マスターベーションを手伝わされたり、自分で行うことを強要されたりするなどの行為をされると、「あれは一体何だったのか」という混乱と疑問、拭えない気持ち悪さや不信感などで頭と気持ちがいっぱいになると思います。

「身体が反応」するのは自ら望んでいたから?

たとえ同意のない性行為であっても、生理的な反応として勃起したり、射精したりすることがあります。このようなことが起こるため、気持ちの中には自身に収めきれない不快なかたまりが存在しても、「自分も望んでいたのか?」「嫌だったけど身体は気持ちよかった」と混乱し、自分が体験したことが何だったのか分からなくなるということも起きます。

また、相手が「気持ちいいんでしょ」とたたみかけてきて、混乱に拍車をかけられることもあります。

このような、実際に起きていることと自分の気持ちとの不一致は、「認知的不協和」とも言われます。人は矛盾のある状態は不快であるため、自分の気持ちを変えようとしたり、起こっていることを過小評価したり、新たに「こうかもしれない」と考えを加えたりすることで、その矛盾をなくそうとします。

例えば、「仕事の量が多すぎるから職場を変わりたい」けれども「上司に言い出せない」ような場合、「他の人もこなしている」「もっと大変な部署だってある」と仕事量の多さを過小評価したり、「もっと慣れてきたら大変だと思わなくなるかもしれない」「仕事の量が多いのは一時的なことで、しばらくしたら落ち着くかもしれない」などと考えを加えて、自分の中の矛盾を解消しようとしたりします。

同じようなことが性暴力を受けたときにも起こり得ます。相手が男性である場合は、セクシュアリティの混乱も起こり得ます。被害に遭った後、「自分は同性愛者なのではないか」と考える被害当事者もいますが、その理由の一つには、嫌だったにもかかわらず性的快感を抱いてしまった、ということがあると思います。

異性愛者であるなら性的快感を抱くはずがない、だから自分は同性愛者なのかもしれない、と自身の中にある認知的不協和を解消しようとします。もし自分が同性愛者だったら、あの不快な(あるいは奇妙な)体験は純粋な性行為だった、とさらに進んで思い込もうとする被害当事者もいるかもしれません。

そのような、自分の身体の反応と気持ちとのギャップの大きさから、体験したことを「被害」と認めがたく、自身の考えを変えることで違和感や不快感をなだめようとする心の働きもあるのです(あるいは体験を「被害」「嫌なこと」であると認めても、自分は同性愛者なのかもしれない、同性愛者になったのかもしれない、と思う被害当事者も多くいます)。

いまだ異性愛中心主義で、同性愛に対する理解の乏しい社会においては、同性愛恐怖が存在しています。同性愛や同性愛者についての根拠のない思い込みや差別感情が社会全体にあり、そのため自身が「同性愛者だとしたらどうしよう」とさらなる不安を持つ被害当事者もいます。人の持つ自然な性的指向の一つとしての同性愛に対して社会に偏見があることも、被害当事者の不安と結びついていると言えるでしょう。

女性が加害者の場合

女性が加害者である場合もあります。しかし、「女性=被害者」というイメージが強固に存在しているため、女性から意に沿わない性的行為を強要されても、それを「性暴力被害」であると受け止めることは、本人にとっても周囲の人にとっても大変困難なのが現状です。

2002年のアメリカの調査では、18歳から24歳の男性1400人のうち、6.1%が女性に性交を強要されたことがあるという結果があります。また、イギリスでは、少年への性的虐待の加害者のうち20%は女性であるとの調査結果があり、同様の調査でスウェーデンでは加害者の10%が女性であったとの調査結果が出ています。

実際にはこのように女性からの加害が存在するのですが、男性が女性から性行為を強要されることが社会で想定されていないため、体験そのものを「性暴力被害」という枠組みで捉えるのがとても難しいと思われます。

しかし、相手の性別にかかわらず、同意をしたわけでもないのに性器やお尻を触られたり、相手の性的箇所を触らされたり、性行為を強要されたりするのは性暴力にあたります。

性的虐待

性的なことを理解する前に被害に遭った場合、強い恐怖や嫌悪感、混乱などが生じ、長期的な影響を受けることが多いです。しかし、そこで何が起こっていたのかということを理解するのは難しく、性的な知識を得てから非常なショックを受けることも珍しくありません。

また、性的虐待の場合は、加害者は「グルーミング」と呼ばれるような、被害児に優しくして信頼を得た上で加害行為に及ぶこともあります。その場合は被害児自身も好奇心から行為に参加したように感じることがあり、混乱の中で何が起こったのか捉えることは難しいと思われます。

恥と敗北感

ここまでは、「男性は性暴力被害に遭わない」などの社会の了解ゆえに「被害」と捉えられずに混乱することを中心に書いてきましたが、男性個人の中にも「被害」と認めることに対する葛藤材料があることについても書きたいと思います。

男性は「強くあれ」とされる社会において性暴力を受けるということは、被害当事者にとってとても屈辱的で恥ずかしいことであると思います。性暴力「被害」という言葉そのものも敗北感を味わわせられる言葉でしょう。

弱みを見せたらつけ込まれるような、「力」が場を支配するような世界に生きている人にとってはなおさらそうだと思います。「抵抗することができなかった」「やられてしまったのは自分が弱いからだ」と自分を責め、恥ずかしいと思ってしまうのは、男性に暗黙の裡に求められる〝理想像〟がある社会では、ある意味当然なのかもしれません。

また、性別にかかわらず、被害の後に受けたダメージの大きさゆえに、「なぜ避けられなかったのか」と自分を責めてしまうこともしばしばあります。もし自分の力で何とかできていたとすれば、次に同じようなことがあったときに避けられると思うからでしょう。

そのような自責感や恥の感情ゆえに、被害を被害として認識することが難しくなることもあります。しかし、責められるべきは加害者であることは、繰り返し指摘したいと思います。

また、社会の側にも暗黙の裡に男性に対し強さを求めているところがあります。そのため、たとえ被害当事者の男性が心に傷を負ったとしても、社会の中には「それぐらいのことで」と被害そのものを矮小化する傾向があり、そのギャップで被害当事者が苦しむことも少なくありません。


写真/shutterstock

男性の性暴力被害

著者:宮﨑 浩一 著者:西岡 真由美

2023年10月17日発売

1,056円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-08-721285-3

性暴力とは、同意のない中で行われる性的言動すべてのこと。
その被害者は女性であることがこの社会では自明とされてきたが、しかし、現実には性暴力被害は男性にも起こりうる。
なぜ彼らの被害は今まで見えなくされ、いかに「なかったこと」にされてきたのか?
その背景には、社会的に構築された「男らしさ」の呪縛があるのではないか?
今ようやく様々な事件が報道されるようになり、事態の深刻さが認識されつつある中、本書は男性の性暴力被害の実態、その心身へ及ぼす影響、不可視化の構造、被害からの回復と支援の在り方まで等を明らかにする。

◆目次◆
第1章 「男性の」と言わないと見えない性暴力被害とは何か
第2章 被害後の影響--心と身体
第3章 性暴力と「男性被害」--歴史と構造
第4章 生き延びる過程--回復と支援
第5章 個別的な苦しみと社会をつなげる
全国のワンストップ支援センター紹介

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