第100回箱根駅伝もナイキのシューズだらけか!? 選手たちのランニングフォームに画期的変化を起こした厚底革命の勝利のゆくえ
集英社オンライン / 2023年12月29日 11時1分
スプリンターたちにとって、最も大事なものといっても過言ではないのがシューズ。2017年にナイキがカーボンファイバープレートを内蔵したいわゆる厚底シューズを出して、箱根駅伝でもその着用率がぐんっと上がった。果たして第100回大会の箱根の使用率はどうなるのだろうか…そんなシューズ事情を解説する。『箱根駅伝に魅せられて』 (角川新書) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
ナイキ一強時代か? シューズマーケットの一大転換
駅伝とシューズは、いまや切っても切れないものになった。
2017年にナイキがカーボンファイバープレートを内蔵したいわゆる厚底シューズ、「ヴェイパーフライ4%」を発売すると、一気に選手たちのタイムが伸び、それにともなってナイキユーザーがどんどん増えた。
ユニフォームは別の会社のものであっても、背に腹は代えられない。各大学ともメーカーと交渉しながら、レースではナイキのシューズを履く学校が増えた。
この本の読者には自分で走るコアランナーを想定していないから、厚底シューズの説明をすると、ソールが厚くなったから選手たちが速くなったわけではない。
では、なぜ厚底になったかというと、前方への推進力を持つカーボンファイバープレートを内蔵するために、あれだけの厚みが必要だったと考えて欲しい。
2017年、「プレ・ヴェイパーフライ」の時代には、箱根駅伝のナイキユーザーは36人だった(この年の首位はアシックスで67人)。
ところがヴェイパーフライが発売された後の初の大会となった18年は、ナイキが58人、アシックスが54人と、ナイキがついに第一党の座を奪い取ったのだ。政権交代である。
それが2023年にいたって、ナイキが154人、アディダス28人、アシックス24人という結果になったのだから、5年ほどでマーケットの一大転換が起きたのである。
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予選会に出場した全ランナーのシューズ調査
より母数が多い箱根の予選会の方ではどうだろう。『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド!2023+ニューイヤー駅伝!』(ぴあ)を読んでいて笑ったというか、たまげたのは、2022年10月に開催された予選会に出場した全ランナーのシューズが調査されていたことだ。これはたいへんな労力だし、知識量がものすごい。
やはり、ナイキのヴェイパーフライ、アルファフライが多いのだが、なかにはアディダスの「ADIZERO BOSTON 10」(東京理科大・中山輝)、アシックスの名品「SORTIEMAGIC RP6」(東京工業大・岩井凌真)といったシューズを履いている選手もいた(なんだか選手というより、学生と書いた方がふさわしい気がする)。
これは名品ではあるが、ハーフマラソンの距離に適したシューズとは言い難い。カーボンファイバープレートは内蔵されていないからだ。なぜ、彼らは練習で履くようなシューズを選んだのだろうか?
EKIDEN NEWSの西本さんの読みでは「レースシューズを忘れて、アップ用のシューズを履いて走ったんではないだろうか?」ということだった。もし、本当に忘れていたとしたら、ちょっと笑ってしまうのだが真相はいかに。
シューズでわかるウガンダと中国の結びつき
いちばん驚いたのは、日本薬科大のノア・キプリモ(2023年から戸上電機所属)が「Li‐NING」のFeidian 3・0 Ultraというシューズを履いていたことだ。
これは中国のメーカーで、1984年のロサンゼルス・オリンピック体操競技の金メダリスト李寧(英語表記ではLi Ning)が立ち上げたメーカーだ。
日本ではこのシューズを履いている人、あるいはLi‐NINGのアパレルを着ている人はほとんど見ないが、推測するにウガンダ生まれのキプリモは、おそらくは母国の「誰か」からの要請によってLi‐NINGのシューズを履いたのではないか。
中国とウガンダは政治、経済で密接に結びついている。2023年6月にはウガンダの学校でテロ組織が襲撃事件を起こし、多数の死傷者が出たが、中国の習近平国家主席は、ウガンダのヨウェリ・カグタ・ムセベニ大統領に見舞いのメッセージをおくっている。
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さらに経済では、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が、第5世代移動通信システム(5G)技術を導入したデジタルセメント工場建設プロジェクトを進めることを発表した。シューズメーカーとて例外ではない。
ウガンダの人口は右肩上がりで、2021年の統計によると4500万人を超えた。その10年前は3300万人あまりだったことを考えると、ものすごい勢いで人口が増えている。
ウガンダの人たちにあまねくシューズが行き渡るようになったら……。
大きな市場が誕生する。Li‐NINGはウガンダの選手たちにシューズをアピールし、そしてそれがめぐりめぐって箱根駅伝の予選会にたどりついた。これには、私も驚かされた。
「シューズの使い分けが出来るようになってきました」駒澤・大八木元監督
ナイキの寡占状態が続いているわけだが、今後は他社もじわりと差を縮めてくるとは思う。
かくいう私も、厚底シューズを購入した。アシックスの「メタスピードエッジ」である。スピード練習用に使うと良いとアドバイスをもらっていたので、500m×3本の練習で使ってみると、どんどんスピードが出る。本当に驚いた。
次のスピード練習は一週間後に400mの上り、下りの坂を使ってのもの。下りに入った瞬間、これまで体験したことのないスピードが出て、「これはタイムが出るわけだ」と感心してしまった。
ただし、翌日になってこれまでに痛みが出たことがない箇所に痛みが出た。これも噂通りである。膝の上から股関節にかけての部分だった。これまで使ったことのない箇所で、新鮮な痛みではあるが、ちょっと怖い気もした。
2020年前後まで、各大学の選手たちから仙骨、股関節、大腿骨といった、これまでの故障箇所とは違う部位のケガの話を聞くようになっていた。
それまでは膝下のケガ、シンスプリントや疲労骨折はよく聞いていたのだが、ケガの部位が上がっていった感じなのである。厚底シューズは、選手たちにこれまでとは違う走り方を要求していたのだ。
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しかし、2022年頃になってくると、ケガの話を聞くことは以前と比べれば少なくなった。
大八木監督は「シューズの使い分けが出来るようになってきました」と話す。
長い距離を走る時にはナイキ・ペガサスのような薄めのシューズを履く。そしてスピード系の練習、あるいは試合が近づいてきたら、厚底を履くというスタイルが確立してきたという。
これからは、中学時代から厚底シューズを履いてきた世代が登場してくる。おそらく、ランニングフォームはシューズに最適化しているだろう。この世代は、5000mで12分台、10000mで26分台にどんどん突入していくはずだ。
おそらく、彼らはずっとナイキに親しんできた世代。
自分が中学、高校時代にこだわったブランドは生涯にわたって影響力を持つから(私の場合、アイビーファッションのブランドとか)、今後もナイキの優位は、よっぽどの革命が起きないと動かないだろう。
文/生島 淳 写真/Shutterstock
『箱根駅伝に魅せられて』 (角川新書)
生島 淳 (著)
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/11/17094205348491/400/9784040824673.jpg)
2023/10/10
¥990
240ページ
978-4040824673
箱根駅伝100回大会。歴史と展望を存分に味わう一冊
正月の風物詩・箱根駅伝では、100年の歴史の中で数々の名勝負が繰り広げられ、瀬古利彦(早稲田大)、渡辺康幸(同)、柏原竜二(東洋大)らスター選手、澤木啓祐(順天堂大)、大八木弘明(駒澤大)、原晋(青学大)ら名監督が生まれてきた。
今やテレビ中継の世帯視聴率が30%前後を誇る国民的行事となっている。
なぜここまで惹きつけられるのか――。45年以上追い続けてきた著者・生島淳がその魅力を丹念に紐解く「読む箱根駅伝」。
100回大会を境に「中央大・順天堂大の時代」が来る――!?
99回大会で「史上最高の2区」と称された吉居大和(中央大)、田澤廉(駒澤大)、近藤幸太郎(青学大)の激闘の裏には、名将・原晋が思い描いた幻の秘策が隠されていた――。
入学時からマインドセットが違った絶対的エース。
柏原竜二(東洋大)「勝負は1年生から」
大迫傑(早稲田大)「駅伝には興味はありません」
渡辺康幸(早稲田大)VSマヤカ(山梨学院大)
竹澤健介(早稲田大)VSモグス(山梨学院大)
田澤廉(駒澤大)VSヴィンセント(東京国際大)
留学生の存在がもたらした「箱根から世界へ」
箱根史を彩る名選手、名監督、名勝負のエピソードが満載。
【目次】
はじめに
第1章 箱根を彩る名将たち
第2章 取材の現場から1
第3章 取材の現場から2
第4章 駅伝紀行
第5章 目の上のたんこぶ
第6章 メディア
第7章 箱根駅伝に魅せられて
おわりに
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