1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

〈斎藤幸平〉「人新世の複合危機」をどう乗り越えるか? “知らないうちに決まっている”社会からの脱却に必要なもの

集英社オンライン / 2023年11月20日 18時31分

『人新世の「資本論」』に続き、ベストセラーとなった『コモンの「自治」論』。「自治」という古めかしい言葉が今、再び注目されている。著者で経済思想家の斎藤幸平氏は「民主主義の破壊や環境危機など『人新世の複合危機』に対処するためのキーワード、それが『自治』です」と語るが、いったいどういうことなのか(前後編の前編)

複合危機の時代になぜ「自治」なのか?

――『人新世の「資本論」』に続き、ベストセラーとなった『コモンの「自治」論』。ただ、「自治」という、使い古されたかのように思える言葉を掲げた本が、話題になっているのは不思議です。なぜ、「自治」の本が好評なのでしょう?

斎藤 「自治」の力を磨く必要に迫られている時代だからでしょう。少しずつ、日本人も気が付き始めたのではないですか、「自治」の力が奪われたせいで、社会が悪くなってきていることに。



「市民が自分で決める」というプロセスが蔑ろにされることが、さらに増えてきました。たとえば、神宮外苑の再開発だって、都民が知らないうちに風致地区の指定が外されたり、樹木伐採が許可されたり。

なぜ、そのようなことが頻発するようになっているかというと、経済成長が難しいなか、資本が利潤獲得のために前だったらやらなかった、無謀なことを仕掛けるようになってきているからです。全国各地で、都市の公共空間や公園を破壊してでも、商業施設や高層ビルを建てて儲けようとする試みが増えています。

斎藤幸平氏

ほかにも、公営だった水道事業を民営化も同じ動きです。そうした公共のものに資本が手を出す際、資本は政治も巻き込んでいきます。とくに国政を担う国会議員が頼りにならず、多くの場合、むしろ資本の側についてしまう。そうであれば、そうした資本の暴走にNOをつきつける「自治」の力を私たちが磨いていくしかないのです。

「知らないうちに決まっていた」神宮外苑の再開発

――いま、例にあがった水道や公園など公共のものを斎藤さんは「コモン」と呼んでいますね。「コモン」が資本によって破壊されると、なにが起こるのでしょうか。

斎藤 民主主義の破壊でしょう。お金の力で、独占した空間やモノを何でも好きに使ってよい、という事態が広まれば、民主主義は先細りになるばかりです。

順を追って説明すると、まず「コモン」というのは、人々の共有財産のこと。人々が生きていくうえで欠かせない、社会全体の富のことです。たとえば水、エネルギー、食、あるいは教育、医療、科学ですね。そういった誰もが必要とする「コモン」=共有財は、多くの人が関与して管理されるべきものです。

ところが、資本は「コモン」である富を独占することで、大きな利潤を手中に収めようとする。独占ですから、当然ながら、市民の切実な声も豊かなアイディアも無視され、本来、金儲けの手段にすべきものではないものが、金儲けの道具にされてしまうのです。

神宮外苑の再開発が分かりやすい例ですが、再開発の詳細な計画はずっと秘密にされてきました。サザンオールスターズの曲ではありませんが、「知らないうちに決まっていた」ということが繰り返されるのです。そして公表したあとには、「もう決まったことだから」と市民の声を突っぱねる。これが民主主義の危機です。

そしてもちろん「コモン」の破壊で利益を得るのは、ごく一部の強者です。一部の政治家や超富裕層、そして大企業が自分たちに有利なルールを決め、社会をますます私物化する動きが強まることでしょう。これが続けば、弱者の間で格差と分断が拡がり、弱者の生存が脅かされることになります。

危機が慢性的になると、トップダウンの命令社会に

――『コモンの「自治」論』の中で斎藤さんはそうした現代の困難な状況を「人新世の複合危機」というキーワードで表現されていますね。

斎藤 「人新世」とは資本主義のもとでの人類の経済活動が地球という惑星のあり方を根底から変えてしまった時代を指す、地質学の概念です。それほど、人類の経済活動が地球を覆ってしまい、私たちが環境危機を引き起こしているということです。

もちろん気候危機もそのひとつ。気候変動で食料危機や水不足が加速し、難民問題などが深刻化すれば、資源獲得競争や排外主義の台頭によってさらに世界は分断され、インフレや戦争のリスクも増大するはずです。いや、世界を見れば、すでにそうなっている。資本主義が地球という人類共通の「コモン」を痛めつけたせいで、地球はもはや修復不可能な臨界点に近づいている。その帰結が「人新世の複合危機」です。


――「人新世の複合危機」が進むと、どうなるのですか?

斎藤 「人新世の複合危機」が深まれば、市場は効率的であるという新自由主義の楽観論は終わりを告げざるを得ません。新自由主義の代わりに浮上するのは物資の配給、現金給付、あるいはコロナ禍でのワクチン接種計画や都市のロックダウンのように国家が経済や社会に介入して人々の生を管理する「戦時経済」になっていきます。

――コロナ禍では、行政が飲食店に休業を強いたり、人々の移動に制限をかけようとしました。あの息苦しさが続くようなイメージですか。

斎藤 はい。気候変動ひとつとっても、今後、ますます危機的なものになっていくことは間違いありません。水や食料、エネルギーや資源などが不足し、経済危機、地政学リスクなどが高まっていきます。

こうした慢性的な緊急事態に対処するためには、政治はトップダウン型のものに傾きがちです。そんな中で排外主義者やポピュリストが権力を握って暴走すれば、民主主義は失われかねません。それは全体主義の到来です。

このまま人々が何もせずにいたら、10年後には「緊急事態に対処するために強いリーダーに全権を委ねよう。6割の国民を救えばよい。残りの足手まといの4割の弱者はどうなってもかまわない」というような社会になりかねません。そんな危機の淵に私たちは立っていることを自覚すべきです

このような危機を回避するためには持続可能性や平等を重視する、命の経済へと転換すべきです。この半世紀、私たちは「資本主義が社会主義なき時代における唯一の物語である」と信じ込まされてきましたが、その呪縛から解放される必要があると思います。

私たちは最悪の事態を避けるために、トップダウン型とは違う形で「人新世の複合危機」に対処する道を見出さないといけません。そして、それが「自治」という道なのです。

ところが一方で問題は、資本主義が、私たちを商品や貨幣に依存させ、自分たちで何かを決めたり、作ったりする力を奪っていっているところにあります。つまり、「自治」をする能力は、放っておくと、削られていくのです。

自分で考えたこと、構想したことを実行する能力もなくなり、なにかを生み出したり、決めたりする力が落ちています。自分で自由に決められるのはせいぜいコンビニでどんなお菓子を買うかということくらい。それくらい、私たちは他律的な存在に貶められている。

お任せ民主主義どころか、そのうちAI(人工知能)やアルゴリズムに政治や社会についての重大な決定を決めてもらう日が来てもおかしくありません。だからこそ、意識的に「自治」の力をつけていくことがこれまで以上に重要なのです。

「コモンの自治」に欠かせない“下から”の変革

――たしかに、他者と協働して大きな課題に取り組む力――自治の力を失いつつあるのが現実です。

斎藤 それどころか、小さな課題に取り組む力さえなくなっています。それだけに、みんなの共有の富である「コモン」を再生・拡大し、共同管理していくなかで、「自治」の力をつけていくのが大事なのです。他者と協働しながら、市場の競争や独占に抗い、共に生きて行くことを可能にするのが「コモン」です。「コモンの自治」には、「下から」の変革を重視するボトムアップ型の動き――社会運動が欠かせません。

もちろん、希望もあります。横暴な資本の動きにNOという市民の動きは、欧米だけでなく、日本でも少しずつ高まってきています。

取材/集英社オンライン編集部 写真/五十嵐和博 shutterstock

コモンの「自治」論

著者:斎藤 幸平 著者:松本 卓也 著者:白井 聡 著者:松村 圭一郎
著者:岸本 聡子 著者:木村 あや 著者:藤原 辰史

2023年8月25日発売

1,870円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-737001-0

【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ! 斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候変動。資本主義がもたらした環境危機や経済格差で「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も、生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。

『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。

【目次】
●はじめに:今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第1章:大学における「自治」の危機 白井 聡
第2章:資本主義で「自治」は可能か?
──店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第3章:〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第4章:武器としての市民科学を 木村あや
第5章:精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第6章:食と農から始まる「自治」
──権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第7章:「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
●おわりに:どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也

人新世の「資本論」

斎藤 幸平

2020年9月17日発売

1,122円(税込)

新書判/384ページ

ISBN:

978-4-08-721135-1


【「新書大賞2021」受賞作!】
人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
【各界が絶賛!】
■佐藤優氏(作家)
斎藤は、ピケティを超えた。これぞ、真の「21世紀の資本論」である。
■ヤマザキマリ氏(漫画家・文筆家)
経済力が振るう無慈悲な暴力に泣き寝入りをせず、未来を逞しく生きる知恵と力を養いたいのであれば、本書は間違いなく力強い支えとなる。
■白井聡氏(政治学者)
理論と実践の、この見事な結合に刮目せよ。
■坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
■水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。

【おもな内容】
はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
気候変動が文明を危機に/フロンティアの消滅―市場と環境の二重の限界にぶつかる資本主義
第2章:気候ケインズ主義の限界
二酸化炭素排出と経済成長は切り離せない
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
なぜ資本主義では脱成長は不可能なのか
第4章:「人新世」のマルクス
地球を〈コモン〉として管理する/〈コモン〉を再建するためのコミュニズム/新解釈! 進歩史観を捨てた晩年のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
生産力至上主義が生んだ幻想/資本の「包摂」によって無力になる私たち
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
貧しさの原因は資本主義
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
コロナ禍も「人新世」の産物/脱成長コミュニズムとは何か
第8章 気候正義という「梃子」
グローバル・サウスから世界へ
おわりに――歴史を終わらせないために

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください