なぜ「ラグビー早慶戦」は“特別”なのか? スターOBが明かす神秘の舞台裏「前日練習では相手校のジャージを着せたダミーにタックル」「ジャージは監督が塩で清めて…」〈廣瀬俊朗×五郎丸歩〉
集英社オンライン / 2023年11月22日 17時1分
毎年11月23日に行われる「ラグビー早慶戦」が今年で第100回を迎える。歴代OBも含めた双方の多くの選手たちが「負けることは許されない」と語る“特別な一戦”は、他とはなにが違うのか? 独特の緊張感と、決戦に向けた知られざる準備、儀式を両校のスターOBに聞いた。(前後編の前編)
早稲田の「横の展開」VS慶應の「魂のタックル」
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両校を代表するOBである五郎丸歩氏(左)と廣瀬俊朗氏(右)
――まずはおふたりが「早慶」に進学した動機、経緯を教えてください。
廣瀬俊朗氏(以下、廣瀬) 実は当初、早稲田に行きたいなと考えていたんです。高校時代は横に展開していく早稲田のラグビースタイルに憧れていました。でも、ぼくが高校3年のときに創部100年を迎えた慶応が14年ぶりに大学選手権で優勝しました。ちょうど進学先を考えている時期に、監督だった上田(昭夫)さんから「慶応大でやらないか」と電話や手紙をいただいたんです。慶応大は日本ラグビーのルーツ校で、伝統がある。その上、勢いもありましたからね。慶応大でラグビーを、と進学を決めました。
五郎丸歩氏(以下、五郎丸) 私の場合は、2つの年上の兄(五郎丸亮さん)の存在が大きかった。子どものころから兄と一緒にラグビーをやっていたんですが、いつか兄に勝ちたいという一心で、兄がプレーする関東学院大以外に進みたいと考えていました。早稲田に入る決め手になったのは、私が出場した九州大会を見に来ていた監督の清宮(克幸)さんに声をかけていただいたこと。
廣瀬 ゴローたちの世代は早稲田の黄金期だったよね。
五郎丸 早稲田の伝統は、ボールをバックスに展開していくスタイルのラグビーです。ただ私たちの世代は、重戦車と呼ばれた明治大に勝てるほど、フォワードも強かった。
早大ラグビー部には、大学選手権で優勝したときだけ歌うことが許される「荒ぶる」という部歌があって、これを歌うことが大きな目標になっていますが、我々の時代はそれ以上に、その先の日本選手権で社会人のチームに勝つことが最大のターゲットでした。トシさんが現役時代の慶応大はどんなチームだったのですか?
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佐賀工業高校時代には3年連続で花園に出場し、U17日本代表にも選ばれた五郎丸氏は、早大でも1年時よりフルバックのレギュラーとして活躍
廣瀬 1年生のときは前年の優勝メンバーが残っていて、ボールを蹴らずに継続していくラグビーをやっていこうとしていて。ただ2年時に早稲田に清宮監督が就任されて一気に力をつけていくなかで、自分たちはどんなラグビーで対抗していくべきか、どうしたら強くなれるのか……と模索し、試行錯誤する時期に入りました。
早稲田の横の展開、明治の重戦車フォワードに対し、慶応というと「魂のタックル」を連想するファンの方々も多いかもしれませんが、ぼくが学生だったころは、タックルだけがチームを象徴するという印象はなかった。いま振り返ると、時々の選手の適正やチームの状況でラグビースタイルが変化していたように思いますね。
「早稲田の地響きのような応援はやりにくかった」(廣瀬)
――ラグビーにおいても早慶戦は特別な一戦だと思いますが、おふたりがそのことを感じるようになったきっかけや出来事はありますか?
廣瀬 高校時代から早慶戦を見ていましたが、当時はそこまで特別だとは感じていなかったように思います。入学してから徐々に、ですね。特にOBの方々や先輩たちの早慶戦に対する熱量がすごいんですよ。それに慶應幼稚舎から内部進学してきた選手たちの愛校心や早慶戦に対する思いもとても強いものがある。そうした周囲の人たちに感化されながら「特別な一戦」という意識を持つようになった気がします。
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北野高校時代、ラグビー高校日本代表にも選出された廣瀬氏。慶應大ラグビー部ではキャプテンとしても活躍した(左から二番目が廣瀬氏)
五郎丸 私もそうですね。入学した後に、4年生たちが早慶戦に賭ける思いに触れながら、どんなスゴい試合なんだろうと想像して11月23日を待ちました。
廣瀬 ぼくは2年生ではじめて早慶戦のメンバーに入ったのですが、当時、秩父宮ラグビー場の客席は早稲田ファンが圧倒的に多いから、ラインブレイクされたときの盛り上がりが本当にスゴくて。地響きで秩父宮が揺れているのかと錯覚するほどの声援なんです。衝撃的でしたし、とにかくやりにくいなと思いながらプレーしたのを覚えています(苦笑)。
――五郎丸さんが佐賀工業高校3年生のときに、廣瀬さんは大学4年生で、キャプテンとして早慶戦を戦っていますが、覚えてらっしゃいますか?
五郎丸 もちろん鮮明に記憶に残っています。11月23日は、高校のラグビー部のみんなで視聴覚室で早慶戦を観戦しました。慶応はほかの強豪大学と違って、スポーツ推薦の選手が少ない印象だったんですが、活躍するトシさんを見て、慶応もいい選手を集めているんだなと思いました。
廣瀬 最後の早慶戦はそれまでとはまったく違って特別な場でしたね。というのも、それまでは自分がいいプレーをして、チームに貢献しようという意識が強かった。でも4年生になると自分のプレーよりも、チームのみんながどんな想いでプレーをしているのか、どんなラグビーをしたいのか、そんなことばかり意識するようになりました。
あとは学年が上がるに従って感謝の範囲が広くなっていったのを覚えています。試合に出られない4年生もいる。監督やコーチ、親、下級生、OB……本当に多くの人に支えられているわけです。そうした人たちへの感謝の気持ちが湧き上がってくるなかで、最後の11月23日を迎えましたね。ゴローは1年生のときから試合に出ているけど、初めての早慶戦はどうだった?
おしこみ、ダミーへのタックル、落ち葉拾い…早慶戦ならではの伝統行事
五郎丸 おそらく、初めて超満員の秩父宮ラグビー場でプレーしたのが早慶戦でした。NHKで全国中継されますし、子どものころから見ていた早慶戦に自分も出るのかと思うと不思議な気持ちがしましたね。
廣瀬 ぼくも早慶戦は毎回緊張した。学生時代はあんな大観衆の前でプレーできる機会なんてほかにないですからね。
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昨年は19―13で早稲田が勝利した。はたして今年は?(写真/AFLO)
五郎丸 私はその最初の早慶戦で、早稲田大学ラグビー部と、早慶戦の伝統を知った気がします。毎年、早慶戦の前日練習では、慶應のタイガージャージを着せたダミーにタックルするんです。慶應はどうでしたか?
廣瀬 早稲田大のジャージを着せてタックル…やったかもしれないですね。
五郎丸 早稲田のラグビー部の伝統で言えば、早慶戦前には「おしこみ」というしきたりがありました。お守り、塩、米、水を並べて、1年生が決められた通りに畳んだジャージを並べていくんです。そのジャージを監督が塩で清めて、お守りと一緒に選手に手渡してくれます。
メンバーに選ばれていても、1年生は全員ジャージを畳むという決まりがあったので、本当に苦労しました。ジャージのサイズを間違えたり、お守りなどの伝統儀式に必要な物の準備を怠ると、上級生に厳しく指導されました。
あとは早慶戦の前夜、グラウンドに落ち葉がひとつ残らないように徹底的に拾う「落ち葉拾い」という行事も忘れられません。あとは早慶戦、早明戦という伝統の一戦が近づくと寮に「緊張」と筆で記された紙が張り出されます。
廣瀬 そうしたひとつひとつの積み重ねが、早慶戦の重みにつながっていくんでしょうね。
今年で100回目ですから、100年分の積み重ねがあるわけで。そして選手たちだけではなく、ファンの人たちもその歴史や重みを知っている。そんななかで選手たちはプレーができるわけですから、そこは日本の大学ラグビー、そして早慶戦の最大の魅力だと感じますね。
構成/山川徹
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