「人生で大切なことはすべて早慶戦に学んだ」組織論と真剣勝負、人とのつながり…スターOBが語るラグビー早慶戦の「人間賛歌」〈廣瀬俊朗×五郎丸歩〉
集英社オンライン / 2023年11月22日 17時1分
毎年11月23日に行われる「ラグビー早慶戦」が今年で第100回を迎える。両校のスターOBに「この伝統の一戦がほかの試合とは何が違うのか?」を聞いた前編に続き、後編では大学ラグビーや早慶戦での経験が現在の活動に与えた影響や、交友、マネジメント論を聞いた。(前後編の後編)
弱冠22歳で120人の組織をまとめる難しさ
――現在、廣瀬さんは「株式会社HiRAKU」を起業し、次世代のリーダーを育成するプロジェクトに従事。五郎丸さんは所属する静岡ブルーレヴズのスタッフという立場を越え、日本ラグビーの顔として、ラグビーの普及活動にたずさわっています。おふたりのなかで、大学ラグビーでの経験は現在にどのような形で生きているのでしょうか。
廣瀬俊朗氏(以下、廣瀬)大学時代にキャプテンを経験して実感したのは、弱冠22歳の若者が120人もの組織をまとめる難しさです。当時強豪だった関東学院大や帝京大では、高校時代に活躍した選手がたくさん在籍していて、部員みんなが日本一を目指すというモチベーションを持っていたはずです。
それと比べると慶応はバックグラウンドの異なる選手たちで構成されたチームでした。自己推薦の制度はあったものの、スポーツ推薦は厳密には存在していない。慶応高校からの内部進学者が多いですし、一般入試を経て入部する人もいる。本気で日本一を目指す選手も、そうでもない選手もいれば、裕福な家庭で育った人も普通の家庭の人もいる……。
キャプテンに就任したときに悩んだのは、モチベーションがばらばらな選手をまとめるために、どのような目的を設定すればいいかということでした。チームについて、仲間について、そしてラグビーについて、とことんまで考えた1年でした。本当に貴重な経験だったと思います。
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廣瀬俊朗氏。2016年に現役引退し、現在は株式会社HiRAKU代表取締役として、ラグビーに限定せずスポーツの普及、教育、食、健康に重点をおいた様々なプロジェクトに取り組んでいる
五郎丸歩氏(以下、五郎丸) その気持ちはとてもよくわかります。私の場合は幸運にも早稲田が強かった時代にプレーさせてもらいました。私が在籍した4年間では、練習試合も含めて大学生相手には2回しか負けなかった。でも、そんな勝利が当たり前の環境だからこそ、上級生になったときには難しさも感じました。部員は120人から140人もいますが、すべてをラグビーに賭けている選手もいれば、そうではない選手もいます。
当時の早稲田は、日本選手権で社会人のチームに勝利するという目標を掲げていたんですが、そのためにも私が4年生のときのチームは、意欲の高い選手だけを引き上げて、とにかく勝ちにこだわっていこうとしたんです。そうすれば、結果的にボトムアップを図れるのではないか、と。ただ、勝利という結果を求めるあまり、少し柔軟性に欠けた組織運営をしてしまったのかなと思うことがあります。
「真剣勝負」に勝てなかった悔しさがその後の原動力に
廣瀬 とはいえゴローたちがプレーした時代の早稲田は日本選手権で社会人に勝ったこともあったし、3度も大学日本一になれた。これは本当にすごいことで。たとえ社会人チームに勝つというチャレンジが失敗したとしても、その経験はきっと将来に活かされる。
五郎丸 そうですね。もちろんラグビーだけが人生のすべてではないですし。ラグビーに限らずとも、チームや組織にはさまざまな考えを持つ人間がいて、それらを受け入れていく必要がある。その意味で大学ラグビーを通して、組織の多様性を維持する大切さを知りました。勝ち負け以上に重要な価値に気づけたように思います。
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五郎丸歩氏。2021年シーズン終了をもって現役引退し、現在は静岡ブルーレヴズの「クラブ・リレーションズ・オフィサー」兼、企画ユニットリーダーとして試合運営やイベントなどの提案・企画・実施などを行っている
廣瀬 早慶戦を通して、ぼくがもうひとつ実感したのが、真剣勝負ができる場があることのありがたさです。ラグビーは団体スポーツでは最も多い15人対15人、リザーブのメンバーも入れれば、23人対23人で対戦します。ひとりでは、当然戦えない。チームメイトがいて、その上で早稲田や明治というライバルがいたからこそ、真剣勝負ができた。そしてその真剣勝負に勝てなかった悔しさが、社会人でもラグビーを続ける原動力になった。
――ラグビーでは、試合後に相手チームの選手たちと健闘をたたえ合いながら食事をしたりする交流会、「アフターマッチファンクション」があります。これはまさに勝ち負け以上に大切な価値があることを象徴する、ラグビーならではのイベントですよね。
廣瀬 アフターマッチファンクションは、試合後に敵味方一緒になって、食事をしたり、ビールを飲んだりして互いに語り合う場です。大学の場合は立食形式ですが、テストマッチ(国と国との真剣勝負)ではきちんとしたパーティが開かれ、その国の文化やコミュニティを知る機会になる。試合では敵同士ですが、同じスポーツを愛する仲間という意識を共有できるとても大切な場だと感じますね。
ぼくらの世代は早稲田にほとんど勝てませんでしたが、早慶戦後のアフターマッチファンクションでも学ぶことは多かったように思います。正直、負けたら悔しいし、腹も立つ。でもふて腐れていたら格好悪いから、気持ちを切り替えて、アフターマッチファンクションを楽しんだ。負けても凜とした姿を見せたいなと。
五郎丸 トシさんらしいですね。アフターマッチファンクションは互いのチームの健闘をたたえ合うだけでなく、レフリーも参加します。そこでは我々もレフリーに感謝の言葉を伝えますし、レフリーからアドバイスももらえる。本当にいい空間なんです。
ただコロナ以降は会食が制限された影響もあり、アフターマッチファンクションを行わないケースも増えてきているんです。そもそも試合を終えたばかりの選手がビールを飲むのはいかがなものか、という声もある。確かにアスリートとして身体を気遣いたい気持ちもわかりますが、対戦相手や関係者との交流を大切にするラグビー文化は守っていってほしいですね。
早慶戦は「人と人とをつなぐ場」でもあった
――大学で現役を引退する選手も大勢いる中で、あらためて「早慶戦」の意義についてどのようにお考えでしょうか。
五郎丸 ラグビーでは大学後もプレーを続けられる選手はごくわずかです。でも、高校、大学で経験した選手が引退後にラグビーを支えていく存在になってくれています。それはきっと早慶戦のような真剣勝負の場があったからだと思いますし、今、思えば「人と人とをつなぐ場」でもあったといえると思います。
廣瀬 ラグビー憲章にも掲げられていますが、ラグビーは「尊重」「規律」「情熱」「結束」「品位」という5つの価値を大切にするスポーツです。多様性やインクルージョンを包摂しますし、なおかつコンタクトもあるからキツい。それを4年間、仲間とともに取り組んでいくことで育んだ連帯感というのは本当に大きいですよね。
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五郎丸 勝敗は、瞬間的な結果ですが、人間関係は生涯続いていきますからね。
廣瀬 現に、いまぼくのプロジェクトにはたくさんの元ラガーマンが、かかわってくれています。大学の垣根もなく、そこには選手時代のレベルも関係ありません。
五郎丸 私もそうです。2016年にフランスのRCトゥーロンというクラブでプレーしましたが、慣れないフランスでの生活を支えてくれたのが、日本でのプレー経験がある外国人選手たちでした。
廣瀬 早慶戦は、毎年11月23日と決まっているじゃないですか。OBたちも同窓会のような形で応援にきてくれるし、これは学生時代からとてもよくできた仕掛けだなと感じていました。もちろん、これまで築いてきた伝統は大切ですし、ぼくらもタスキをつないできた自負がある。ただこれからも伝統に甘んじず、早慶戦は新たなチャレンジができる場であってほしい。そうすれば、50年後も100年後も早慶戦は意義を持ち続けるのではないかと感じます。
五郎丸 そうですね。今年100回目の早慶戦が迎えられるのは、たくさんの先輩たちの努力やチャレンジがあったからこそ。記念すべき100回目の早慶戦の舞台立てる選手たちには、仲間との時間だったり、その特別なフィールドを存分に楽しんでほしいですね。
構成/山川徹
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