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「奥さん」呼びは時代遅れ…じゃあ「妻さん」と呼ぶの? 言語学者が提案する既婚女性の“新しい呼び方”とは?<11月22日いい夫婦の日>

集英社オンライン / 2023年11月22日 11時1分

既婚の女性を指す言葉「奥さん」。女性の社会進出や男女平等の時代に、「看護婦さん」「保母さん」などの表現はめっきり耳にすることがなくなったが、「奥さん」がいまだ使われ続けているのはなぜだろう。11月22日の「いい夫婦の日」にちなんで、日本語とジェンダーについて専門家に聞いてみた。

「奥さん」呼びが広まった歴史

「奥さん」という言葉には、ネガティブなイメージを持つ人もいる。その理由としてよく挙がるのが、「家の奥にいる人」という前時代的な意味合いで、家族のために掃除や洗濯、料理といった家事をせっせとこなす姿を連想させるというものだ。

写真はイメージ photo/Sutterstock

「まずは『奥さん』がどのように広まっていったのか、歴史的に見ていく必要があります」



東京外国語大学・名誉教授の井上史雄さんが話す。

「江戸時代の長屋のように家が狭いと玄関を上がってすぐに行き止まりで、家の奥はありませんよね(笑)。『奥さん』とはもともと、広い屋敷に住んでいる武家、それも身分の高い人にだけ使われていた言葉なんです。

今でも、代々続いている商店や旅館では『おかみさん』と呼ぶように、商家では『おかみ』が使われていました。農家では、『かあちゃん』『おっかさん』『かかあ』など。その呼び方は豪農や自作農、小作農でも分かれていたようです。

ところが戦後、高度成長期にサラリーマンがスーツを着て働くようになると、中流以上の専業主婦を『奥さん』と呼ぶようになった。そしてさらに時代を経るにつれ、職業や社会階層による区別なく『奥さん』と呼ぶのが一般的になりました」

「奥さん」をみんなが使うようになった背景に、人を直接指すのを避ける「直示の忌避」がある。人差し指で人を指すのは失礼だが、手のひらを返し、5本指すべてで示すほうが角が立たない。言葉も同じで、直接名前を呼ぶと場合によっては無礼な印象を与えかねない。

「取引先の社長に『奥さんはお元気ですか?』と聞くところを、たとえば、『美代子さんはお元気ですか?』と言ったならばどうでしょう。なんだか慣れ慣れしいな、と思われてしまうこともあるでしょう。『奥さん』は名前を直接呼ばず、敬意を込めて呼ぶことができるので、機能的に優れた言葉なんです」

提唱された「妻さん」は普及せず

1960年代からの女性解放運動、1970年代のウーマン・リブの流れを受けて、1980年代には「奥さん」ではなく別の呼び方が提案されたこともあった。

「女性蔑視にあたる言葉をやめよう、もっと中立的な言い方にしようと、『奥さん』の代わりに提唱されたのが『妻さん』。たしかに、夫、妻という言葉は役所の提出書類にも使われ、もっとも平等だとされています。

しかし、『妻さん』『夫さん』などと言うとなんだか面倒くさい人だな、ジェンダーについて一家言ありそうだな、などと色眼鏡で見られてしまうこともあるでしょう。聞き手がイデオロギーを感じとってしまう、政治色がにじみ出る言葉というのは、なかなか普及しないんです」

写真はイメージ photo/Sutterstock

夫婦共働きが当たり前になってくると、「奥さん」と呼ばれるのに違和感を覚える人がいるのも無理はない。しかし、「奥」の意味をマイナスに捉える必要はない、と井上さんは言う。

「奥行きがある、奥が深い、というように『奥』にはよいイメージを持つ表現が多い。逆に『妻』には、刺身のツマに代表されるとおり、添え物という意味もある。その言葉の語源について論じるより、どうして多くの人に受け入れられてきたのか、時代にかなった形にするにはどう変えるのがよいかを考えることが大事でしょう」

「奥さん」は、もともと尊敬語だ。「部長の奥さん」「向いの奥さん」など第三者の配偶者を指すときに使う。しかし、近年、言葉の性質が変化しているという。

「たとえば、『いやぁ、僕の奥さんが昨日ね……』などと自分の妻に対して使う例が増えました。もともと妻側を持ち上げる尊敬語だったのに、夫側を一段下げる謙譲語としても使われるようになってきたのです。この用法は若い人を中心に広がってきています」

言語学者「近い将来、新しい呼び方が生まれる」

では、なぜ尊敬語が謙譲語にもなるという珍しい現象が起きているのか。その理由は「敬意逓(てい)減の法則」にある。

「尊敬語というのは、何度も使われ、一般化し、繰り返し耳にするようになるとありがたみが減ってしまうのです。『君(きみ)』はもともと帝王や諸侯などを指しましたが、時代とともに敬意が薄れ、一般人に使われるようになりました。

『貴様』のように敬意が減り続けた結果、相手を挑発するような失礼な言葉になってしまう、これを『敬意逓減の法則』といいます。『奥さん』は今でも尊敬語として使われている一方で、謙譲語の役割まで担ってきているのは、時代とともに敬意そのものが低減してきたからでしょう」

言語学者の井上史雄さん

「奥さん」より丁寧な言い方に「奥様」がある。こちらも、かつては山の手の邸宅に住むような専業主婦を指していたが、今では営業担当者がセールストークで既婚者女性を一段上げるのによく使う。

このまま「奥さん」「奥様」が使われ続けると、言葉の丁寧さ、ありがたみがさらに薄れていく。そこで、すり減った敬意を補う手段として、近い将来、既婚女性を指す新しい呼び方が生まれる可能性がある、と井上さんは考えている。井上さんの提案はこうだ。

「私が提案するのは『奥方様(おくがたさま)』という呼び方です。『奥さん』『奥様』の流れをくみ、最大限の敬意を込めた言葉として、試してみる価値は十分にあるでしょう。日本語には『部長』『教授』『監督』といった役職で呼ぶ文化があります。職場を離れても、飲み屋などで役職が通称になっている人がいるでしょう。

本当はヒラ社員であっても仲間内で『社長』『先生』と呼ぶこともある。家族間でも『新しいゴルフクラブがほしいんだけど、うちの財務大臣がね……』など冗談を言うことも。こうした背景も踏まえ、『奥方様』という言葉には新たな日本語の可能性を感じます」

取材・文/小林 悟
編集/一ノ瀬 伸

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