前科者より厳しい中高年の高学歴難民の就労事情「プライドが高く、相手のミスを過剰に責めるうえに、肉体労働はできない」
集英社オンライン / 2023年11月28日 8時1分
年齢が上がれば上がるほど、男性の「高学歴難民」は増えるという。プライドの高さゆえに、友人にも恋人にも頼ることができず、親も高齢化、そんな高学歴男性は最も孤立しやすく、エスケープルートが見つけにくいからだ。前科者より厳しいと言われている、高学歴中年男性難民の就労事情を届ける。
突き付けられる自己責任
ここまで紹介してきた事例では、大学院入学の選択が難民化の分岐点になっているようです。進学理由は、「社会を変えたい」といった高い志からというより、「就活のタイミングを逃した」「就職試験に落ちた」といったモラトリアムとしての大学院生活が主たる目的だと語っている人は少なくありませんでした。そんな不純な動機だから難民化するのだと世間様からお𠮟りを受けそうですが、長期の大学院生活を経て研究職に就いている人の中にも「会社員になりたくなかった」「まだ働きたくなかった」など、社会に出る準備ができていないために大学に残ったという人もいます。
行き当たりばったりの選択が必ずしも難民化を招くわけではありません。家庭の事情や体調の変化、人間関係のトラブルなど、綿密な計画を立てていたとしても、さまざまな要因から計画が狂うことはありうるのです。
一流大学でいくつもの学位を取得しながら、1000万円の借金返済のためにフリーター生活を続ける博士課程難民の栗山悟さんは、行く先々で嘲笑の的となり、貧困から抜け出したいと参加したグループでは、実家で衣食住に窮することのない生活状況を、甘えていて情けないと非難され、学歴がなくとも、著書を持ち、既に一定の社会的影響力を有する活動家からは、大学院生活という十分な時間と機会を与えられていたにもかかわらず、自分の足元にも及ばない存在だと侮辱されます。
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「落ちるに落ちられない、上がるに上がれない」という栗山さんの嘆きは、社会的弱者として救済される権利も、社会人として自立した生活を送る権利も自分には与えられていないという絶望を感じます。
虐待や貧困など、自分では選択できない環境によって教育の機会を奪われている人々にさえ自己責任論が突き付けられ、救済が後回しにされている現在、高学歴難民の事情まで汲み取ることができる人はそう多くはないでしょう。
高学歴難民同士が悩みや情報を共有し、難民生活を共に支えあうコミュニティが必要だと考えます。
中年男性高学歴難民の
前科者より厳しい就職事情
高学歴難民が社会的に孤立する要因として、連帯することの難しさがあると思われます。とりわけ、男性難民は学歴のプライドに加え、男としてのプライドの高さが連帯を妨げ、孤立を招いていると感じます。プライドが高いというのは、裏を返せば自己肯定感が低いのです。
現状を周囲に知られたくないゆえに、遠方にまで移住する人も少なくなかったのです。元々、集団生活に馴染まない人も多く、他のマイノリティのように、連帯を呼び掛けたり、高学歴難民としてアクションを起こしたりする人はなかなか出てこないのかもしれません。
法曹難民の相澤真里さんや井上俊さんのように、結婚がエスケープルートになるケースも多々あります。専業主婦を選択した相澤さんのような女性は珍しくない一方で、法曹資格を取得した妻の下で働く井上さんのような男性への評価は厳しく、井上さんの60代の両親は、世間体が悪いと未だに転職を進めてくるそうです……。
秋篠宮ご夫妻の長女・眞子さんの夫・小室圭さんも米国の司法試験に合格するまで「ロイヤルニート」などと揶揄され、激しいバッシングに晒されていました。
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それでも井上さんは、他人に陰で何を言われようが、安定した給料を得、パートナーと共にいる人生の方が、高学歴難民より何倍も幸せだと主張しています。
年齢が上がれば上がるほど、女性に仕事を世話されたくはないと拒絶反応を示す男性難民は多いです。しかし、若い頃より、就職の選択肢が減るのは、年齢が上がってからです。友人にも恋人にも頼ることができず、親も高齢化している中年男性高学歴難民が最も孤立しやすく、エスケープルートが見つけにくいと言えます。
私は、刑務所出所者の就労支援も行っていますが、より就労のハードルが高いのは、圧倒的に、中年男性高学歴難民です。会社が嫌がる理由は、肉体労働が続かない、事務処理能力が低い、コミュニケーションができず独断で進めてしまう、相手にミスがあれば過剰に責めるなど、こうした特徴は、加害者となった高学歴難民の事例からも読み取ることができるでしょう。
昼夜逆転の生活に慣れた高学歴難問に関して、規則正しい生活を送ってきた出所者より集中力に欠けると指摘されたことがあります。就労意欲も高いとは言えず、最も就職が難しい人々かもしれません……。
憧れの高学歴難民
ここからは少し、私の体験を書きたいと思います。私は1977年に宮城県仙台市で生まれています。私には、13歳の頃に出会って以来、ずっと人生の目標としている人がいます。「先生」と呼んでいたその男性はよく、自分を「高学歴難民」だと自嘲していました。
当時の私は幼すぎて、その悩みの深刻さを理解できませんでしたが、先生の体験は、今まで出会ってきた高学歴難民の中で最も過酷だと記憶しています。
そして、私が今でも世界で最も尊敬する人物は、学者でも作家でも著名人でもない、高学歴難民の先生です。
先生に惹かれた理由は、誰とも違う雰囲気を感じたからです。しかし、余裕にさえ映っていたその暮らしぶりは、砂上の楼閣でした。先生には遺産のように自由に使える財産があったわけではなく、生活費はすべて家族に管理され、誰にも縛られず、自由に見えていた人生は、裏ではすべて家族に支配されていました。
先生は、1950年に在日韓国人として神奈川県で生まれたと聞いています。父親は、会社を経営していましたが、経営が安定するまで家庭は経済的に不安定で、生活に困窮した時期もありました。家族は全員、中卒で、学歴に価値を置かない家族でした。借金が膨らみ、家族が夜逃げしなければならなくなった時、先生は知人の外国人の老夫婦に預けられることになってしまいます。
生まれた家庭には本などありませんでしたが、一時的に養育してもらった老夫婦は教育熱心でたくさん本や辞典などを買い与えてもらったことから勉強が好きになり、英語も身につけることができました。家族からは中学を卒業したら実家を手伝うように言われてきましたが、進学したいと思うようになりました。しかし、傾きかけていた父親の会社は持ち直し、会社を手伝うようにと実家に連れ戻されることになります。学校の先生の勧めもあって、なんとか高校進学は許されたのですが、大学進学については絶望的でした。
先生が高校生になった頃、父親の会社の経営は、先生の兄である長男に任されるようになりました。先生は長男と年が離れていて、母親は先生が産まれてから体調を崩して入院を繰り返すようになり、まもなく亡くなりました。先生は長男から、母親が亡くなったのはお前のせいだと責められ、時に暴力を振るわれました。大学に行きたいなどと言えば、長男に何をされるかわからない家庭だったのです。
ところがある日、長男は、父親の再婚相手の息子で、義理の弟と口論になり、弟を刺し殺してしまったのです。長男は刑務所で服役することになりました。長男不在の間、会社や家庭の事件は、継母が握ることになりました。継母は、先生を可愛がっており、性的虐待に近い行為を強要されていました。
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継母は、長男が服役している間であれば、大学でも留学でも好きにして良いと、学費を援助してくれると言いました。しかし、父親からは一流大学に合格するようにとの条件が出され、一浪の末、進学することができました。大学院に進み、海外留学していた頃、長男の出所に伴い帰国を命ぜられ、留学の費用は断たれてしまいました。東京で会社を始めた長男から、東京を出ていくようにと命じられ、高学歴難民として地方をさまようことになったのです。
先生は学習塾や英会話学校で非常勤講師を務めることもありましたが、基本的に生活費は家族の仕送りでした。継母は、先生を支配しておくために自立してほしくなかったのです。知人の伝で就職したこともありましたが、そのたびに家族は会社に嫌がらせをして退職せざるを得なくなりました。結婚も同様の手段で破談にされています。
それでも、長男の会社でこき使われるよりは、地方での難民生活を選んだのです。
何のために学ぶのか
「どうして高校に行くの?」
真顔でそう尋ねる先生に、私は変なことを聞く人だと首を傾げました。理由はただひとつ、皆が行くからです。さすがに、高校受験をしないという人は周りにいませんでした。
「皆と同じでいいの?」
そう詰め寄られても……、私は返す言葉もありませんでした。
私は小学生の頃から、文章を書くことが一番好きでした。表彰されることも多く、夏休みに入ると、今年はどんなテーマで書こうか、本は何を読もうか、いつもワクワクしながら「研究ノート」を作成していました。この作業は、現在でも続いています。
私の両親はふたりとも大学を出て、仕事を持っていました。祖母も教師をしており、当時の女性としては珍しく大卒でした。私も当然、どこかの大学は卒業して働くのだと漠然と考えていました。
家族は皆、読書家で家にはたくさんの本がありましたが、学校の成績にうるさい家族ではありませんでした。家族からプレッシャーをかけられるようなことはなく、同世代の男の子たちが少しでもいい大学を出ていい会社に入ろうと、死に物狂いで受験勉強を戦っている一方、私は競争には無関心でした。
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先生と出会ったことで、私には義務としての教育以外に、学ぶ意味が生まれました。何のために学ぶのか──。それは先生のように、他者に気づきを与える人になりたいと思ったからです。まずは、先生とそつなくコミュニケーションが取れるように、私はさまざまな新聞を読み、先生の好きな岩波文庫を読み漁るようになりました。その甲斐あって作文は上達し、洞察力や文章センスを先生から褒めてもらえるようになりましたが、学校の勉強とは直接関係がないので、学校の成績は下がっていきました……。
社会活動に取り組むベースとなる経験を積んだのもこの時期です。先生は、私にいろいろな分野の社会活動家や専門家から話を聞く機会を作ってくれました。私は彼らの経歴や行動力に「凄い」としか反応できませんでしたが、
「凄いように見えて無難なことをしてるだけ」
と評価はいつも辛口で、既存のあらゆる団体、専門家を辛辣に批判していました。
「支援の網の目からこぼれる人々の支援」は私の生涯の課題となりますが、救済を求めていたのは先生自身だったということに気がつくのは、何年も後になります。
写真/shutterstock
高学歴難民 (講談社)
阿部 恭子
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10月19日発売
¥990
192ページ
978-4065330869
学歴があれば「勝ち組」なのか?
月10万円の困窮生活、振り込め詐欺や万引きに手を染める、博士課程中退で借金1000万円、ロースクールを経て「ヒモ」に、日本に馴染めない帰国子女、教育費2000万円かけたのに無職……
「こんなはずではなかった」誰にも言えない悲惨な実態!
【目次】
序章 犯罪者になった高学歴難民
第1章 博士課程難民
第2章 法曹難民
第3章 海外留学帰国難民
第4章 難民生活を支える「家族の告白」
第5章 高学歴難民が孤立する構造
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