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「僕たちは民衆なのに、権力者目線で戦争を語りすぎている」戦争の痛みを描き続ける塚本晋也監督が『ほかげ』と森山未來に託した平和への祈り

集英社オンライン / 2023年11月24日 13時1分

塚本晋也監督と森山未來がタッグを組んだ映画『ほかげ』は、終戦後の闇市を舞台に、絶望を抱えたまま生きる人々を描いた物語。映画に込めたメッセージに迫った。

次世代が戦争に巻き込まれないための祈り

左から森山未來、塚本晋也監督

──『野火』(2014)、『斬、』(2018)に続き、監督は新作『ほかげ』(2023)でも戦争の痛みを描いていますが、本作について「どうしても作らずにはいれなかった祈りの映画」だとコメントされていますね?

塚本晋也(以下、塚本) 『ほかげ』の準備をしているときに、ロシアとウクライナの戦争が始まりました。この戦争は、これまでの歴史を踏まえてもまったく違うものだと感じたんです。今の時代にこんなに突然、襲いかかるように勃発する戦争はあるのかと、正直、絶句しました。



僕がとても心配しているのは、次世代の人たちが戦争という恐ろしいものに巻き込まれてしまうのではないかということです。その危険がだいぶ高まっているように感じてしまいました。そうならないように、という祈りを込めて、この映画を作っています。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

森山未來(以下、森山) 昔は情報を共有するツールが今ほどなかったから、戦争をする意味、大義名分を作ることができたのではないでしょうか。でも今回、ロシアがウクライナに戦争を仕掛けたのも、アメリカのイスラエルへの介入についても、情報社会になったことで、いろいろなことが露呈しているように感じます。

塚本 情報の共有はとても大事です。情報がきちんといかないところ、情報をシャットダウンするところでは、権力者に都合のいい偏った情報しか出てこない。そこがもっとも危ないことだと思います。

──塚本監督が想いを込めた『ほかげ』の脚本を受け取り、森山さんはどのようなことを感じましたか?

森山 僕はまず塚本さんから声がかかったというだけで、この映画に飛びつきました。役に関しては、塚本さんと話し合いながら、演じるテキ屋のキャラクターのバックボーン、衣装、髪型、振る舞いについて考えました。

戦争孤児を連れ、ある目的を果たすために旅に出るテキ屋を演じた森山未來
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

塚本 『ほかげ』では、闇市に渦巻くカオスな世界を描きたいという気持ちがありました。森山さんが演じたテキ屋さんをはじめ、愚連隊、ヤクザなどがいる本当に混沌とした世界だったので、それが描けたらいいと。テキ屋さんのプロフィールは映画で詳しく描かれていませんが、設定を森山さんにお話したところ、見事に体現してくださいました。

渋谷のガード下で見た光景

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

──塚本監督は、子供のころに闇市の名残のような場所を見た記憶があるそうですね?

塚本 渋谷のマークシティがある場所は、かつて渋谷駅のガード下で、シートの上にガラクタを並べて売っていたり、傷痍軍人さんがアコーディオンを弾いていたりした場所なんです。

当時は子どもだったから、そこに戦争の影が落とされているとは思わず、おもちゃを物色したりして楽しんでいました。ただ傷痍軍人さんだけは「この人はどうしたんだろう?」と気になっていて。その記憶は自分にとって大事な原風景なので心に留めています。

趣里が演じたのは、半焼けになった小さな居酒屋で身体を売って生計を立てる女
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

生命力あふれる魅力的なテキ屋を演じた森山の存在感は必見
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

──劇中では身体を売ることを斡旋された女、右腕が動かない謎のテキ屋、戦争孤児など、登場人物に名前がありません。唯一テキ屋だけ、後半に名前が明かされますが、監督が登場人物に託した思いを教えてください。

塚本 趣里さんが演じた女、河野宏紀さんが演じた復員兵、塚尾桜雅君が演じた戦争孤児などは、当時たくさんいました。みんな戦争の被害者なのに人間扱いされず、名前もあってないようなものだった。テキ屋さんも最初は謎めいた存在ですが、最後に彼に名前があることがわかる。僕はそこで観客のみなさんにほっとしてほしかったんです。

戦後の混乱の中、必死に生きている不特定多数の人たちにも、ひとりひとり名前がある。僕は脚本を書きながら、テキ屋の名前が出たときにダイナミズムを感じました。

──俳優さんたちの肉体から伝わってくるものが大きい映画だと思いますが、森山さんだからこそ託せた部分はありますか?

塚本 森山さんには、体から発するエネルギーの強さを感じます。大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』を見たときも、走っている姿に見入ってしまって。うまく言葉にできないのですが、力強さ、身体能力の高さ、バランス感覚のよさに圧倒されました。

ある日の撮影が終わったあと、コンクリートの上に敷き詰めた土をみんなで掃除をしていたんです。そしたら向こうから土煙をあげてダンプカーみたいなのが迫ってきて。なんだろうと思って見たら、森山さんでした(笑)。

土を掃きだすのを手伝ってくださったんですが、リズムカルな動きをしながらもすごい迫力で。『ほかげ』のDVDやブルーレイが出るときに、許可をいただいて収録したいくらいです。

軽やかで生命力に溢れたイスラエルのダンス

──森山さんは10年前にイスラエルに1年間滞在し、ダンスカンパニーなどで活動されていましたよね。現在のイスラエルの状況について感じることはありますか?

森山 純粋に現地にいる友人・知人たちの身の安全を願っています。

イスラエルの今を僕が語るのは、誤解を生む可能性もあるので難しいところです。報道ではガザもハマスも一緒くたになっている印象があり、公平に正確に報道してほしいという思いもあります。この問題には政治的なこと、イスラエルの歴史などさまざまな問題が絡んでいるので、語るのは悩ましいです。

──ダンスも含めて、当時、現地で感じたことを教えてください。

森山 肉体を使った表現、コミュニケーションなど、イスラエルのダンスには人間の本質が宿っています。その熱量は膨大で生命力に溢れています。

イスラエルという国家には何千年も続くユダヤの思想が横たわっていますが、文化としては離散し続けているので、まさにダイバーシティ状態。そもそも建国したのが1948年という若い国ですから。

でも、だからこそ、自分たちのカルチャーや表現を謳歌している空気感がありました。そこが日本との違い。日本は歴史があり、熟成された素晴らしいカルチャーを持っていますが、熟成されているがゆえに細分化され、身動きが取れなくなる場合もある。

イスラエルのカルチャーはその対極にあります。今を謳歌しながら表現に繋げていて、その軽やかさは魅力的だし、大いに刺激を受けました。

民衆レベルで世界を見つめるには

──塚本監督は映画を通して戦争の痛みを描き、次世代に悲劇を連鎖させないよう尽力されていますが、現在進行形で戦争が起こっている今、私たちが民衆レベルでできることはあるのでしょうか?

塚本 ひとつ言えることは、僕たちは民衆なのに、権力者と同じ目線で戦争を語っているのではないか?ということです。戦争が始まったら、兵士として戦地に行くのは権力者じゃない。彼らが決断し、戦地へ送り込むのは民衆の若者たちです。そして相手国も同じように、若者たちが戦地に送り込まれる。

戦争さえなければ仲よくなれたかもしれないのに、恨みのない者同士が戦わざるを得なくなるわけです。だから僕たちは民衆レベルで戦争を見つめないといけないと思います。敵も味方も死なないで済む方法はないのかと、一生懸命考えないといけないと思うんです。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

そのためには、その方法を我々の民衆の力で政治に反映させていくこと。そういう観点も含めて政治家をシリアスに選んでいく。今はより選挙に行くことの重要さを感じます。

武器を持ったほうがいいと考える人、持たないほうがいいと考える人、正反対に見えますが、それぞれが身を守るため、死なないために考えた意見です。

でも政治家になると武器にお金が絡んでくる。お金のためならば民衆に不幸があっても仕方がないと考える政治家も出てくると思います。今の日本が戦争へ踏みきるとは思えませんが、不用意に武器を持ってしまうと戦争に近づいてしまう。

©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

だからこそ、民衆レベルで政治と戦争を考え、人が死なないために動いてくれる政治家が必要だと思っています。

映画『ほかげ』でまず、戦争の恐ろしさをリアルに痛感してもらうことができたら、と切に願います。


取材・文/斎藤香 撮影/石田壮一 ヘアメイク/須賀元子 スタイリスト/杉山まゆみ

塚本晋也
1960年1月1日生まれ。東京出身。14歳で初めてカメラを手にする。80年『鉄男』で劇場映画デビュー。この作品でローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。以降、国際映画祭の常連となり、多くの映画賞を受賞。ヴェネチア国際映画祭とは縁が深く『六月の蛇』(2002)はコントロコレンテ(のちのオリゾンティ部門)の審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011)はオリゾンティ賞を受賞。『鉄男 THE BULLET MAN』(2009)『野火』(2014)『斬る、』(2018)はコンペティション部門出品。『ほかげ』はオリゾンティ・コンペティション部門に出品された。俳優としても活動しており、自作への出演のほか、『殺し屋I』(2001)『シン・ゴジラ』(2016)『沈黙―サイレンスー』(2016)などがある。

森山未來
1984年8月20日生まれ。兵庫県出身。5歳からダンスを学び、15歳で舞台デビュー。2013年には文化庁文化交流使としてイスラエルにダンサーとして1年滞在した。その後も国内外でダンサーとして精力的に活動をしている。俳優としての主な出演作品は『世界の中心で愛を叫ぶ』(2004)『モテキ』(2011)『怒り』(2016)『オルジャスの白い馬』(2020)『アンダードッグ』(2020)など。最新作は『大いなる不在』『iai』(いずれも2024年公開予定)

『ほかげ』(2023)上映時間:95分/日本


戦後。女(趣里)は半焼けになった居酒屋でひとり暮らし。身体を売ることで生活をしている。その居酒屋に空襲で家族を失った少年(塚尾桜雅)と復員兵(河野宏紀)が居ついてしまい仮の家族のように。しかし、少年はテキ屋(森山未來)に仕事をもらったと女の家から出ていく。しかし、少年はテキ屋の旅の目的を知らされていなかった……。

2023年11月25日(土)より、東京・渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
配給:新日本映画社
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

公式サイト:https://hokage-movie.com

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