「気を抜いたら慶應に本当に殺されるぞ!」OBが明かす“絶対に負けられない”ラグビー早慶戦今昔秘話〈TBS佐々木社長×『VIVANT』福澤監督〉
集英社オンライン / 2023年11月23日 8時1分
2023年、話題を席巻したテレビドラマ『VIVANT』(TBS系)。奇しくもTBSの佐々木卓社長と『VIVANT』の福澤克雄監督は、ともに大学時代、それぞれ早慶で活躍したラガーマンだ。11月23日に行われる「第100回ラグビー早慶戦」を前に、ふたりの豪華対談が実現。“負けはあってはならないことだった”というラグビー早慶戦の秘話をたっぷりお届けする。
「気を抜いたら慶應には本当に殺されるぞ」
――まずは、おふたりがラグビーをはじめたきっかけを教えてください。
佐々木卓氏(以下、佐々木) 中学時代、ぼくは運動が好きだったんだけど、身体が小さいのがコンプレックスで。そんな時期に、早大ラグビー部OBで当時、住友銀行で働いていた宿澤(広朗)さんが日本代表に選ばれたという新聞記事を見たんです。宿澤さんの身長は、ぼくと同じ163センチとあって「これだ!」と思いました。
ラグビーなら福澤さんのような大男(福澤さんは189センチ)とも渡りあえる、そう考えて早稲田でラグビーをやろうと、高校から早大学院に進学したんです。
福澤克雄氏(以下、福澤) ぼくの出身の慶應幼稚舎(小学校)では5年生からクラブ活動がはじまるのですが、先生からしきりに「ラグビーをやれ」と言われたのが大きかったです。すでに身体は大きかったけど足が遅くて、レギュラーになれなかった。ただ、そんなぼくでも早稲田というところには勝たなければならないとは、いつの間にか思い込まされていましたね。
佐々木 幼稚舎時代から早稲田には負けられないと植え付けられるんだろうね。
福澤 慶應には「ダッシュKEIO」という応援歌があるのですが、歌詞が「早稲田を倒せ!」ですからね。そうやって子どものころから聞かされているから、早稲田を自然に特別視するようになるのかもしれません。でも早大ラグビー部は、慶應よりも明治をライバル視していたのではないですか?
佐々木 そんなことはないですよ。「早慶戦」「早明戦」どちらも勝たなければ、と思っていましたが、ぼくたちが指導を受けた大西(鐵之祐)さんは「早慶戦」の前だけ、特別な檄(げき)を飛ばしていたんです。「気を抜くと殺されるぞ」と。
――「負けるぞ」ではなくて「命を取られるぞ」と。
佐々木 ええ。他のチームに対してはそんなこと言わないんですが、慶應だけは「気を抜くと殺されるぞ」と言われて(苦笑)。毎年、慶應は「早慶戦」の前に「慶明戦」を行うんですが、特に慶應が明治に負けた年は、大西さんの檄も熱を帯びていました。「手負いの獅子ほど恐ろしいものはない。気を抜いたら、お前ら本当に殺されるぞ」と真顔で話すんです。
慶應はあの大西先生が恐れるほどの強さなのか、とぼくらも震え上がる。そんな経験をしていますから、自然と「早慶戦」を特別視しますし、絶対に勝たなければならないという意識になっていく。
福澤 ぼくらの現役時代は、OBに戦争経験者もたくさんいました。試合前、そんな人たちに「死ぬ気でいけ!」と言われると、やっぱり言葉の重みや迫力が違うんですよね。
練習がイヤでイヤで、ケガをしたら練習しなくてもいいかと
佐々木 「早慶戦」はある意味、現役選手以上にOBも燃えるからね。ぼくらも「死ぬ気でがんばります」と口にするんですけど、あれは比喩じゃなかったよね。実際、慶應のタックルはスゴかった。冗談ではなく命をとられるかと思うほどの激しさでぶつかってくるから。
福澤 ぼくらはそうするしかなかったんですよ。というのも当時、慶應のラグビー部に入ってくる選手はほとんどが付属校出身です。高校ラグビーでならしてきたような部員はいないので、フォワードはラグビーの基本ともいえるタックルとスクラムの練習をするしかしない。ひたすら、タックル、タックル、タックル、スクラム、スクラム、スクラム……。思い出してもイヤになります(苦笑)。
でもラグビーって不思議なスポーツで、日本代表クラスのバックスが揃っていても、フォワードがスクラムで負けると劣勢になってしまう。逆にスクラムで勝てれば、いけそうな気がしてくる。当時は、タックルで相手を止めて、スクラムで押すという、実にシンプルなラグビーをやっていました。
佐々木 慶應のスクラム練習はスゴかったよね。覚えているのは、春に慶應のグラウンドで練習試合をしたときのこと。試合を終えた後、ぼくらは風呂に入って休憩していたんですよ。そうしたら慶應のフォワードが「よし、いまからスクラム練習だ」とか言って、レギュラーメンバーがスクラムを組みはじめた。当時の慶應の練習量は異常だと思ったし、特にスクラムの練習量は日本一だった。
福澤 正直、ぼくは大学時代、練習練習の毎日で授業を受けた記憶がないんです。ラグビー部の寮に入っていたのですが、起床後、すぐに朝練があって、昼からは下級生だけの練習があって、夕方から夜遅くまで全体練習をする……。で、汚い風呂に入って、ご飯を食べて、体操をさせられて、深夜12時にやっと寝られる。
唯一ひとりになれるのが、トイレの便器に座っているときだけ。もう練習がイヤで、イヤで、道路を走ってるクルマに突っ込もうと何度も思いましたよ。ケガをしたら練習しなくても済むと思って。
佐々木 その気持ちはわかるな。当時、慶應のスクラムの練習量が日本一だとしたら、早稲田の走る量も日本一だった。ぼくらのころは「トップスピード」と呼ばれる練習がありました。大きく蹴り出したボールを全力で追いかけていって、それを延々と続けるんですが、ボールがコロコロと転がって、ゴールポストのほうにいくと、“あのポールにぶつかって倒れれば、練習を休めるかもしれない”という考えが一瞬頭をよぎるんです。
それで、「今だ」とポールに飛び込もうとするんだけど、人間って弱いもんで、ギリギリで避けちゃうんだよね。自分はなんて弱い人間なんだろうと思いました(苦笑)。あれは40年以上経った今も忘れられません。
高校日本代表、福澤氏はノミの心臓だった?
――福澤さんは高校日本代表にも選ばれ、大学時代は日本代表候補にも選出されていますよね。
福澤 そのプレッシャーもキツかったんです。高校日本代表なのに、この程度かと思われるのがイヤでイヤで……。身体は大きかったけど、へなちょこでノミの心臓なのは誰よりも自分が知っていますから。いつも、なんで自分はラグビーをやっているんだろうって思ってました。
でも、同じようにツラい練習をしているのに、試合に出られない連中も大勢いる。ぼくは3年生から本格的に試合に出場しはじめたのですが、試合に出るからにはがんばらなければ、という気持ちになれたのは、同じように苦しい練習を耐えてきた仲間がいたからです。
佐々木 ぼくも苦しい練習に耐えられた根っこには、試合に出られない仲間と、慶應というライバルの存在が大きかった。ぼくは3年生までリザーブで「早慶戦」に出場できなかったんです。そんなぼくが絶対に「早慶戦」に出たいと思ったのが3年生のとき。
雪のなかでの試合で16対16の引き分けに終わった。控えメンバーとしてベンチで試合を見つめていたのですが、涙が流れて止まらなかった。最後の「早慶戦」には、絶対に勝ちたいと思いました。翌年、最初で最後の「早慶戦」に出場しましたが、とにかく緊張したのを覚えています。「負けられない」という恐怖心との戦いでした。福澤さんにとって「早慶戦」はどうでしたか。
福澤 試合前、ロッカールームで早稲田の選手たちが部歌の「北風」を歌っているのが聞こえてくるんですよ。早稲田の選手たちが涙を流しながら歌う声が聞こえてくると、こっちも感極まって涙があふれてきて。今思えば異様な雰囲気ですよね。
もうひとつ忘れられないのが、国立競技場のピッチに出た瞬間の光景です。もう観客が多すぎて空が見えなかった。思えば、あの光景が大学でラグビーを続けるきっかけだったのかもしれないです。高校3年生のときに国立競技場で開催された「早明戦」を見たんですが、当時は消防法が今よりも緩かったから、定員の6万2000人を大幅に超えた入場者数だったと思います。おそらく7万人は超えていたんじゃないかな。
佐々木 そうそう。あの頃は500円の学生切符を無限に配っていたから、立ち見のお客さんも大勢いて。今は消防法が厳しいから、もうあの記録を抜けないでしょうね。
福澤 ぼくはこれまでの人生で、あれだけの観客が入ったイベントは見たことがないです。あの光景に感動しました。実は、ぼくは高校でラグビーをやめて、大学では映画監督を目指して勉強するつもりだったんです。でも、高校時代に「早慶戦」や「早明戦」を見て気持ちが動いたんです……そのせいで、大変な思いをするわけですが(苦笑)。
早慶戦に「勝った代」「負けた代」と死ぬまで言われ続ける
佐々木 ぼくは大学ラグビーで現役を引退したけど、当時は「早慶戦」「早明戦」が人生のピークと考えていました。二十歳そこそこの若造が、人生のピークというと偉そうだけど、少なくとも青春のピークであり、人生のひとつの区切りだったのは間違いないです。
福澤 ぼくにとっての大学ラグビーもそうです。「早慶戦」や日本選手権で、大勢の観客が詰めかけた国立競技場でラグビーができたことは、今振り返ると青春のメインイベントでしたね。
佐々木 ちなみにOB会では卒業して何年経っても「早慶戦に勝った代」「早慶戦に負けた代」と言われ続ける。おそらく死ぬまで言われるのでしょう。それだけ歴史があり、それぞれの世代が「早慶戦」に対して真剣に取り組んだ証なのでしょうね。
福澤 ぼくは自分が出場した「早慶戦」の勝ち負けもそうですが、それ以上にそこに向けた努力のほうが記憶に残っているんです。練習がキツくて、イヤになったこともあったけど、思い返すと「早慶戦」に向けて、すべてをかけた日々が青春だったなと感じるんです。
(後編につづく)
構成/山川徹 撮影/村上庄吾
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