《後編》はこちら
「えらいねと言われると、もっとしっかりしなきゃというメンタルにどんどんなっていく」15人に1人がヤングケアラーの日本で子どもたちを覆う息苦しさ〈母と祖母をケアした漫画家・相葉キョウコ〉
集英社オンライン / 2023年11月28日 11時1分
現在、日本の子どものうち7人に1人が貧困、15人に1人がヤングケアラー、児童虐待の相談件数は年間21万件、小中学生の不登校は29万人以上とされている。子どもたちを覆う息苦しさの正体とは何なのか。『君はなぜ、苦しいのか-人生を切り拓く、本当の社会学』(中央公論新社)の作家・石井光太さんと『ヤングケアラー みえない私』(集英社)の漫画家・相葉キョウコさんに子どもたちが苛むヤングケアラー問題について聞いた。(前後編の前編)
母と祖母のおむつ交換の実体験を漫画化
――漫画『ヤングケアラー みえない私』はタイトルにあるように、ヤングケアラーをテーマにしています。どんな経緯でこの作品を描くことになったのでしょうか。
相葉キョウコ(以下、相葉) もともと担当編集さんとは飲み屋で知り合っていて、お互いに編集者と漫画家だと認識しながら普通に飲んでいたんですが、あるとき「何かおもしろいエピソードないの?」と聞かれて、ヤングケアラーの経験があることを伝えたんです。
そうしたら「やべえ」「それ、漫画にしましょう」ということになりまして(笑)。それが、去年の7月頃ですね。
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漫画家・相葉キョウコさん(左)と作家・石井光太さん(右)
――それまでは、ヤングケアラー経験を漫画にしようと考えたことは?
相葉 作中のキャラクター設定か何かで使えるかもくらいで、経験そのものをテーマにしようと思ったことはありませんでした。
石井光太(以下、石井) ちなみに、差し支えなければどんな実体験だったか聞いてもいいですか?
相葉 はい。私は高校生のころに母の介護に入って、そのまま祖母の介護に移っているんですが、この漫画でいうとエピソード#1と#2に自分の実体験がいくつか入っています。もちろん、すべてが実話ではないですけど。
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『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
石井 ご自身がヤングケアラーだと、いつ気づきましたか?
相葉 私も、その言葉自体はここ数年で知ったんです。母子家庭で父親もいなかったので「年長者の自分がやるしかないよね」という感覚で、当たり前のようにその生活に入っていったと思います。
石井 じゃあ、ヤングケアラーという言葉が広まりだしてから「あ、これ私だ」というような。
相葉 はい、「言われみてば」って感じでした。ただ、ヤングケアラーの中には、数年、場合によっては数十年になる方もいらっしゃって、私は、おむつ交換のような本格的なケアは母が半年ぐらい、祖母も1年弱くらいと短期間なほうだったので、そういう意味ではヤングケアラー見習いみたいなところがあります(笑)。
「いい子」でいないと生活が成り立たなくなる
――石井さんがヤングケアラーの問題に取り組むようになったのは?
石井 僕は機能不全の家庭をたくさん取材してきました。そういう家庭では、親がアルコール、ギャンブル、薬物といった依存症だったり、統合失調症やうつ病といった精神疾患を抱えていたりします。あるいは常識が欠如していて育児放棄をしているなど。
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作家・石井光太さん
こういう家庭で育った子どもは、生き延びるために子どもの頃から頼りにならない親の代わりに自分が家庭を支えていこうとします。親の代わりに家の掃除をして、ご飯を作って、幼い妹や弟の面倒を見て、時には親の使いパシリになる。そして中学を卒業したらさっさと就職して家にお金を入れようとする。
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『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
――と、いいますと?
石井 機能不全の家庭に育てば、子どもは自分でも気がつかないうちにヤングケアラーになっていくんです。けど、周りはそのことに気づかない。「家のことをいろいろとやっているえらい子供ども」「病気の親の面倒を見ているたくましい子供」「きょうだいの世話をする優しい子ども」と見なすのです。
でも、本当に子どもをほめちぎって終えてしまっていいのか、という気持ちが僕の中にずっとありました。子どもたちは子どもとしての大切な時間を過ごすことができず、いろんなストレスや傷つき体験を重ね、未熟な状態で社会に出たことで安定した仕事に就けずに貧困に苦しむことになる。子どものころのトラウマが、成人して心の問題として出てくることも珍しくありません。ならば、ちゃんとその子たちが失っているものを見つめなければならないだろと思ったのです。
相葉 石井さんの本にもありましたが、ヤングケアラー自体が、ある種の虐待みたいなところがあると思うんです。
私は母が要介護になって、母をお見舞いに来た来客の応接対応もすべてひとりでやっていたんですが、そこで「えらいわね」と言われると「もっとしっかりしなきゃ」というメンタルにどんどんなっていくんです。
それは褒められたいからではなく、「いい子」でいないと生活が成り立たなくなるから。結局、未成年だから、親が何もできなくなると家が潰れてしまうんですね。結果的に「いい子」でいる以外の選択肢が取れなくなってしまいます。
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『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
石井 まさにその通りだと思います。なぜ周りが「いい子」と言うかといえば、そうすることで自分たちがやらずに済むから。「いい子」の役割をかぶせられた瞬間に、それ相応にしか生きられなくなるし、いまおっしゃったように、自分がやらなければすべてが崩壊してしまうというところにまで、追い詰められちゃうんです。
相葉 私は反抗期を迎えたことがないんですが、反抗期は自我の芽生えの最も強い部分だと思うんですよ。その期間を奪われてしまうと、大人になってからも人の顔色を見て過ごしてしまったり、あまり積極的になれないような人格が形成されやすいような気がするんですよね。
ヤングケアラーは兄弟の問題が起きやすい
――相葉さん自身も、家族のケアが終わって自分のやりたいことをやれる状況になったときに、そういった影響は感じましたか?
相葉 私は少し特殊なパターンで、自分の家庭以外にお世話になっている恩師の方がいて、幼少期の半分はそっちで過ごしていたんです。大変なときにご飯に呼んでいただいたり、常識を教えてもらったりしていたので、わりとスムーズに通常ルートに戻れた……と思いたいんですけど(笑)。
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漫画家・相葉キョウコさん
石井 それはすごく大きいですね。
相葉 「それはおかしいわよ」「なんでお母さんの親がお金を出さないの?」「なんであなたがそんなにやらなきゃいけないの」って、いまなら当たり前に思うことをズバっと言ってくれて、そこで初めて、「え、もしかしてこれっておかしいの?」と思うことができました。
とはいえ、別に状況が改善するわけでもないので、葬式が終わったら家から離れよう、くらいの認識でしたけど。
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『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
石井 でも、そういってもらえるだけで「自分は悪くないんだ」と、考え方が広がりますからね。
相葉 そうですね。本当にその一言で救われました。
石井 それと、ヤングケアラーは兄弟の問題が起きやすい状況でもあるなと思います。例えば、上の兄弟が甲斐甲斐しく親の世話をしているときに、弟や妹が1人ぼっちになって、ある種のネグレクト的な関係性が生まれてしまったり。結局、ヤングケアラーというのは、ケアする人とケアされる人だけの問題ではなく、その外側にもさまざまな大きな問題が出てきたりするんですよね。
親が覚醒剤中毒で周りに言えないというケースも
相葉 実はうちも不登校の弟がいて、石井さんの本を読んだときに「あ、その介護もけっこうしてたな」と気づいたんですよ。これだけヤングケアラーについて描いている私でも、「オムツを替えるだけが介護じゃない」ということは飛んでしまいがちなので、まったく関係のない生活をしてる大人なら、なおさらですよね。
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『ヤングケアラー みえない私』より ©相葉キョウコ/集英社
石井 ヤングケアラーと聞くと、病気の親や祖父母の介護というイメージが強いと思いますが、割合としては親の精神疾患や精神障害が多いと思います。その中で大変だなと感じるのが、親が幻覚を見て暴れるような重い統合失調症のケースです。こうなると、子どもが親とちゃんとした関係性を築くことは不可能です。
でも、それは虐待には該当しないし、がんのような一般的な病気とは違うので、下手すればヤングケアラーにもなりません。もっとひどい状況が、親の覚醒剤中毒、覚醒剤中毒の後遺症です。バレたらその親が捕まってしまうので、子供は周りにも絶対に言えないんですね。ヤングケアラーには、こういった極端なケースもあるんです。
だから、社会全体がヤングケアラーという言葉をどこまで広くとらえるか、あるいは伝えていくかという点で、今後の課題はまだまだあるんじゃないかと思います。
取材・文/森野広明 撮影/高木陽春
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