「ボクの政策秘書になってくれ」参院選で当選した水道橋博士の打診に“元祖・選挙ライター”の出した答えは…【映画『NO選挙,NO LIFE』を語る】
集英社オンライン / 2023年11月26日 11時1分
近ごろ「政治」「選挙」を扱ったドキュメンタリー映画が活況だ。数年前なら考えもしなかったことが、いまや大きな台風に化けようとしている。そこで今回、前田亜紀監督の『NO選挙,NO LIFE』公開に際して、同作の主人公にして「絶滅危惧ライター」と呼ばれる畠山理仁氏、彼をよく知る水道橋博士と前田監督の3人で、映画のバックストーリーを語り尽す。(#1・#2)
選挙取材の「真打」登場
水道橋博士(以下、博士) ついに選挙ドキュメンタリーに「真打」が現れましたね。
前田亜紀(以下、前田) 博士はかなり昔から畠山さんのことをご存じだったそうですね。
博士 もう20年くらい前かなあ。大川豊総裁(大川興業)の座付き作家的な存在で、総裁が政治を面白がる連載を雑誌でやっていたときですよね。総裁はお笑いの視点で「インディーズ候補」といって、変わった立候補者たちを取材していたんだけど、畠山さんが後々書く『黙殺』(2017年・開高健ノンフィクション賞受賞作)や『コロナ時代の選挙漫遊記』(2021年)を読むと、すべての候補者をリスペクトしていて、ボクも啓蒙されてしまった。
畠山理仁(以下、畠山) あ、ありがとうございます!
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『NO選挙,NO LIFE』ポスタービジュアル
博士 じつはボクが昨年の参院選に出馬を決めたのは、畠山さんの本と大島新監督の『香川1区』の影響もあります。
前田 ええー、そうなんですか?
畠山 いや、博士が立候補されたのは、私の本よりも維新の件が大きかったのでは?
博士 おっ、鋭いところをつくねえ。今年の12月21日に裁判(博士のSNS投稿が名誉棄損にあたると日本維新の会・松井一郎前代表から訴えられ高裁にて係争中)の判決が出るので、勝っても負けても記者会見をやりますが、たしかにそこは大きい。ただ、選挙をひとつの祭りとして楽しむというのは、ネツゲン(大島監督、前田監督が所属する映像制作会社)の一連の映画の影響は大きいよね。
前田 その流れで見た博士が考えるこの映画の位置づけは?
博士 ネツゲンのほかに富山の映画があったでしょう。
畠山 『はりぼて』ですね。富山市議会の政務活動費不正流用を暴いていった。
博士 そうそう。あの『はりぼて』はコメディの面白さですよね。カメラが張りつけば、いくらでも「日本村」の面白おかしい土着的な文化構造、どこに権力の由来があるかを暴きだせるというのを実証してみせた。それは『香川1区』もそう。ドキュメンタリー映画界にとって、ネツゲンが開拓したこの路線は大きな金山発掘ですよね。
博士の政策秘書を依頼された顛末
前田 私の個人的なことを言うと、『なぜ君は総理大臣になれないのか』に関わったことによって政治に対する興味が膨らんでいったんですよね。それまでは投票には行くけど、くらいだったのが、こんなに面白い世界があるのかと。そのころに畠山さんと出会うんですね。畠山さんの肩越しにカメラを向け、畠山さんが見ている風景を観たいと思ったのが今回の映画の発端でした。
博士 畠山さんはフリーライターですから「一発宝探し」に行っているんですよ。山師のように。一方で選挙に出る人全員に対して仰ぎ見るところがある。そこがスクープを狙う記者とは違うところ。
前田 私もそう思います。ずっと傍で見ていて、「食えない」「稼げない」「(選挙取材は)もうやめたい」と言いつづけるので、「独占スクープを狙わないんですか?」と尋ねたこともあったんです。だけども不思議なのは、畠山さんは25年間選挙を取材してきた独自ネタを全部開放し、他の人から「誰々の連絡先を知りたい」と言われると親切に繋いであげたりするんですよね。
博士 そういう人なんだよねえ。畠山さんには権力志向が感じられないから。
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映画『NO選挙,NO LIFE』より
畠山 ああ!でも最近は違うんです。自分がやっていることには意味があり、これを広めるには自分が有名にならないといけない、発信力を高めないといけない、ということで「権力志向」はバリバリあるんですよ。
前田 あるんですか?
畠山 あります、あります。これまでは野良犬がワンワン吠えているなと無視されてきたんです。でも、自分に発信力があれば、それぞれの候補者のもつ物語に注目してもらえるだろうと思って。
博士 だったらボクの政策秘書になってくれないかと声をかけたときに「はい」と言ってくれたら、発信力を今までとは別の形に変えられたのに。
前田 えっ。私は何かそういう話があるんじゃないのかと感じとってはいたんですけど。畠山さんは口を割らないんですよね。
畠山 お互い墓場まで持っていく約束のヒミツでしたから。
人間はだれにインスパイアされるか分からない
博士 だったら今回初めて言うけど。去年の参院選のときに声をかけたんだよ。だけど、「沖縄の知事選までは(ライターを)続けたいですから」と断られた。
畠山 そうでした。
博士 それで沖縄の後にと思っていたら、あの下地幹郎さんに力をもらい(22年の沖縄知事選に落選した翌朝に街頭演説するのを見て)、まさかの「やめるのはやめ、続けよう」と思い直す。あそこのシーンは好きですね。
畠山 「ダメージはないんですか?」と訊いたときの下地さんの答えにハッとした。「キミは途中であきらめるのか」と言われているように思ったんですね。
博士 だから人間はだれにインスパイアされるか分からないんだなあというのが、この映画の面白さですよね。
前田 確かに確かに。
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鼎談はオンラインで行われた
博士 映画の逸話で、ある候補者が自分は170キロのボールを「打てます」と言い切る面があるでしょう。大ボラにしか聞こえない。まあ実際打てようがなかろうが、それがどうしたという話なんだけれども。
畠山 多くの人は「選挙とは何の関係もない話じゃないか」と思いますよね。
博士 だけど、その真偽を確かめようとするその後の展開に感動するんだよね。
畠山 打てるかどうかもそうなんですが。そもそも170キロも出せるバッティングセンターが在るのか。疑わしいと思って調べたら、在るんですね。Nさんには会ったら「本当にありました」と謝ろうと思っていたんですけど、候補者と取材者というのは選挙が終わると、会う理由がなくなる。ところが、なんと今年の2月に渋谷で『劇場版センキョナンデス』のビラ配りを手伝っていたときに、たまたま私からビラを受け取ったのが岡山にいるはずのあのNさん。あ、ネタバレになりそうなのでここでやめます(笑)。
博士 奇跡のような偶然だねえ。ボクらはああいう人をイロモノとして見がちだけど、何度も立候補し続けるというのは強い信念をもった、常人には分からないパワーを秘めた人たち。そういう人を嘲笑なんかできない。むしろ自分の眼が誤っていたことに気づかされる映画じゃないかと思う。
「日本列島、全員立候補!!」
前田 私が取材を始めた最初のころに、「なんでこんなことをやっているんですか?」と畠山さんに訊いたんです。もう20年以上も続けていると既視感もあるだろうに何で飽きないんですか?と。そのとき「世の中には決まったことはない、というのを知りたいのかなあ」とおっしゃられたんですね。
博士 そうなんだよ。「泡沫」だとか言って軽んじられるけど、畠山さんに「彼らこそが今の政治を変えようとする勇気ある人なんです」と言われると、本当に一人一人がそう見えてくるんだよねえ。
それでこの映画のディテールにこだわると、畠山さんが怒る場面。ふだんはとても温厚な人がこんなに怒るんだという。あそこは注目だね。
前田 ありがとうございます。
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映画『NO選挙,NO LIFE』より
博士 あと、N党がなぜあんなにたくさんの候補者を立てるのか。それは得票率2%の壁を超えて「国政政党」の要件を満たすと年間3億6千万円くらいのお金が党に入るからで、映画の中で、そういうソロバンづくの思惑があるということを公にしているのは重要です。
畠山 彼らは隠しているわけでもないんですけど、そういうところを報道はあまり取り上げないんですよね。マスメディアが大きな力を持っている時代は、黙殺しておけば影響はなかった。けれども、いまはネットの影響力が大きくなって、無視しても這い上がってくる。
既存メディアはどう取り上げていいかわからない状態になっているんだと思います。従来の選挙とは違う「価値観」で戦う人たちも出てきているんですが、選挙には変わらないこともあるんです。博士もそうですが、取材をしていると立候補する人たちはみんな楽しそうなんですよね。
博士 うん。大阪で訊かれたね、「楽しいですか?」って。楽しい、楽しいと答えた。
畠山 みなさんそうおっしゃる。もう、「日本列島、全員立候補!!」という映画を撮りたいくらい。だから僕は人に会うたびに「選挙出ませんか」と声かけをしています。「もし、自分が選挙に出たら」とシミュレーションするだけで、政治に対する見方は変わると思っています。そのことがこの映画を通して伝わってくれたらいいなあと。僕が作った映画じゃないですけど。
前田 アハハハ。どうぞ、ご自分の映画だと思ってください。
(後編に続く)
構成/朝山実
『NO選挙,NO LIFE』(前田亜紀監督)は、東京・ポレポレ東中野、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショーで絶賛公開中!
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コロナ時代の選挙漫遊記
畠山 理仁
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2021年10月5日発売
1,760円(税込)
四六判/304ページ
978-4-08-788067-0
選挙取材歴20年以上! 『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した著者による”楽しくてタメになる”選挙エッセイ。
2020年3月の熊本県知事選挙から2021年8月の横浜市長選挙まで、新型コロナウイルス禍に行われた全国15の選挙を、著者ならではの信念と視点をもって丹念に取材した現地ルポ。「NHKが出口調査をしない」「エア・ハイタッチ」「幻の選挙カー」など、コロナ禍だから生まれた選挙ワードから、「選挙モンスター河村たかし」「スーパークレイジー君」「ふたりの田中けん」など、多彩すぎる候補者たちも多数登場!
<掲載される選挙一覧>
熊本県知事選挙/衆議院静岡4区補欠選挙/東京都知事選挙/鹿児島県知事選挙/富山県知事選挙/大阪市住民投票/古河市長選挙/戸田市議会議員選挙/千葉県知事選挙/名古屋市長選挙/参議院広島県選出議員再選挙/静岡県知事選挙/東京都議会議員選挙/兵庫県知事選挙/横浜市長選挙
黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い
畠山 理仁
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/11/24034355254940/400/mokusatsu_syoei.jpg)
2019年11月20日発売
924円(税込)
文庫判/376ページ
978-4-08-744049-2
落選また落選! 供託金没収! それでもくじけずに再挑戦!
選挙の魔力に取り憑かれた泡沫候補(=無頼系独立候補)たちの「独自の戦い」を追い続けた20年間の記録。
候補者全員にドラマがある。各々が熱い思いで工夫をこらし、独自の選挙を戦っている。何度選挙に敗れても、また新たな戦いに挑む底抜けに明るい候補者たち。そんな彼・彼女らの人生を追いかけた記録である。
2017年 第15回 開高健ノンフィクション賞受賞作
【目次】
第一章/今、日本で最も有名な「無頼系独立候補」、スマイル党総裁・マック赤坂への10年に及ぶ密着取材報告。
第二章/公職選挙法の問題、大手メディアの姿勢など、〝平等"な選挙が行なわれない理由と、それに対して著者が実践したアイデアとは。
第三章/2016年東京都知事選挙における「主要3候補以外の18候補」の戦いをレポート。
【選考委員、大絶賛! 】
キワモノ扱いされる「無頼系独立候補」たちの、何と個性的で、ひたむきで、そして人間的なことか。――姜尚中氏(政治学者)
民主主義とメディアについて、今までとは別の観点で考えさせられる。何より、作品として実に面白い。――田中優子氏(法政大学総長)
ただただ、人であることの愛おしさと愚かさを描いた人間讃歌である。――藤沢 周氏(作家・法政大学教授)
著者の差し出した時代を映す「鏡」に、思わず身が引き締まる。――茂木健一郎氏(脳科学者)
日本の選挙報道が、まったくフェアではないことは同感。変えるべきとの意見も賛成。――森 達也氏(映画監督・作家)
(選評より・五十音順)
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