なぜヴィッセル神戸はJリーグ初優勝できたのか? イニエスタでさえメンバー外に追いやる競争力「うちは経験豊富な選手ほど、練習でも試合でも手を抜かない」
集英社オンライン / 2023年11月26日 17時1分
今年のJリーグはヴィッセル神戸の初優勝で幕を閉じた。今夏には世界的名プレイヤーの元スペイン代表、アンドレス・イニエスタが退団。名手が抜けた神戸が優勝できた理由を選手たちの言葉から探る。
試合中に涙が止まらなくなって、でも横を見たら主将も…
J1リーグ33節・名古屋グランパス戦。ヴィッセル神戸は優勝に王手をかけて迎えたホーム最終戦を2-1で制して頂点に立った。チームを勢いづける先制点を決めたのは今季加入した、井出遥也だ。シーズン中盤はメンバーにすら入れない苦しい時間を過ごしながら、終盤戦、再びポジションを掴み取り、結果を残し続けた男は見事な抜け出しでゴールを捉えた。
「今日は点を取る、自分が決めるって思いで臨みました。今シーズン、苦しい時期もあった中で、もしかしたらこれまでの自分なら折れてしまっていたかもしれないけど、強い覚悟を持って神戸に来たからこそ、どんな立場になろうとやり続けてきた。それも結果につながったのかなと思います」(井出)
追加点を奪ったのは、元日本代表の武藤嘉紀。このゴールで『二桁得点、二桁アシスト』を実現した彼は、アディショナルタイムに突入したあたりから感情が抑えられなくなったのだろう。ハードワークによる疲労の蓄積で足が攣りながら、そして涙を浮かべながらプレーを続けた。
「ゴールシーンは大迫(勇也)選手を信じて、彼のスキルなら絶対に中に入れてくれると信じて、いいポジションをとっておこうとあのポジションに入った。素晴らしいボールがきたので当てるだけでした。アディショナルタイムに入った瞬間になぜか涙が止まらなくなってしまった。
泣くつもりはなかったのに本当に涙が止まらなくなって…でも横を見たら山口(蛍)選手も目を真っ赤にしていたのでみんなそうなんだと思って、最後、力を振り絞りました」(武藤)
そしてこの2つのゴールをお膳立てしたエース、元日本代表の大迫勇也は清々しい表情で「仲間を信じていた」と言い切った。
「今シーズン、自信を持ってシーズンを戦ってきて、それに結果がついてきた。今日も今更変えることは何もないと思っていたし、ブレずに最後まで戦うことが結果への道筋だと思っていた。個人的には1試合、1試合を必死に、だけど毎試合『今日は楽しかったな』って思いながら戦ってきた。それを33試合積み重ねられたから、優勝できたんだと思う」(大迫)
「うちは経験豊富な選手ほど練習でも試合でも、手を抜かない」
昨年6月末に3度目のヴィッセル監督に就任した吉田孝行のもとでスタートした2023シーズン。開幕にあたり吉田がテーマに掲げたのが『競争・共存』だった。
「昨年の覇者、横浜マリノスの戦いを見ていても、毎試合、90分間を通してインテンシティ高く戦えていたことが優勝に辿り着いた理由の1つだと分析していました。いや、落ちないどころか交代選手によって、チームが試合終盤に向かうにつれてパワーアップしていく感すらあった。
それは先発の11人に限らず、チーム、グループとして戦えていた証拠。その姿を参考に我々も、チームとして競争・共存をテーマに一丸となって戦いたい。そのためには若い選手を成長させていかなければいけないし、チーム全体としていかにインテンシティを高められるかが鍵になると思っています」(吉田監督)
昨季の就任後、3連勝でスタートした後、3戦勝ちなしという苦しい状況下で、選手と膝を突き合わせて話し合い、前から圧力をかける、縦に速いサッカーにシフトチェンジ。今シーズンはその戦いをベースに、攻守をより際立たることに力を注いできた。
「単に走り回るとか、球際に強くいくだけではなく、あくまで自分たちのサッカーをすれば、データとしても相手よりスプリント回数が多くなった、走行距離が増えた、というのが理想。だから僕は選手に『走れ』とは言わないし、自分が求める戦術ですべき役割を当たり前にやることしか求めていない。それによって戦術を浸透させることができれば必然的にインテンシティの高いチームが出来上がると信じています」(吉田監督)
結果的に、チームスタイルを勝利につなげるために設けられたハードワークの『基準』は、チームに過去にはないほどの熾烈な競争を生み出す。アンドレス・イニエスタでさえメンバー外に追いやられるほどに、だ。その事実は、選手たちの「もっと、もっと」という意欲を駆り立て、チームにアラートな緊張感を漂わせた。牽引したのは、前述の大迫や武藤をはじめ、山口蛍や酒井高徳といったベテラン勢だ。
「うちは経験豊富な選手ほど、練習でも試合でも手を抜かない。その姿を見て僕たちがやらないわけにはいかない」
そう話したのは今季、ここまで出場停止の1試合を除く全試合に出場してきた初瀬亮だが、その言葉通り、ベテラン勢がいっさい手を緩めずに戦い続ける姿は、若い選手に伝播し、シーズンが進むにつれてチームはより結束を強くした。
「自分たちのサッカー」と胸を張れるスタイルがもたらした優勝
もっとも、万事、うまく進んだのかといえばそうではない。特に猛夏での消耗は激しく、ましてや24節・柏レイソル戦でチームの主軸として戦ってきた齊藤未月が重傷を負って戦列を離れた動揺もあった中で、8月の4試合は1勝2分1敗と苦しんだ。
さらに、上位チームとの対戦が続くシーズンの最終盤に向けて、9月上旬のリーグ中断後、最初の試合となった27節・サンフレッチェ広島戦に敗れた際は、内容を含めて完敗だったこともあり重い空気がのしかかったと記憶している。だが、結果的にその敗戦を、再びチームが加速するきっかけにできたことが流れを大きく変えた。28節・セレッソ大阪戦後、酒井高徳が話していた言葉がそれを物語る。
「サッカーは攻撃も守備も表裏一体。いい攻撃をしていればいい守備ができるし、いい守備をしていればいい攻撃ができる。その連動を生むには、間違いなく選手同士の『距離間』が大事になる。前節・広島戦ではいい守備もいい攻撃もできなかった中で、この1週間はその反省をセレッソ戦にどう活かすのか。
自分たちは何をすべきなのかを意識しながら準備してきて、今日は全員が各々のやるべきことを真摯にやり抜けた。チームとして勝つべくして勝てた試合。このサッカーを最後まで見せ続けていきたい」(酒井)
事実、このC大阪戦でシーズン序盤から示してきた本来の輝きを取り戻したヴィッセルは以降の試合を無敗で駆け抜けると、33節・名古屋での勝利でタイトルに結実させる。
指揮官が今シーズン、もっとも口酸っぱく言い続けた「先を見ずに目の前の1試合、1試合」との言葉通り、どんな結果にも驕ることなく、常に『課題』に目を向け、成長を求めて愚直に積み上げてきた33試合の答えがそこにはあった。ヴィッセルに加入して5年目。今年もほとんどの試合でキャプテンマークを左腕に巻いて戦ってきた山口の言葉が重く、光る。
「1試合、1試合を真摯に戦いながら、自分たちのサッカーと言えるものを作り上げてきた。それを信じて戦えたことが、自分たちの強さに変わっていったシーズンでした。ただ今はまだ『今年は自分たちのサッカーができた』というだけ。これを継続していかなければ意味がない。あくまで始まりだと思っています」(山口)
1995年のチーム発足から29シーズン目。阪神淡路大震災が起きた1月17日に生まれ、神戸の街と共に復興の道を歩んできたヴィッセルの歴史に、初めてJリーグ王者の称号が刻まれたこの日。ヴィッセルは『常勝チーム』への成長を誓い、新たな一歩を踏み出した。
取材・文/高村美砂
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