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「保健所に飼い犬を殺された仇討ち」元厚生事務次官宅連続襲撃事件、両親への取材を許された記者が知った犯人の素顔「大学入学時、紙に包んだチロの毛を大事に…」

集英社オンライン / 2023年11月28日 17時1分

今から15年前の2008年11月23日。元厚生事務次官の自宅を相次いで襲った男が警視庁に出頭し、逮捕された。「34年前、保健所に飼い犬を殺された仇討ち」というにわかには信じがたい犯行動機について、事件直後に男の両親が語った言葉とは? 当時、週刊誌記者として事件を追った大島佑介氏が振り返る。

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用意周到に犯行を準備していた

2008年11月17日、18日に元厚生事務次官2名の自宅が相次いで襲撃され、家族らが死傷した元厚生事務次官宅連続襲撃事件。

事件発生から数日後、Kという男が自らレンタカーで警視庁へ出頭し、逮捕された。

Kは出頭直前、新聞社やテレビ局などの複数メディアに向けて、「今回の決起は年金テロではない! 34年前、保健所に家族を殺された仇討ちである!」などと記載したEメールを送り付けていたことがのちに判明。



あまりにも不可解な“事実上の犯行声明”に対して、「常人には理解しがたい事件だ」「本当の動機を隠しているのではないか」など、世間は騒然となった。

「34年前に殺された飼い犬の恨み」というにわかには信じがたい理由で、保健所の上省である厚生省(現・厚生労働省)の元トップを襲撃したKという男は、いったいどんな人物なのか――。


厚生労働省

近隣住民らの取材を通して、Kは近所の建設工事を巡って建設会社とトラブルになっていたこと、さらに訪問販売の勧誘員を怒鳴りつける姿がたびたび目撃されていたことがわかった。

Kの“キレやすい”性格が浮かぶ一方、今回の事件につながるような行動は、居住地付近の取材からは見えてこなかった。

だが、警察の家宅捜索で押収されたKのパソコンを解析すると、事件の約1か月前には、襲撃された元厚生事務次官のAさん(享年66歳)と妻のBさん(享年61歳)、同じく元厚生事務次官のCさん(当時76歳)と妻のDさん(当時72歳)の自宅付近の駐車場を調べた痕跡が残されていた。

Kが用意周到に犯行を準備していたことがわかる。

山口県出身のKは九州にある国立大学理工学部を中退後、コンピューター関連の会社に就職。しかし仕事は長続きせず、職を転々とし、事件前には自宅で株取引を行うなどして生計を立てていたとされている。

Kの両親は山口県に住んでいたが、地元紙をはじめとしたごく少数のメディアの取材にしか応じておらず、各社がKの実家に日参していた。

そんな折、筆者の元に耳よりな情報が飛び込んできた。

「Kの両親が取材に応じると言っています」

Kが警視庁へ出頭した翌週。

埼玉にあるKの自宅周辺の近隣住民への取材、山口にあるKの実家周辺での取材がある程度収束したころに、山口での取材を担当していた同僚記者から「『被害者にお詫びをしたい』との理由でKの両親が取材に応じると言っています」との連絡を受けた。

「先週は実家周辺に大勢の記者が詰めかけて取りつく島もなかったので、Kの両親に手紙を出したんです。いま連絡がきました」

筆者は埼玉での取材を急きょ切り上げ、同僚記者とともに山口へ向かった。Kの両親から指定された取材場所は自宅。訪れたのは午前10時ごろだったと記憶している。

「いくら当事者が取材を了承してくれたとしても、会う寸前になって心変わりするかもしれない」

長年の経験からそうした一抹の不安を覚えた筆者は、両親から指定された時間の約30分前に自宅へ向かうと、すでに地元紙の記者ら数名が自宅を囲んでいた。

警視庁麹町警察署

「嫌な予感が当たるかもしれない」

そう感じた筆者は指定時間前にもかかわらず、同僚記者とアイコンタクトを取り、玄関の戸を叩いた。

「手紙を出させていただいた○○です」

同僚記者がそう告げると、Kの父親が引き戸を開け、少し顔をのぞかせた。その瞬間、周囲にいたほかの記者が一斉に父親へと群がった。

「入ってください」

父親にそう告げられ、筆者と同僚記者が中に入ろうとすると、ほかの記者もそれに続けとばかりに玄関先に押し寄せてきた。

すると父親は「この人たちからは手紙をいただいて、会う約束をしていたんです」と毅然と応対し、ほかの記者を遮断して筆者と同僚記者だけを自宅へ招き入れてくれた。

「息子がこれだけのことをしたんですから、
私たちは話をしなければならないんですよ!」

昭和10年ごろから住んでいるという自宅で、両親は小さいころのKの写真を手に取りながら筆者らと向き合った。

小学生時代のK

「小さいころは本当に普通の子でした。小学1年生から6年生までは健康で皆勤賞。まあ、普通の子、手のかからん子でしたよ」

Kの幼少期を懐かしむような様子で父親が語り始めたそのとき、父親の携帯がけたたましく鳴った――。

電話中の父親に代わって、母親にKの幼少期のことや事件の動機になった愛犬のことについて尋ねた。Kの飼っていた愛犬は“チロ”という名前だった。Kは警視庁に出頭する直前、便せん5枚からなる手紙を両親に送っており、その手紙には犯行動機となったチロのことが綴られていた。

母親は父親の電話相手をやや気にしつつも、愛犬のチロについて次のように答えてくれた。

「チロのことは全然覚えていないんですが、保健所と言われてみれば、そういうこともあったのかなというぐらいで、そんなに気に留めることもないような……。その後も犬を飼いましたから」

警視庁

母親から愛犬の話を聞きながらも、どうしても父親の電話が気になってしまう。気もそぞろに父親の電話に聞き耳を立てた。

「息子がこれだけのことをしたんですから、私たちは話をしなければならないんですよ!」

警察と思しき相手と話をしている様子が窺えた。電話を終えた父親は再び筆者らと向き合ったが、取材開始時とは明らかに様子が違っていた。

「チロは首輪が外れて逃げ出したので、たぶん野犬狩りに捕まって殺されてしまったと思うんです……。息子はふさぎ込んで2階で泣いていたと思います。大学入学時、紙に包んだチロの毛を大事に持っていった息子の姿を、女房は覚えていたみたいですけど……」

警察と電話したあと、父親は会話に消極的になっていた。

「息子が埼玉に住んでいたのは知っていましたが、10年前から連絡はありませんでした……。ただひたすら被害者に対するお詫びの気持ちです……。もうこのへんで……」

両親は取材中、ずっと頭を垂れ続けていた。世間を震撼させた元厚生事務次官宅連続襲撃事件の容疑者両親への取材はこうして幕を下ろした。

東京地方裁判所

殺された愛犬の恨みを動機に3人を殺傷したK。その後、2010年3月30日に死刑判決が下され、控訴審を経て2014年6月13日に死刑が確定した。公判中、Kは最後まで「飼い犬の仇をとるため」との主張を繰り返していた。

取材・文/大島佑介

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