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〈斎藤幸平〉「ハウスがあってもホームがない人々」の社会復帰までに寄り添う“伴走型”の支援―北九州NPO法人「抱樸」の挑戦

集英社オンライン / 2023年12月27日 17時31分

資本主義がもたらした環境危機や経済格差で「人新世」の複合危機が始まるなか、この危機を乗り越えるには、『「コモン」(共有財・公共財)を再生し、市民が「自治」の力を育てていくしかない』と経済思想家の斎藤幸平氏は語る。では、その具体策とは。

私をマルクス研究に向かわせたある事件

斎藤幸平氏(撮影/五十嵐和博)

北九州小倉にやって来た。長年、野宿者支援に取り組むNPO法人「抱樸」の奥田知志さんに会うためだ。奥田さんたちが新たに企画している「希望のまちプロジェクト」について話を伺い、炊き出しと夜回りにも参加した。

その夜は、台風でも来ているのかと思うようなものすごい雨。テントを設営するだけで、すぐに靴も洋服もびちゃびちゃになってしまった。そして、4月だというのに、風も強く、とても寒い。



コロナ禍以降は、公園でみんなで食べるのではなく、持ち帰り用の弁当を配布する形式になっているが、こんな悪天候の日には弁当をもらいに来る人も少ない。さすがに中止でもいいのではないか、なんて正直思ってしまう。

ところが、奥田知志さんは、30年以上で一度しか炊き出しを中止したことはないという。実際に台風の日も、雪の日も、この炊き出しを毎月2回(冬は毎週)続けているのだから本当にすごい。

結局、弁当をもらいに来たのは30名ほどだろうか。参加しているボランティアのほうが多いくらいだ。けれども、かつては500名以上が集まって来たときもあったという。これほど人数が減った背景には2004年から官民協働ではじまったホームレス自立支援施策によるところが大きい。これにより年間100人以上の方が自立できるようになった。

また、2008年以降の生活保護制度の適正運用の影響も少なくない。適正運用に向けてのきっかけの一つが、2007年に北九州市で起きた事件であった。生活保護を打ち切られた男性が「おにぎり食べたい」とメモ書きを残して、アパートで餓死したのである。これは、私が貧困問題に強い関心を持つようになった理由の一つでもある。

当時大学生だった私は、日本のような経済的に恵まれた国で、おにぎりも食べられないような状況で亡くなる人がいることに強い衝撃を受けた。いかに自分が恵まれているかを痛感するとともに、なぜそのような悲劇が起きてしまうのかをきちんと知りたいという気持ちが、当時大学生だった私をマルクス研究に向かわせたのだ。

野宿者の社会復帰までに寄り添う「伴走型」の支援

法改正によって、たしかに生活保護はもらいやすくなった。けれども、支援がそれで終わってはいけないと奥田さんは強調する。生活保護につなげ、アパートに入ってもらったところで関係性を終えてしまうというような「問題解決型」ではいけない、と言うのだ。

抱樸が行っている炊き出しの様子(公式インスタより)

ここに「抱樸」の独自性がある。つまり、野宿者たちが本当の意味で社会復帰をしていけるように、その後も時間をかけて支援をしていく「伴走型」が「抱樸」のスタイルなのだ。「伴走型」の特徴を奥田さんは「ホームレス」と「ハウスレス」の区別で説明してくれた。

野宿者は、文字通り「家がない」状態であり、これを「ハウスレス」と呼ぶ。このような経済的困窮は、生活保護をもらって、アパートに入ることで解決することができる。

「しかし、それだけでは必ずしも社会のなかでの居場所は見つからない」と奥田さんは言う。どういうことか。仮にアパートに入っても、家族、ご近所さん、友人とのつながりがない状況が続くなら、結局は部屋に閉じこもって、ますます社会からは孤立してしまう可能性がある。

その結果、健康を害してしまったり、仕事を見つけられず社会復帰ができない人もいる。要するに、困ったときに「助けて」の合図が出せないまま、社会的孤立が続く。それが「ホームレス」の状態だ。

「ホームレス」を脱するためには、毎日の料理や洗濯といった日常的習慣を取り戻す必要もあるし、周りの人たちとも交流して信頼関係を築く方法を学び直さないといけない。それは長年にわたって、社会の片隅で夜間の襲撃などに怯えながら野宿をしてきた人にすぐにできることではない。時間のかかるケアが必要となるのである。

だから、奥田さんは「抱樸館」という施設を2013年に作った。2001年からはじまった、路上生活から自立生活への橋渡しとなる支援住宅で、一階には食堂があったり、相談員が常駐したりしている。また、2017年に「抱樸」が一棟丸々借り上げ、2021年に購入したというアパートにも連れていってもらった。こちらは、単身生活が可能になったときに入居できるアパートで、保証人などの問題をクリアしやすくしている。

どちらも建設費や購入費が数億円単位でかかっており、これは、もはや普通のNPOではない。奥田さんは起業家だと、私は唸った。もちろんその起業の精神の意味は、ネグリやハートが言う「アントレプレナーシップ」のことだ。

血縁ではない新しい「家族」の姿

当初、「野宿者が集まる施設」に対して、地域では治安などへの懸念から反対運動もあったという。それでも近隣住民を粘り強く説得し、地域清掃などのボランティアもしながら、だんだんと受け入れられてきたそうだ。この日、話を聞いた元野宿者の方も、今では仲間たちと互助会を作って、その世話人を務めるほど、社会復帰を果たしていた。「抱樸」の人たちとカラオケ大会や運動会を企画したり、互助会レターを発行したり、楽しそうなのだ。

そして、度肝をぬかれたのが、現在進行形の「希望のまちプロジェクト」だ。費用の額の大きさも、めざす理想の高さも―。あらゆる人がお互いに助ける側にも、助けられる側にもなれる場所をめざすというのだ。

プロジェクトの総額は約13億円。まず、施設の用地として、もともと特定危険指定暴力団・工藤會の事務所があった場所を「抱樸」が、企業から買い上げた。著名な建築家がデザインする建物は4階建てで、1階にはおしゃれなレストランやコワーキングスペース、シェアキッチンなどが入り、障害のある子どもたちの放課後デイサービスも行う。

そして2・3階を困窮している人のための救護施設にするという計画だ。北九州の人々がここを日常的に訪れ、支援者・被支援者という立場を超えてお互いに交流するような場所を作り出そうとしているのである。地域コーディネイト室やボランティアセンターも置く予定だ。みんなの「ホーム」が、2025年にできあがる。

このような野宿者支援にとどまらない取り組みの背景には、「ハウスがあってもホームがないという状況が日本全体に広まっている」という奥田さんの危機感がある。子どもの貧困、ヤングケアラー、単身世帯の非正規労働者など、社会的孤立の問題は、いまやどこにでもあるからだ。

野宿者の社会復帰までに寄り添う「伴走型」の支援を掲げる抱樸(公式インスタより)

この新たな問題は、家族にも会社にも、行政にも対処できない領域だ。〈私〉と〈公〉では対応できずに、広がるばかりの空白を埋めるのが〈コモン〉なのだ。「抱樸」のような下からの「自治」の取り組みが、行政や市民を巻き込んで地域共生社会を作ることにつながっていく。

それは一方通行の支援・被支援というトップダウン型の関係ではないと、奥田さんは強調する。そこには、支援者たちも支えられ、学び、変わっていくというプロセスを見てきた「抱樸」の歴史がある。

支援者のカップルの結婚式に支援者も被支援者もみんなが参加して、祝ったり、被支援者が亡くなられた後は、みんなでお葬式をしたり。血縁ではない新しい「家族」の姿―「家族機能の社会化」―は、今より大きなスケールになろうとしている。

「希望のまちプロジェクト」の話を聞いて、これが「斜め」の関係なのかもしれないと、ふと思った。この誰もが「助けて」と言える空間が、〈コモン〉と「自治」の基礎であり、「抱樸」の挑戦は、新しい社会に向けた第一歩になるかもしれない。

文/斎藤幸平 写真/shutterstock

コモンの「自治」論

著者:斎藤 幸平 著者:松本 卓也 著者:白井 聡 著者:松村 圭一郎
著者:岸本 聡子 著者:木村 あや 著者:藤原 辰史

2023年8月25日発売

1,870円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-737001-0

【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ! 斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候変動。資本主義がもたらした環境危機や経済格差で「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も、生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。

『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。

【目次】
●はじめに:今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第1章:大学における「自治」の危機 白井 聡
第2章:資本主義で「自治」は可能か?
──店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第3章:〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第4章:武器としての市民科学を 木村あや
第5章:精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第6章:食と農から始まる「自治」
──権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第7章:「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
●おわりに:どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也

人新世の「資本論」

斎藤 幸平

2020年9月17日発売

1,122円(税込)

新書判/384ページ

ISBN:

978-4-08-721135-1


【「新書大賞2021」受賞作!】
人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
【各界が絶賛!】
■佐藤優氏(作家)
斎藤は、ピケティを超えた。これぞ、真の「21世紀の資本論」である。
■ヤマザキマリ氏(漫画家・文筆家)
経済力が振るう無慈悲な暴力に泣き寝入りをせず、未来を逞しく生きる知恵と力を養いたいのであれば、本書は間違いなく力強い支えとなる。
■白井聡氏(政治学者)
理論と実践の、この見事な結合に刮目せよ。
■坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
■水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。

【おもな内容】
はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
気候変動が文明を危機に/フロンティアの消滅―市場と環境の二重の限界にぶつかる資本主義
第2章:気候ケインズ主義の限界
二酸化炭素排出と経済成長は切り離せない
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
なぜ資本主義では脱成長は不可能なのか
第4章:「人新世」のマルクス
地球を〈コモン〉として管理する/〈コモン〉を再建するためのコミュニズム/新解釈! 進歩史観を捨てた晩年のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
生産力至上主義が生んだ幻想/資本の「包摂」によって無力になる私たち
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
貧しさの原因は資本主義
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
コロナ禍も「人新世」の産物/脱成長コミュニズムとは何か
第8章 気候正義という「梃子」
グローバル・サウスから世界へ
おわりに――歴史を終わらせないために

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