ミスをしない人材が評価される日本社会。あえて学びたいユニクロの「一勝九敗」の経営哲学とは
集英社オンライン / 2023年12月7日 17時1分
打率は低いが「1発」のある長距離ヒッターよりも、「1発」はなくても打率の高いアベレージバッターのほうが高く評価される日本社会。その背景には、「ミスしない」ことが求められる「サムライ」の価値観が存在していた。行き詰まりを感じて思い悩む現代人必読のメソッドを、書籍『分不相応のすすめ』から一部抜粋してお届けする。
みんなに迷惑がかかるからミスは許されない
日本の文化を通じて作られる「分相応を良しとする意識」について、「過剰な集団意識」と「我慢の美徳化」という2つの特徴を紹介してきました。もうひとつ、3つめの特徴として、「リスク回避の最優先」があります。
日本では、子どもの頃の学校や習い事から、大人になってからの職場まで、さまざまな場面に共通して、「ミスしない」を重視する環境が多くあります。何か1つのことを特別に得意としているが苦手もある「一芸特化タイプ」よりも、まんべんなく苦手を作らずに何でもこなせる「そこそこ多芸タイプ」の方が、周囲から高評価を受けやすい傾向も強いでしょう。
表現を変えれば、打率は低いが「1発」のあるホームランバッターよりも、「1発」は打てなくても打率の高いアベレージヒッターの方が、学校でも、会社でも、認められやすく、褒められやすいのです。
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「10回やったら、9回は失敗するけど、1回は大成功する」人よりも、「10回やったら、失敗は2回だけで、8回はちゃんとそこそこの成功を収める」人の方が、会社内で大事なプロジェクトを任されたり、出世しやすかったりすることは容易に想像できるでしょう。
ユニクロの「一勝九敗」の経営哲学
ベンチャー業界は、多産多死が当たり前とされていて、新しく作られた会社のうち、巨大ベンチャーまで飛躍できる確率は、極めて低いものです。それでも、運と実力をどちらも兼ね備えて、奇跡的な飛躍を遂げることを夢見て、多くの起業家が挑戦していく業界です。
また、新しいイノベーションを創ろうとするときも、沢山の失敗を経験することを覚悟の上で挑戦するのが前提となります。
ユニクロを「世界を代表するアパレル」まで飛躍させた柳井正さんは、新しいことに挑戦すれば10回に9回は失敗する、という「一勝九敗」を経営哲学としていることで有名です。※1 積極的に新しいことをやってみて、ダメならすぐに撤退して、10回のうち1回の大成功によって、数多くのヒット商品を生み出して、会社を飛躍させました。
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しかし、日本は「ベンチャー大国」でもなければ、「イノベーション大国」でもありません。新興のベンチャー企業よりも、歴史が長く、安定成長を重視する大企業や中小企業が圧倒的に多い国です。
リスクを覚悟の上で、新しいイノベーションに挑戦するよりも、堅実に、改善・改良を積み重ねていく道を選びやすく、またその改善・改良を得意分野としています。「一か八かの大成功」は、フィクションの物語や、別世界の話としては面白くても、日本の多くのビジネスパーソンにとって自分事にはなりません。なぜなら、自分事である仕事の日常では、「ミスだけはしないで」と言われ続けているからです。
美化されすぎる「分相応に生きるサムライ」
こうした、ミスをしないようにリスク回避を最優先する意識の背景にも、文化的自己観があり、日本の文化や歴史が影響を与えています。ここでは、「サムライ」について取り上げてみましょう。「サムライ」は、日本の文化の中でも象徴的な存在として広く浸透し、人気が高く、支持されやすい存在です。
野球の日本代表は「侍ジャパン」、サッカーの日本代表は「サムライ・ブルー」をそれぞれ愛称としています。それ以外のスポーツでも、選手が男性の場合には「日本の若きサムライが、世界の大舞台で躍動しています!」と活躍を誇ることがよくあります。
サムライは、スポーツだけでなく、大河ドラマや映画、漫画やアニメなどのエンターテインメントの登場人物としても人気です。
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サムライの出てくる物語では、江戸時代の幕末・明治維新の時期を除けば、基本的に「主に仕えてお家を守る」が正しい道として描かれます。苦境に耐え忍び、慎ましやかな幸せを守るため、懸命に生きる姿が良しとされやすいはずです。
その理由は、サムライの社会は、生き方が固定化されていて、分相応な立ち振る舞いを守ることが、自分の命、家族の命を守ることに直結する時代観だからです。
失敗したら「切腹」「お取り潰し」
数百年にわたって続いたサムライの社会では、失敗は、「切腹」で自身の命、「お取り潰し」で家の断絶という、あまりに大きなリスクがありました。だから、何よりも失敗しないことを最優先して、自分の立場や周囲からの評価を常に念頭に置き、慎重な判断や行動を取ることが当たり前だったのです。
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サムライの中でも階級が分けられ、江戸時代には200以上の藩がある中で、尾張・紀伊・水戸の三藩は「御三家」と呼ばれる別格の地位にあったり、土佐藩の中では「上士」と「下士」に分けられて明確な上下関係が作られていたりして、家格などに応じた、分相応な立ち振る舞いが固定化されました。
このサムライに肯定的な文化で生まれ育つと、エンターテインメントやスポーツを楽しむ中で、無意識のうちに、分相応に生き、リスク回避を最優先して、自分や家族を守る姿勢が当たり前化しやすくなるでしょう。
失敗したとき、「これは切腹ものだね」「腹を切ってお詫びしなきゃね」などと上司に冗談交じりに言われる人や、スポーツ選手に対してSNSなどで簡単に言ってしまう人が多いのには、こうした背景があります。
―――
※1 DIAMOND Chain Store online「ビジネスは「一勝九敗」 ファーストリテイリングを世界的大企業に導いた“柳井哲学”」を参照。
文/永井竜之介
写真/shutterstock
分不相応のすすめ
永井竜之介
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/11/30012145281004/400/81ld9chiQL._SL1500_.jpg)
2023/11/20
¥2,200
216ページ
978-4911194003
「これくらいが自分にはちょうどいい」。生活でも仕事でも無意識に作ってしまう「分相応」の自己評価。じつはこれが「壁」となり、挑戦や成長が妨げられている。その原因は「日本らしさ」にあった。マーケティングの科学的知見を背景に、自分の「分相応の壁」を破り、周囲の空気に負けずに、現状を打開するためのマインドとメソッドを提示。「自分はこんなもの」と悟ったように見えて、「本当は自分を変えたい!」という諦めきれない本音を多くの人が隠し持っている。行き詰まりを感じて思い悩む現代人に必読の一冊。
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