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ロシアが“アメリカの残虐性”アピールとして政治利用の懸念も。「広島原爆の視覚的資料」がユネスコ「世界の記憶」候補に…各国の思惑は

集英社オンライン / 2023年12月5日 8時1分

広島の原爆を記録した写真と映像について、政府がユネスコの「世界の記憶」への推薦を決めた。推薦されるのは、1945年末までに広島への原爆投下について記録した写真1532点と映像2点。岸田総理は「登録するにふさわしい資料」だと評価したが、これらがアメリカの“交戦国”からプロパガンダに利用される懸念もある。

政治闘争の場としてのユネスコ

文科省がユネスコに対し、「増上寺が所蔵する三種の仏教聖典叢書」とともに、「広島原爆の視覚的資料―1945年の写真と映像」を「世界の記憶」として正式に推薦すると決定したのは11月28日のこと。

このニュースに日本国内では歓迎ムードが広がる。ただ、「世界の記憶」は国際政治のダイナミズムに直結する素材ともなる。場合によってはユネスコが政治闘争の場となることもありうるだけに、一般の報道とは異なる観点からの解説を加えておきたい。



ユネスコは後世に残すべき価値を承継する事業として、3本の柱を持っている。日本人に馴染みが深いのは世界遺産の制度だろう。これは文化遺産と自然遺産、そしてまれに両方の性質を持った複合遺産からなりたっており、基本的に「不動産(場所や構造物)」が登録の対象となる。

ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉の促進を目的とした国際連合の専門機関。設立は1946年、本部はフランスのパリ


2本目の柱として無形文化遺産の制度があり、これはまさに物体性のない、芸能や生活習慣、生産知識などが含まれ、日本からは能楽や和食をはじめ、2023年11月現在、22件が登録されている。

そして、最後の柱が今回のテーマである「世界の記憶」であり、この3つを合わせてしばしば「ユネスコの3大遺産事業」と呼ばれる。

さて、ユネスコが文化を扱うからといって、関係各国が仲よく足並みをそろえているとはかぎらない。本部がパリにあることからもわかるように、ヨーロッパのプレゼンス維持のための外交手段としてユネスコが機能してきたという側面は否定できない。

20世紀後半は米ソ冷戦の中で、そして近年は米中対立に埋没しないよう、フランスを始めとするヨーロッパ諸国は戦略的に文化政策を活用してきた。それゆえ、第二次世界大戦で傷ついたヨーロッパだが、大国間の対立の中でも文化面での存在感はいまだに大きなものがある。

過去には「南京虐殺」に関する資料が申請、登録も

世界文化遺産の推薦・登録にあたっては近年、わが国はいくつかの摩擦を経験している。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の登録では軍艦島をはじめとする鉱業施設で、「朝鮮人の“強制労働”があったことへの言及がない」とのクレームが韓国政府からついた。

現在進行中の佐渡金山の世界遺産登録にしても、やはり韓国から同種の主張がなされ、名目上は書類不備を理由に登録手続きはストップしたままだ。

「世界の記憶」では中国から「南京虐殺」に関する資料が申請、登録されてしまったことで、日本国内から激しい反発が生まれた。逆に日本が申請した「舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」は、ロシアから日本側の一方的な非難であるとの批判が起き、当時の安倍政権が対応に苦慮するということもあった。

わが国以外にもこうした国際的な対立はあまたあり、現在では当事国の合意がなければ、基本的に登録されない仕組みになっている。

政府が「広島原爆の視覚的資料」をユネスコの「世界の記憶」への推薦を決めたことについて、岸田総理は「登録するにふさわしい資料」だと評価

アメリカ批判の材料となる?

今回の「広島原爆の視覚的資料」の推薦にあたっても、国際政治的な観点から懸念がないわけではない。

広島の原爆資料館(正式名称は「広島平和記念資料館」)に行ってみればわかるが、展示は「核兵器による惨禍」という抽象的な理解にとどまらず、写真をはじめとするリアルな記録も数多い。そうしたリアルな記録には「アメリカのやった酷いこと」という性質が強く現れている。今回の推薦、そして先にある登録の対象はまさに、「アメリカによる市民の無差別大量殺戮」の記録といえるのだ。

そのため登録にあたっては当然、アメリカの退役軍人らの反発も予想されるわけで、選挙を控えるバイデン政権としては政治的に難しいハンドリングが必要となる。

ただ、外務省がアメリカとの事前の調整なしに推薦を行うことはまず考えられないため、この点についてはおそらく、両国間で話がついていることが予想される。

岸田総理も広島出身であり、今年のサミットでも平和を強調していたことから今回の推薦には思うところがあっただろうし、長く外務大臣を努めた経験からも登録に当たっての外交交渉の難しさについては織り込みずみだったはずだ。

では、アメリカの理解を得て無事に登録されてしまえばそれで一件落着かといえば、そうではない。もうひとつ、別の懸念が生まれてくる。

それは、直接・間接を含め、アメリカとの“交戦国”が今回の「広島原爆の視覚的資料」を政治的アピールとして援用するという懸念である。そのときに日本としてどのような態度をとればよいのか、かなり難しい問題といえる。

たとえば、イスラエルやウクライナの背後に見えるアメリカの影に対して、「相手にはこんなひどいことをする国がバックについている」という主張の根拠に使われたらどうだろう?

同盟国である日本の原爆資料がアメリカを国際的に難しい立場に追い込みかねないのだ。とくにウクライナと対立するロシアが「ゼレンスキーは無差別大量殺戮を行った国の支援を受けている」というプロパガンダに今回の資料を利用するようなことになれば、平和を願う広島市民の本来の登録意図とはかけ離れた効果を生みかねない。

実際、広島市はウクライナ危機以降、8月6日の平和記念式典にロシアを招待していないにもかかわらず、ロシア大使は広島を訪れてアメリカの残虐性や非道性をアピールするスピーチを行っている。

原爆の被害にまつわる資料がユネスコによってオーソライズされる状況になれば、ロシアはアメリカを批判するための道具として「ヒロシマ」をいちだんと利用しやすくなってしまう。

「記憶物」が登録される意義

こうしたことは十分に想定できるため、広島市や各種の平和団体はかかる事態に際してどういったコメントを出すのか、いまから準備しておく責任があるだろう。

ただ、それでもなお、「広島原爆の視覚的資料」の「世界の記憶」への推薦は大きな意味を持っている。

原爆ドーム

これまで広島における原爆という悲劇の記憶は原爆ドームというひとつの「構造物」を中心に承継されてきた。しかし、今回の推薦で実際の被爆者の写真が多く含まれた「記憶物」が登録に向かう可能性が生まれている。登録によって国際社会が摩擦に向かうのでなく、人類の悲劇の記憶として「ヒロシマ」を覚えておこうという方向に進むことを期待したい。

文/井出明 写真/shutterstock

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