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ディズニーリゾート46個分! 自衛隊のガチ演習場に一般人が立ち入りできる理由。「不発弾が落ちているかもしれないので、金属片には触れないでくださいね」

集英社オンライン / 2023年12月10日 12時1分

山中湖村にある“山の家”を手ごろな価格で手に入れてはじまったデュアルライフな日常…それは思いのほか楽しく、なかなかにスリリングなものだった。新たな暮らし方を模索する全てのひと必読の書『山の家のスローバラード 東京⇔山中湖行ったり来たりのデュアルライフ』(百年舎)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

#1

自衛隊のガチな演習場なのに、一般人が立ち入りできる理由

人は誰しも、「毒に侵された苦しみの荒れ地を一人さすらいたい」、「V8エンジンを唸らせ、砂嵐吹きすさぶ大地をぶっ飛ばしたい」みたいなディストピア幻想に襲われることが、たまにあるじゃないですか? にわかにそんな気持ちになった僕は、願望を満たすべく行ってみることにしました。



山中湖村にある山のマイホームから車で10分。我が心のウェイストランド、陸上自衛隊北富士演習場へ。

富士山の麓には2つの広大な自衛隊演習場があります。ひとつは富士山東麓、静岡県御殿場市・小山町・裾野市にまたがる東富士演習場。そしてもうひとつが、北麓の山梨県富士吉田市と山中湖村にまたがる北富士演習場です。

両者ともに陸上自衛隊と米軍海兵隊が共同使用している、大規模な実弾演習場。山の家にいるとたまに、大きな音や地響きが伝わってくることがあり、はじめは雷か花火と勘違いしますが、家からほど近い北富士演習場で用いられている砲弾によるものなのです。

そんなやや物騒な現場は、自衛隊や米軍が訓練オフになる主に日曜日、地元住民に解放され、自由に立ち入ることができます。演習場のある富士山の山麓地帯は、〝入会地〟だからです。入会地とは、古くから住民の共同利用権が認められている山林や原野のこと。

村や部落など中世の共同体住民や荘園の領民は、総有する一定の山林・原野・湖沼・河川などで、放牧・狩猟・漁労・果物やキノコ、山菜の採取・伐木・採薪などをおこなうことができたのだそうです。

その昔、おじいさんが柴刈りや竹取りに行った山も、おばあさんが洗濯したりXLサイズの桃を回収したりした川も、きっと当時の入会地だったのでしょう。自衛隊や米軍が来るずっと前から存在する住民の慣習的権利は、今も尊重されているわけなのです。

微妙なのは僕のようなデュアルライフ民です。入会はもともと、先祖代々その土地で暮らす人たち限定で認められた権利。移動の激しい現代社会ではもはや、先祖代々かどうかはあまり問われないようですが、少なくてもその地域に居住している人のみが対象です。住民票が東京にある我が家のような半端なデュアルライフ組に、その権利はありません。

が、ある手段をとれば、入会権のない一般の者も山に入ることができます。入会地を管理している組合に申請し、〝入山鑑札〟というものを発行してもらえばいいのです。富士登山をするときもこうした鑑札が必要なので、ご存知の方も多いかもしれませんね。

入山鑑札をもらうため訪ねた、組合の事務所で待っていた試練

そんなわけでまずは、富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合役場(ふじよしだしほかにかそんおんしけんゆうざいさんほごくみあいやくば)という早口言葉のような施設を訪ねます。こうしてしっかり下調べし、申請しようとしている時点で、ディストピアでもなんでもないのですが、こういうのはちゃんとやらなければなりません。役場事務所で職員さんにおずおずと「あのー、入山鑑札をいただきにきたんですけどぉ……」と声をかけます(こんなマッドマックス、いたら嫌ですね)。

対応してくれたのは、中学校の教頭先生タイプの、真面目そうな初老男性職員。メガネの奥の鋭い眼差しで僕の風体を一瞥すると、低いテンションで「どうぞ」とデスク前の椅子を指し示します。そして「どこの山に入ろうとお考えですか?」と尋ねられました。急に面接みたいなのが始まり、ソワソワしてしまいます。

僕「え、あのー。北富士演習場に」

教頭「なるほど。私どもの管理地です。どんな目的で?」

ヤバい。なんか、冷や汗が出てきました。この教頭先生に対し、怒りのデスロードがーとか、爆裂都市(バーストシティ)がーとか、レプリカントがーなんて答えても埒が開かなそうです。

「はあ、なんと言いますか。あのその。自然や景観を楽しむために。写真など撮ろうと思っていまして」

しどろもどろで、でもできる限り正直に答えました。

「わかりました。実はですね……」

教頭先生の説明によると、他所から来て演習場に立ち入ろうとする人に、危険なオフロード走行目的が多く見受けられ、大変な問題になっているとのこと。未舗装路を猛スピードで走る彼らによる事故も多発していて、警察も入り厳重警戒をしているということでした。まあ、道なき道を走ってみたいという目的は一緒かもしれませんが、サブカル派の僕のメンタルはオフローダーのそれとはまったく違い、危険運転をやりたいなどと思っちゃいません。

(滅相もない。そんな危険人物に見えますか?)と、目で必死に訴える僕に、教頭は「あなたのクルマ、車種はなんですか?」と冷静に詰問します。スバルXVであることを伝えると、教頭の顔色は一瞬さらに険しくなりました。

「四輪駆動車はすべて警戒対象になっています。鑑札は発行しますが、現地で警察に声をかけられたりするかもしれませんのでご承知おきを。そしてくれぐれも、そういった危険行為はなさらないように」と釘を刺されました。

「はい、もちろん! 大丈夫です」

思い切り爽やかな表情と声色をつくり、模範的な態度で教頭先生の面談をなんとか切り抜けました。マッドマックス感はますます薄まりましたが、背に腹は変えられません。

でも、「不発弾が落ちているかもしれないので、金属片には触れないでくださいね」という教頭先生の言葉に背筋がゾワっとし、ディストピアに向かう気分が少しだけ復活しました。

富士演習場の大きさは東京ディズニーリゾート約46個分

手数料200円也で「入山鑑札」という名のディストピアへのパスポート(2ヶ月間有効)をゲットした僕は、さっそく北富士演習場へと向かいました。旧鎌倉往還である国道138号線を富士山側に折れ、東富士五湖道路のガードをくぐると、演習場のゲートが見えてきます。

普段、一般車両はここまでしか行けませんが、今日は立入日のためゲートは開いており、受付も何もなくフリーパスで演習場へと入ることができました。あとはまったく自由に、4597ヘクタール、つまり東京ディズニーリゾート約46個分という、異様にだだっ広い原野の中を走り回ることができます。

場内はダート道が縦横に張り巡らされていますが、カーナビに表示されないし、ところどころ設置されている案内表示は自衛隊の中の人用の非常にざっくりしたものなので、基本的に自分が今どこを走っているのか、さっぱりわかりません。後から調べたところによると、Googleマップの航空写真表示を使えば、ある程度の道はわかるそうですが、そんな知恵は浮かばなかったので、僕はただ闇雲に走り回りました。

でも、自分の勘だけに頼って走っていると、当初の「毒に侵された苦しみの荒れ地を一人さすらう」という妄想に浸りやすく、なかなかいい感じです。僕の車に搭載されているのはV8エンジンではなく、水平対向4気筒エンジンですが、さすがは走破性に定評のあるスバルだけあって、ダート道を快調に走ってくれます。

数多い不発弾に関する注意書きだけではなく、「戦車射場」「RL(ロケットランチャー)射座」「弾着区域 危険」などという標識に、男心がいちいちざわめきます。

やや薄曇りの日でしたが、富士山や山中湖の眺めも素晴らしく、「ああ、来てよかったな〜」と晴れやかな気分になりました。

ただ納得いかなかったのは、確かに教頭の言っていたとおり、オフロード走行目的の人たちの多いこと。っていうかゲートもフリーパス状態だったし、あの人たちそもそも入山鑑札をもらっているのか? と訝しく思いました。先生にきちんと話にいった人だけが、なぜか職員室で説教を食らうという〝優等生あるある〟パターンではないか!

そんなことを考えていたら、せっかくの気分がモヤモヤしはじめたので、カーオーディオでバカやかましいハードコアパンクや、最近のマイブームであるインダストリアルミュージックを大音量で流し、窓全開で走り回りました。もちろん安全な速度で。そしたら、あら不思議。気分は再びスッキリ。

禁忌されているオフロード走行ばかりがここの楽しみ方ではありません。たまにすれ違う車以外、見渡す限り誰もいない原野なので、僕のような音楽好きは爆音で曲をかけるとめちゃくちゃ楽しく、いい気持ちになれます。大声で歌ったり、思い切り楽器を弾いたとしても、誰にも文句は言われません。野鳥や植物、昆虫観察、山菜採取……、それにコスプレマニアには絶好の撮影ポイントがたくさんあります。

キャンプや火気の使用はNGとか、一定の制約はありますが、十人十色の楽しみ方が必ず見つけられる場所なので、ぜひ一度行ってみることをおすすめします。その際は教頭先生へのご挨拶、つまり入山鑑札取得を忘れずに。

写真・文/佐藤誠二朗

『山の家のスローバラード 東京⇔山中湖行ったり来たりのデュアルライフ』

佐藤誠二朗 (著)

2023年11月15日発売

2200円(税込)

264ページ

ISBN:

978-4991203923

東京で生まれ育ち、働き、家族をつくってきた筆者は、なぜデュアルライフ(二拠点生活)を始めたのか。東京と山中湖を行き来しながら暮らす日々を軽快に綴ったエッセイ集。コロナ禍を経て、新たな暮らし方を模索する全てのひと必読の書。

著者が山中湖村にある“山の家”を手ごろな価格で手に入れたのは2017年のこと。以来、東京の家との二拠点生活=デュアルライフがはじまる。コロナ禍で「この機会に景色のいいところに住んでみよう!」と思った人も少なくないはず。ここにはそんなデュアルライフのリアルが描かれている。

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